1987/03/13 - 1987/04/10
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adsawinさん
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お世話になったケニアの人々との別れは???
当然ありがとうで涙に暮れる????ハズ???だった???(??)?
ここまで無事に来て知りきれトンボのような?と言う表現もなんですが??逆に何もないと寂しい物で??誰もが刺激をもとめて案外危ない性格になりだしていたのかも知れないなあ・・・・など馬鹿な話をしていますが・・いよいよ日本に戻る時間が刻々と迫る中何とか思い出に残る楽しい旅をしたいと・・・・ラム島までクルーズです・・・
時代を遡り歴史を見れば?この辺りには7世紀以降インド洋に面したケニア東部にアラブ人が訪れ、港町モンバサ、マリンディ、ラムなどが交易の場として賑わいを見せたのです。
その中でラム島は14世紀以降、スワヒリ文化の中心として栄えたといわれています。石壁の家々が建ち並び、細い路地が迷路のようで、車ではなくロバが行き来しています。これが文化伝統 の世界なのかも知れません・・多くの場所で以外にもロバが仕事をしていたのが印象的です。
凄く起伏がある砂丘とそこに広がる美しいビーチ・そして漁船なのだろうが?三角帆のダウ船が行き交います。
それこそ中世のイスラム世界がそこにポツンと残されたままのような・・・・不思議な世界を感じました。
これらの街は、東アフリカでも最古のスワヒリ文化伝統が保存されている場所として、ユネスコ世界遺産にも登録されたくらいです。
また15世紀になるとポルトガル人が訪れ、約3世紀もの間アラブ人の勢力が衰えてしまいます、その後18世紀後半アラブ人が再び勢力を振るい、ケニア内陸部に勢力を伸ばし、奴隷貿易や象牙貿易を行うようになっていったと言います。
19世紀に入るとヨーロッパからはキリスト教宣教師や探検家などが訪れるようになり、その後ドイツ・イギリスの植民地奪い合う戦いなどにより争いごとが起き、ケニアはイギリスの勢力の下となり、1920年にイギリスの植民地になったのです。
イギリス人達は、気候がよい中央高地で、紅茶・コーヒーなどのプランテーション経営を急激に進歩させています。
政治的にも経済的にもイギリス人がケニアの主導権を握ったことで、アフリカの住民はとても不便な場所に追いやられることとなりました。イギリスの植民地支配抵抗運動は第二次世界大戦後さらに封を切り激化していきました。
1952年にはマウマウの反乱とよばれる運動が続発し、事件落ち着くまでに大勢のケニア人の命が失われたと言われますがその反面ごくワズカのイギリス人の命も失われたのです。
イギリスはこの事件を良い教訓とし今までの植民地政策を止める事を発表し、ついに1963年暮れケニアは独立した独自の国へ歩き始めたのです。その後1964年にはケニア共和国となり、初代ケニヤッタ大統領が誕生します、ケニヤッタ大統領はイギリスと協調し存続しあうと言う政策を進め、現地の優秀なるアフリカ人を積極的に公務員や管理職へと採用し、外国から資本を取り入れる事で工業化を計り、現在はケニヤッタ、モイのあとを継ぎ、キバキ大統領がケニアを治めています。
******簡単な海から内陸に掛けての歴史でした・・・・*****
ラム島の景色は本当に古い町並みで・・立て直すこともこれは案外大変だろうと??思いました。しかしこれだけの石垣から作られた建物はその時代と歴史をそのまま保管しているのだと言う目で見るからか??物凄く威圧感があり、ユネスコ遺産へ登録されただけのそのスケールの重さを感じます。ただ???写真にするとただの古ぼけた町並みが残るだけで哀しいきもするけど・・まあ当時のカメラだと明らめて・・夕方ホテルへ戻り夜24時発のけり自宅を各自で荷物の整理を始め列車に乗る為に駅へ向かいます。この予定だと翌日の早朝07時着でその足で後藤さんの事務所に行き預けた荷物を受け取り15時発のケニア航空でカラチに飛び日本へ帰国する予定でいけそうだ・・・・
長いのか短いのか旅行記さえもが沢山UP出来た事は嬉しい事だ・・自分の記憶力も大したモンダ・・と褒めたりなどしていながら??懐かしいケニアが今如何なのか?をもう一度見たいと言う気持ちが湧きだしているところです。
そんなこんな言う前に20年の月日が経ち・・・・いつのことになるのだろうか??
