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「有終の美を飾るぺトラの遺跡−Part3」<br /><br />2005年9月14日<br /><br />次の日、朝一番の6時にぺトラの遺跡に向かう。ほとんど観光客の姿を見かけない。目指すはエド・ディル(モナステリー)だ。ここはかなり奥の方にあって、1時間半くらいをかけて登っていかないといけない、ぺトラの遺跡の中でもかけ離れたところだ。行ってみると、そこにいたベドウィンがちょうどチャイを飲もうとしているところだった。私も呼んでくれて、一緒にチャイを飲む。飲みながら、エド・ディルの遺跡を眺める。しかし、残念ながら、朝日はそこを照らしていない。照らされていたら素晴らしいのになとちょっと残念がっていると、ベドウィンは夕方の5時以降に夕陽がエド・ディルを照らすということを教えてくれた。ベドウィンはここにあるレストラン業に関わっていて、もう10年以上、ここに住んでいると言う。「ここにいて、寂しくないの? 嫁さんは?」と尋ねると、「ここにいると王様のような気分がする。毎日、エド・ディルを眺めているからな。それに、女は厄介だ」と答える。いつかは結婚すると思うが、彼は既に30をまわっているような顔たちだ。昨日会ったアリがやはり同じような歳で、既に3人の奥さんを持って、12人の子供がいるのと比べたら、大きな違いだ。でもまあ、各自、自分の人生を堪能していらっしゃるのでしょう。<br /><br />今度は少し急ぎ足でエル・ハズネに向かう。ベドウィンの人が朝日がちょうど9時頃からエル・ハズネを照らし出すと聞いたからだ。行ってみると、ものすごい数の観光客でごった返している。みんなこの時間に来て、夕方早くに帰っていくのだなと昨日の観光客が早めに帰る理由を知る。朝日に照らされるエル・ハズネもなかなかのものだ。<br /><br />ふと上を見上げると、数人、崖の上に登って、そこからエル・ハズネの写真を撮っている。これは私も行ってみようと思って、崖の入り口のところに行くが、立ち入り禁止とある。でも、気にしないで登ってみる。行くと、日本人の男の人がいた。彼はベドウィンにそそのかされて、ここに上がってみなさいと言われて、登ってきたそうで、さもなければ、登ってこなかったと漏らした。私も彼が目に入らなければ、ここに登ってこなかったと偶然から来る運命に感謝して、観光客でごった返していないところから静かにエル・ハズネの光景を目にすることができた。<br /><br />その後、ローマ円形劇場や墓群を廻って、昨日行きそびれたワディ・アル・マタハに再度、向かう。どうしても、そちらの方が気になって仕方がない。宮殿の墓を通って、セクスティウス・フロレンティヌスの墓に来ると、そこに物売りのおばさんが墓の前に坐っていた。手招きをして、チャイをご馳走してくれると言う。何か買わないといけないかなと思ったが、とりあえずいただくことに。ありがとうと言って、品物をチラッと見るが、面白そうなものは残念ながらなかったので、おばさんにパンをあげようとするが、いらないと言われた。<br /><br />この辺には面白い色をした岩がたくさんある。まさに自然の芸術作品である。そしてもっと進んでいくと、分岐点に来て、そこから前に通ったシーク(狭い岩の裂目のことで、崖の高さは100メートルにも及ぶ。エル・ハズネのところまでこのようなシークが続く)をさらに狭くした、度迫力のもっと狭い(おそらく、幅が1メートル近くに縮まるところもある)シークが続く。ここは本当に探検気分にさせるところである。ほとんど観光客は来なく、1メートル以上もある崖を攀じ登っていくところが数ヶ所あるから、普通の観光客では困難なルートである。それをさらに進むと、川の原っぱのようなところに出てくる。それを向こうにもっと進むと、トンネルのようなところがある。そこを覗くと、「何だ! シークの入り口のところで右側にあったトンネルだ!」と向こうから覗く観光客を見て、これはループになっているのだと改めて納得。<br /><br />引き返す。原っぱのところに来ると、ベドウィンの家族がちょうどチャイを沸かそうとしているところだった。一緒に飲みなさいと言われて、彼らと一緒に坐る。ベドウィンの主と奥さん、お母さん、それに子供たち。まず、主と私にコップを渡して、草木を集めて、素早く火をつける。あっという間に火は強くなる。乾燥しているのか、それともベドウィンたちの長年に渡って身についた技術なのかは知らないが、チャイはあっという間に沸騰して、できてしまう。チャイを飲み終えたら、先に進む。<br />

