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「美女の町、イェレヴァン」<br /><br />2005年9月1日<br />キロヴァカンの駅前からバスに乗ろうとしたら、ちょうどシェアタクシーが出発しそうになって、私に乗らないかとフロントシートを指して言ってくる。でかいアメ車のような豪華車で、2000ドラムで行ってくれるというから直ぐに飛び乗った。車は1時間半でイェレヴァンへ。<br /><br />イェレヴァンの町中はちょうど今日から学校が始まったらしく、美人の女子学生で溢れている。噂の通り、美人の多いアルメニアである。しかし、私に声を掛けてくるのは男どもばかりだ。ガイドブックに載っていたホテルナイリに行こうと女子学生に声をかけたら、英語が分からなかったようなので、代わりにウクライナから来た、背の高い、一応、ハンサムな青年が私に口を挟んできた。そこのホテルは閉まったから、私が他のホテルに案内しようと行ってきた。10分ほど歩いて、もう直ぐホテルに着くといいながら、なかなか着かない。代わりに彼はアルメニア人がいかに信用できない人種か、自分がお金をかなり騙し取られたとか、ネガティブな話ばかりをしてくる。なにかこの人が一番信用できないと感じたので、直ぐにまた舞い戻って、ホテルナイリを探し出す。<br /><br />ホテルナイリは閉まってはいなかったが、そこに行くロープウェイが閉鎖されていた。代わりにバスでホテルナイリに登っていく。一軒、アパートのようなホテルだったが、中はバルコニー付の部屋で、彼方にアララト山が見える。<br /><br />次の日にホルヴィラップ修道院に行く。バスで途中下車して、そこから20分ほどで着くとガイドブックには書いてあったが、1時間も歩く羽目に。中に入ると、アルメニア系オーストラリア人の女の子たちに声を掛けられて、ここは歴史的に極めて重要な場所なのよと教えられる。啓蒙者グリゴルが幽閉された地下牢に一緒に入る。彼女たちのアルメニア系レバノン人のガイドにこの場所の歴史を詳しく説明してもらう。彼女たちの専属ガイドなのに、私にも念を入れて、説明してくれる。<br /><br />外に出ると、ちょうど葬式が行なわれていて、車が沿道にかなり停まっている。その中をまた私は1時間もかけて歩かないといけないのかと思っていると、車が私の横に停まった。見ると、さっきのガイドと女の子たちだ。ガイドは私に乗りなと言ってくる。えっ、いいの?とここはお言葉に甘えることに。ガイドはこれからオスマン帝国軍を奇跡的に迎え撃って、勝利に導いた歴史的な首都から南西53キロのところにあるサラダラバード平原に向かうと言うが、途中で都合の良いところで降ろしてくれると言う。しかし、途中から私もせっかくだから、一緒に行こうと誘われる。ここは行く予定にしてはいなかったが、お言葉に甘えて、行ってみることに。そこには大きな記念碑と博物館があった。そこでもガイドは女の子たちにアルメニア語での説明が終わったら、私に英語で特別にガイドをしてくれた。むしろ、女の子たちよりも私の方が良く聞いてくれたかどうか知らないが、もっと念入りに説明してくれた。なんか、申し訳ないような、ありがたいような。ひと通りツアーが終わって、ガイドは私をオペラバレイ劇場近くで降ろしてくれた。<br />

アンマンからアンマンへ7カ国をゆく#17(アルメニア?、イェレヴァン)

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2005/08/14 - 2005/09/16

382位(同エリア401件中)

2

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ホットマン2世

ホットマン2世さん

「美女の町、イェレヴァン」

2005年9月1日
キロヴァカンの駅前からバスに乗ろうとしたら、ちょうどシェアタクシーが出発しそうになって、私に乗らないかとフロントシートを指して言ってくる。でかいアメ車のような豪華車で、2000ドラムで行ってくれるというから直ぐに飛び乗った。車は1時間半でイェレヴァンへ。