列車の最終案内の連絡をしています、大きな列車が大きな汽笛と白い煙を吐いてゆっくリとケニアに向けて走りだしました・・戻る道は当然真夜中のアフリカ・・・景色を楽しむことは不可能だろうと諦めていたので早々に深い眠りに落ちたのです・・・・・・何時間が経ったのだろう??辺りの景色は薄暗い朝焼け色をしている、どうして目が覚めたのか?自分だけが不思議に思いながら??友人達の口をポカーンとあいている寝顔が楽しくて。遊んでしまおうかな??と思えば??列車は大きな急ブレーキをキーと言う物凄いブレーキの音と共に車体が右に傾き・・・・体が友人の上にかぶさるように下の段の友人に受け止められてセーフ・・マジでセーフ・・・・事故??何事??この様子ではなにが起きているのか検討も付かないのでとにかく暫らくジートおとなしくしていた・・そのうち大きなスワヒリ語で脱線だ動物とブツカリ前3両が横倒し状態だ!これは半日以上動けんぞ・・・・・と言う意味の言葉が耳に入る???マズイ・・・これはヒジョーにマズイ・・このままではまた?ケニア空港に置き去りにされ・・・カラチで日本行きを待つ様なことにでもなれば??これはマズイと真剣な眼差しで考え込む自分に対して・・オーイ帰らなくて済むんでないの???ラッキーだよな・・・まだ居たいよな??あんだ???馬鹿なこと考えてないで・・電話を掛けるところを探すんだ・・ここはケニアからまだ何十キロも離れている場所なんだぞ・・しかも救助なんて待つ余裕はない!!の緊急な状態は一応皆理解してくれて直ぐに4人が2人に分かれて列車の中の状況を確認に走る・・しかし???この列車・・何しろ25両編成なもので・・長〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い通路を走る走る・・これだけで十分マラソンしたのと同じだろうか??と考える余裕が出来た頃・・見えてきたのが脱線している列車の胴体と明るくなりつつある外の景色だ!!!
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ラム島の景色は本当に古い町並みで・・立て直すこともこれは案外大変だろうと??思いました。しかしこれだけの石垣から作られた建物はその時代と歴史をそのまま保管しているのだと言う目で見るからか??物凄く威圧感があり、ユネスコ遺産へ登録されただけのそのスケールの重さを感じます。ただ???写真にするとただの古ぼけた町並みが残るだけで哀しいきもするけど・・
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。石壁の家々が建ち並び、細い路地が迷路のようで、車ではなくロバが行き来しています。これが文化伝統 の世界なのかも知れません・・多くの場所で以外にもロバが仕事をしていたのが印象的です。
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上陸する前に写真を撮りましたが?などかでそれでなくてもノンビリしていたラム島ですが・・・・
其処にある大きな石の建物が・・世界遺産として登録されているものだと思うと??犬が塀や壁におしっこをひっ掛けているのさえ・・ドキドキして見た様に記憶しています。 -
摂り立ての小魚も大切な栄養資源・・として活用されていました。そのままから揚げにして食べたら美味しそう・・・
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何気ない石垣の中はマンションの入り口
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郵便局だと言われなければ?チョット分からない入り口・・・
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本日は休日が残念なパスタ店
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やっぱり!!!ここはサファリーのど真ん中あ・・だ電話なんてナイ!!如何してケニアに戻る事が可能になるのだろうか????それから2時間して、列車の会社からの車内放送が入る・・無線電話を付けました休養がある方から先にお受けします・・走りましたよね・・また列車の通路を・・・10両くらいで言われた場所に到着でも既に人々の姿は園へとはみ出して待つ長い列が在り??気分が悪くなりそうでした・・まったく運がいいよなあ・・かえる日の当日までこんな事故に巻き込まれて・・幸い誰も怪我をしていないから?良い物のなあ・・・・・・と約1時間ほどが経過してやっと順番が来れば??無線の電話の充電ですとやらで・・・さらに30分待たされた・・・まあこの30分は会社の人から説明を聞いたり、方法を聞いたりして過ごしていてアマリ神経を逆立てられていないのが幸いだった・・やっとケニアの後藤さんの事務所の電話が通じた・・・後藤さんはさぞ・・顔面蒼白だっただろうと??想像出来る・・どうすると話す時間も無くとにかく朝ニュースで知り運ちゃんが待機していたので・・直ぐ向かわせる・・・ハイ!!と言うだけでどうしたらいのか?殆んど会話を出来ない状態での連絡だった。既にお天と様も暑い夏の日差しをジリジリと上げ出していた・・時間は既に09時になろうとしていた・・・