アンマンからアンマンへ7カ国をゆく#25(ヨルダン?:ぺトラ−Part3)

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2005/08/14 - 2005/09/16

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ホットマン2世

ホットマン2世さん

「有終の美を飾るぺトラの遺跡−Part3」

2005年9月14日

次の日、朝一番の6時にぺトラの遺跡に向かう。ほとんど観光客の姿を見かけない。目指すはエド・ディル(モナステリー)だ。ここはかなり奥の方にあって、1時間半くらいをかけて登っていかないといけない、ぺトラの遺跡の中でもかけ離れたところだ。行ってみると、そこにいたベドウィンがちょうどチャイを飲もうとしているところだった。私も呼んでくれて、一緒にチャイを飲む。飲みながら、エド・ディルの遺跡を眺める。しかし、残念ながら、朝日はそこを照らしていない。照らされていたら素晴らしいのになとちょっと残念がっていると、ベドウィンは夕方の5時以降に夕陽がエド・ディルを照らすということを教えてくれた。ベドウィンはここにあるレストラン業に関わっていて、もう10年以上、ここに住んでいると言う。「ここにいて、寂しくないの? 嫁さんは?」と尋ねると、「ここにいると王様のような気分がする。毎日、エド・ディルを眺めているからな。それに、女は厄介だ」と答える。いつかは結婚すると思うが、彼は既に30をまわっているような顔たちだ。昨日会ったアリがやはり同じような歳で、既に3人の奥さんを持って、12人の子供がいるのと比べたら、大きな違いだ。でもまあ、各自、自分の人生を堪能していらっしゃるのでしょう。

今度は少し急ぎ足でエル・ハズネに向かう。ベドウィンの人が朝日がちょうど9時頃からエル・ハズネを照らし出すと聞いたからだ。行ってみると、ものすごい数の観光客でごった返している。みんなこの時間に来て、夕方早くに帰っていくのだなと昨日の観光客が早めに帰る理由を知る。朝日に照らされるエル・ハズネもなかなかのものだ。

ふと上を見上げると、数人、崖の上に登って、そこからエル・ハズネの写真を撮っている。これは私も行ってみようと思って、崖の入り口のところに行くが、立ち入り禁止とある。でも、気にしないで登ってみる。行くと、日本人の男の人がいた。彼はベドウィンにそそのかされて、ここに上がってみなさいと言われて、登ってきたそうで、さもなければ、登ってこなかったと漏らした。私も彼が目に入らなければ、ここに登ってこなかったと偶然から来る運命に感謝して、観光客でごった返していないところから静かにエル・ハズネの光景を目にすることができた。

その後、ローマ円形劇場や墓群を廻って、昨日行きそびれたワディ・アル・マタハに再度、向かう。どうしても、そちらの方が気になって仕方がない。宮殿の墓を通って、セクスティウス・フロレンティヌスの墓に来ると、そこに物売りのおばさんが墓の前に坐っていた。手招きをして、チャイをご馳走してくれると言う。何か買わないといけないかなと思ったが、とりあえずいただくことに。ありがとうと言って、品物をチラッと見るが、面白そうなものは残念ながらなかったので、おばさんにパンをあげようとするが、いらないと言われた。

この辺には面白い色をした岩がたくさんある。まさに自然の芸術作品である。そしてもっと進んでいくと、分岐点に来て、そこから前に通ったシーク(狭い岩の裂目のことで、崖の高さは100メートルにも及ぶ。エル・ハズネのところまでこのようなシークが続く)をさらに狭くした、度迫力のもっと狭い(おそらく、幅が1メートル近くに縮まるところもある)シークが続く。ここは本当に探検気分にさせるところである。ほとんど観光客は来なく、1メートル以上もある崖を攀じ登っていくところが数ヶ所あるから、普通の観光客では困難なルートである。それをさらに進むと、川の原っぱのようなところに出てくる。それを向こうにもっと進むと、トンネルのようなところがある。そこを覗くと、「何だ! シークの入り口のところで右側にあったトンネルだ!」と向こうから覗く観光客を見て、これはループになっているのだと改めて納得。