イェレヴァンの町中はちょうど今日から学校が始まったらしく、美人の女子学生で溢れている。噂の通り、美人の多いアルメニアである。しかし、私に声を掛けてくるのは男どもばかりだ。ガイドブックに載っていたホテルナイリに行こうと女子学生に声をかけたら、英語が分からなかったようなので、代わりにウクライナから来た、背の高い、一応、ハンサムな青年が私に口を挟んできた。そこのホテルは閉まったから、私が他のホテルに案内しようと行ってきた。10分ほど歩いて、もう直ぐホテルに着くといいながら、なかなか着かない。代わりに彼はアルメニア人がいかに信用できない人種か、自分がお金をかなり騙し取られたとか、ネガティブな話ばかりをしてくる。なにかこの人が一番信用できないと感じたので、直ぐにまた舞い戻って、ホテルナイリを探し出す。

ホテルナイリは閉まってはいなかったが、そこに行くロープウェイが閉鎖されていた。代わりにバスでホテルナイリに登っていく。一軒、アパートのようなホテルだったが、中はバルコニー付の部屋で、彼方にアララト山が見える。

次の日にホルヴィラップ修道院に行く。バスで途中下車して、そこから20分ほどで着くとガイドブックには書いてあったが、1時間も歩く羽目に。中に入ると、アルメニア系オーストラリア人の女の子たちに声を掛けられて、ここは歴史的に極めて重要な場所なのよと教えられる。啓蒙者グリゴルが幽閉された地下牢に一緒に入る。彼女たちのアルメニア系レバノン人のガイドにこの場所の歴史を詳しく説明してもらう。彼女たちの専属ガイドなのに、私にも念を入れて、説明してくれる。

外に出ると、ちょうど葬式が行なわれていて、車が沿道にかなり停まっている。その中をまた私は1時間もかけて歩かないといけないのかと思っていると、車が私の横に停まった。見ると、さっきのガイドと女の子たちだ。ガイドは私に乗りなと言ってくる。えっ、いいの?とここはお言葉に甘えることに。ガイドはこれからオスマン帝国軍を奇跡的に迎え撃って、勝利に導いた歴史的な首都から南西53キロのところにあるサラダラバード平原に向かうと言うが、途中で都合の良いところで降ろしてくれると言う。しかし、途中から私もせっかくだから、一緒に行こうと誘われる。ここは行く予定にしてはいなかったが、お言葉に甘えて、行ってみることに。そこには大きな記念碑と博物館があった。そこでもガイドは女の子たちにアルメニア語での説明が終わったら、私に英語で特別にガイドをしてくれた。むしろ、女の子たちよりも私の方が良く聞いてくれたかどうか知らないが、もっと念入りに説明してくれた。なんか、申し訳ないような、ありがたいような。ひと通りツアーが終わって、ガイドは私をオペラバレイ劇場近くで降ろしてくれた。

  • アルメニアのフルーツは本当に安い。桃や林檎、葡萄など1キロ50円から100円の間で買える。美女がアルメニアに多いのも、安いフルーツをたらふく食べて、良質の美味しい湧き水をたくさん飲むことが原因だろう。<br />今日も大勢の地元の人たちでにぎわっていた。これはソムというデパートの近くにある大きなマーケット。

    アルメニアのフルーツは本当に安い。桃や林檎、葡萄など1キロ50円から100円の間で買える。美女がアルメニアに多いのも、安いフルーツをたらふく食べて、良質の美味しい湧き水をたくさん飲むことが原因だろう。
    今日も大勢の地元の人たちでにぎわっていた。これはソムというデパートの近くにある大きなマーケット。

  • マーケットの近くにあるレストランに入りました。ここは地元の人たちでにぎわっているレストランで、値段もローカルプライスで注文できる穴場です。<br /><br />でも、ウェイトレスは英語が分からないので、ちょっと困ったなと思っていると、写真の人が助け舟をしてくれました。<br /><br />彼はUNのピースコアの隊員で、イラクから帰ってきたばかりだそうです。「イラクの現状は?」と尋ねると、「とてつもなくやばい状態にある」と答えが返ってきました。「なぜ、それでもあなたは家族をおいてイラクに行けるのか?」と尋ねると、「任務だからな」と軍人の答えが返ってきました。<br /><br />向こうで日本人の自衛隊員と合流していたそうで、「日本人はみな良い奴らだ」とお褒めのお言葉を頂きました。<br /><br />私は食事が終わると、彼のテーブルに行き、そこでウォッカをおごってもらいました。アルメニアのウォッカは非常にうまい! 酒に強くなくても、そのうまさは分かります。やはり、アルメニアは良質の湧き水があるので、美味しい酒が造れるのだなと感じました。代表的なお酒はコニャックです。町のはずれにコニャックの直営店があるようです。<br /><br />今度は彼にウォッカをおごってあげました。僕は一杯で十分だったので、コーラを頼んで、再び乾杯! 