連絡はしたもののどうしたらよい物か??途方に暮れていると??凄い砂煙と共にケニアから迎えが着始めていた・・これに乗れば何時にケニアに着きますかね??と尋ねれば??多分夕方になるだろうと・・はあ・・・・・と大きなため息を立てた物のあがいても仕方がないその試練・・・に対応するしかないのだと言う気持ちもどこかに湧き出していたのも事実だった・・しかし希望者多すぎてさらにこのバスにも乗れない・・女性や老人が先に選ばれるので・・自分達は辞退して運ちゃんが来るのを待つ意外ないと腹を括りだしていた・・用意されたパンをカジリ・・バナナを食べて空いたお腹を無理やりにして・・なるようになるさと・・・・構えに入れば?逆にそれから直ぐにケニアの町からどんなに120kmで運転してもここまで約3時間は掛かるらしい・・・・その時間を遥かに短くしてまるでサファリーラリーを感じるような速さで迎えに来た運ちゃんを見て??ただただ・・あっけ??に摂られた自分達である。 -
3時間が2時間で済んだのは??運ちゃん曰くラリーの車と1諸に走る事が出来たので・・道を迷わず・止まらず来た分早く付いた・・それでもコンドは全部で5人になるから層は行かない??出来るだけ早くここを出よう・・・・そういわれて急いで荷物を出して車のトランクに詰めた・・・車のドアを閉めて・・イザ!!!といえば???やはり車が重そうだ・・・・・これは係りそうな時間に運ちゃん内心ドギまき状態であったことを知るのは自分ひとりだったかもしれない・・・・何故なら?あの黒い顔が白くなっているではないか??この顔を見たのは2度目だあの・・アンボセリサファーリだ・・・・・いや〜〜〜〜な予感??でも言わずにいようそれが運ちゃんへの礼儀だと感じたからだ・・・徐々に迎えの車が到着し出して辺りは賑わしく成り出していた・・・
とにかくその場を出たのがもう11時を過ぎていた・・後、1時間でケニア空港はボーデングを始めるだろう・・・・・
後藤さんはケニア航空に状況を説明して最低でも出発15分前まで待つように指示していると言う事だ・・・後残り3時間だが?????
運ちゃんは飛ばしていた今までないくらい真剣な表情が見て取れる・・申し訳ない感じていたが・・今回ばかりは列車の都合で自分達の都合ではない・・ただ後藤さんに万が一を考えて帰りだけは飛行機で戻る方が安全だといわれていたのを思い出した・・・やベーマジで後藤さんの心配したとおりに???運ちゃんは言う・・この手の事故が置きて外国人を迎えにそして空港に届けにいけたケースはない!@!とほぼ絶望的な返答だった・・・でもこれで自分は3度目のチャンスに出遭ったんだ・・これが名誉挽回のチャンスなんだと独り言のように呟いてはかみ締めていた・・ヤタラに声を掛けては気の毒な状態が後ろ全員の静かな様子でも伺える・・それでも友人はもし気分が悪くなれば??休もう??体の具合を押してまで孵ろうとは思わないさ・・と簡単な返事・・しかし運ちゃんの耳には届いているはずも無く・・無言な状態での運転が既に1時間・時速130kmのスピードは乾いた土の砂を巻き上げてあたり一面が砂埃で白く見えた・・景色を見学する余裕など勿論ないが・・遠くに見えるキリンや象の群れ・・そして白馬の群れ・・が目に焼き付いていた・・・今どの辺りを走るんだ???と地図を見ながら何とまだ遥かケニアは先に見える・・さらに無言の運ちゃんだ・・・が・・・???トランクからガソリンをだし補給して・・10分も休むとコンドは150kmで走り出した・・流石にこれには耐えられない物がある・・どしどし飛び上がる体が天上にぶつかり・・敗れ枯れたシートカバーからネジが飛び出しているのが背中などに辺り・・物凄い・・・モンクは言えない・・耐えるしかない!!と言葉にならない目の語らいが4人にはあった・・・その時・・・急ブレーキ・・・・まさか・・・また???そんな余裕も無く全員が体を縮ませ頭を抱えた・・・・この動作が緊張していた運ちゃんの心には何故か妙に受けたのだ????笑い出したら止まらない運ちゃんの性格が裏目にでて・・笑いながら泣き出している・・・おいおい見えるか大丈夫か??大丈夫でもないが・・・・でも笑いが止まらない・・と悲鳴を挙げている・・その仕草にこちらの方が笑いが止まらなく鳴り出して・・車の中は異常にも150kmのスピードで舌を噛み切りそうな状況にも係わらず。。笑いの声が止まらない自分らでした・・ フト?隣を見れば猛スピードで跳びぬけるインパラ・・を見る・・流石早い!!!走るではなく跳ぶんだなあ・・・・と実感!! -
最終では大好きなポイント写真でもう一度飾ろうかな???
