2005/08/03 - 2005/08/07
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りこぼんたさん
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放浪4日目の午後の部と、ついでに最終日も無理無理挿入するのである。
写真はリモンチェッロである。
放浪も第四コーナーにさしかかりいよいよ追い込み。連日の行軍にワシらの体はもはや疲労困憊ではあるが、そんな体に鞭を打ちつつ終幕へと突き進むのである。
-
フィエーゾレのドゥオモだと思う。
昼食後S.M.N駅からバスに乗りフィエーゾレへ。
バスを降りるとまずこの建物が目に入る。地球の歩き方の地図によるとドゥオモとの事だからそうなのである。
とりあえず展望台へと向かったのである。 -
坂である。
展望台まで続く坂道である。
広場から展望台まで高低差はそんなにないのだけど、手稲オリンピアの男子大回転コース並の急勾配。
老体にはこたえる難コースである。 -
サン・フランチェスコ教会である。
坂道を登ること10分。ようやく展望台につく。
展望台といっても、ミケランジェロ広場のような広場はないし勿論有料双眼鏡も設置されていない、ささやかな展望台なのである。
展望台のほんの少し上に鎮座しているのが サン・フランチェスコ教会であるが、そのほんの少しが万里に思えてワシらスクワッドは登頂アタックを断念したのである。 -
展望台からのパノラマである。
ミケランジェロ広場のそれとはまた違う趣の風景が広がる。フィレンツェを中心に山に囲まれている様子が一望できる。
写真中央やや上にドゥオモが写っているのである。
因みに、展望台と反対に野外劇場があります。そこでは、夜な夜なオペラが開催されているとかいないとか。詳しくは「jamyama」さんの旅行記を見てほしいのである。ワシのお気に入りリストから入れます。 -
バスである。
で、展望台からグダグダ戻ってくると、広場にはS.M.N駅行きのバスが停車していた。バスの中には数人の乗客が乗っており、間もなく発車の様子であった。が、運転手が車載のインターホンで盛んに何かを言っている。ワシらは勿論何言っているのかわからないので「 鳴子のこけし 」のように慎ましやかに座っていたら、運転手が乗客に向かって何か言い始めた。すると、ぞろぞろとみんな降り始めるではないか。なす術もないワシら こけし部隊 も降りた。みんな降りると、運転手はインターホン片手にエンジンをかけ始めるがセルは回るがエンジンは点火しない。
エンスト だ。
発車時間を過ぎワシらと他の乗客が一致団結して悶々としてると、次発車のバスが到着。その運転手とエンスト野郎と何か話しはじめ、次発車の運転手が皆にむかい何か言うと、次発車のバスにみんな乗り始める。でいそいそとワシらも乗車した。
「きっと、このバスが先に出るんだな。」
と思った。でもそのバスは、繰上げ発車することなく、そのままきちんと定刻通りに出発したのである。ワシらは、何ともいえない微妙な気持ちになったのである。 -
ジェラッテリア ペルケ・ノ である。
ついに3日間通った。
毎日おいしかった。
「必ず、また食べにきてやる」
と心に誓い、店員のイタリア娘に微笑んだワシである。いや、むしろ薄笑いだったかも。 -
排水溝である。
ジェラートを食べたのが午後五時過ぎ。さて、そろそろ本腰入れてみやげ物を買い捲らなければ、と思い行動開始。
財布を買おうとイル・ブセットへ
「 場所がわからない 」
マーブル紙を買おうをピネイデルへ。
「 休み 」
ワインを買おうと エノテカ・アレッシーへ
「 休み 」
かいたことのない汗をかきながら、冷静に考えてみる。
今日は土曜日。
そういえば、ガイドブックには土曜日は ”半ドン” が普通みたいな事が書いてあった。また8月はバカンスで休みの店が多いとも書いてあった。
さすが、わが祖国日本のガイドブックの情報は正確である。
つまり非常に困ったことになったのである。 -
セルフサービスのお店である。
ここには前回食べに来た。アジアの旅行者でも安心なお店。
お土産探して徘徊するワシら。デパートにはそれっぽいものがなく、あたりを探してみても、休んでいる店も多い。一旦ホテルに帰りガイドブックに目を通すが、焦っているのもあって、頭に入らない。
フィレンツェに来て初めてのピンチらしいピンチ!
