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常書鴻の勤めた初代敦煌文物研究院跡を見学してきました。<br />一緒に来た維吾爾人の姉妹も出てきます。<br />朝の出発から、帰ってきた敦煌市内の様子まで長々と綴ります。<br />お暇なら寄ってって下さい。<br />(暇じゃないからサヨナラって言わないで〜)

常書鴻の足跡を訪ねて

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2005/09/09 - 2005/09/09

230位(同エリア380件中)

    50

    常書鴻の勤めた初代敦煌文物研究院跡を見学してきました。
    一緒に来た維吾爾人の姉妹も出てきます。
    朝の出発から、帰ってきた敦煌市内の様子まで長々と綴ります。
    お暇なら寄ってって下さい。
    (暇じゃないからサヨナラって言わないで〜)

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    • 朝11時。<br />出発前に車のチャーター。<br />知人が忙しいと言う事で、その人の友人を紹介して貰った。<br />すると、敦煌では超珍しい緑色のサンタナ。<br />しかも綺麗に磨かれていますね。<br /><br />「流しなんかも、他の連中みたいにせこせこしないよ。殆どクチコミで予約を貰うからね」<br />人柄にも余裕が感じられました。

      朝11時。
      出発前に車のチャーター。
      知人が忙しいと言う事で、その人の友人を紹介して貰った。
      すると、敦煌では超珍しい緑色のサンタナ。
      しかも綺麗に磨かれていますね。

      「流しなんかも、他の連中みたいにせこせこしないよ。殆どクチコミで予約を貰うからね」
      人柄にも余裕が感じられました。

    • 道中、空を眺めると雲が多い天気。<br />でも、悪天候ではありません。<br />朝という事もあって、まだ雲が切れていないようです。<br />敦煌の朝は11時頃まで凄く涼しく清々しいので、日本の7時みたいに感じます。

      道中、空を眺めると雲が多い天気。
      でも、悪天候ではありません。
      朝という事もあって、まだ雲が切れていないようです。
      敦煌の朝は11時頃まで凄く涼しく清々しいので、日本の7時みたいに感じます。

    • 莫高窟が見えてきました。<br />北面の最先端です。<br />「老裴」と言う人が働いていた小屋が見えています。<br />(写真左端)

      莫高窟が見えてきました。
      北面の最先端です。
      「老裴」と言う人が働いていた小屋が見えています。
      (写真左端)

    • この橋を渡り、楼門をくぐって入り口へ向かいます。

      この橋を渡り、楼門をくぐって入り口へ向かいます。

    • 「石室寶藏」と書かれた楼門。<br />これは昔からの建造物です。<br />年に数回化粧直しされます。

      「石室寶藏」と書かれた楼門。
      これは昔からの建造物です。
      年に数回化粧直しされます。

    • 莫高窟入り口正面玄関の楼門裏側。<br />同じ文字が書かれています。(^^

      莫高窟入り口正面玄関の楼門裏側。
      同じ文字が書かれています。(^^

    • そこから中を眺めると、窟の上、砂漠の所に野鳩が2羽。<br />片方をアップで。<br />(もう片方は枝に隠れています。)<br /><br />さて今日はまず、この間莫高窟を見そびれてしまった維吾爾人の姉妹を、莫高窟見学へ送り出し、我々は柵外から今日の莫高窟の様子を眺めてから、自分たちの目的、常書鴻に関する歴史資料があると言う「旧敦煌研究院跡」へ向かいます。<br /><br />では、先に莫高窟の様子を少し見てみましょう。

      そこから中を眺めると、窟の上、砂漠の所に野鳩が2羽。
      片方をアップで。
      (もう片方は枝に隠れています。)

      さて今日はまず、この間莫高窟を見そびれてしまった維吾爾人の姉妹を、莫高窟見学へ送り出し、我々は柵外から今日の莫高窟の様子を眺めてから、自分たちの目的、常書鴻に関する歴史資料があると言う「旧敦煌研究院跡」へ向かいます。

      では、先に莫高窟の様子を少し見てみましょう。

    • そこから見える428窟。<br />2階部分になります。<br /><br />現在(2005年9月)、床面の改装中で拝観出来ません。<br />

      そこから見える428窟。
      2階部分になります。

      現在(2005年9月)、床面の改装中で拝観出来ません。

    • その左横の427窟。<br /><br />門扉の上に硝子張りがありますが、そこから天井画が見えています。

      その左横の427窟。

      門扉の上に硝子張りがありますが、そこから天井画が見えています。

    • 同じくその左(南)側の景色。<br />427窟の上にある表壁の壁画が綺麗に見えていますね。<br />一部剥がれ落ちているので残念ですが、表なのでどうしようもないようです。

      同じくその左(南)側の景色。
      427窟の上にある表壁の壁画が綺麗に見えていますね。
      一部剥がれ落ちているので残念ですが、表なのでどうしようもないようです。

    • 欄干越しの風景しか撮れないのが辛いですね。。。<br /><br />今日は老人を敬う活動「夕陽紅」の日。<br />色んな都市から、沢山の夕陽紅軍団が来ていました。<br /><br />では、我々の莫高窟はこの辺で切り上げて、9層楼の向かいにある研究院跡へ向かいます。

