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塩野七生著「コンスタンチノープルの陥落」を当地テオドシウス城壁で読むことを主目標に据え、約10日間のトルコ見物。<br />イスタンブール パムッカレ エフェス サフランボル ハットゥサ カッパドキアにお邪魔したドキドキ個人旅行。その4日目<br />「事前の予約表作成というアルティメットなアイデアで、手助け無しで寝台列車のチケットを手に入れるという偉業を成し遂げた一行。乗車までには、やはりいろいろお世話になりながらも無事に列車に乗り込み、いよいよ旅は4日目に突入。列車はトルコ共和国首都「アンカラ」に突入。」

2006.6 turkey Day4

4いいね!

2006/06/08 - 2006/06/20

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2

18

captain

captainさん

塩野七生著「コンスタンチノープルの陥落」を当地テオドシウス城壁で読むことを主目標に据え、約10日間のトルコ見物。
イスタンブール パムッカレ エフェス サフランボル ハットゥサ カッパドキアにお邪魔したドキドキ個人旅行。その4日目
「事前の予約表作成というアルティメットなアイデアで、手助け無しで寝台列車のチケットを手に入れるという偉業を成し遂げた一行。乗車までには、やはりいろいろお世話になりながらも無事に列車に乗り込み、いよいよ旅は4日目に突入。列車はトルコ共和国首都「アンカラ」に突入。」

  • Day4-1(食堂車での朝食)<br />各国の料理に順応できるかどうかは、朝食が握っているという。つまり、夜はケバブをがっついても朝には和食が恋しくなるのが日本人ということだ。「みそ汁ぅ?飲んだことねえな!」旅も中盤に差し掛かり、トルコ式朝食にすっかり馴染んでしまう。最初にセットされるパン(イェキメッキ)の山は軽く食べてしまい、次の山を持ってきた食堂車のおじさんに笑われてしまったりする。少し恥ずかしいです。そんなに見ないで。<br />食堂車での朝食 5YTL

    Day4-1(食堂車での朝食)
    各国の料理に順応できるかどうかは、朝食が握っているという。つまり、夜はケバブをがっついても朝には和食が恋しくなるのが日本人ということだ。「みそ汁ぅ?飲んだことねえな!」旅も中盤に差し掛かり、トルコ式朝食にすっかり馴染んでしまう。最初にセットされるパン(イェキメッキ)の山は軽く食べてしまい、次の山を持ってきた食堂車のおじさんに笑われてしまったりする。少し恥ずかしいです。そんなに見ないで。
    食堂車での朝食 5YTL

  • Day4-2(アンカラ駅ホーム)<br />予定を15分ほど過ぎた頃、列車はアンカラ駅に滑り込む。雰囲気のある駅で、首都の風格を感じる。<br />すぐにタクシー乗り場を見つけ捕まえるが、このタクシーの運転が有史以来最も荒い運転だった。<br />煽る、突っ込む、追い越してガン飛ばし、そして歩行者が避けてくれるのを期待したコース取り。<br />通勤ラッシュに混雑する首都、朝の洗礼を受ける。

    Day4-2(アンカラ駅ホーム)
    予定を15分ほど過ぎた頃、列車はアンカラ駅に滑り込む。雰囲気のある駅で、首都の風格を感じる。
    すぐにタクシー乗り場を見つけ捕まえるが、このタクシーの運転が有史以来最も荒い運転だった。
    煽る、突っ込む、追い越してガン飛ばし、そして歩行者が避けてくれるのを期待したコース取り。
    通勤ラッシュに混雑する首都、朝の洗礼を受ける。

  • Day-4-3(アナトリア文明博物館)<br />奇跡的に目的地、アナトリア文明博物館に辿り着く。ジーザス!いや、アッラーに感謝する。10分かかっていない!リュックベッソンか!タクシーメーターは15YTLだった。降車後、荷物を下ろしてもらい、20YTL札を渡してお釣りを期待するがそのまま行ってしまう。せっかちにも程があり、チップにも程があるぞ。小額紙幣は手に入れるのが難しいのでがんばろう。<br />さて、ほぼ開館時間の九時ちょうどに現れた東洋人が一番ノリのゲストらしく、博物館のスタッフに「どうぞどうぞ、荷物預かってあげるよん」と招かれる。<br />タクシー 20YTL<br />アナトリア文明博物館 10YTL

    Day-4-3(アナトリア文明博物館)
    奇跡的に目的地、アナトリア文明博物館に辿り着く。ジーザス!いや、アッラーに感謝する。10分かかっていない!リュックベッソンか!タクシーメーターは15YTLだった。降車後、荷物を下ろしてもらい、20YTL札を渡してお釣りを期待するがそのまま行ってしまう。せっかちにも程があり、チップにも程があるぞ。小額紙幣は手に入れるのが難しいのでがんばろう。
    さて、ほぼ開館時間の九時ちょうどに現れた東洋人が一番ノリのゲストらしく、博物館のスタッフに「どうぞどうぞ、荷物預かってあげるよん」と招かれる。
    タクシー 20YTL
    アナトリア文明博物館 10YTL

