2001/07/04 - 2001/07/17
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オジラーさん
【南米旅行 その?ペルー マチュピツ観光編】
<写真は、あまりにも有名すぎる「空中都市マチュピツ」です><旅行記作成 2005年6月>
AM4:00目を覚ます。愈々マチュピツ観光の朝を迎えるも、昨日からの高山病による頭痛が
おさまらず、起き上がる気力も出てこない。
友人に「悪いけど、マチュピツ観光やめてホテルで寝てるわ。気にしないで行って来て。」と言う。
友人は、「折角ここまで来てマチュピツを見ないなんて、なんの為に来たのか解らん勿体無い。
後悔するで。無理してでも行こう!マチュピツはここよりか低い所にあるので、徐々になおってくるよ。
ちょっと待っとけや。」と言って添乗員さんに電話をかけ、事情を話してくれている。
結局、ホテル備え付けの「酸素ボンベイ」で酸素吸入を受けることになる。
10分程酸素吸入をしている間、友人は傍で心配して見守ってくれてると思いきや、
「こんなことは滅多にないことや。話の種にビデオ撮しておくわ。」と言い、私の哀れな
姿をビデオ撮影する。後で思ったことですが、ついでに写真も写していてくれたら
良かったのにと残念に思っています。なぜなら、その姿を旅行記に掲載できたのにね。
酸素吸入をしたお陰か、少し楽になり、友人の励ましでマチュピツに行くことにした。
AM5:30ホテル発 AM6:00登山列車とバスを乗り継いで,AM10:00やっと到着。
写真やパンフレットで見る姿と全く同じのマチュピツを充分観光・満喫した後、再びバス、列車を
乗り継いでホテルにPM7:30戻る。
帰りのバスで「グッバイボーイ」に出会い、旅行記その?で掲載した「クスコの夜景」も見ることが
でき、本当に素晴らしい想い出がまた一つ増えた旅となった。
えっ!その後、高山病どうなったかて、、、。あっ、そうですね。お話するの忘れるとこでした。
列車に乗る頃から徐々に頭痛が治まり、マチュピツに着く頃は完全に高山病のことは忘れ、
マチュピツ観光と写真撮影に没頭してました。あはは、、、。
マチュピツ観光を終えてクスコ・ホテルに戻る頃は、高地の環境にも慣れ、再び高山病になることは
ありませんでした。
高山病は、その日の体調で罹る人もおればそうでない人もおられ、体力に自信ある・なしは
関係ないとのことです。
-
<第9日目 空中都市マチュピツへ>
<写真は、出発前の登山列車にて>
愈々マチュピツに向けて出発。この列車は、しばらくの間スイッチバックを繰り返しながら山を
登って行くんだって。出発してまもなくモーニングサービスのパンがでた。でもあまり美味しくなかった。 -
<車窓よりのアンデスの山なみ>
車窓からは、雪を抱いたアンデスの山なみが素晴らしい景色を見せてくれた。
車内では、「コンドルが飛んで行く」などの音楽が流れ、否応なしに旅心を掻き立てる。 -
<空中都市マチュピツ>
約4時間かかってやっとマチュピツに到着した。バスを降りてしばらく山道を登ると、
目の前にあの有名な「空中都市マチュピツ」が姿を現した。
写真・雑誌・映像で見る姿と全く同じ姿のマチュピツを、自分の目で実際に見ることが
出来るなんて本当に夢のようだ!
高山病でホテルで寝てなくて、無理して出てきた甲斐があった。友人に感謝しなっくっちゃ!
標高2,400mの隔絶された峰の頂きに、誰が何の目的で築き、なぜ放棄されたのか?
