約30年分の思い出...バンコクのファランポーン駅の小さい版っぽい駅舎の『Kota駅』(コタ駅/コタ地区/ジャカルタ/インドネシア)
- 3.5
- 旅行時期:2024/09(約1年前)
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by コタ(Kota)1号さん(非公開)
ジャカルタ クチコミ:35件
私のこの4Tのトラベル名にもなっている「コタ」。
それがまさにここジャカルタの中華街「コタ地区」由来である。
元々、私は1990年前半の若い頃に8年間ほど、ここジャカルタに駐在していた事がある。
その時に、良くこのコタ地区(中華街)にひっそり/コッソリ悪友たちと頻繁に遊びに来ていた。
当時、このコタ地区は、本当にボロボロな街で(今でもそれに近いが)、危険感がぷんぷん(実際に97年のジャカルタ暴動では、ここがアナーキーの中心地となった…)
その昔、ご先祖様の時代に中華国家本国を逃げ出し、ここまで流れ着いた華僑たちの哀愁の地。
後にこの東南アジアの経済界を牛耳っているまでに「大成功した華僑」と、訳あって「上手く成功できなかった華僑」「没落してしまった華僑」etcetc…
着のみ着のまま本国を離れ、この地この場所に流れ着き、その後、うまく上手に成功した者は、さっさとこの地(コタ地区)を離れて行き、一方で(経済的に)上手く波に乗れなかった或いは失敗した者は、いつまでもこの地に留まらなければならなかった様な場所。
本当に当時は、治安も悪く、外国人がお気軽に近づける様な雰囲気の場所ではなかった。
ただ、こういう所に沢山の遊ぶ場所が点在し(我々には口伝てで伝わってくる)、血気盛んな若者たちはおっかなびっくりと足を延ばていた。
そんな思い出の場所の中心にあるのが、この「国鉄:コタ駅」。
当時は、夜が更けて、仕事が終わった後に真っ暗(当時はこの街の夜は照明も少なく本当に真っ暗だった)の中、車を運転し目的地を一途に目指し、ここまで来ていた。
そんな真っ暗の中に不気味に佇むこの「コタ駅」を、車の中から遠目に見るだけで、決して下りたり、そこを直接見に行くという事はなかったし、そんな考えにも至った事すらなかった程、縁遠い駅舎(コタ地区自体、自家用車が無いとなかなかお気軽に近づける場所でもなかったしねぇ…)であった。
今回の四半世紀ぶりのジャカルタ訪問で、直接コタに行くバスが開通しており、簡単に行ける様になっていたので、昼間の明るい時間帯にちょっと見に行ってみる事にした。
宿泊していたプルマンホテル(元プレジデント/JALホテル)の前にある大きなバス停からバスに乗ってコタ駅まで行き、「バタビアカフェ」で一服みたいな予定で。
今回、昼間に見たコタ駅の駅舎は、非常にクラッシカルで歴史の重みを感じる建築様式、まるでバンコクのファランポーン駅の小さい版のような建物であった。
へぇー、こうなっていたんだぁ…嘗て、この地に8年間も住んでいて、コタ地区には本当に頻繁に来ていたにも関わらず(仕事上がりの深夜になってからだけど)、今日まで君の顔をまともに見た事がなかったわ…ごめん…
若い頃(の30年前は)本当に恐ろしげな場所、こんなところウロウロしていたらろくな事にならない…と思っていたこの場所も…時代を経て、公共機関も整い、雰囲気も徐々に明るくなり、観光客がお気軽に近づける場所に様変わりしていた。
昔、顔色の悪い暗い病人の様な表情に見えていたコタ駅の顔(正面玄関)も、心なしか今は明るい(少し健康的な)表情に変化している様に思えた...
こんにちは...。そして、さようなら...。
私の青春、思い出の『コタ』...
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
- 3.5
- 今はバスで簡単に行ける様になっていた
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- ガラガラ...
- 施設の充実度:
- 3.5
- 駅舎の中は意外に素敵
クチコミ投稿日:2024/10/07
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