1977/06/25 - 1977/06/25
13405位(同エリア17063件中)
ソフィさん
城壁は、ヨーロッパ都市では無くてはならぬ存在であり、とくに中世以降本格的なものが築かれる。
城壁、教会、市の開かれる広場が、中世都市の三点セットだった。
パリも例外でなく、城壁の発展は町の発展につながるものだった。
先ず当初土塁と柵の原始的な城壁が、石積みの堅牢なものになったのは、フィリップ二世・オーギュスト(在位(1180-1223)の時代である。
彼は、ノルマンディや南仏に領土を拡大し、フランス封建王政の地固めをした。
同時にパリ大学を創設し、行き交う馬車が汚泥をかき回す街に石畳を敷き、堅牢な城壁まで築造する。
ルーヴルも、その一部を形成する城砦で、元はノルマンディ公の逆襲に備えての主塔(ドンジョン)。
ルーヴルの地下には、当時の石積みが残されていて、石材にはハート型や十字架のマークが付いている。
これは石工が署名の数で給料を支払われた名残である。
中世は、芸術が無名で、労働が有名だった時代と言われる。
このように造られたフィリップ・オーギュストの城壁。
全長5,400m、円周率で割ると町の直径1,800m、町の中心から10分歩くと、城壁の外に出られた。
当時の人口10万人以上と言われるから、1平方キロ当りの人口密度3万人以上。
これは高層化された現在のパリの一倍半で、超高密都市である。
城壁の幅は3m、高さ10m、市門の数10。
城壁には60m〜80mピッチで、塔が建っていた。
(宮下志朗著「パリ歴史探偵術」を参考に書きました)
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