2006/05/14 - 2006/05/26
127位(同エリア270件中)
明石DSさん
上海〜鳥魯木斉(ウルムチ)〜庫車(クチャ)
〜庫爾勒(コルラ)〜吐魯番(トルファン)〜鳥魯木斉〜上海
新疆ウィグル:人口推定1900万人
ウィグル族:45%=855万人
漢族:40%=760万人
その他約40民族=285万人
1949年中共建国以降、漢族の大量移住によって
新疆ウィグルはウィグル族vs漢族の対立の土地でもある。
現在進行形の民族対立の地であろう新疆ウィグルの現状は如何に?
そこは対立の地なのか?
それとも対立の無い共生の地なのか?
ウィグル族と漢族は、対立しているだろう
ウィグル族が漢族と仲が良いはずが無い
そんな「先入観の塊」を持って旅をした新疆滞在11日間です
-
2006.平成18年5月19日(金):6日目
庫車(二日目)にて
■散歩
一服して出かける。
まず夕食を食いに。賓館近くの昨日のウィグル人居住区の店に入る。
店内 -
店の兄貴が選んでくれた。うまかった。
二回目だから、安心感も違う。
昨日と同じ物?と聞かれ、私は「違うのを食べたい」と言った。
でもどんな料理があるのかさっぱり分らないから、とにかく「アンタに任せるから、量があまり多くない物を頼む」と言うと、その兄貴が適当に「じゃあ、これとこれと・・・」と、二品くらい言ってくれた。
何か分らないが、OKと合図をし座って待った。
目の前に、顔が半分やけどでケロイドの若者がラグマン(拉麺)を食っていた。漢族はほとんどウィグル人の小さな店には入ってこない。
水餃子のような物とシシカバブ(カワプ)を出してくれた。この餃子、中には羊の肉が入っているようだが旨かった。カワプもカワと聞こえる。 -
写真を撮らせてもらう。
私が日本人だから??
・・・。みんな愛想はいい。 -
庫車賓館から徒歩5分くらいのところにある店
-
この気の良い兄さんがこの店の中心・・・
今は、もう、懐かしい店、 -
親切だったウィグル族の携帯電話ショップの親父さん
それから電話のカードを買いにぶらぶらし、一軒の携帯電話の店に入ったが、やはりここでも国際電話が掛けれるカードはなかった。 -
庫車の
街をさ迷う -
ぶらぶら散歩が面白い -
■ウィグル族の鳥恰農貿市場
そして、どこをどう歩いたのか・・・歩いている内に、ウィグル族の市場である鳥恰農貿市場に辿りつく。
帰国してガイドブックを見て初めてそこが解放路を南に下がったところにあるウィグル族の市場っだったことが分った。 -
市場周辺はとにかく人が多い
鳥恰農貿市場を歩けば楽し
ウィグル人の生活の場こそが、新疆ウィグルの旅の醍醐味である。漢族の居住区は、他の中国の都市と全く同じ風情だから。 -
■ウィグル族の鳥恰農貿市場
いきなり市場の入り口に大型トレーラーが突っ込んで来た。
反対方向からは警笛をやたらに鳴らしながら車や荷車、単車が渋滞中なのに・・・
一体全体どうすんねん・・・である。 -
ニッチモサッチモ動きが取れないだろうに、それでも互いに突っ込んできて互いに立ち往生。
そこから、長〜い時間を延々と掛けて団子状態をほぐすかのように遅々と動き出す。
それだけでも見物の価値あり。 -
私の一見は漢族だ。気のせいか、嫌な視線を感じる。
「何や、お前、漢族の小金持ちの旅行者か、ふざけんなよ・・・」って罵声が聞こえてきそうで。
ここで、向こうから歩いてくる二人の屈強なテロリスト???
イスラム戦士とすれ違った。
ハハ冗談ですが・・・それを思わす風貌で、二人並んで肩で風切って歩いてきました。写真なんて滅相も無い・・・。カメラ向けたら吊るされそうで
市場の迷路のような狭い道にぎっしりと店がひしめき合い。こんなにどこに人がいたのかというほどの人のひしめき合い。 -
遺跡巡りよりこっちのほうが百倍オモロイ
なんじゃ??こんな市場に大型トレーラー突っ込んで、マジックでも始まるの?