      欄干越しの風景しか撮れないのが辛いですね。。。

      今日は老人を敬う活動「夕陽紅」の日。
      色んな都市から、沢山の夕陽紅軍団が来ていました。

      では、我々の莫高窟はこの辺で切り上げて、9層楼の向かいにある研究院跡へ向かいます。

    • 常書鴻の足跡が、ここで色々判る。<br /><br />敦煌研究院旧館、初代敦煌文物博物館跡の玄関です。<br />場所は、9層楼前の広場を更に南(9層楼に向かって左)に入ってすぐ向かい側の寺院のような建物です。

      常書鴻の足跡が、ここで色々判る。

      敦煌研究院旧館、初代敦煌文物博物館跡の玄関です。
      場所は、9層楼前の広場を更に南(9層楼に向かって左)に入ってすぐ向かい側の寺院のような建物です。

    • 常書鴻の辧公室。<br /><br />その写字台(事務机)。<br />ここに座って仕事をしていたんですね。

      常書鴻の辧公室。

      その写字台(事務机)。
      ここに座って仕事をしていたんですね。

    • その向かい側に置かれている、常書鴻の油絵。<br /><br />雪山登山風景が好きな彼。<br />日本に寄贈した壁画も、よく似た内容です。

      その向かい側に置かれている、常書鴻の油絵。

      雪山登山風景が好きな彼。
      日本に寄贈した壁画も、よく似た内容です。

    • 莫高窟の保護作業資料室。<br />歴代の保存作業の経緯が資料化されています。<br /><br />昔の写真も沢山あり、途中で台湾に脱出した画家張大千などと撮した写真もあります。

      莫高窟の保護作業資料室。
      歴代の保存作業の経緯が資料化されています。

      昔の写真も沢山あり、途中で台湾に脱出した画家張大千などと撮した写真もあります。

    • 張大千展室。<br /><br />画家、張大千の部屋だった所。

      張大千展室。

      画家、張大千の部屋だった所。

    • 張大千が、自分の部屋の壁に落書きした竹の墨絵。<br /><br />大部分が消えていましたが、下の方には墨のまま、上の方は済み部分がはげ落ちて白くなっていました。

      張大千が、自分の部屋の壁に落書きした竹の墨絵。

      大部分が消えていましたが、下の方には墨のまま、上の方は済み部分がはげ落ちて白くなっていました。

    • 院内。<br /><br />手前の大きな樹木は梨の木です。

      院内。

      手前の大きな樹木は梨の木です。

    • 生活の全てが自給自足。<br />自前で穀物も精製していました。

      生活の全てが自給自足。
      自前で穀物も精製していました。

    • 莫高窟の壁画に用いられる自然顔料。<br /><br />180種類有ります。

      莫高窟の壁画に用いられる自然顔料。

      180種類有ります。

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      • 花やんさん 2005/09/15 21:30:09
        常書鴻先生の家族のその後について。
        常書鴻先生と息子さんは不幸な人生で終わられたと聞いていますが、何かニユースをお聞きしましたのでしょうか?

        こまちゃん

        こまちゃんさんからの返信 2005/09/16 01:41:47
        RE: 常書鴻先生の家族のその後について。
        花やんさん、書き込み有り難う御座います。

        常書鴻さんの一生で、一番の苦痛は文革時代です。ご臨終近くの生涯は、お孫さんに見恵まれ、日本との交流も順調、世界が莫高窟を見つめてくれている中、特にその様な事は無いはずです。
        ちなみに、1994年6月ご逝去。

        息子さんも特にこれと言って聞いていませんし、次男の常嘉煌さんに関しては、21世紀の莫高窟製作と銘打って、新莫高窟の製作に、日夜勤しんで居られます。

        ご長女の常沙娜さんは、唯一表の大舞台で活躍されている方で、中央工芸美術学院院長をされています。温厚で大らかな優しい女性です。

        奥さんの李承仙さんは、最近の2003年8月、79歳でお亡くなりになりました。フランス帰りの常書鴻さんは、決意した莫高窟での偉業を成し遂げるべく敦煌に来ましたが、時代背景と今程有名ではなかった莫高窟自体、生活環境すら思わしくない条件下、奥さんは彼の元を去りました。
        それでも一人、意志を全うすべく頑張っている常書鴻さんと、同じく莫高窟の保護に生涯を傾けて居た李承仙さんを再婚、その後の生活は彼女有っての賜だったようです。戦争が終結し、時代が彼らを報いました。世界各国が莫高窟を注目し、その保護に一躍援助、やがて1987年12月には世界遺産にも認定され、その保護は世界規模に・・・
        苦しい文革での母国からの仕打ちに耐え続け、守り通した莫高窟が、今も世界から愛されて居るのは、彼らが居たからこそなんです。
        こちらは、お二人の関係を記した頁の一例です→ http://www.nitchu-yuko.net/zoumimibun111.htm

        もしご興味が有られましたら、彼の自伝が翻訳されて出ていますので、是非ご覧下さい。こまは、「九十春秋」と言う、中文版の彼の自伝で涙しました・・・。(;_;
        日本人の翻訳になるので、中国の根底的な苦労描写が不完全かも知れません。中国人の文革による蔑まされ方は、日本人には理解しきれない異常さがありますから。
        (日本語版の紹介:http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31538057)

        長々と申し訳ありませんでした。
        彼の事は一言では語れないものですので、ご了解願います。

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