2001/11/18 - 2001/11/20
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kyokosa-nさん
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11/18ゴーキョ〜パンガ〜マッチェルモ〜ポルッテンガ泊。7時間行程。11/3にカトマンドゥをスタートしてから15日目になる。この旅も終盤。途中のパンガは雪崩で多くの犠牲者が出た所で遭難碑が1999年にはあった。この地には2年の歳月の間に何があったのだろう。探しても跡形もなく寂しく思う。そっと手を合わせて通る。高山病の出やすい「魔のマッチェルモ」を駈け抜けるように下った。
ゴーキョに聳えるチョ・オュー(8201m)
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ゴーキョでゴジュンバ氷河をバックに記念撮影。
旅にはアクシデントはつきもの。こんな事も有りました。
?日本人とドイツ人男性の考え方の違い。
?リーダーと年配のドイツ人の意思の疎通。
?言葉の壁(言葉の意味、とり方)
?金銭的な感覚(日本人とドイツ人の違い)
(リーダーとの)お互いに通じないことも沢山あり時には大きな声も。英語のわからぬ私もハラハラ、ドキドキ。時間と素晴らしいヒマラヤの風景がわだかまりを解決してくれました。 -
チュクンであった2人の日本人これからゴーキョへ。ナムチェで会えることを願って別れる。石楠花の大木がトンネルになっている。花咲く頃はヒマラヤの嶺峰に映えて美しいと思う。一度見てみたい。木々に巻きついたサルオガセの緑が目に付く、木々を枯らすサルオガセがヒマラヤの木々を奪いませぬ様に。今晩の宿は静かな陽だまりにある昔の雰囲気の漂うロッジ。暖房も無いしトイレのドアも無くむしろが下がる。サウジー(主人)の作る料理は美味しい。お勝手で暖をとりながらサウジーの手先を眺めながら料理の出来上がるのを待つ。なぜだかポーターのダワはこういう宿を選ぶのだ。
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11/19 ポルツェ・テンガ8:40〜モン・ラ〜ナムチェ12:15着 泊。
前回タムセルクの夕照を楽しんだモン・ラのロッジの前を通過。霊峰は昼寝中。谷底から野生のゾッキョが3頭急斜面を駆け上がって来る。1頭は見張り役で、あっという間に目の前を通り過ぎる。午後の光を浴びて長い毛並みが光っていた。自然界の素晴らしい感動のドラマに遭遇。11/5〜11/19迄、ナムチェの里を基点にして2週間をヒマラヤの懐を歩いてナムチェの里に。いよいよ旅も終わり。
モンラの峠を登りきると村の入り口に仏塔が建つ。 -
シャワーよりも腹ごしらえ「チーズケーキ、コーヒー、ピザパイ」の
美味しかったこと。何処で食べたよりも美味しく満足、念願が叶うと幸せになるものです。15日間の勲章のように日焼をして真黒「埃高き女」に変身、ヒマラヤの空気と埃を蓄えてきました。ホットシャワーで身も心も軽くなり生きた心地です。
ネパール語はヒンディー語と同様に、デーヴァナーガリー文字で表記されるという。色彩豊な経典が岩に彫られていた。 -
ナムチェのメイン通りは、6時になると静けさを取り戻します。広場のバザールのテントに灯るほのかな明かりが、寒さますナムチェの夜を描きます。旅のスタートの頃より朝晩の気温も下がり、初冬の気配です。最後の朝は早朝のバザール風景をフィルムに収め土産物屋のノルマの店にお別れを。「セリベトラー」またの再会を約束して。別れの儀式白いストールを首に巻いてもらいました。ダンレバー。
ロッジの夜はクーンプヒマールを一周出来た達成感からか、ドゥードゥ・コシの川の音も心地よく睡眠を誘ってくれました。
明日はルクラからカトマンドゥへ。
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