しばし、唖然、呆然、この成り行きを見守る・・・
30分以上市場を歩いた後、見たら、
ちょっと進んでいた -
そんな狭苦しいところにも
ロバや牛も荷車引いて入って来ています -
ロバも牛もお仕事です・・・
映画のワンシーンではありません、現実です。 -
鳥恰農貿市場を歩けば楽し
-
この叔母さんからクッキーを買い
1元・14円払って、400元落としました(泣)
今日市場でクッキーを買った時だったと思うけど、一緒にポケットに突っ込んでいた100元札4枚を落としてしまった。あ〜残念、無念、ガッカリ。拾った者は喜んだろうな。
トラックの助手席のウィグル人の給料は一ヶ月1500元だと言っていた。日本円21000円也。400元は5600円也。
何故だ?新疆に来ると5千円が5万円に正味思うのだ・・・。
だから、がっくり。あれも買える、これも買えた。
今日の包車代だし。 -
スイカを食い(一切れ1元=14円)
スイカを良く食べました。一切れ1元。
この笑顔と写真OKは私の国籍白状の後のことです
おもむろに「ヤポニヤディン ケルディム=日本から来ました」・・・と、言います。
それから相手の笑顔です -
市場から出てもその周辺はウィグル族の居住地。
趣は違います。
最近、昔の家並みが壊され、新しい市街地になりつつあるらしいです。
新しい家並みは、きっと支那風に。 -
再開発?民族浄化?が進むウィグル地区
10年後、もう一度訪ねて見たいなあ、ウィグルの意地を見たい。 -
何か大きな音楽が掛かっているなと近づけば、結婚式でした。
勝手に一枚。
お祝い事だからお許しあれ・・・ -
庫車
毎日めちゃ賑やかな露店。何処にもある。
■さあ今日も日が暮れた
思い出したこと・・・○巧英の運転
郊外の真っ直ぐ道はとりあえず140kmまで加速し、シフトレバーをニュートラルに抜いて蛇足で走る。60kmぐらいまで速度が落ちると、又、加速の繰り返し。
こんなことで燃費は良くなるのか?疑問だけど、こんな運転は○巧英だけだった。
住宅地も80キロくらいの速度で警笛を鳴らしながら走り抜けようとするので怖い。子供がウロウロしているのに・・・。飛び出せば終わりだが、一体どうなるのだろう。
庫爾勒は石油の街って紹介が本にも出てたが、庫車は今ではコルラ以上に石油の埋蔵があるようなことを○巧英が言っていました。
ウィグル人と漢族は同じ学校で学ぶことは出来るが、ウィグル人のほとんどは漢族の学校に「不想去=行きたくない」そうで、
○巧英の娘10歳(小学校3年生と言っていた=年が違うのか?)のクラス54人の内、ウィグル人は4人だけとのこと。
それでも、この4人は同族の者から白眼視されながら、何をかを思って通わせているのだろう。
10年後は如何に???・・と、思う。新疆ウィグルの独立を祈る。 -
そこのけそこのけウィグル族のお通りだ
-
さあ、今日も旅をした。
明日は、庫車から庫爾勒にバスに乗ってゆく。
7時間掛けて・・・。 -
庫車賓館の部屋の窓から外を写す
2006.平成18年5月20日(土)
■庫車から庫爾勒へ行く朝・・・。
9時半・・・退房
8時半から朝食を食べ、今日も又、これが日本人の退房だと。
“立つ鳥跡を濁さず”の、
一人自己満足?の退房する。 -
○巧英と交渉した庫車賓館のロビー
-
窓口の彼女がホンマ素早く書いてくれたメモ
庫爾勒行きは2:00発。12:30に切符を買いに来て・・・と。言われた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
まず長途汽車站(長距離バスターミナル)に行って、庫爾勒行きのバスの時刻を確かめる。
ここの窓口の20歳くらいの可愛い女性(漢族)が、優しく気遣いをしてくれた。旅先の親切はホント身に沁みて嬉しい。