途中何度も同じように車がスピードを競います。これは消して速さを競う為にしているのではありませんが・・・・・時々側を走り抜けると?外人さんがハーィ・・と明るく手を振る姿がナンか変な感じだ!!サファリーラリーまさにサファリーラリーだねと誰もが口々に出してさらに笑い転げていた・・がアマリのスピードに車が耐えられず・・燃え出している車・・エンストしてしまう車が後を絶たない・・運ちゃんの運転するこの車だけは問題も起きずに・・150kmのスピードを下げもせずに走り続けていた・・・この帰りを急ぐ車のエンストや炎上状態の方が??案外動物を見るより面白い気がして・気の毒にと他人事のように見送る自分達も気軽な物だなあ・・・・まさにサファリーラリーならではのタクシー・ナイロビ送迎戦とも言うべき戦いがここで広げられていた・・・笑い話にしかならないけれどね・・・・ナイロビの国立公園ないに入れたのは??既に2時15分・・残された猶予は後15分???間に合うのだろうか??
後藤さんの事務所に寄らずに空港に行く様子だ・・・仕方がない・・・しかしこれは幸いした、後藤さんは既に空港で自分達の荷物をチエックインしボーディングを受け取り待っていてくれた・・空港内の駐車場に到着したのが?2時40分、手に冷や汗を掻いて・・持てる荷物を持とうとして友人がこのバックの中味は全部ここで購入した物だ・・お土産だけは持ち帰りたいが衣類は捨ててくれと運ちゃんにたのだ・・お陰でビニール袋などない時にケニアの新聞で巻いただけの盾が妙に目立つが?これだけあれば・心無く行ける・・そういいながら大切に綺麗にたたんで仕舞い込んだ衣類のバックを一つ運ちゃんに頼み・・お手軽で気楽なスタイルでの滑り込みセーフ5分前・・・・・後藤さんにこのタクシー代は日本から送金しますから・・ここに全員の住所と連絡先がありますから・・必ず連絡しますから・・と握手ではなく皆を抱きしめての暖かい見送りだった・・気にするな!自分達が出会った沢山の経験はこれから必ず生きてくるから・・それを大切に言い人生をおくれよな・・・・後藤さんの暖かい涙がシャツに沁みてくる・・これほど助けてくれた人も後にも先にもいないのではないだろうか???その励ましが・・この後の自分達の大きな人生への第1歩として帰国後の3人の人生が大変化して行くのだ・・・・後藤さんはまだケニアにいる・・骨を埋めるつもりで・・・・自分の死に場所だと選んだケニア・・・が今も素晴らしい自然を残し、変らぬ暖かい心でケニアの人々がいてくれたらと思わずにはいられない・・・・・・
涙声が挨拶の言葉をかき消して・・ただ涙を手で拭いながら・・・別れの挨拶となってしまった・・・・・ -
飛行機に5分遅れで何とか走りこんで来た外人さんのグループ合わせて25名が機内に乗り込ん出来た・・・・・
これで全員???ナンだ??この飛行機はこれらの人々が来なければ飛べない状況だったわけね??とアナウンスが入りその状況説明を聞いたとき全員がため息と大声で歓声を上げていた・・・・
離陸直前フェンスの横で荷物を持ち後藤さんと運ちゃんが手を一生懸命振る姿が見えていた・・それを見た瞬間今まで我慢していた何か?がゴロゴロと崩れていくような変が気がして・・体が震えた!!寂しいという思いと申し訳ないという思い出・・・本当にキチンとお礼をしてもう少し後藤さんと話がしたかったその思いが叶わないと言う気持ちが膨れ上がり・・泣き虫の自分は離陸して暫らく目が開けれ到れないほど涙が止まらないでいた・・・それを見ていた友人達は優しく背中を撫でてお疲れさんと声を掛けてくれた・・そして食事が出たとき・・・自分達だけ特別注文の食事予約がされていたのでと言うので・・・出された物を見れば??ダチョウのスクランブルエッグとチーズが死ぬほど出された・・・・・・
これが後藤さん風の優しい心・・感謝しても仕切れないほど・・熱い熱い人情の持ち主に手を合わせて食べさせてもらいました。何よりこのダチョウの卵から始まりダチョウの卵で終わるアフリカ旅行・・・元気にこの地を後にできたのも、後藤さんと運ちゃんのお陰・・そして運ちゃんのお父上から特別に頂いたケニアの国旗・・・・が今でも目に焼きついている・・それは恐らく誰もが自分の家で額に入れているのではないのではないだろうか??
