明保野亭事件
- 4.0
- 旅行時期:2014/05(約12年前)
-
-
by bluejaysさん(男性)
東山・祇園・北白川 クチコミ:8件
幕府から池田屋事件の残党の捜索を命じられた新選組は、明保野亭に長州系浪士が潜伏しているとの情報を得た。そこで新選組隊士と会津藩士が明保野亭に踏み込むと、座敷にいた武士が逃げようとしたため、会津藩士の柴司が背後から槍で突いた(明保野亭事件)。
だが傷を負ったのは、長州藩士ではなく土佐藩士の麻田時太郎だった。土佐藩は山内容堂が公武合体を支持しており、会津藩との対立を避け穏便に解決しようとして、麻田が逃走を図り武士として恥ずべき後ろ傷を受けたことを咎め、切腹させる。
だが土佐勤王党などの倒幕勢力は、これを不公平な処理とみなして反発し、報復を主張し始めたので、土佐藩と会津藩の武力衝突に発展しかねない事態となった。
会津藩も京都守護職という立場上、他藩と抗争するわけにはいかず、さりとて幕府の職務で行ったことを罰することもできず、対応に窮した。そこで柴は藩の苦境を救うため、自主的に切腹した。
- 施設の満足度
-
4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 雰囲気:
- 4.5
- バリアフリー:
- 1.0
- 階段多い
- 観光客向け度:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/06/27
いいね!:1票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する