二二八紀念館 (旧NHK台北支局) 228 Memorial Museum
博物館・美術館・ギャラリー
3.53
クチコミ 3ページ目(107件)
41~60件(全107件中)
-
二二八紀念館
- 4.0
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
- 0
-
二二八紀念館
- 4.0
- 旅行時期:2020/01(約6年前)
- 0
-
歴史的建造物
- 3.5
- 旅行時期:2019/12(約6年前)
- 0
-
-
統治時代はNHK放送局
- 4.0
- 旅行時期:2019/11(約6年前)
- 0
-
元はNHKの支局だったそうです
- 3.5
- 旅行時期:2019/11(約6年前)
- 0
-
資料館
- 4.0
- 旅行時期:2019/07(約7年前)
- 0
-
二二八和平公園の建物
- 3.0
- 旅行時期:2019/06(約7年前)
- 0
-
-
日本統治時代の
- 3.5
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
- 0
-
無料でした。
- 3.5
- 旅行時期:2019/01(約7年前)
- 0
-
台湾の複雑な歴史を垣間見れる
- 4.0
- 旅行時期:2018/12(約7年前)
- 0
-
二二八紀念館 (旧NHK台北支局)
- 3.0
- 旅行時期:2018/12(約7年前)
- 0
-
現在の台湾の原点のような場所と思います
- 4.5
- 旅行時期:2018/11(約7年前)
- 0
建物前にある二二八事件に関する史料(一部日本語)を目にしてから館内へ入ります。スタッフはとても親切で、まずは15分ほどの映... 続きを読む像(日本語バージョン)で理解を深めて、展示室を回りました。とても綺麗な展示室は、まるでデザインホテルかのようです。台湾の民主化において重要な事件ですが、当事者の国民党は今も存在していますし、中国共産党との対立もあるなか、この紀念館の在り方も揺れ動いたりしているのでしょうか?そんなことも考えながら、じっくりと見学できました。ミュージアムショップには貴重な書籍・写真集などもあり勉強のために購入しました。日本にとって台湾は良きパートナー、また日本人犠牲者への賠償も行われているほどですから、日本の学校などでも事件の事実については学べるようにして欲しいものです。 閉じる
投稿日:2019/01/18
-
台湾の民主化への険しい道のりを知ることが出来ました。
- 5.0
- 旅行時期:2018/08(約8年前)
- 0
日本統治時代が終わった後に、台湾を実効支配した国民党政府による圧政で台湾の人々が被った悲劇を知ることが出来ました。
事件... 続きを読むのきっかけは、大陸では自由販売されていたたばこを台湾では専売制にしており、不公平感から市民の不満が鬱積していた最中に、その取締における些細なイザコザがきかっけになったそうです。それ以前にも、台湾人による自治の禁止、腐敗した執政による汚職、軍票の乱発による破滅的なインフレ、日本統治時代には夜も鍵を掛けなくても泥棒が入らないと言われた状態から一転しての治安の悪化など、市民達の不満が爆発寸前だった状態で、この一件が暴動の導火線になったそうです。
この建物は、旧台湾放送協会台北放送局だったそうです。市民たちはここを占拠して、全土に向けマイクを通じて蜂起を呼びかけたそうです。国民党政府は大陸の蒋介石に援軍を要請し、軍隊が台湾に到着後、無差別殺戮が行われたそうです。その後の世界最長と言われた戒厳令、白色テロを経て自力で民主化を達成するまでの険しい道のりにただ圧倒されたと同時に、台湾の方々の過去を振り返り、二度と同じ事を起こしてはならないという強い意志を感じました。中正紀念堂とセットで訪れることをお勧めします。 閉じる投稿日:2020/12/20
-
入場料20元
- 3.0
- 旅行時期:2018/08(約8年前)
- 0
-
戦後台湾の歴史を知る場所
- 4.0
- 旅行時期:2018/08(約8年前)
- 0
-
建物自体は・・・
- 4.0
- 旅行時期:2018/04(約8年前)
- 0
-
台湾の歴史についていろいろと学ぶことができたので入ってよかったと思いました
- 3.0
- 旅行時期:2018/03(約8年前)
- 0
-
理解できない
- 1.0
- 旅行時期:2017/07(約9年前)
- 0
-
台湾の重要な歴史
- 4.5
- 旅行時期:2017/06(約9年前)
- 0
-
負の歴史をきちんと後世に伝えてます
- 4.0
- 旅行時期:2017/06(約9年前)
- 12
MRT「台大醫院」駅を降りると、公園内に紀念館があります。
他の施設でも同様ですが、自国民ならびに外国人でも無料で公... 続きを読む開しています。
1947年2月27日、ある闇タバコを売る女性が警察に取締りを受け、暴行され、周囲の民衆が助けようと集まったのがきっかけで警察側が発砲し、市民の一人が銃弾に倒れたことが発端だったそうです。
この紀念館は、もともと日本統治時代に「台北放送局」というラジオ放送局が設置されていて、二二八事件で多大な犠牲を出した発端の場所だそうです。
日本の統治時代も含めて、長い歴史背景が複雑に絡み合っているようで、たくさんの展示内容があって、正直よく理解できませんでしたが、過去の負の遺産をきちんと後世に伝えようとしているのには感心いたしました。
閉じる投稿日:2017/06/24