素晴らしいアフリカ旅行と名づけたい・今だからこそそういえるこの旅に!乾杯!これから沢山ケニアを旅する人が沢山の幸せと、エキサイティングなドラマに出遭い感動と出遭いに感謝出来ますように・・そう祈らずにはいられません。 -
この旅が日本に到着して終わりか??というと・・実はそれから半年して運ちゃんは日本に来たのです。
全員で日本居酒屋・美味しい料理店・などを一ヶ月ほど毎日歩いて飲み明かしたのを覚えています。突然電話の先でジャンボーと言う懐かしい声が聞こえた時真面目に耳を疑い目が丸くなりました・・あの難しい日本領事館から旅するのビザを取得してこれた事は運ちゃんの自力での日本語力だったからです。
しかもこの半年間眠る時間を割いて日本語だけを勉強してこれだけ会話が出来るようになれば。
たいしたもんだと思いました。ましてケニアにはまだそれほど日本人がいない場所・・観光地としてそれほど世界中から注目を浴びている場所でもなかったですから・・日本での勉強は日本語学校での日本語だけの授業を選択し、大検の資格を取得して大学に進みたいと話していた運ちゃんですが・・自分の夢を捨てて事業を告がなければ成らない事態となり・・勉学の途中で帰国していきました、それはお父上のガン治療が間に合わず他界されてしまわれたから・・・悲しみで涙を溜めて帰国して行く運ちゃんに大丈夫何とかチャンスがまた来るよ・自分の人生だからさ・・と背中を押してあげたのですが・・それ以来日本に来ることが出来なかった様子でした・・・・・・それから1年の間に友人達の人生も大きく変化して自分が生きていくために何が出来て何をしたら充実した人生を送れるかと言う大切な部分に迫り・・警察官になるために勉強し直して警視になった友人や看護を目指して学校に入り直して中国や朝鮮の難民の世話をして自分の活きる道を切り開いた女性もいれば?外国勤務となり2年間日本を留守にしていた友人達・・でもそのお陰で彼女が学校に通い直す時間が出来た事で彼女の人生は有意義な物になったと思う・・その3人の友人達は今でも日本で自分の見つけた選んだ仕事を楽しんで続けている・・どうしようもなく風来坊なのはどうも自分だけらしいが?????
