黄金の小屋根(マクシミリアン博物館) Goldenes Dachl(Maximilianeum)
モニュメント・記念碑
3.41
クチコミ 2ページ目(46件)
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ただ金ピカに輝いた屋根というだけで、成金っぽいイメージ…。
- 3.0
- 旅行時期:2015/05(約11年前)
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インスブルック旧市街の観光で有名スポットの1つ、黄金の小屋根です。 屋根の銅板2657枚は全て金箔が貼ってあるとの事で、こ... 続きを読むこだけ異様に金ぴか☆
もとは、1420年にフリードリヒ2世の住居として建てられたようですが、1500年にマクシミリアン1世が広場で行われるイベントを見学するための桟敷席を付け加えてこんな形の建物になったようですね。 でも、屋根に貼ったら、マクシミリアン1世には金箔は見えてないよね^^; そういう問題じゃないのかな?
ここを写真撮りまくってるのは中国人観光客ばかり…という印象でした。 気のせいかもしれないけど…。 建物の中も見学出来るようでしたが、特に見てみたいって思わなかったです…。 閉じる投稿日:2015/08/17
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10時オープン
- 3.5
- 旅行時期:2015/05(約11年前)
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街中にある黄金のオーラ
- 4.0
- 旅行時期:2015/02(約11年前)
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2回目は感動が・・・
- 2.0
- 旅行時期:2015/02(約11年前)
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屋根に2657枚の金箔が貼られています。
- 4.5
- 旅行時期:2014/10(約11年前)
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フリードリッヒ4世によって1420年にチロルの領主の住居として建てられました。
後に領主となったマクシミリアン1世が、広... 続きを読む場で行われる催し物を見学するために「ロージ」を付けました。ベランダの屋根には2657枚の金箔が貼られています。
バルコニーの下にはオーストリア・ハンガリー・神聖ローマ帝国・ブルゴーニュ・ミラノの紋章のレリーフが並びます。
中央にはマクシミリアン皇帝と最初の妻と2番目の妻がいます。
最初の妻はブルゴーニュ公の王女マリーで結婚5年目に落馬で亡くなり、彼女の全財産を相続しました。
2番目の妻はミラノ公の王女マリアでストレスから過食症になり、28才で亡くなりました。妻の葬儀に欠席し多大な持参金目当ての政略結婚と言われています。
また博物館が併設されていてマクシミリアン1世の宝物を展示しています。
閉じる投稿日:2015/03/09
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山々が美しい!
- 5.0
- 旅行時期:2014/08(約11年前)
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インスブルックを代表する観光名所
- 4.0
- 旅行時期:2014/06(約12年前)
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建物前は人で賑わっていました
- 3.0
- 旅行時期:2014/04(約12年前)
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インスブルックのシンボル。
- 4.0
- 旅行時期:2014/04(約12年前)
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インスブルックの美しい街並みに感動
- 4.5
- 旅行時期:2013/08(約12年前)
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金箔ばりのベランダ
- 3.0
- 旅行時期:2013/08(約12年前)
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凱旋門、聖アンナの記念柱を通り、ここから、観光スポットのたまり場へ。先ずは黄金の小屋根Goldenes Dachlを見学。... 続きを読むここは、旧市街の中心にあり、マクシミリアン1世が建設させたロジェで、金箔を施した2000枚以上の銅板が屋根を飾る金箔ばりのベランダ。"ベランダ"というと世帯じみて聞こえるが、マクシミリアン1世などはここから広場の舞踏会を鑑賞したと言われており、特等席としての色合いが強い建物かな。内部の2階にはマクシミリアン博物館Maximilianeumがあるそうだが、今回は外観だけ。この黄金の小屋根あたりからもアルプスの山々は見える。 閉じる
投稿日:2014/02/01
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豪華な装飾
- 3.5
- 旅行時期:2013/07(約13年前)
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金箔を貼った2657枚の銅板を使用した豪華な小屋根
- 4.0
- 旅行時期:2013/07(約13年前)
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中世の騎士として有名な皇帝マクシミリアン1世がその権力の象徴として造らせたものでこれはインスブルッグのシンボルともなってい... 続きを読むます。
14世紀にインスブルッグがハプスブルグ家の支配下に入り、神聖ローマ帝国マクシミリアン1世の時代に街は全盛期を迎えました。
スペインやハンガリー王家との婚姻を実現させ、戦わずして領土を広げるいわゆる「政略結婚」が実を結び、ハプスブルグ家がヨーロッパの覇権を握ることが出来たのもこの時期にあたります。
マクシミリアン1世は、自らの婚姻でも広大は領地と巨万の富を得ており、最初の妻ブルゴーニュ公女マリア・フォン・ブルグントが結婚後5年目に落馬事故で亡くなり、マクシミリアンはすべての財産を相続しました。
その後、ブリュッセルからインスブルッグに宮廷を移し、1494年に2度目の結婚をします。相手は裕福なミラノ公女ビアンカ・マリア・スフォルツアで、盛大な結婚式が行われ、この結婚を祈念して建造させたのがこの街のシンボル黄金の小屋根なのです。 閉じる投稿日:2013/08/09
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「市の塔」からも見てほしい「黄金の小屋根」
- 4.5
- 旅行時期:2013/06(約13年前)
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旧市街に入った途端に、つきあたりに見えていたインスブルックのシンボル、「黄金の小屋根」ですが、「あれっ、思っていたより小さ... 続きを読むいなあ」という感想が一番に。
アップにするとバルコニーにはマクシミリアン1世と最初の奥さん、ブルゴーニュのマリー公女と、2番目の奥さん、スフォルツァ家のビアンカ・マリアのレリーフが描かれています。
1494年、時の皇帝マクシミリアン一世が、広場の行事を見物するための宮廷用観覧席として造らせたもので、バルコニーの屋根は金箔をはった2657枚の瓦からなっています。
「市の塔」から見下ろすと、黄金の屋根の張り出し具合がよくわかります。 閉じる投稿日:2013/11/27
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金色に輝いていました
- 3.5
- 旅行時期:2012/08(約13年前)
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思ったより小さかった。
- 3.5
- 旅行時期:2012/08(約13年前)
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インスブルックで有名な建屋
- 3.0
- 旅行時期:2012/01(約14年前)
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美しいテラス
- 4.0
- 旅行時期:2011/09(約14年前)
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それほどのインパクトはないけど、とりあえずは名所ですから…。
- 3.5
- 旅行時期:2011/07(約15年前)
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インスブルックの象徴
- 3.5
- 旅行時期:2010/08(約15年前)
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