2006/03/04 - 2006/03/04
6624位(同エリア7013件中)
ソフィさん
2006年3月4日
ローマで、巡回観光バスに乗っている。
コロッセオからヴァチカンに向かって、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世大通りを西に進めば、やがてテヴェレ河にさしかかり、懐かしいサンタンジェロ城が右側に見えてきた。
テヴェレ河畔の景観を支配し、ドッシリ構え建つサンタンジェロ城は、ローマのどの建物にも負けない、存在感に溢れている。
ローマにやって来たことを、一番実感させてくれる構造物でもある。
この直径64メートル、高さ20メートルの丸い塊のような建物は、ハドリアヌス帝が廟として135年に建設をはじめ、139年アントニヌス・ピウス帝の時代に完成した。
その後3世紀に、アウレリアヌス帝がローマの城壁を造った時に城砦となり、590年ペスト大流行以来、サンタンジェロ城(聖天使城)と呼ばれるようになった。
ペスト大流行の際、この城の上に大天使ミカエルが降り立って剣を納める姿を法王グレゴリウス1世が見て、悪疫の終わりを知ったと伝えられる。
1527年「ローマの簒奪(サッコ・ディ・ローマ)」の際には、バチカンと結ばれた城壁の上の廊下を経て逃げてきた法王、クレメンス七世を守り戦った。
この時、法王がフランスと同盟を結んだ報復として、神聖ローマ帝国カール五世の軍が、ローマに侵攻する。
クレメンス法王はサンタンジェロ城に逃れるが、市内では殺戮、破壊、略奪、強姦等の惨劇が繰り広げられた。
他の都市へ逃れる市民も多く、ルネサンスの中心であったローマは見る影もなく荒廃した。
その後は牢獄に使用され、現在は軍事博物館になっている。
歌劇「トスカ」では、主人公がこのテラスからテヴェレ川に飛び込んで自害する。
屋上には、城の名前の元となった大天使ミカエルの大きな像が、そびえる。
この像は16世紀に大理石で造られたが、18世紀に現在の青銅製となった。
ただし屋上の像はレプリカで、本物は城の中にある。
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