私が望む適当なバスの便を教えてくれて、PM2:00出発。切符は12:30くらいに来るように・・と、メモ紙に大きな綺麗な字でさっさと書いてくれた。
それまでの時間に私が博物館に行きたいと言うと、彼女は又何も言わないのに、メモ紙にどのバスに乗ってどこで降りて・・・と、いうのを書いてくれた。 -
窓口で素早く書いてくれたメモ
4路のバスに終点まで乗って705何とか駅で降りて、車掌に文物館に行く道を尋ねたら教えてくれる。
・・・・・・・・・・・・・・
そして、12時半にここにバスの切符を買いにきたら、又何も言わないのに運転手の真後ろの一番前の席の窓側の指定席を取ってくれた。
バスは運転席が一段低いので景色を見るには最高の場所である。
ウルムチの女性ガイドといい、この窓口の女の子といい、ホンマ感激だ。
“ありがとう”としか言えなかったけど。
バスの席もバスに座る段になって初めて分った。こんな経験は初めてのような気がする。 -
■まず、庫車大寺に(門票10元)
■タクシーで庫車市内観光へ
窓口の女性が折角バスでの行き方を教えてくれたけど、他にも行きたいところがあったので站の前でタクシーに乗る。
運転手は26歳のウィグルの男性。
新疆に来て何故か?初めてウィグル人の運転手だった。それだけ漢族が多いということでもあるだろうけど。
乗ってガイドブックの地図も見せながら「庫車県歴史文物陳列館へ行きたい」と言うと、いきなり、その言葉を無視して「スバシ故城には行ったか?大峡谷は?・・・」と聞いて来た。
*「この二日間でみんな行きたいところは行ったから・・・」と言っても、聞かぬふりなのか?
市外の方向に車は進み、給油所に入った。
たかだか博物館に行ってくれと言っているのに、何を今更給油だと思い。
そこで、「降りるわ」と言った。
他にもタクシーが一杯給油に来てるし、車には困らない場所だから。
言葉数少ない若造で、うっとうしい顔をしてる・・・ように見えた。ちょっと暗い。
押し問答してると、傍の誰かが声を掛けて来た。私が「博物館に行きたいのに・・」と言うと、彼は「10元やな」と言った。
そんなこんなで、若造もちょっとあきらめたのか、「行くから乗って」と言うので、まあこれも旅だと思い乗りなおした。
そして、車を路の端に停め「俺はこの辺を周りたい、そして12時頃にバスターミナルに戻りたい。2時間貸切で幾らや?」と言うと、彼は「1時間で30元、2時間で50元」と言うので、それなら高いことも無いと思って頼んだ。
一件落着だったが・・・。
歳を聞くと26歳。私の長男と同い年やなあ、何て話しをしながら。彼は嫁さんと男の子一人まだ1歳か2歳と言っていたと思う。 -
■まず、庫車大寺に(門票10元)
16世紀、新疆イスラム教、依禅派の始祖イスハク・アリが創建したといわれるモスク。
現在のものは、1927年焼失後再建されたそうだ。 -
ウィグルの居住区の住宅地の一角にあった。モスク・礼拝堂だ。数千人を収容できるって書いてるけど・・・。
中に入った。観光客らしき者は私一人、女性達が礼拝堂の前に座って井戸端会議をしていた。
土足のまま中に入ろうとして、注意される。
礼拝堂も写真はOKである。又ここでも折を見て「ヤポニヤディン ケルディム=日本から来ました」と言うと、みんな笑顔で納得してくれる。
如何にも奥さん連中のご近所の集まりだ。 -
タクシー運転手:26歳のちょっと暗いウィグル青年
1時間30元、2時間50元の約束だったはずが・・ -
■次は、庫車王室歴史展館へ行く(門票40元)
ここはガイドブックにも乗っていない。どうも現地でもらったパンフレットには2004年初開始とある。
その名前のように新疆の王族の紹介の為の会館であり、現在の王室の子孫が新疆ウィグルの人々が認める血筋なのか?どうか?
