2006/04/23 - 2006/04/23
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片瀬貴文さん
ふるさとは温かい【2】大恩人だった分家の片瀬松太郎さん
本籍地八講田(はっこうでん)には、一軒だけ直系の分家がある。
8代前の、分家と聞く。
どっしりした家の構えは、私が生まれて以来、まったく変わっていない。
先々代松太郎氏は、支那で働く若い父を助けて、祖父の代に失った土地の回復を果たしてくれた、我が家にとっての大恩人である。
金沢時代(1940年〜45年)の父は、自分の山を見回りながら、いつもこの家に泊めてもらった。
地下足袋にゲートルを巻き、身の丈ほどの草刈鎌を持ち、鉈を腰に差して、いそいそと楽しそうに汽車に乗って故郷の山に通ったものだ。
鎌も鉈も、鞘にいたるまで特別注文の、凝った姿だった。
家では晩酌をしなかった父だが、分家では松太郎氏を相手に深夜まで杯を重ねたと聞く。
松太郎氏は酒を飲まず、それでも最後まで、父の話に付き合ってくれた。
そしてこの人は、前の夜はどんなに遅くまで付き合っても、次の朝は星を仰ぎながら野良に出かけ、朝食前に一仕事する働き好きだった。
信心深く、いつもにこやかに献身的で、文字通り温厚篤実、周りの敬愛を集めていた。
石川国体(1947年)を見に、金沢に来られたことがあった。
めったに金沢には、来られなかった時代である。
松太郎氏の、自らを信じて生きている姿は、都会でも光彩を放っていた。
新調の地下足袋姿が、よく似合っていた。
この人の悩みの一つだった病弱の後継者は、後年元気になり、99歳の天寿を全うして、つい先日不帰の人となる。
今の分家は、7人の大家族で、ますます繁栄の道を歩んでいる。
当主は、私より三歳下で、子供時代の遊び仲間だった。
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