    マーケットの近くにあるレストランに入りました。ここは地元の人たちでにぎわっているレストランで、値段もローカルプライスで注文できる穴場です。

    でも、ウェイトレスは英語が分からないので、ちょっと困ったなと思っていると、写真の人が助け舟をしてくれました。

    彼はUNのピースコアの隊員で、イラクから帰ってきたばかりだそうです。「イラクの現状は?」と尋ねると、「とてつもなくやばい状態にある」と答えが返ってきました。「なぜ、それでもあなたは家族をおいてイラクに行けるのか?」と尋ねると、「任務だからな」と軍人の答えが返ってきました。

    向こうで日本人の自衛隊員と合流していたそうで、「日本人はみな良い奴らだ」とお褒めのお言葉を頂きました。

    私は食事が終わると、彼のテーブルに行き、そこでウォッカをおごってもらいました。アルメニアのウォッカは非常にうまい! 酒に強くなくても、そのうまさは分かります。やはり、アルメニアは良質の湧き水があるので、美味しい酒が造れるのだなと感じました。代表的なお酒はコニャックです。町のはずれにコニャックの直営店があるようです。

    今度は彼にウォッカをおごってあげました。僕は一杯で十分だったので、コーラを頼んで、再び乾杯! 

  • ホルヴィラップ修道院で知り合ったアルメニア系オーストラリア人の女性たちと彼女たちのガイドに連れていってもらったサルダラバード。<br /><br />ここは非常に歴史的な平原で、オスマントルコ帝国軍がカフカスに進行してきた時、イェレヴァンに辿りつく前にこのサルダラバード平原で、軌跡的に数がより少なかったアルメニア軍によって撃退された、アルメニア人にとっては由緒ある場所。この後、2年間は命脈を保ったが、結局、ソ連赤軍が占領しにやって来た。この記念碑はソ連時代に建設されたもので、共産主義的造りになっている。

    ホルヴィラップ修道院で知り合ったアルメニア系オーストラリア人の女性たちと彼女たちのガイドに連れていってもらったサルダラバード。

    ここは非常に歴史的な平原で、オスマントルコ帝国軍がカフカスに進行してきた時、イェレヴァンに辿りつく前にこのサルダラバード平原で、軌跡的に数がより少なかったアルメニア軍によって撃退された、アルメニア人にとっては由緒ある場所。この後、2年間は命脈を保ったが、結局、ソ連赤軍が占領しにやって来た。この記念碑はソ連時代に建設されたもので、共産主義的造りになっている。

  • Part2の表紙にもなっているが、これはサルダラバードにある記念碑。この近くに博物館があって、ガイドと女の子たちに連れられて、そこに行ってみた。ガイドは女の子たちの専属ガイドにもかかわらず、私に彼女たちにアルメニア語でガイドした後、ちゃんと英語で私にも説明してくれた。<br /><br />ガイドは後年のちょっと太ったジョン・トラボルタに似ているかっこいい青年。写真を撮らなくて、残念。

    Part2の表紙にもなっているが、これはサルダラバードにある記念碑。この近くに博物館があって、ガイドと女の子たちに連れられて、そこに行ってみた。ガイドは女の子たちの専属ガイドにもかかわらず、私に彼女たちにアルメニア語でガイドした後、ちゃんと英語で私にも説明してくれた。

    ガイドは後年のちょっと太ったジョン・トラボルタに似ているかっこいい青年。写真を撮らなくて、残念。

  • 手作りの朝食。右のけったいな料理は名づけて“キャビア・オウ・フロマージュ”。これだけ豪華にキャビアを盛れば、非常にリッチな気分になってくる♪♪♪ このキャビアはマーケットで仕入れてきたもの。赤と青、黄ラベルがあって、赤と黄は高級物。青はちょっとにせっぽく、まずいとそれを食べた人から聞いた。私は黄ラベルのキャビアを500円に値切って購入。<br /><br />日本の一流レストランでもこれくらいのキャビアは盛らないでしょう?