私は何の知識もないが、ガイドが漢族の女性だったし、現子孫達が中共政府の要人達に会いに行っている写真などがこれ見よがしに展示されており、どうにも胡散臭い。
傀儡:王室かも知れない。 -
でもここも40元という高い門票であり、ガイドの女性が付いてくれた。
もっとも漢族で日本語は出来ないので、ほとんど説明を聞くと言うより世間話に終始した。
親の故郷は湖南県の出身で、英語を勉強してるとのこと・・。ミイラが確か三体あった。あれは何のミイラだったのか??不明、記憶なし。 -
■次は、庫車民間収蔵博物館(門票15元)
ここがガイドブックに載っている庫車県歴史文物陳列館なるのもだった。帰国後判明。
ここはウィグルの19歳の女性が案内してくれた。
四つの展示室に分かれているようで一つ一つ鍵を開けてくれる。その中で、近代史の紹介展示室に入ると“漢族の奴らの写真ばかりなので・・・”彼女に「何?これって漢族ばかりやん・・」と言うと「・・・・」苦笑いだった。
私はいつもウィグル人と一対一になると、中共の悪口ばかり言っていた。 -
ウィグル人は、寂しく頷いてくれるが「どうしようもない」のだ。
ここでもう市内観光も満足し、「站に戻ろう」と言ったら、彼がもう一つ“亀茲古城”に行っていないと言うので、「いいとこあるやん」と思って連れて行ってもらった。 -
■次は、亀茲古城へ
一応、ガイドブックにもある観光遺跡らしいが、道路の片隅に崩れ落ちそうにゴミと共に放置されていた。
スコップで掘ろうが、蹴ろうが、削ろうが、何してもいいらしい。記念碑は一応汚く立っていた。
ついでに立ち寄ったというところかも。 -
確かに記念碑が・・・何?
これって ちょうど良い時間になったのでバスターミナルに戻った。
そして料金50元を払おうとしたら
奴は「70元」と言う。暗い顔して・・・何や、やっぱし結局こんな奴やったんかと思ったが
*「お前、1時間なら30元。2時間なら50元と言うたやろ、ちゃうんか?」
「・・・。1時間30元なら2時間60元やろ」
確かに50元と言うたはずやけど、若しかしたら聞き間違ったのかも??と、思い
もう体半分降り掛けていたので
10元投げ捨てるようにシートに落とし、ドアをバタンと閉めた。 -
あ〜あ、
旅先での嫌な奴との出会いは、ホンマ面白くないけど。
あんな時、俺も奴に静かにこう↓いえばよかった・・・と、反省。
*「そうか、70元やったか。間違えてすまん。ありがとう」
*「これが誇り高きウィグル人のすることか?」
*「折角の庫車も最後はアンタとの出会いでちょっとガッカリやなあ、こんなことしてたら結局客は減るで」
こんなん如何でしょうか?
静かに寂しく彼に言うのです。 -
揚げパンと豆乳・・・ここで昼飯食いました。
ハエの姿が懐かしく。うまかった牛負けた・・・聞いたことあるな
■12時〜2時まで最後の庫車
(乗車券46元=644円)
切符の窓口でさっきの女性に、「お蔭で行きたい所に行けました」とお礼を言った。
切符も手に入り、安心してそこらを散歩する。先ずは昼の腹ごしらえ
たまたま近くに私の好きな揚げパンの店があったので入ってパン二本と飲み物を頼んだら、豆乳があるというのでお椀に一杯持って来てくれた。旨かった。 -
■PM2時過ぎバスは出発
窓口の女の子のお蔭で、一番前の特等席(座号1)が私の席だった。 -
時間が近づきバスターミナルに戻ったら、日本語で話し掛けられた。ウィグル人の若いお兄さんに・・・庫車賓館でも声を掛けられて覚えていたので話をした。
鳥魯木斉の大学で日本語を勉強し、日本には行った事ないけど日本語は流暢だった。今は旅行社の仕事で、主に日本人客の案内をしているようだった。今日もどこかから来る誰かをここに迎に来たということである。
*「巧みな日本語ですり寄ってくるウィグル人には気をつけろってガイドブックに載ってるから・・・」というと笑っていた。
誠実そうな男性ではあったが、自分が関わったことはないから分からない。 -
站の近くに病院が有って手術の費用が看板になっているので面白かった。
中国の医療を馬鹿にするな・・・
その心は:
経験豊富、失敗も、成功も数はこなしている -
肛裂手術:160元(2240円) 胆嚢切除:830元(11620円) 子宮切除:750元(10500円)などなど
でも、まだ値切れるのでしょうね。 -
庫爾勒の第一印象は、
ここもまたでっかい大都市でした。