  • Day4-4(ヤズルガヤ出土のレリーフ)<br />トルコの中部アナトリア平原は、鉄器時代にヒッタイト王国が勃興し、数々の遺跡が出土している。<br />キリスト誕生から2000年も前のことだ。旧約聖書にもヘテ人として登場する人々だ。昔だ。<br />おそろしく昔すぎてイメージがわかない。6日目に訪れるハットゥサ遺跡の予習を行う。<br />ハットゥサ遺跡の見物は同行のHoneyの主目的であるためあまり興味が湧かなかったが、ほぼ貸切の博物館は、非常に興味深い展示で溢れていた。「4000年前にすでに戦車が!」「4000年前にこんな精緻な造形技術が!」

    Day4-4(ヤズルガヤ出土のレリーフ)
    トルコの中部アナトリア平原は、鉄器時代にヒッタイト王国が勃興し、数々の遺跡が出土している。
    キリスト誕生から2000年も前のことだ。旧約聖書にもヘテ人として登場する人々だ。昔だ。
    おそろしく昔すぎてイメージがわかない。6日目に訪れるハットゥサ遺跡の予習を行う。
    ハットゥサ遺跡の見物は同行のHoneyの主目的であるためあまり興味が湧かなかったが、ほぼ貸切の博物館は、非常に興味深い展示で溢れていた。「4000年前にすでに戦車が!」「4000年前にこんな精緻な造形技術が!」

  • Day4-5(ロビーのテーブル)<br />「97年度ヨーロッパ博物館賞を受賞している!」「ロビーのテーブルまで遺跡だ!」

    Day4-5(ロビーのテーブル)
    「97年度ヨーロッパ博物館賞を受賞している!」「ロビーのテーブルまで遺跡だ!」

  • Day4-6(ネコっぽ何か)<br />「か、かわいい!」

    Day4-6(ネコっぽ何か)
    「か、かわいい!」

  • Day4-7(ウルス交差点のアタチュルク像)<br />運良く博物館前でタクシーを捕まえる。往路のタクシー程ではないが、このHyundaiも運転は荒い。<br />これがアンカラスタイルと納得し、運を天に任せる。アッラーの加護を求める。<br />タクシー車中より、立派なアタチュルク像を見つける。<br />この旅は4日目を迎えるが、実は道中の至る所でこのアタチュルク像を目にしてきた。公園、バスターミナル、駅、ホテル。地蔵の比ではない。壁に貼られた彼の写真などは、レストラン、喫茶店、街角、タクシーの車内、バスオフィスなど、あらゆる所で視界に入る<br />これは、政府の押しつけがましいプロパガンタなのか、真に民衆の尊敬が持続しているのかが気になるところだ。その両方と言った所か。<br />ムスタファ・ケマル・アタチュルク。第一次大戦、ガリポリの戦いの英雄的指揮官であり、共和制トルコ建国の父。冷静に考えても、やはり彼の功績は偉大なのかもしれない。<br />「瀕死の病人」と揶揄されたオスマントルコ帝国末期。<br />第一次世界大戦の敗北と戦勝国による分割譲渡要求と莫大な賠償金請求。<br />仇敵ロシアは、早々に革命による社会主義政府が起こり鼻息が荒い。<br />かつての主人に牙を向け、民族自決主義を掲げる東欧諸国。<br />ビザンツ帝国再興を夢見て、侵攻してくる隣国ギリシア。<br />彼はこの絶望的な状況の中でオスマン朝に見切りを付け、ここアンカラに共和制の革命政府を樹立する。<br />オスマン朝の栄華を忘れきれない国民を叱咤激励し、<br />戦術的にはギリシア軍を武力で押し返し、外交戦略としても西洋諸国の介入を退けた上で新政府による独立国家を国際会議の舞台で認めさせた。実に器用で行動力溢れる人物だ。<br />第一次大戦の灰燼から国を再興したのはドイツのヒトラーも同じだが、極端に解りやすい政策で民衆を煽動し、結果、第二次大戦のさらなる壊滅的敗北を呼びこんだ独裁者とは一線を画する人物に思える。<br />さらに言えば、大日本帝国は敗戦による崩壊後、アメリカの指導で民主主義国家として生まれ変わったが(異論はあろうが)、オスマントルコ帝国は、敗戦による崩壊後、自らのトルコ民族のアイデンティティによりトルコ共和国として再生した(その結果クルド人問題やキプロス諸島の問題を抱えることとなったのだが)。<br />これは大きな相違だ。これらのことを考えれば、トルコ共和国国父、ムスタファケマルの彫像を町の至る所で見かけることに違和感を感じなくなった。アタチュールクアタチュルク♪

