淀城跡にある與杼(よど)神社
- 3.5
- 旅行時期:2012/05(約12年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
伏見 クチコミ:48件
與杼(よど)神社は京都市伏見区淀の神社で淀神社と表記されることもある。
與杼(よど)神社は、淀・納所・水垂・大下津の産土(うぶすな)神として鎮座しており祭神は、中央に豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)向かって右側に高皇産霊神(タカミムスビノカミ)向かって左側に速秋津姫命(ハヤアキツヒメノミコト)の三柱。
僧の千観(せんかん、918−984年)が応和年間(961−963年)に肥前国(佐賀県)佐賀郡河上村に鎮座の與止日女(ヨドヒメ)神社より、淀大明神として勧請したのに始まるとされるがさらに古く勧請されたとの説もある。
千観(せんかん)は、平安時代中期の天台宗の僧で橘公頼(たちばな の きみより、877−941年)の子・相模守橘敏貞を父とするとされる。園城寺で出家、受戒。行誉に師事して天台教学を学び後に空也の影響を受けて浄土教へ傾倒し、民衆教化のための和讃としてはじめての阿弥陀和讃をつくった。962年に摂津国箕面山に隠遁して浄土行の生活を送ったとされる。
與杼(よど)神社は京都市伏見区淀の神社で淀神社と表記されることもある。
與杼(よど)神社は、淀・納所・水垂・大下津の産土(うぶすな)神として鎮座しており祭神は、中央に豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)向かって右側に高皇産霊神(タカミムスビノカミ)向かって左側に速秋津姫命(ハヤアキツヒメノミコト)の三柱。
僧の千観(せんかん、918−984年)が応和年間(961−963年)に肥前国(佐賀県)佐賀郡河上村に鎮座の與止日女(ヨドヒメ)神社より、淀大明神として勧請したのに始まるとされるがさらに古く勧請されたとの説もある。
千観(せんかん)は、平安時代中期の天台宗の僧で橘公頼(たちばな の きみより、877−941年)の子・相模守橘敏貞を父とするとされる。園城寺で出家、受戒。行誉に師事して天台教学を学び後に空也の影響を受けて浄土教へ傾倒し、民衆教化のための和讃としてはじめての阿弥陀和讃をつくった。962年に摂津国箕面山に隠遁して浄土行の生活を送ったとされる。
- 施設の満足度
-
3.5
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/03/28
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