2006/04/23 - 2006/04/23
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片瀬貴文さん
ふるさとは温かい【5】苔むした墓石への想い
菩提寺の脇に、墓地がある。
私がこの世を去ったときに、埋葬されるのもこの墓地と、心を決めている。
実は父が亡くなる少し前に、私に向かって「墓は移してもいいよ、寺も変えてもいいよ」と、言っていた。
1945年終戦直前だったが、その時点で父は、私が故郷を離れて浮き草稼業をするだろうと考えていたらしい。
その父は、担任の先生の反対で実現しなかったが、1943年中学進学時に、故郷の砺波中学校受験を勧めた。
そのときには、父は金沢から故郷への転居と、私の故郷での活躍を頭の隅に置いていたのだろう。
父の死後、疎開や食糧難で故郷の世話になることが多く、菩提寺の和尚さんとも次第に仲良くなって、墓の移転問題は、頭から消えてしまった。
我が家の墓は「先祖代々の墓」として、墓石一本にまとめられている。
すっかり古びて苔がこびりつき、風化が進んで角が欠け、墓銘もほとんど読めない。
石材は、近くに採れる赤戸室石(角閃石安山岩)だろう。
60万年ほど前に火山で噴出した、火成岩である。
金沢大学の入口にでんと構える門標の石も、同じ赤戸室石だ。
10年ほど前に、墓地の墓がいっせいに建て替えられる波があった。
それぞれの墓石は輸入花崗岩で、立派に大きくなった。
和尚さんからも「片瀬さんもいかがですか」と言われ、私は「お任せします」と答えた。
しかし建て替えブームが去った後も、我が家の墓だけがそのまま残っている。
だがピカピカの立派な墓石群に囲まれ、我が家の墓は異彩を放って見えるようになった。
贔屓目だろうが、風格がにじみ出ている。
私が市長さんの依頼で建立した、墓地の入口に立つ立派な「八講田由来碑」が、古くて小さい墓石を補って余りあるとも思っている。
以前の墓地は、杉の木立に囲まれ、暗かった。
しかし和尚さんのお力でサクラが植えられて公園化し、今ではすっかり明るくなっている。
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