2001/08/11 - 2001/08/20
5738位(同エリア6065件中)
たまさん
インスブルックから夜行に乗って向かった先は、10年ぶり2度目となるウィーン。前回シェーンブルンやシュテファン寺院などのメジャーなところへ行ったので、今回はそれ以外の場所へ行ってみることにしました。とはいっても見所の多いウィーンは、とても一日では回りきれませんでしたが。
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Garmisch Partenkirchenを出た列車は、17:58にInnsbruck Hbfへ到着した。今日は強引だが23:32発の夜行列車で一気にウィーンへ行くことにしている。
日没まではまだ時間があるはずだが、山あいの町インスブルックは早くも夕方の気配を見せていた。急ぎ足で市内へ向かう。
マリア・テレジアの喜びと悲しみがこめられたというモチーフが刻まれた小さな凱旋門を抜けると、街の大通りマリア・テレジア通りに入る。 -
通りの中央に立つアンナ記念柱。遠くにアルプスを望む街並みはチロル地方の中心都市インスブルックらしい景色である。
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インスブルックのシンボル、黄金の小屋根。金箔の屋根はきらびやかではあるが、周囲の建物群と比べるとなんとなく浮いているような。もう少し早めに着ければここからの小さな広場からの眺めが楽しめるはずだが、今日は残念ながら見ることができない。
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街は夕方ということで人でいっぱいだ。出窓が連なる建物群が非常に印象的である。
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一旦駅へ戻り食事を取ったが、この街は規模としては小さいので時間をつぶすところがない。そこで再度街へ行くことにした。
夜でもはっきりわかるイン川の清く青い流れを見た後、王宮へ向かう。小さな王宮ではあるが、ライトアップされた様はとても美しかった。 -
さてやっとのことで23時を過ぎ、夜行列車に向かうが、ロッカーに預けていた荷物の取り出しに苦戦し、一瞬乗れないのではないかとかなり焦る。
クシェットはわずか1両であるが、国内短距離(といっても500kmはあるが)なので利用者は多くはなく、こんな空席表示がかけてあった。一昨日のクシェットとはうって変わって、今日の車両は昔からの3段寝台である。
23:32発のD-Zugは一路Wien westbfへ向かった。ロッカーの一件でくたびれたのですぐに眠りについた。 -
列車は早朝6:05にWien westbfへ到着した。ウィーン西駅は10年前の家族旅行で初めて列車に乗った思い出の駅である。駅の雰囲気は昔のままで懐かしい。
今日はこれからウィーンを1日散策する予定だが、いくらなんでも6時では少し早い。駅のコーヒーショップで朝のコーヒーを飲み、地下鉄で郊外の様子を見たが、まだ7時半。そこで朝の市内を散策することにした。 -
朝の新王宮を訪れる。歴史ある建物に見えるが、1800年代の建築物だ。
広場の芝生が朝の日差しに輝きよい眺めだ。そして時折馬車の音が聞こえるだけで、とても静かなのが嬉しい。今日は8月15日、オーストリアは聖マリア昇天祭で祝日であるせいもあるのだろう。 -
有名なモーツァルトの像も誰もおらず、ひとりじめすることができた。
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9:30になり、まずカプツィナー教会へ行った。ここの地下にはハプスブルク家皇帝の墓所がある。
中はものすごくカビ臭く、なんとなく写真を撮る気にならなかったので写真は残っていないが、マリアテレジアとエリザーベトの墓には多くの花が飾られ、今なお衰えない人気を物語っていた。
それ以外にも大小多数の棺(146体らしい)があって、中には子供らしい小さなものもあったが、一番新しいものは皇位を降りることを拒みスイスへ亡命、1989年に死去した最後の皇妃ツィータであった。つい最近の出来事であることに驚く。 -
