1972/10/07 - 1972/10/06
202位(同エリア242件中)
ソフィさん
1961年10月7日続
フランス第二の大学都市であり、世界有数の航空機会社、エアバス・インダストリーの町ツールーズには、古い歴史がある。
この町はローマ時代トロサと呼ばれ、すでに軍事と交易の中心地であった。
9世紀にはトゥールーズ伯領として華やかな中世文化が開花。ルネサンス時代には藍染料や穀物の交易で大いに繁栄した。
中世にはフランス最大の都市の一つであり、商業の中心として栄えた。
現在は美術館として利用されているアセザ館など、瀟洒な邸宅が数多く残っている。
宗教の中心でもあり、大司教座がおかれ、名高いトゥールーズの大聖堂がある。
中世末期のトゥールーズは、キリスト教の異端派アルビ派(カタリ派)の活動の中心地でもあり、ローマ法王とフランス王が手を結び、いわゆるアルビジョア十字軍(1209-1229)により攻略された。
その結果、トゥールーズ伯が王への服従を表明し、この辺りがフランス王の版図に組み込まれた。
この十字軍は、宗教戦争というより、侵略戦争と見なされる面が多い。
またトゥールーズは、フランスからピレネー山脈を越えて、スペインの聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」巡礼路上にも位置する。
中世には、北部フランスと南部フランスとは言語を異にし、その文化は大きく異なった。
ここで使われた言葉は、オック語(ラング・ドック)と呼ばれ、ラテン語の口語から派生したものである。
フランス語の「はい=ウィ(oui)」を「オック」と言ったことから、その名がついた。
フランス王に名目上帰属するとはいえ、トゥールーズは、トゥールーズ伯爵の宮廷所在地として、一時はパリをも凌ぐ文化水準を誇り、トルバドール(吟遊詩人)など中世文芸活動拠点のひとつでもあった。
私の好きな画家ロートレックは、トゥールーズ伯爵家の末裔に当たる。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、娼婦、踊り子のような夜の世界の女たちに共感し、彼女らを愛情のこもった筆致で描いた。
21時18分の夜行に乗り、パリに戻る。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ソフィさんの関連旅行記
トゥールーズ(フランス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
0