未だに解明されず謎のままであるとのこと。
当時このマチュピツの人口は約1,000人と推定されており、このような険しい山頂でどのような
生活をしていたのか私には想像すら出来ない。 -
<マチュピツをバックに友人と>
マチュピツに来た証に友人と共に記念の1枚。
こんな時に、後ろで「パァー」しなくてもよさそうなものを、、、。 -
<住居跡にて>
マチュピツには、様々な跡地が発掘されている。
太陽の神殿・王女の宮殿・日時計の時計台・祭壇・住居跡等々が観光客の目を惹きつけている。
写真はその1部の住居跡の写真です。 -
<急勾配の斜面の段々畑>
南東側の急勾配の斜面には、見事な段々畑が造られている。
ジャガイモ・トウモロコシ。コカなどが栽培され、灌漑設備も充実し、水も遠方の山から引かれているとの
ことでした。 -
<バスに乗り込むグッバイボーイ>
様々なマチュピツの遺跡を見て廻り、再びバスに乗り曲がりくねった山道を下山する。
しばらく走っていると、バスの行く手に赤い服を着た少年が、手を振りながら”グッバーイ!”と
叫んでいるのが見えた。バスはその少年の前を通り過ぎると、また同じような少年が手を振り
”グッバーイ!”と叫んでいる。
私は、夫々の曲がり角に1人宛立っていてバスを見送っているのかなぁと思っていた。
ところが大違い!1人の少年が1台のバスを見送りながら、急斜面を真下に走って降り、バスより
先回りしてバスを見送る。それを繰り返しながら麓まで追っかけてくる。
バスは麓で一旦停車し、その少年をバスに乗せる。
すると少年は、帽子を逆さにし車内を廻る。皆んな驚きと可愛さにチップをはずんでいる。
ちなみに、その少年の「お父さん」がバスの運転手をやっている方が多く、チップの稼ぎも
お父さんの収入より多いとか、、、。なぁ〜んだ、そうだったのかと複雑な気持になる。
現在は、様々な理由により「グッバイボーイ」は廃止されたと聞いております。 -
<麓に土産物店が建ち並ぶ>
バスを降りて昼食をすませ列車の出発までの間、麓の土産物店をブラブラ見て歩く。
交渉次第では安く値切って買うことができるようで、値切りまくった末、Tシャツと現地の帽子を
安く購入する。
他のメンバーも値切って色々土産物を買うも、値段はマチマチだった。 -
<帰りの車窓より>
PM3:00再び列車でクスコに向けて出発。
アンデスの山々が往きとは違う趣で私達の眼を楽しませてくれた。 -
<中間地点の駅で列車は一旦停車>
と同時に、列車めがけて土産物品をカゴ一杯に入れて売りに来る現地の人々に出会った。
誰かこのお土産買ったのかな?
PM7:00クスコ到着。旅行記その?で紹介したように、クスコ市街地の夜景は、今も眼に焼き付いている。
高山病に悩まされながらも、マチュピツを観光できて本当に良かったと痛感している。
数々の想い出を残しマチュピツの旅は終わりを告げる。
南米旅行も愈々大詰め。次の旅行記(その?)では、「ナスカの地上絵」編を紹介します。
お楽しみに、、、。
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この旅行記へのコメント (2)
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- shinesuniさん 2005/09/09 02:31:18
- グッバイボーイ
- 廃止ですか...残念です(涙)。見てみたかったですね。
マチュピツは憧れますね。
私も南米は自信がないので行くとしたら最初はツアーかツアーで行って終わった後何日かフリー(そうゆうのが可能かどうか分りませんが...)の形かいずれかと思います。
>本当に駆け足の旅行で、ゆっくり時間をかけて見て廻ることが
出来ず、有名な所へ立ち寄ったという感じの旅行です。
8日間で3ケ国を見て廻るのだから、無理もないけれどね、、、。
通しのユーレイルパス持っていると貧乏性にかかって元を取ることばかり考えてしまいました(苦笑)。
1日に3カ国3都市なんてのもあってかなり無茶しました。
今91年の旅行記を書いていますが、それが終わったらいよいよ96年にかかりたいと思っています。
ユーレイル貧乏性の旅、結構笑えますよ。
こちらこそ今後とも宜しくお願い致します。
-
- るるみさん 2005/06/29 21:57:37
- マチュピチュ!
- オジラーさん、こんばんは
マチュピチュの記事、実は何度か拝読させて頂いていますが(写真がすごくよくて何度も見に来たくなってしまうんで、つい来てしまいます)本当にすばらしいですね。
マチュピチュは私の憧れの遺跡トップ1なのですが、高山病が怖くて二の足を踏んでいる状態です。
でもあの壮大な規模の遺跡と美しい緑はやっぱり旅人の心を掻き立てるものがありますね。これからも旅行記、楽しみにしています。
それでは、
ゆうこより
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