    Day4-7(ウルス交差点のアタチュルク像)
    運良く博物館前でタクシーを捕まえる。往路のタクシー程ではないが、このHyundaiも運転は荒い。
    これがアンカラスタイルと納得し、運を天に任せる。アッラーの加護を求める。
    タクシー車中より、立派なアタチュルク像を見つける。
    この旅は4日目を迎えるが、実は道中の至る所でこのアタチュルク像を目にしてきた。公園、バスターミナル、駅、ホテル。地蔵の比ではない。壁に貼られた彼の写真などは、レストラン、喫茶店、街角、タクシーの車内、バスオフィスなど、あらゆる所で視界に入る
    これは、政府の押しつけがましいプロパガンタなのか、真に民衆の尊敬が持続しているのかが気になるところだ。その両方と言った所か。
    ムスタファ・ケマル・アタチュルク。第一次大戦、ガリポリの戦いの英雄的指揮官であり、共和制トルコ建国の父。冷静に考えても、やはり彼の功績は偉大なのかもしれない。
    「瀕死の病人」と揶揄されたオスマントルコ帝国末期。
    第一次世界大戦の敗北と戦勝国による分割譲渡要求と莫大な賠償金請求。
    仇敵ロシアは、早々に革命による社会主義政府が起こり鼻息が荒い。
    かつての主人に牙を向け、民族自決主義を掲げる東欧諸国。
    ビザンツ帝国再興を夢見て、侵攻してくる隣国ギリシア。
    彼はこの絶望的な状況の中でオスマン朝に見切りを付け、ここアンカラに共和制の革命政府を樹立する。
    オスマン朝の栄華を忘れきれない国民を叱咤激励し、
    戦術的にはギリシア軍を武力で押し返し、外交戦略としても西洋諸国の介入を退けた上で新政府による独立国家を国際会議の舞台で認めさせた。実に器用で行動力溢れる人物だ。
    第一次大戦の灰燼から国を再興したのはドイツのヒトラーも同じだが、極端に解りやすい政策で民衆を煽動し、結果、第二次大戦のさらなる壊滅的敗北を呼びこんだ独裁者とは一線を画する人物に思える。
    さらに言えば、大日本帝国は敗戦による崩壊後、アメリカの指導で民主主義国家として生まれ変わったが(異論はあろうが)、オスマントルコ帝国は、敗戦による崩壊後、自らのトルコ民族のアイデンティティによりトルコ共和国として再生した(その結果クルド人問題やキプロス諸島の問題を抱えることとなったのだが)。
    これは大きな相違だ。これらのことを考えれば、トルコ共和国国父、ムスタファケマルの彫像を町の至る所で見かけることに違和感を感じなくなった。アタチュールクアタチュルク♪

  • Day4-8(アンカラのオトガル)<br />運転は荒いが、受け答えは親切なタクシーは、アンカラのオトガル、通称「A.S.T.I」到着。<br />今度の彼はお釣りをしっかりくれた。これまた巨大な施設で、イズミルオトガル以上の規模だ。<br />出発階には、信じられない数のバス会社カウンターが列んでいるが、中央インフォの向かって右側に、目星をつけておいた有名企業「METRO」カウンターを見つけ、サフランボル行きを購入。乗り場番号を確認した上で、バスを待つ。<br /><br />サフランボル行きのバス 12YTL

    Day4-8(アンカラのオトガル)
    運転は荒いが、受け答えは親切なタクシーは、アンカラのオトガル、通称「A.S.T.I」到着。
    今度の彼はお釣りをしっかりくれた。これまた巨大な施設で、イズミルオトガル以上の規模だ。
    出発階には、信じられない数のバス会社カウンターが列んでいるが、中央インフォの向かって右側に、目星をつけておいた有名企業「METRO」カウンターを見つけ、サフランボル行きを購入。乗り場番号を確認した上で、バスを待つ。

    サフランボル行きのバス 12YTL

  • Day4-9(ドライブインでの休憩)<br />程なくバスが到着し、時間通りに出発。2時間程で、ドライブインに入る。この田舎では、東洋人はよほど奇特な存在らしく、ジロジロ見られる。 こっちから笑いかけ「メルハバ」をかますと、さくっと笑顔になって「メルハバ」返しをしてくれる人が約70%。後は慌てて目を逸らす人が約30%だ。トルコの人はバスの清掃にとても気を遣っている。約15分弱の休憩でも、きちっと係りの人がフロントガラスを洗っていた。

    Day4-9(ドライブインでの休憩)
    程なくバスが到着し、時間通りに出発。2時間程で、ドライブインに入る。この田舎では、東洋人はよほど奇特な存在らしく、ジロジロ見られる。 こっちから笑いかけ「メルハバ」をかますと、さくっと笑顔になって「メルハバ」返しをしてくれる人が約70%。後は慌てて目を逸らす人が約30%だ。トルコの人はバスの清掃にとても気を遣っている。約15分弱の休憩でも、きちっと係りの人がフロントガラスを洗っていた。

  • Day4-10(サフランボル旧市街、中央広場)<br />休憩後、バスは約1時間で「カラビュックオトガル」に。その後、すぐに「サフランボルオトガル」に到着。<br />明日のアンカラ行きのバス時刻を確認後、セルビュス(バス付属の無料シャトルサービス)に案内され、<br />賑やかなサフランボル新市街へ。さらに旧市街へのミニバスを乗り継ぎ、ついに世界遺産「サフランボル旧市街」に到着する。ミニバスを降りると、「excuse me!」と声をかけられるが、これがなんと制服を着た警察官だった。なんか悪いことしたのかな?と一瞬考えるが、「ツーリストインフォメーションは向こうにあるよ!」<br />と親切に、しかも客引きに匹敵する熱心さで教えてくれる。なぜなんだろう。

    Day4-10(サフランボル旧市街、中央広場)
    休憩後、バスは約1時間で「カラビュックオトガル」に。その後、すぐに「サフランボルオトガル」に到着。
    明日のアンカラ行きのバス時刻を確認後、セルビュス(バス付属の無料シャトルサービス)に案内され、
    賑やかなサフランボル新市街へ。さらに旧市街へのミニバスを乗り継ぎ、ついに世界遺産「サフランボル旧市街」に到着する。ミニバスを降りると、「excuse me!」と声をかけられるが、これがなんと制服を着た警察官だった。なんか悪いことしたのかな?と一瞬考えるが、「ツーリストインフォメーションは向こうにあるよ!」
    と親切に、しかも客引きに匹敵する熱心さで教えてくれる。なぜなんだろう。