「 がんばれ! ワシら! 」
疲労と焦燥感から、ただただ自分たちを鼓舞するしかないワシらであった。 -
酒屋 ヴィーニ・エ・デリツィイ である。
深夜徘徊の未成年のように、茫然自失の状態でお土産を探していたワシら。時間も無常に過ぎて、もはやこれまでかと諦めかけたその刹那
「 おおぉー! 」
と、後ろの方から声を掛けられたような気がして振り返ってみると、そこには一人の女子がいたのである。
「 あれっ?あのお方は・・・」
異国の地で、ついにワシらに奇跡が起きたのである。
その人が誰かわかった瞬間、ワシらは鼻汁を垂らし半ベソになりながら思わず
「 ぬおおおぉーーー! 」
と、夕暮れのサンタ・マリア・ノベッラ広場で歓喜の雄叫びをあげたのである。
彼女は、フィレンツェで出会った事情通の大和撫子なのである。やおら近づいてきた彼女に、事の次第を大胆に省略しながら説明すると
「なら、ついてきなっ!」
と言って、ここ ヴィーニ・エ・デリツィイ に連れてきてくれたのである。それだけでも、心細くなっていたワシら深夜徘徊部隊にとって、「感謝感謝」であったのに、さらに撫子は、
「野暮用があるから、お暇させていただくよ。」
と言いつつも、写真に写っている店員さんにわしらのワガママな希望を丁寧に伝えてくれたのである。もうワシらは、こみ上げてくる感激の嗚咽を止めることができなかったのである。
おかげでワインの他、アチェット・オリーブオイル・リモンチェッロを買うことができたのである。
ここで改めまして
「 グラツィエ!撫子! 本当にありがとう。必ずまたフィレンツェに来るさ。ああそうさ! 」 -
フィレンツェの銘品である。
撫子のおかげで、主要なお土産を入手したワシらは、ホテルへ帰る途中に7時近くになっても閉店していない雑貨屋さんを発見。店名は 「 IL PARIONE 35 」という。中には、明らかにアジア系と思われる女子がいたので、思い切って
「 こんにちは! 」
と、日本語で挨拶しながら入っていった。すると、
「 こんにちは! 」
と、素敵な笑顔とともに日本語で返礼されたのである。
「日本の女子だ。」
解った途端、ワシらは喜色満面だ。聞けばそろそろ閉店しようかと思ってたいたとのことだったが、ワシらが土産を物色していると話すと、またもや素敵な笑顔とともに
「ゆっくり見ていってください。」
と、嫌な顔一つせず歓迎してくれたのである。ここでは、結局財布を3個購入。本当に嬉しく有難かった。
NHK BS1 の海外情報では
「現地の日本人にも注意せよ」
と周知していたのだが、ワシが思うに、日本人はやはり優しい民族なのである。異国の地で、小一時間の間に2人の大和撫子のお世話になり、ワシらの問題が解決されたのだから。この旅行でフィレンツェにおいては、
「 ワシら世界一の幸せ者だ 」
正直な感想である。 -
ワインである。
懸案だったみやげ物も購入を完了し、フィレンツェで最後の晩餐である。場所は初日に来た「Belcore」。
もちろん、おいしかった。別紙に全料理を掲載します。
本当に、「あっという間」の「素晴らしき」フィレンツェであった。 -
フランコである。
とうとう帰国の日が来てしまった。
言葉は全く通じないが、互いに笑いでごまかし合ったフランコとも今日でお別れだ。
「君たちの事は覚えた。また遊びに来い。」
「今日の写真、後でメールで送ってくれ。」
と、フランコは英語で言ってくれた。
「勿論」
と、ワシらもこたえる。
が、ワシらフランコのことはよく覚えているのだが、写真は己の技術的な関係でまだ送っていない。
猛勉強して必ず送ってみせるさ。 -
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会である。
そのバックショットである。
大きな窓の向こうに壮大なステンドグラスが透けてます。この御姿をまた見る日はいつ来るのだろうか。 -
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅である。
ゴロゴロとバゲッジを押しながらあっという間に到着。
別れの今日もいい天気なのである。 -
ESスターである。
この欧州イタリア鉄道が誇る特急列車に乗って、一路ローマへ。 -
のどかなトスカーナの風景である。
ローマまでは2時間半くらい。その間はこんな風景が続くのである。 -
ローマ近郊である。
この建造物が確認できたら、もうすぐ「嫌な街ローマ」に到着なのである。 -
レオナルド・エクスプレスである。
ついにこの列車に乗るひがやってきた。
そそくさと、ローマに後ろ足で砂かけながら、乗り込んだのである。 -
車窓からの眺めである。
この建造物が見えてくると、もう間もなく、
「 イタリアの伏魔殿 」
