2004/12/23 - 2004/12/25
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erikoさん
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「液体の中にあるものは、それが押しのけただけの液体の重さに等しい。」懐かしいアルキメデスの「浮力の原理」だ。中学で習ったのか、高校で習ったのかも忘れたが、とにかく誰もがきっとほろ苦い経験と一緒に懐かしく思い出すだろう。
今日私たちは、そのアルキメデスを生んだシラクーサの町を一日中歩いた。私たちの宿を中心に内陸側に「考古学地区」、海側に「旧市街」、あっちもこっちも果敢に攻めた。
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シラクーサの地図
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紀元前5世紀のものだ。大きな岩の階段がぎっしり並べられた観客席を、歩幅も不規則に上り詰めると、朝日がきらきらと反射したイオニア海が一望できた。
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最初に見学したのは眩しいばかりに白いギリシャ建築の傑作Teatro Greco(ギリシャ劇場)。
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遠方からは規則的にきれいに並んで見えた客席も、近くまで来ると、積み上げたのではなく、岩山から削りだして造られたものであることが分かり驚く。
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これでも往時の4分の1というのだから、その労力と執念は計り知れない。それも侵食により、大きな岩の塊になっている事に気の遠くなるような年月を感じる。「青い空・青い海・白い岩肌」初めてシチリアを実感した。
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ギリシャ劇場の一番高い所にはローマ時代の墳墓があり、この一番大きな墳墓は浸透圧の原理を利用した滝が流れている。
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墳墓の中から見た青い空とイオニア海
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墳墓の中から見た青い空とイオニア海と・・・誰?
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青い空とレモンの木。
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“天国の石切り場”に向かう。
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面白かったのが、「天国の石切り場」。建物の壁として使われる石灰岩を囚人たちが切り出していた場所だが、そのひとつに「ディオニソスの耳」と呼ばれる高さ23m、奥行き65mの耳の形をした石切り場がある。
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暴君ディオニソスの名が付けられたこの洞窟は、音響効果抜群で、自分の歩く足音さえサクサクと反響する。
犯罪者として流転の逃亡生活を送っていたカラヴァッジョが、ここに流れ着いたとき、この音響効果に興味を持ち、当時の君主はこれを利用して囚人たちの内緒話を盗み聞きしたに違いない、と名づけたものらしい。
ボケボケで申し訳ない。 -
縄ない職人の洞窟
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次に古代ローマの円形闘技場。ローマのコロッセオの比ではないが、のちの世でローマ人が「野蛮」と比喩されるのは、このように征服したあらゆる土地に闘技場を造り、戦いの観戦を娯楽として広げたところにあるのだろう。
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しかしここシラクーザのローマ劇場は、立地条件も規模もギリシャ劇場には及ばず、ローマに征服されてもなお、この町の精神的勢力は衰えなかった事が伺い知ることが出来る。
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町で見かけたサッカー少年
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人も渡る。車も渡る。犬も渡る。猫も渡る。道路はみんなのもの。
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この旅行記へのコメント (1)
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- suigo3さん 2005/01/23 09:53:37
- 懐かしいシラクサの名前
- はじめまして!
シラクサの名前を見て懐かしく思いました。
シラクサが北のメッシーナを攻めなければ世界史は変わっていたでしょう。
シチリア島の西半分をカルタゴが支配し、東の北にはメッシーナが、南にはシラクサがあり、シラクサがメッシーナを攻めようとしたため、メッシーナは支援をカルタゴにするかローマにするかの末にローマに求めました。
その結果、カルタゴとローマとのポエニ戦争が始まり、海軍力を持たないローマが勝利し、カルタゴが支配していた地中海沿岸もローマの支配に変わってしまいました。
写真を拝見する限り、ローマの痕跡は少なく、ギリシャの面影が多く残っているようですね。
チュニジアに残る遺跡は大部分がローマ時代のものであり、その後のイスラム文明と共存しています。
そしてフランス文化によってアフリカ一の近代化が進み、ヨーロッパとローマとイスラムに加えサハラ砂漠の文化が混在しています。
是非チュニジアも訪れてください。
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