引き返す。原っぱのところに来ると、ベドウィンの家族がちょうどチャイを沸かそうとしているところだった。一緒に飲みなさいと言われて、彼らと一緒に坐る。ベドウィンの主と奥さん、お母さん、それに子供たち。まず、主と私にコップを渡して、草木を集めて、素早く火をつける。あっという間に火は強くなる。乾燥しているのか、それともベドウィンたちの長年に渡って身についた技術なのかは知らないが、チャイはあっという間に沸騰して、できてしまう。チャイを飲み終えたら、先に進む。

  • 朝日にばっちり照らされるエル・ハズネ。だいたい、9時半頃から10時半頃がベストかも。この時、恐るべき数の観光客が訪れてくる。

    朝日にばっちり照らされるエル・ハズネ。だいたい、9時半頃から10時半頃がベストかも。この時、恐るべき数の観光客が訪れてくる。

  • エル・ハズネのアップ。

    エル・ハズネのアップ。

  • 観光客のごった返す中にいて、エル・ハズネの反対側にある小山を見たら、そこに人が。おお、これは絶好の場所を見つけたと私も登る。これはそこから眺めたエル・ハズネ。

    観光客のごった返す中にいて、エル・ハズネの反対側にある小山を見たら、そこに人が。おお、これは絶好の場所を見つけたと私も登る。これはそこから眺めたエル・ハズネ。

  • 上にあがる登り道には一応、立入禁止とかかれてあった。しかし、上にいた日本人は下にいたガイド連中に薦められて、登ってきたと言う。建前的には禁止だが、この行為は一応、こっそりと認められているらしい。

    上にあがる登り道には一応、立入禁止とかかれてあった。しかし、上にいた日本人は下にいたガイド連中に薦められて、登ってきたと言う。建前的には禁止だが、この行為は一応、こっそりと認められているらしい。

  • エル・ハズネの反対側にあるセクスティウス・フロレンティヌスの墓にいた物売りのおばさん。この辺には観光客はあまりやってこない。おばさんは私を手招きして、チャイをご馳走してくれた。何か物を買わされると思ったが、これはベドウィンの一種の儀礼である。

    エル・ハズネの反対側にあるセクスティウス・フロレンティヌスの墓にいた物売りのおばさん。この辺には観光客はあまりやってこない。おばさんは私を手招きして、チャイをご馳走してくれた。何か物を買わされると思ったが、これはベドウィンの一種の儀礼である。

  • これはシークよりも東寄りの方にある裏道、ワディ・アル・マタハを更に進んで、そこからエル・ムスリム・トンネルへ抜けていく。さすがにここに来る人はごくわずかだった。

    これはシークよりも東寄りの方にある裏道、ワディ・アル・マタハを更に進んで、そこからエル・ムスリム・トンネルへ抜けていく。さすがにここに来る人はごくわずかだった。

  • ところどころに奇岩石が見える。

    ところどころに奇岩石が見える。

  • だんだんと道は狭くなり、幅1メートルのところをくにゃくにゃと抜けていくことになる。時にダムのように道が草木や流石でせき止められた所があり、そこをよじ登ることになる。ここはまさに冒険ルート。

    だんだんと道は狭くなり、幅1メートルのところをくにゃくにゃと抜けていくことになる。時にダムのように道が草木や流石でせき止められた所があり、そこをよじ登ることになる。ここはまさに冒険ルート。

  • その途中で会ったベドウィンの家族。奥さんが2人いるらしい。今日3度目となるお茶をご馳走してくれた。乾燥している土地を日中歩くと、このようなもてなしに感激する。水にも限りがあるからだ。

    その途中で会ったベドウィンの家族。奥さんが2人いるらしい。今日3度目となるお茶をご馳走してくれた。乾燥している土地を日中歩くと、このようなもてなしに感激する。水にも限りがあるからだ。

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