  • Day4-11(バストンジュパンシヨン)<br />親切な警察官にPTTの場所を聞き、国際郵便を出した後、<br />地図を片手に、予約しておいた「日本人定番の宿「バストンジュパンシヨン」に徒歩約10分で到着する。<br />日本人に大人気の宿で評判も高いらしいが、軒先に貼られた「ゆず」のポスターを見てげんなり。<br />小さなロビーには、日本から送られたと思われる日本の絵葉書や韓国語、日本語表記のメニューや説明書きが溢れ、この宿の愛されっぷりが解る。が、人がいない。ミーティングルームとおぼしき隣の部屋にアジア人女性が一人テレビを見ているだけだった。「宿の人、どこに行ったかわかんないわ」とのこと。<br />向かいのチャイハネの女主人が、見かねて大声でスタッフを呼んでくれると、電話を片手に青年が走ってくる。予約していたことを告げると、部屋に案内してくれる。一階ロビーの雑然とした雰囲気からは想像できない趣のある部屋で、おまけに広い。しばし休息した後、サフランボル市街を散策に出る。

    Day4-11(バストンジュパンシヨン)
    親切な警察官にPTTの場所を聞き、国際郵便を出した後、
    地図を片手に、予約しておいた「日本人定番の宿「バストンジュパンシヨン」に徒歩約10分で到着する。
    日本人に大人気の宿で評判も高いらしいが、軒先に貼られた「ゆず」のポスターを見てげんなり。
    小さなロビーには、日本から送られたと思われる日本の絵葉書や韓国語、日本語表記のメニューや説明書きが溢れ、この宿の愛されっぷりが解る。が、人がいない。ミーティングルームとおぼしき隣の部屋にアジア人女性が一人テレビを見ているだけだった。「宿の人、どこに行ったかわかんないわ」とのこと。
    向かいのチャイハネの女主人が、見かねて大声でスタッフを呼んでくれると、電話を片手に青年が走ってくる。予約していたことを告げると、部屋に案内してくれる。一階ロビーの雑然とした雰囲気からは想像できない趣のある部屋で、おまけに広い。しばし休息した後、サフランボル市街を散策に出る。

  • Day4-12(サフランボル旧市街の全貌。Kale(砦)よりの眺め)<br />とりあえず町の全景を見るため、高いとこに登るが道を間違える。<br />伝統的オスマン民家を多く残すことから世界遺産に登録されたサフランボル。全体的に「可愛い」さが溢れていて、箱庭的な小ささ。ファンタジックなオモチャの町のようだ!カワイイ!

    Day4-12(サフランボル旧市街の全貌。Kale(砦)よりの眺め)
    とりあえず町の全景を見るため、高いとこに登るが道を間違える。
    伝統的オスマン民家を多く残すことから世界遺産に登録されたサフランボル。全体的に「可愛い」さが溢れていて、箱庭的な小ささ。ファンタジックなオモチャの町のようだ!カワイイ!

  • Day4-13(サフランボルの商店)<br />昼間の町には観光客がかなり多く、ツアーの日本人観光客の一団も町を練り歩いていた。<br />町の商店は明らかに供給過剰気味にロクム(Turkish Delight)を並べていたり、軒先に多種の外国語表記(日本語も)を連ねて客の獲得に必死な印象だ。それでも「昔は静かで雰囲気のある町だったんだろうなぁ。」と思わせる街路や民家は健在。この日は、ワールドカップ[AUS vs JAP]戦の日で、通りかかったチャイハネの親父に、「日本人かい!一緒に見ていけよ!(多分)」と誘われ、チャイを出してくれる。召集令状らしきものを携えた大柄な軍人と親父とで、しばしテレビ観戦。前半26分で中村による先制点が入ると、大フィーバー。強面で屈強そうな軍人までも我がことのように喜んでくていた。

    Day4-13(サフランボルの商店)
    昼間の町には観光客がかなり多く、ツアーの日本人観光客の一団も町を練り歩いていた。
    町の商店は明らかに供給過剰気味にロクム(Turkish Delight)を並べていたり、軒先に多種の外国語表記(日本語も)を連ねて客の獲得に必死な印象だ。それでも「昔は静かで雰囲気のある町だったんだろうなぁ。」と思わせる街路や民家は健在。この日は、ワールドカップ[AUS vs JAP]戦の日で、通りかかったチャイハネの親父に、「日本人かい!一緒に見ていけよ!(多分)」と誘われ、チャイを出してくれる。召集令状らしきものを携えた大柄な軍人と親父とで、しばしテレビ観戦。前半26分で中村による先制点が入ると、大フィーバー。強面で屈強そうな軍人までも我がことのように喜んでくていた。

  • Day4-14(サフランボルの路地)<br />観光客に占拠されるメインの通りから外れると、静かな地元の生活を垣間見た気がした。<br />土産物屋街を少し離れると、鍛冶屋、仕立屋などがキッチリ残っていて、頑固そうな職人が作業に没頭していた。観光の町になったんだからと割り切って愛想の良い人々(または観光産業従事者)と、過剰な観光客の流入を疎ましく感じている人が半々ぐらいかと思う。2種類の視線を感じた。

