横津神社
寺・神社・教会
3.21
クチコミ・評判
1~2件(全2件中)
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拝殿はガラスが多用されていました。
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- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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横津神社は日出藩三代藩主・木下俊長を祀った神社です。訪れた時は参拝者もなく静かな境内でした。拝殿はガラスが多用された近代的... 続きを読むな建物でした。俊長は名君の誉れ高い藩主といわれています。数々の功績を残していますが、領民にとっての功績は、数多くの溜池を造成して、水利が悪く下田が多かった日出郷を上田に改良し、新田開発も進めたこと、また、七島蘭や薩摩芋を薩摩から導入しての生産を奨励し、さらに、植林に励み大森林を造成したことでしょう。干ばつの時には、横津神社に雨乞いの願懸けをすると、必ず雨が降るといった言い伝えが生まれたのも、そんな功績からでしょうね。ちょっと面白いのは、神社裏にはゲートボール場が2面あります。春秋の例大祭の折には、関連行事として氏子地区対抗のゲートボール大会が開かれるのだそうです。 閉じる
投稿日:2022/03/14
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「木下独楽」が見られます。
- 4.0
- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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横津神社は、日出の町の後方に連なる鹿鳴越(かなごえ)連山の最前部に位置する横津山の中腹にありました。従って、見晴らしは今一... 続きを読むですが、日出の町は見下ろせます。祭神は日出藩三代藩主・木下俊長です。俊長は最晩年になると、この地に建てた海日観と名付け隠居所に移り住みます。そして、亡くなると、遺言により儒式葬で執り行われ、海日観はそのまま横津御廟となりました。なお、松屋寺の木下家墓所にも墓石はあります。明治になって神仏分離令を受け、神式葬を行い直し、横津御廟を神殿として拝殿を設けて、横津神社となったものです。その横津神社ですが、瓦に木下家が使用していた独楽紋がたくさん見られます。「木下独楽と呼ばれ、どんぐりのような形をした芯棒のない独楽で、木下家のオリジナル家紋です。なお、幕府の認めた正紋は沢瀉紋だったとのことです。 閉じる
投稿日:2022/01/19
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