ハプスブルク家は心臓と内臓を別々の場所に安置しているという。何とも奇妙な風習である。ハプスブルク家の墓所巡りの様相を示してきたが、次に王家の心臓が安置しているという近くのアウグスティナー教会へ向かった。とはいえここは公開しているわけではなく、王家の結婚式が行われた由緒あるゴシック様式の美しい教会である。
ちょうど祝日のミサが始まったので参列したが、非常に長かったのと何となく場違いだったような気がしたので途中で退出することにした。 -
墓所巡りは一休みして、お昼を食べてオペラ座へ向かった。夏はオペラは休みであるが、オペラ座見学ツアーが開催されており、内部まで見ることができる。
今日の日本語ツアーは13:00からであった。20人くらいの日本人が集まり、出発。ガイドさんは中国系の人であった。 -
まずは客席。オペラ座は10年前にも来たが、そのときは立見席であった。そこは一番下から見るとはるか上である。一番下から眺める機会などそうそうないであろうから良い経験になった。
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舞台裏へ行く。ここへ行けるのはオペラが休演中のときだけであり貴重な体験だ。とはいっても、何もない巨大な舞台裏は、がらんどうである意味殺風景な感じであった。
これは緞帳の裏。実はとてもしっかりした鉄板なのであった。 -
オペラ座を不動のものにしたグスタフ・マーラーの肖像画。この下には彼の愛用した携帯用のピアノも飾られている。
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ロビーも兼ねている食堂。ここは建築当時のままの姿を残す数少ないところで、オペラ座に関係した作曲家の
胸像と、その作曲家にちなんだ絵が天井に描かれている。10年前もたしかこういうところで飲み物を頼んだ記憶があり、懐かしい。 -
皇帝のための応接間。非常に重厚なつくりだ。ここから専用席に直結しているという。
短い時間ではあったが、ガイドさんからいろんな話を聞くこともでき、舞台裏を見れるというのはなかなか良いツアーであったと思う。 -
さて墓所巡りの続きである。有名なシュテファン寺院であるが、ここの地下に内臓が収められているのである。
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多くの観光客が訪れる寺院の左側にカタコンペと呼ばれる地下への入口がある。何人かの集団で出発。
入ると缶みたいなのに密閉された内臓群を見せられる。中に内臓があるといわれる微妙な気分だ。なぜこういうしきたりがあるのだろうか。
そして先に進むと、ペストで死んだ人々の骨が大量にあった。
何ともデンジャラスゾーンであるが、あくまで教会は死と隣り合わせの場所。ロマンチックな場所ではないことを思い知らされた。
しかし街のど真ん中にこんな場所があるとは。 -
以上で墓所めぐりはおしまい。気晴らしにエレベータで北塔へ上った。
屋根に描かれたハプスブルク家のシンボル、鷲の紋章を眺める。モザイク柄が非常に鮮やかだ。 -
ウィーンの景色を一望する。今日は天気もよく、10年前に行ったプラター遊園地の観覧車なども見ることができた。
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さて最後は王宮へ戻り、宮廷銀器コレクションを見に行った。王宮は朝とはうって変わって人でいっぱいであった。
食器は綺麗さもあったが、財政が圧迫されているときは銀メッキに格下げされるとか、この時代は溶かして貨幣にしてしまったので保管されていないとか、国際会議に使うために総力をあげて作成した、とか、たかが食器が政治的に密接な関係があるということがわかり興味深い内容であった。
しかし銀器って、なんとなく給食の食器を思い出してあんまりおいしくなさそうに見えるのは私だけ…? -
コレクションの中には東洋(日本を含む)からの輸入品もあったようである。
この後皇帝の部屋を駆け足で訪れたらもう夕方5時、主要な場所の閉館時刻であった。とても1日ではウィーンは見切れない。
何だかとりとめもない1日であったが、とても楽しい1日ではあった。
明日は朝7時にフランツ・ヨーゼフ駅を出発するため、朝西駅で予約した駅近くのホテルへ向かった。
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