    Day4-14(サフランボルの路地)
    観光客に占拠されるメインの通りから外れると、静かな地元の生活を垣間見た気がした。
    土産物屋街を少し離れると、鍛冶屋、仕立屋などがキッチリ残っていて、頑固そうな職人が作業に没頭していた。観光の町になったんだからと割り切って愛想の良い人々(または観光産業従事者)と、過剰な観光客の流入を疎ましく感じている人が半々ぐらいかと思う。2種類の視線を感じた。

  • Day4-15(サフランボル モスク裏のアンティークショップ  銀細工の職人達)<br />モスク裏のトイレで用を足した後、同じくトイレに来た地元の兄ちゃん(右から2番目)に、カタコトの英語で「良い指輪してんじゃん。ちょっと見せてくれよ!」と話しかけられる。警戒する。「すげえな、どこの品物だ?日本の?へー!俺も銀細工の職人なんだ。向こうに店があるから、暇なら見に来てよ。」と言うので、「後で暇だったら行くよ」と軽く流して去るが、お気に入りの指輪を褒められたことと、異国の地で手に入れる指輪にドキドキで少し気分が良くなってしまい。1時間後、ホントに訪れる。店には別の青年(一番右)がおり、いきなりの東洋人の来訪に少し戸惑いながら、「Hello」という。店内を物色していると、すぐに指輪マン(右から2番目)が戻り、「ほんとに来たのかよ!サプライズだ!」と少し喜ぶ。いくつかのアンティークの指輪を見せてくれるが、一つだけ気に入るモノがあり手に取る。<br />質的には、おそらく本物のシルバーで重量もある。細工はそれほどでも無いがデザインが気に入ってしまう。<br />早速値段を聞く。「50YTLだね。えっ30YTL?勘弁してよ、リアルシルバーだぜー。45YTLがリミットだよ。」<br />そんなに金持ちではないので、断念して外の商品も見学。<br />彼は格闘技がとても好きらしく、 セールスそっちのけで<br />「日本人はカンフー?テコンドー?空手?」と聞いてくる。<br />「カンフーは中国。テコンドーは韓国。空手が日本の格闘技だよ。」<br />「そっか!君も空手できるの!?まじで!?俺もタイ式ボクシングやってんだ!」<br />「ムエタイのこと?」<br />「そうそう、ムエタイ!よく知ってるじゃん!そっかそっか!とりあえずアームレスリングしようぜ!」<br />どんな展開だ!とりあえずノリだけで彼の挑戦を受ける。<br />もう一人(一番右)の赤Tシャツが審判になり、狭い店内にテーブルが用意され試合が始まった。<br />なかなかの剛腕とこの血管の浮き具合。おそらく本気だ。<br />このトルコ人の全力の挑戦に手を抜くのは無礼。8秒で思い切り勝つ。<br />赤Tシャツが興奮してはしゃいで、店の外に出て何か叫び出す「メフメットが日本人に負けた!(多分)」<br />隣の店の人や通りがかりの数人が集まってしまう。<br />彼らの知り合いと思われる老人が二頭筋を触ったり、拍手したりしてくれるので、とりあえず記念撮影。<br />互いの健闘を讃え、「握手した上で互いの頬を合わせる」トルコ式挨拶を教えてもらい、実践。<br />またまたチャイをおごってもらったり、とても楽しい体験ができたこともあり、去り際に「あの指輪ほしいんだ。40YTLでダメ?」と聞くと、「25YTLにしとく!」 と言ってくれるので、有り難く購入。<br />穿った見方をして、もしこれが彼の販売戦略だとしたら、何か賞をあげます。<br /><br />メフメットとの小さな出会いの詰まったシルバーリング 25YTL