    手作りの朝食。右のけったいな料理は名づけて“キャビア・オウ・フロマージュ”。これだけ豪華にキャビアを盛れば、非常にリッチな気分になってくる♪♪♪ このキャビアはマーケットで仕入れてきたもの。赤と青、黄ラベルがあって、赤と黄は高級物。青はちょっとにせっぽく、まずいとそれを食べた人から聞いた。私は黄ラベルのキャビアを500円に値切って購入。

    日本の一流レストランでもこれくらいのキャビアは盛らないでしょう?

  • ここはゲガルド修道院。イェレヴァンからのミニバスはゴフトまでしか行かない。そこからヒッチするか、歩いて90分くらいかかる。私は運良く、トラックに乗せてもらって、ゲガルド修道院まで辿りつけた。このあたりに谷があって、その底には川が流れている。

    ここはゲガルド修道院。イェレヴァンからのミニバスはゴフトまでしか行かない。そこからヒッチするか、歩いて90分くらいかかる。私は運良く、トラックに乗せてもらって、ゲガルド修道院まで辿りつけた。このあたりに谷があって、その底には川が流れている。

  • ゲガルド修道院を覗く

    ゲガルド修道院を覗く

  • ゲガルド修道院から帰りは歩く。そして幹線道路から外れて、いきなりわけもわからない谷間を歩き出す。これはいったいどこに行くのだろうと自分でもはっきり分からなかったが、方向的に次の目的地のガル二に向かっているはずだと感じる。谷間を歩いていくと、そこには林檎が一杯なっている林檎の木々がそこらじゅうに生えていた。林檎をちぎって、それを食べながら、さらに訳のわからない道を進んでいく。<br />そして1時間くらいしたら、村に出る。そうしていくと、学校があって、そこからちょうど授業が終わった学生達が出てきた。英語が分からないが、ガル二はどちらだと尋ねると、こっちの方だと指差してくれた。<br />日本人は今まで見たことがないようで、かなり珍しがられた。

    ゲガルド修道院から帰りは歩く。そして幹線道路から外れて、いきなりわけもわからない谷間を歩き出す。これはいったいどこに行くのだろうと自分でもはっきり分からなかったが、方向的に次の目的地のガル二に向かっているはずだと感じる。谷間を歩いていくと、そこには林檎が一杯なっている林檎の木々がそこらじゅうに生えていた。林檎をちぎって、それを食べながら、さらに訳のわからない道を進んでいく。
    そして1時間くらいしたら、村に出る。そうしていくと、学校があって、そこからちょうど授業が終わった学生達が出てきた。英語が分からないが、ガル二はどちらだと尋ねると、こっちの方だと指差してくれた。
    日本人は今まで見たことがないようで、かなり珍しがられた。

  • ガルニに行く途中にはえていたけったいな木。これは何という木でしょうかね?

    ガルニに行く途中にはえていたけったいな木。これは何という木でしょうかね?

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この旅行記へのコメント (2)

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  • うちのナナちゃんさん 2005/11/02 20:00:33
    力作ですね
    初めまして。私はイコンや東方正教会、それに熱帯雨林が大好きなのですが、どれも海外に行かないと満足に見ることが出来ません。勤務先が変わってからというもの、長期の休暇が取り辛くなり、最近は熱帯雨林鑑賞ばかりです・・・・
    グルジアは85年に二日ほど滞在することが出来たのですが、アルメニアは戦乱・政変などで行くことが叶わず、今に至っております。

    放蕩息子33さんの旅行記は写真がとても美しく、文章も読み応えがあります。これからも楽しみにしてますよ。

    ホットマン2世

    ホットマン2世さん からの返信 2005/11/04 23:03:56
    RE: 力作ですね
    うちのななちゃんさん

    どうも、ありがとうございます。85年はかなり前ですね。その当時のグルジアはどんな感じだったのでしょう???

    熱帯雨林ですか。最後に行ったのはかなり前でマレーシアのジャングルでしたかね。そこには透き通った池があって、泳いだら、足のほうになにかつついてくるものがいて、よく見ると、それは子海老でした。最初はびっくりしたけれど、とてもかわいくて、しばらく彼たちとじゃれていました。

    これからもよろしくお願いします。

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