ローマ・フィウミチーノ空港である。 -
空港カウンターである。
「 やはりローマは冥府魔道なり。 」
チェックインを済ませて、タックスフリーの手続きをしようと手続き所に向かう。そこで、スタンプを押してもらおうとそこにいた魔女のようないやむしろ「砂かけ婆」のような女子に書類を出すと、あろうことかその書類に直に数字を書き込み且つ吐き捨てるように
「そっちに行きな」
みたいなことを言われた。
で、ワシらその数字を頼りに空港内を探しに探し回って、ついに数字の場所を見つけるとそこはなんと出国ゲートだったのである。最高のフィレンツェ旅行の最後にこんな仕打ちとは、ワシが胡錦濤(字が違うけど)だったら、イタリア大使館にむけデモをアジって国際問題にしてしまうのに。
結局、また婆のいたところに戻り、今度は別の婆にスタンプを押してもらい、何とか済んだのである。 -
タイ航空である。
ついに搭乗しなければならなくなった。
「チャオ!イタリア!」
必ず、また来るのである。 -
バンコクの空港である。
トランジットである。
ただただ、休んでいたのである。
「 不思議なイタリア人 」
ローマからバンコック空港までの飛行機の中はイタリア人だらけ。みんな本当に自由に機内を行きかっていた。大きな話し声もお国柄か。いずれにしろワシらは、日本ではありえない人間模様(?)を目の当たりにしていたのである。
そして、ついにバンコック空港に着陸した瞬間、予想外の光景にでくわしてしまった。
飛行機が着陸と同時に、それまで緊張のため静かに固唾を呑んでいたイタリア人の乗客すべてが、一斉に割れんばかりの拍手喝さい。いまどき、日本のお爺さんお婆さんでもこんな真似しないのに、やつらみんなやってました。日本人の抱くイタリア人に対しての
「おしゃれ」「かっこいい」他
とかってパブリック・イメージを大きく裏切る
「ど田舎の、修学旅行の小学生」
的なこの蛮行に、大爆笑のワシらであった。 -
成田空港である。
意思に反して、帰国してしまったのである。
この写真は
「 よーこそ 日本 」
って、キャンペーンの広告写真のようだ。で写っているのは、ワシの住む弘前の弘前城の桜の季節の写真だ。
このキャンペーン、青森ではやってないのでこんなポスターがあるって知らなかったのである。おそらく、19万人(多分)弘前市民の殆どが知らないはずである。 -
バスである。
今日は東京で宿泊。翌日、帰郷するのである。
テなわけで、辛い現実社会に戻ってきたのである。
でも、旅行記はもう少し作るのである。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- jamyamaさん 2005/10/19 09:25:44
- jamyamaを紹介していただきありがとう!
- りこぼんたさん☆
フェレゾレの処でjamyamaを紹介していただきありがとう
ございます。
そこでjamyamaは<オペラ>のURLを旅行記に載せて置くことにしました。(笑)
りこぼんたさんは弘前にお住いだったのですね。
私もいつかはあのポスターの日本を代表する「桜」を見てみたいです。
いつも面白いりこぼんたさんのコメントを楽しんでいます♪
-
- mokomokoさん 2005/10/05 23:10:12
- 旅行記見てますよ〜
- りこぼんたさんこんばんは。
札幌在住のmokoです。
イタリアにはあまり興味がなかったけれど、この旅行記を見て私もイタリアに行ってみたいな〜と思いはじめました。
もう少し子供が大きくなって長時間のフライトに耐えられるようになってから怪獣rikuとイタリア旅行に行こうと思います!
その時はこの旅行記を参考にしようと思っていますが、私は待つのは平気なのでどんなに混んでいてもきっと列に並ぶと思います。
-
- jamyamaさん 2005/10/05 09:16:59
- 『フィエーゾレ』
- りこぼんたさん!
本当にフェレンツエで同じような行動をしていたのですね。(笑)
りこぼんたさんたちもフィエーゾレに行ったのですね(笑)
『フィエーゾレ』
私たちはバスの中で暮れ行く夕焼けのフェレンツエの街を
見れたのですが・・・。
りこぼんたさんのようなビューポイントがわからず丘を登っているうちに
暗くなり・・・残念でしたぁ。
ああやってフェレンツエの街が一望できる場所があったのですね♪
オペラのことはガイドブックにほんの2,3行載っていたのでネットで調べてみたのです(笑)
とてもリーズナブルでひとり2000円位だったと思います。
次回は是非オペラを試されてくださいね。
旅行記のコメントを楽しみにしていますね。
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