    Day4-15(サフランボル モスク裏のアンティークショップ  銀細工の職人達)
    モスク裏のトイレで用を足した後、同じくトイレに来た地元の兄ちゃん(右から2番目)に、カタコトの英語で「良い指輪してんじゃん。ちょっと見せてくれよ!」と話しかけられる。警戒する。「すげえな、どこの品物だ?日本の?へー!俺も銀細工の職人なんだ。向こうに店があるから、暇なら見に来てよ。」と言うので、「後で暇だったら行くよ」と軽く流して去るが、お気に入りの指輪を褒められたことと、異国の地で手に入れる指輪にドキドキで少し気分が良くなってしまい。1時間後、ホントに訪れる。店には別の青年(一番右)がおり、いきなりの東洋人の来訪に少し戸惑いながら、「Hello」という。店内を物色していると、すぐに指輪マン(右から2番目)が戻り、「ほんとに来たのかよ!サプライズだ!」と少し喜ぶ。いくつかのアンティークの指輪を見せてくれるが、一つだけ気に入るモノがあり手に取る。
    質的には、おそらく本物のシルバーで重量もある。細工はそれほどでも無いがデザインが気に入ってしまう。
    早速値段を聞く。「50YTLだね。えっ30YTL?勘弁してよ、リアルシルバーだぜー。45YTLがリミットだよ。」
    そんなに金持ちではないので、断念して外の商品も見学。
    彼は格闘技がとても好きらしく、 セールスそっちのけで
    「日本人はカンフー?テコンドー?空手?」と聞いてくる。
    「カンフーは中国。テコンドーは韓国。空手が日本の格闘技だよ。」
    「そっか!君も空手できるの!?まじで!?俺もタイ式ボクシングやってんだ!」
    「ムエタイのこと?」
    「そうそう、ムエタイ!よく知ってるじゃん!そっかそっか!とりあえずアームレスリングしようぜ!」
    どんな展開だ!とりあえずノリだけで彼の挑戦を受ける。
    もう一人(一番右)の赤Tシャツが審判になり、狭い店内にテーブルが用意され試合が始まった。
    なかなかの剛腕とこの血管の浮き具合。おそらく本気だ。
    このトルコ人の全力の挑戦に手を抜くのは無礼。8秒で思い切り勝つ。
    赤Tシャツが興奮してはしゃいで、店の外に出て何か叫び出す「メフメットが日本人に負けた!(多分)」
    隣の店の人や通りがかりの数人が集まってしまう。
    彼らの知り合いと思われる老人が二頭筋を触ったり、拍手したりしてくれるので、とりあえず記念撮影。
    互いの健闘を讃え、「握手した上で互いの頬を合わせる」トルコ式挨拶を教えてもらい、実践。
    またまたチャイをおごってもらったり、とても楽しい体験ができたこともあり、去り際に「あの指輪ほしいんだ。40YTLでダメ?」と聞くと、「25YTLにしとく!」 と言ってくれるので、有り難く購入。
    穿った見方をして、もしこれが彼の販売戦略だとしたら、何か賞をあげます。

    メフメットとの小さな出会いの詰まったシルバーリング 25YTL

  • Day4-16(サフランボル-ジンジ ハマム)<br />トルコvs日本の親善試合を制し、戦いの疲れを癒すため中央広場近くのハマムへ向かう。<br />このハマムは、本格的な雰囲気が残る地元ハマムで、男湯と女湯がきっちり別れている。<br />メフメットも「良いハマムだよ!」と太鼓判だった。<br />中へ入るとセルチュクハマムほどの「ウェルカーム!」な感じは無いものの、「まあ入りなよ」的な空気で、<br />脱衣個室へ通された後、浴室へ。中には地元のおっさん2人の先客が。一人は東洋人の珍客がよほど面白かったのか、必要以上に大ウケ。「ジャポン!ハマム!」など、良くわからないやり取り。<br />彼らは、自分達の垢スリとマサジが終わると姿勢を正し、規則正しく体の部位を順番に洗っている。<br />「清潔は信仰の半分」との教義がある彼らイスラム教徒にとっては、神聖な行為のようだ。<br />体を清めた直後に異教徒に水をかけられたりすると「ブチギレ」らしいので「試したろか」と考えたが、真面目な表情で体を洗う彼らの所作自体が神聖なオーラを放っていて、愚かな考えを打ち消してくれた。<br />セルチュクハマム以上の極楽アカスリとマサジが終わると作法(ここで新しいタオルを巻いてね等)を教えて貰ったり、体を拭いて貰ったりしながら湯上がりの一時へ。他人に体を拭いて貰うなんて、幼少期以来で少し恥ずかしかった。「なんか飲む?(多分)コラ?水でいいの?」と中央の噴水から銀製のジャグで水を汲んでくれた。この水がウマイ。チップを渡そうとしていた三助さんは子供が迎えに来て「ほなさいなら」みたいな感じで早々に帰ってしまい、番台に見つけた「chip box」に3YTLを入れておく。<br />残った番台の強面親父とまたもやダラダラ意志疎通しつつ、またもやチャイをおごってもらう。<br />しまいには「え?女と一緒に来た?早く呼んでやれ!(多分)」と外で涼んでいたHoneyまで招き入れてくれ(男湯に)、しばし固有名詞を多用した談笑。女湯のおばさんも相当腕が良かったらしい。夕暮れ時の地元サロン的な雰囲気を堪能する。<br /><br />ハマム フルセット 20YTL<br />ハマム チップ 3YTL

    Day4-16(サフランボル-ジンジ ハマム)
    トルコvs日本の親善試合を制し、戦いの疲れを癒すため中央広場近くのハマムへ向かう。
    このハマムは、本格的な雰囲気が残る地元ハマムで、男湯と女湯がきっちり別れている。
    メフメットも「良いハマムだよ!」と太鼓判だった。
    中へ入るとセルチュクハマムほどの「ウェルカーム!」な感じは無いものの、「まあ入りなよ」的な空気で、
    脱衣個室へ通された後、浴室へ。中には地元のおっさん2人の先客が。一人は東洋人の珍客がよほど面白かったのか、必要以上に大ウケ。「ジャポン!ハマム!」など、良くわからないやり取り。
    彼らは、自分達の垢スリとマサジが終わると姿勢を正し、規則正しく体の部位を順番に洗っている。
    「清潔は信仰の半分」との教義がある彼らイスラム教徒にとっては、神聖な行為のようだ。
    体を清めた直後に異教徒に水をかけられたりすると「ブチギレ」らしいので「試したろか」と考えたが、真面目な表情で体を洗う彼らの所作自体が神聖なオーラを放っていて、愚かな考えを打ち消してくれた。
    セルチュクハマム以上の極楽アカスリとマサジが終わると作法(ここで新しいタオルを巻いてね等)を教えて貰ったり、体を拭いて貰ったりしながら湯上がりの一時へ。他人に体を拭いて貰うなんて、幼少期以来で少し恥ずかしかった。「なんか飲む?(多分)コラ?水でいいの?」と中央の噴水から銀製のジャグで水を汲んでくれた。この水がウマイ。チップを渡そうとしていた三助さんは子供が迎えに来て「ほなさいなら」みたいな感じで早々に帰ってしまい、番台に見つけた「chip box」に3YTLを入れておく。
    残った番台の強面親父とまたもやダラダラ意志疎通しつつ、またもやチャイをおごってもらう。
    しまいには「え?女と一緒に来た?早く呼んでやれ!(多分)」と外で涼んでいたHoneyまで招き入れてくれ(男湯に)、しばし固有名詞を多用した談笑。女湯のおばさんも相当腕が良かったらしい。夕暮れ時の地元サロン的な雰囲気を堪能する。