これだから楽しめる旅・・・・やっとそう思える旅になったような気がします。 -
それも4トラベルの友人達である、さすらいおじさんやすずかさんやチビケイさんや、魔女ランダさんの応援でここまで書ききれたことは自分でも凄く喜ばしとこで、皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げますと共に、ケニアでたくさんの人々との出遭いがあり、助け合いがありだから出来た旅だったということなどで!ケ二アの皆様にもこの場を借りてお礼申し上げます。後藤さんには本当に本当にお世話になりましたどうぞ・・体には十分注意してお元気でお過ごし下さい。
運ちゃんは今現在はケニアでやり手の商社を経営しています。子供5人に囲まれて・・幸せそうな笑顔が写真盾からこぼれて来そうな雰囲気で・・・・結婚式で移した4人の写真も若き頃とは言え懐かしい写真だ・・・そして本当に少しの時間を有したことで最後まで不思議な出会いと別れをすることとなったご夫妻の笑い顔の写真盾、後藤さんと日本料理店のマスターとの記念撮影の写真が自分の大切な宝物として今でも悲しい時も苦しい時をそれを見て元気を出しているじぶんで在ります。
この長い旅行記を読んで頂きました皆様にもお付き合い頂きまして心から感謝いたします。
これからも宜しくお願い致します。
***紹介****
最近のケニアでの旅行記や素晴らしい写真撮影で心を和まされた4トラベルの皆様をご紹介
すずかさん 凄く回転が速くて自分の活きる道を自分の為にも頑張る姿が凄く印象深い彼女の旅行記は楽しいケニア旅行記が掲載されています。
Nori さん プロならではの写真アングルやその素晴らしいセンスがたくさんの最高なる写真をご自分のホームページでも紹介されています。凄く感動する写真が多いのが流石みなさんから師匠と呼ばれるだけの腕の持ち主・・本当に素敵な写真が在ります。是非ご覧下さい。
キャプテンKさん 同じコテージに泊まる?ことになったキャプテンKさんの旅行記も凄く楽しい表現でたくさんの方角から楽しめる旅行記がです。
これだけの素晴らしい4トラベラーが存在する4トラベルはいつも楽しい情報がたくさん掲載されています。
どうぞこれから旅をされる方がこれらの情報で楽しい旅をエンジョイされますように、心からお祈りしております。
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この旅行記へのコメント (6)
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- くぬ〜とさん 2009/05/13 10:57:50
- 動物の写真がアートですね!
- はじめまして、
私もモンバサの旅行記を書きました。(2008年1月)
ちょうど、大統領選が終わったばかりでデモや暴動で荒れていました。
観光には差し支えなかったんですが、観光客がほとんどいなくて寂しかったです。
ラム島にも行けませんでした。
ケニア人ってすごくフレンドリー。なにしろ笑顔が素敵でした。白い歯がピカ〜っと。
またいつか行きます。
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- チビケイさん 2005/07/16 20:26:21
- adsawinさーーーん♪ダチョウの顔を見てたらε=(>ε<) プッー!楽しいヨォ〜♪
- adsawinさ〜ん(*^。^*)忙しそうですねぇ〜(=⌒▽⌒=) ニャハハハ♪
働きすぎは体に良くないよぉ〜大丈夫ですかぁ〜(^_-)-☆
チビケイお陰さまでやっと微熱もなくなり
復活しはじめましたぁ〜(食事は未だに丸呑み状態だけど(^^ゞ)
体調悪い時は折角adsawinさんの旅行記見せて貰ったのに
コメントも残さず帰ってましたゴメンネ<(_ _*)>
ダチョウのミョーな顔を見ては笑い
キリンの不思議な顔を見ては焦りつつ楽しんでましたよぉ〜(*^。^*)
日本も暑いけどぉ〜チェンマイも暑いよねぇーー
(でもチェンマイの暑い方が居心地良さそうに思うナァ)
adsawinさん!チビケイが言うのもナンだけど
忙しすぎて健康管理怠ったりしないでね(*'ー'*)ノ~~
今回かなり懲りているチビケイです(-"-)反省!
やっぱり元気でいなくちゃあ心まで元気なくしちゃうしねぇ(゚ー゚)(。_。)ウンウン
adsawinさんに、何時も元気でいて欲しいです!
少し自分に我侭を許してあげてマイペースでねぇ(*^_^*)
また遊びに来させて下さいね(*^_^*)
- adsawin2さん からの返信 2005/07/17 02:31:54
- RE: adsawinさーーーん♪ダチョウの顔を見てたらε=(>ε<) プッー!楽しいヨォ〜♪
- >>チビケイお陰さまでやっと微熱もなくなり
復活しはじめましたぁ〜(食事は未だに丸呑み状態だけど(^^ゞ)<<
こんばんは元気そうだなあ・・大丈夫だね!!
人間どんな病気を起こすか?掛かるか?本当に分からないから怖いね・・でも元気になればフッフッ・・・・・(^O^// こちらのものだああ・・・
でもまだ前回ではなさそうなので・・夏痩せイヤ・病気やせには十分注意して下さいね!!!