中心部は整備され綺麗な歩道に芝生の手入れの行き届いた公園等々・・・。
漢族の街になりきっていた。この街の綺麗に整備された様子を見て、これも出石油のお蔭なのかと感じた。 -
なんじゃこりゃあ・・・
これが新疆の庫爾勒って街の風景なんか -
庫爾勒の街角の日本車・・・普通に見かけます、さすがです。
-
■夜8時頃
ひとしきり足が棒になるくらい歩き、又賓館に戻りホテルの道を隔てた小吃店で夕食を食べた。
肉入り拉麺と豆を食った。6元。ラーメンはうまかった。 -
小吃店の老板との筆談。
私は書いていませんが。適当に
私が外国人というのは、食堂に入ると当然すぐバレル。メニューも分からないし、注文も出来ない。この時も、適当に店の人に選んでもらった。そして日本から来たと言うと
この店の結構若い40代くらいの男性(老板=オーナーだと思う)が、私のテーブルに来て向かいに座った。
そして、まず「山口百恵は私達の世代のあこがれだった。高倉健は両親世代のあこがれだった」と話し始めた。
「日本は、経済も発展し、町は綺麗し、工業も世界の最先端で、国民の生活レベルも高い」と聞き取れないところは筆談で遣り取りが始まり、「最近、胡錦濤の話しによれば中日の関係は緊張している。将来戦争になるかも・・・」と言ってきた。私は「有可能・・・かもしれない」と言った。
そして、小泉はどうだというので・・・。又私は一方的に、喋り捲った。
その頃には・・・・
隣の席に日本人の私を気にしてくれる若い女性二人。そして、奥の席には、私の事を無視している若い漢族の男が二人。
そして、この老板とこの店のスタッフが私のテーブルに居た。私を含め計7人が小さな店の中で座っていた。
靖國神社参拝のこと、共産主義、共産党が如何に馬鹿馬鹿しいか、文化大革命が如何に愚かしかったか、
当時は世界中で戦争をやっていた。要するに“強い国家か”或いは“弱い国家か?”それが全ての世界だった。
今も基本的にはそうだし、将来もそうだ。今、中国は強いのだろう・・・と、
歴史を共有するなんて馬鹿馬鹿しい。一つの国に一つの歴史。アンタの国にアンタの国の歴史があり、俺の国には俺の国の歴史がある。
そんなもの全部違うのが当たり前や・・・と。意見は同じであった。
靖國参拝問題も彼と横のスタッフは、「信仰の問題だ。考え方は違う・・」と言っていた。
横の女の子達も奥の野郎二人も耳をそばだてて聞いていたようだけど・・・どう思ったのかは知らない。
はっきり物言えば誰でも分かることは大体分かる。まれにどうしようもない人間は居るが・・・。
はっきり言わないから、ややこしくなる。
互いに笑顔で別れ店を出る。
ホテルの横の店屋で、水1元5毛と紅茶3元(ペットボトル)を買って部屋に戻る
さあ庫爾勒の夜も更けた。
夜の10時前にホテルに戻る
明日はどんな一日になるのやら・・・。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こまちゃんさん 2007/02/24 20:53:04
- 民族浄化
- は、排除の方向ではなく、名目上も実質上も衛生面の改善。
あとは、温州人の新疆開発による触手が原因。
前者の場合、維吾爾人は漢族より話が早いんです。
リーダーが納得すると、町のみんなが従うし。
後者の場合、維吾爾人の不動産業者が儲けて一般市民が泣いている。
これは、どの国でも起きる事なので仕方がない感じです。
でも、基本的には維吾爾人が絡んでいますので、漢族色には染まらない
ですよ。温州人の賢い所はそこで、他の成金不動産屋みたいに、漢族色
を表に出したりはしませんね。
10年後と言わず、3年後でも、全新疆共にがらりと変わる動きです。
(都市とか有名地方)
でも、離れた所は、百年、千年、そのままの所も有るでしょうね。。。
→http://chinaartjp.exblog.jp/m2007-02-01#5215707
今年も新疆へ行きたい・・こま
- 明石DSさん からの返信 2007/02/24 22:32:15
- RE: 民族浄化
- ウィグル語の看板の少なさ
圧倒的な力の前にはかっこいい男も美女も無力ですね
歴史を遡っても互いに言い分はあるのでしょうが
彼の地はウィグル人が似合うと思います
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