    ハマム フルセット 20YTL
    ハマム チップ 3YTL

  • Day4-17(サフランボル-ジンジ ハヌ ホテル中庭)<br />元々隊商宿だった大きな建物が、ホテルに改装されていて中庭ではレストランが開業していた。<br />夕食はここでディナーにする。田舎町には意外な照明と雰囲気(良く言えば幻想的。悪く言えばバブリー)。<br />おそらくサフランボル初の「一流のホスピタリティ」を標榜しての開店だろう。「キチっとしよう!」という気合いがみなぎっている。値段は一流でなくてもいいのに。。。<br />開業して間もないためか、スタッフの人達も少しぎこちないが親切丁寧に接してくれる。<br />チーフっぽいウェイターさんに、ピデの正しい食べ方をレクチャーしてもらったり、また食べ過ぎる。<br />注文し過ぎたため、こっそり「パケット(持ち帰り)にしてくれない?」というと快く包んでくれた。<br /><br />夕食 70YTL( 二人で)

    Day4-17(サフランボル-ジンジ ハヌ ホテル中庭)
    元々隊商宿だった大きな建物が、ホテルに改装されていて中庭ではレストランが開業していた。
    夕食はここでディナーにする。田舎町には意外な照明と雰囲気(良く言えば幻想的。悪く言えばバブリー)。
    おそらくサフランボル初の「一流のホスピタリティ」を標榜しての開店だろう。「キチっとしよう!」という気合いがみなぎっている。値段は一流でなくてもいいのに。。。
    開業して間もないためか、スタッフの人達も少しぎこちないが親切丁寧に接してくれる。
    チーフっぽいウェイターさんに、ピデの正しい食べ方をレクチャーしてもらったり、また食べ過ぎる。
    注文し過ぎたため、こっそり「パケット(持ち帰り)にしてくれない?」というと快く包んでくれた。

    夕食 70YTL( 二人で)

  • Day4-18(サフランボルの夜)<br />ライトアップされたモスクなど、日没後のサフランボルもキレイだった。ぬかりがない。<br />宿に戻り、明日の予定を練りつつ宿の人に告げる。<br />(明日の計画)<br />7:00AMに「サフランボルオトガル」発のバスに乗るため<br />新市街の「metro」バスオフィスには少なくとも6:40AMには到着しなければならない。<br />ここ旧市街から新市街のバスオフィスに着くまでには、6:30AMにはタクシーに乗らなければならない。<br />新市街行きの乗り合いバスの始発は7:00AMだからだ。<br />「旧市街中央広場(6:30AM)→新市街バスオフィス(6:40AM)→サフランボルオトガル(7:00AM)」<br />という携帯したミニ目覚まし時計が命運を握る強行軍。宿の人もあきれ気味。<br />なぜこのような強行軍を?お答えします。<br />明日はアンカラに戻った後、ハットゥサ遺跡の見物を予定しているのだが、実はここが難関だ。<br />ハットゥサ遺跡はトルコ国内でもマイナーな目的地の一つで、渡航前に得られた情報が少ない。<br />ハットゥサ遺跡見学には、およそ3つの拠点が存在する。<br />1,ハットゥサ遺跡にほぼ隣接するボアズカレ村での宿泊<br />2,ハットゥサ遺跡の北方、約25kmに位置するスングルルの町での宿泊<br />3,ハットゥサ遺跡の南方、約25kmに位置するヨズガットの町での宿泊<br />いずれの選択肢も選べるようにするには、今朝、アンカラオトガルの電光掲示板で見つけておいた「10:30に発つヨズガット行き」に乗れる時間に、アンカラ入りを果たしたいからだ。<br />どの選択をするか。<br />第一候補は、1の「ボアズカレ村」だが、そのまた翌日に、さらに南方のカッパドキア地方への移動を控えた我々には3の「ヨズガットの町」が地理的には一番有利だ。2のスングルルは論外として、ボアズカレとヨズガットの2択となる。ここが迷い所だ。<br />ボアズカレの村は、各方面で丁寧な地図まで載っていて、訪れた日本人によるレポートも見つけることができた。一方、距離的に有利な南方のヨズガットだが、この町について得られた情報は、トルコ国内の旅行代理店が紹介していた町にある2つのホテルの名前、住所、連絡先だけで、もちろん予約などはしていない。「地球の歩き方」にも、「タクシーにハットゥサツアーを頼める」ぐらいしか記載が無く、「ロンプラ」には町の名前さえ出ていない。宿の兄ちゃんにアドバイスをもらおうとするが、「ヨズガットからハットゥサなんて、恐ろしく距離があり、バスも出ていない。200km以上はあるよ!」と不安なことを聞かされる。これで弾みがつき、自らの下調べの正しさを信じたいことと、知らない町に果敢に挑むトラベルロマンに酔ってしまったことからヨズガット行きを心に決める。<br />宿のオーナーに、「もし僕が朝早くに起きれたら、5YTLでバスオフィスまで送ってあげるよ!」と有り難いことを言われるが、彼はテレビでのワールドカップの試合を横目で気にしていたので、もちろん期待せず宿代を先に支払い、多少の不安とワクワク感を抱え寝ることにした。夜のサフランボルは静かに眠り、旅の四日目が終わった。<br /><br />バストンジュパンシヨン  50YTL