今までこのページへの書き込みありがとうございました。
魔女ランダさんから移植手術を受けるお話を頂・・すでに彼女も手術を済ませ元気に回復している様子ですし・・ここは自分も思い切りよく!!
手術をぜんたいさんにお願いしてしまいました。
数日の間にはこのページは本家に移植されると思いますが、これからも宜しくお願いしますです!!
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- 38うさぎさん 2005/07/08 07:55:43
- 感動の物語
- いつもの旅行記とは違い
なんかジ−−−んと来てしまいました
本当のサファリラリー体験できたみたいですね
(サバイバルレース?)
150kmはアスファルトでも怖いが
土煙上げて走るとは
ひっくり返らずに済んで良かったですね!
ダチョウのスクランブルエッグは
超ボリュームがありそうだが
食べてみたい1品ですね
先日ダチョウとワニの串焼きは食べましたが
ダチョウは結構美味しかったです
PS.
写真枚数の制限が変わったので
これからもどんどん増やせそうですね
(^0^)/
- adsawin2さん からの返信 2005/07/16 19:37:09
- RE: 感動の物語
>本当のサファリラリー体験できたみたいですね
(サバイバルレース?)
150kmはアスファルトでも怖いが
土煙上げて走るとは
ひっくり返らずに済んで良かったですね!<<<
今日はやっとこのページが開けます。なんだかネットの調子が悪く、開くとどこかに消えるは?書くとひとりでに消えるは??大変なタイだったんです。ホーオオ・・・
そうなんです実はナイロビの空港で見たとき気づいたんですが・・車体に対してタイヤがめり込んでいて・・焦げていました・・もしもう少しラリーが続けば?おそらく火災が起きただろうと想定(・O・// 正直怖かったあ・・・しかも道なき道を走るので、石などにぶつかる・・そのために車体のそこは殆ど凸凹状態・・・気の毒なこの車・・あの後あの?車の行方はいかに??
ダチョウのスクランブルエッグは
超ボリュームがありそうだが
食べてみたい1品ですね
先日ダチョウとワニの串焼きは食べましたが
ダチョウは結構美味しかったです
案外ダチョウは料理に並んでるんですね・・どうもあれ以来食べる気は起きないものの・・卵はチャンスを狙いますぞ・・・タイのサラブリーで養殖しているんですねえ・・・いざ!!挑戦だい!!
ダチョウはフランス料理に多いとか??ところでどんな感触ですか??
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- adsawin2さん 2005/07/08 05:14:55
- 思い出最終段階まで来てあの離陸瞬間の2人の暖かいさよならは本当にありがとうと何度でも言いたいそんな姿でした。
- 離陸直前フェンスの横で荷物を持ち後藤さんと運ちゃんが手を一生懸命振る姿が見えていた・・それを見た瞬間今まで我慢していた何か?がゴロゴロと崩れていくような変が気がして・・体が震えた!!寂しいという思いと申し訳ないという思い出・・・本当にキチンとお礼をしてもう少し後藤さんと話がしたかったその思いが叶わないと言う気持ちが膨れ上がり・・泣き虫の自分は離陸して暫らく目が開けれ到れないほど涙が止まらないでいた・・・それを見ていた友人達は優しく背中を撫でてお疲れさんと声を掛けてくれた・・そして食事が出たとき・・・自分達だけ特別注文の食事予約がされていたのでと言うので・・・出された物を見れば??ダチョウのスクランブルエッグとチーズが死ぬほど出された・・・・・・
これが後藤さん風の優しい心・・感謝しても仕切れないほど・・熱い熱い人情の持ち主に手を合わせて食べさせてもらいました。何よりこのダチョウの卵から始まりダチョウの卵で終わるアフリカ旅行・・・元気にこの地を後にできたのも、後藤さんと運ちゃんのお陰・・そして運ちゃんのお父上から特別に頂いたケニアの国旗・・・・が今でも目に焼きついている・・それは恐らく誰もが自分の家で額に入れているのではないのではないだろうか??
素晴らしいアフリカ旅行と名づけたい・今だからこそそういえるこの旅に!乾杯!これから沢山ケニアを旅する人が沢山の幸せと、エキサイティングなドラマに出遭い感動と出遭いに感謝出来ますように・・そう祈らずにはいられません。
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