    Day4-18(サフランボルの夜)
    ライトアップされたモスクなど、日没後のサフランボルもキレイだった。ぬかりがない。
    宿に戻り、明日の予定を練りつつ宿の人に告げる。
    (明日の計画)
    7:00AMに「サフランボルオトガル」発のバスに乗るため
    新市街の「metro」バスオフィスには少なくとも6:40AMには到着しなければならない。
    ここ旧市街から新市街のバスオフィスに着くまでには、6:30AMにはタクシーに乗らなければならない。
    新市街行きの乗り合いバスの始発は7:00AMだからだ。
    「旧市街中央広場(6:30AM)→新市街バスオフィス(6:40AM)→サフランボルオトガル(7:00AM)」
    という携帯したミニ目覚まし時計が命運を握る強行軍。宿の人もあきれ気味。
    なぜこのような強行軍を?お答えします。
    明日はアンカラに戻った後、ハットゥサ遺跡の見物を予定しているのだが、実はここが難関だ。
    ハットゥサ遺跡はトルコ国内でもマイナーな目的地の一つで、渡航前に得られた情報が少ない。
    ハットゥサ遺跡見学には、およそ3つの拠点が存在する。
    1,ハットゥサ遺跡にほぼ隣接するボアズカレ村での宿泊
    2,ハットゥサ遺跡の北方、約25kmに位置するスングルルの町での宿泊
    3,ハットゥサ遺跡の南方、約25kmに位置するヨズガットの町での宿泊
    いずれの選択肢も選べるようにするには、今朝、アンカラオトガルの電光掲示板で見つけておいた「10:30に発つヨズガット行き」に乗れる時間に、アンカラ入りを果たしたいからだ。
    どの選択をするか。
    第一候補は、1の「ボアズカレ村」だが、そのまた翌日に、さらに南方のカッパドキア地方への移動を控えた我々には3の「ヨズガットの町」が地理的には一番有利だ。2のスングルルは論外として、ボアズカレとヨズガットの2択となる。ここが迷い所だ。
    ボアズカレの村は、各方面で丁寧な地図まで載っていて、訪れた日本人によるレポートも見つけることができた。一方、距離的に有利な南方のヨズガットだが、この町について得られた情報は、トルコ国内の旅行代理店が紹介していた町にある2つのホテルの名前、住所、連絡先だけで、もちろん予約などはしていない。「地球の歩き方」にも、「タクシーにハットゥサツアーを頼める」ぐらいしか記載が無く、「ロンプラ」には町の名前さえ出ていない。宿の兄ちゃんにアドバイスをもらおうとするが、「ヨズガットからハットゥサなんて、恐ろしく距離があり、バスも出ていない。200km以上はあるよ!」と不安なことを聞かされる。これで弾みがつき、自らの下調べの正しさを信じたいことと、知らない町に果敢に挑むトラベルロマンに酔ってしまったことからヨズガット行きを心に決める。
    宿のオーナーに、「もし僕が朝早くに起きれたら、5YTLでバスオフィスまで送ってあげるよ!」と有り難いことを言われるが、彼はテレビでのワールドカップの試合を横目で気にしていたので、もちろん期待せず宿代を先に支払い、多少の不安とワクワク感を抱え寝ることにした。夜のサフランボルは静かに眠り、旅の四日目が終わった。

    バストンジュパンシヨン  50YTL

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この旅行記へのコメント (2)

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  • yukibarchanさん 2006/06/24 20:30:32
    メルハバ〜♪
    はじめまして!!
    とても面白く、一気に拝見させていただきました♪

    私もcaptainさんより少し前にトルコに行ってきました。

    ちょっとリッチなバックパッカー(笑)・・・・・を断念し
    パックツアーの一人参加で10日間の旅行でした。

    やはりツアーとはちがって、トルコの人たちとのふれあいとか
    ツアーでは行かないような所まで気楽に行けたり・・・・・

    まだ旅行記は続くんですよねっ!!
    楽しみにしています。



    captain

    captainさん からの返信 2006/06/25 00:52:40
    RE: メルハバ〜♪
    メルハバー テシェキルエデリム(合ってたかな)
    読んでいただいてありがとうございます。個人旅行はチョロチョロ自分勝手なことができて楽しかったですが、ツアー旅行の楽しそうで和気アイアイな雰囲気も体験してみたいですねー。

captainさんのトラベラーページ

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