くらわんか舟発祥地碑
名所・史跡
3.23
クチコミ・評判
1~3件(全3件中)
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くらわんか舟の発祥は高槻だったとは
- 4.0
- 旅行時期:2018/05(約8年前)
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くらわんか=食らうわんか=食べないか の意味です
- 3.5
- 旅行時期:2017/04(約9年前)
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江戸時代まで川や海で運搬をしていたので、船による運送は重要でした。
明治時代以降は、鉄道や道路でのトラック運送が中心にな... 続きを読むっていきます。
その昔、淀川を往来する船に酒や食べ物を売る小舟(煮売茶船)を、
「くらわんか舟」といいました。
発祥地は高槻市の最南部の柱本地区で、
関が原の戦い以降に徳川軍の物資補給に協力し、
幕府から営業特権を与えられたといわれています。
「食らわんか、くらわんか」と呼びながら三十石船に漕ぎ寄せるさまは、
当時の小説や浮世絵にも登場。広く知られた東海道の名物でした。
旅路で食べる料理や酒、甘味は美味しかったでしょうね。
現在は淀川堤防沿いに石碑が残るのみとなっています。
「くらわんか」に関する歴史は地元高槻市民の渡しでも、
淀川対岸の枚方市と思っていました。
柱本が発祥と知ってびっくりしました。
閉じる投稿日:2017/04/24
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その昔、淀川を往来する船に酒や食べ物を売る小舟がくらわんか舟です
- 4.0
- 旅行時期:2013/06(約13年前)
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江戸時代、淀川は経済の中心地・大坂と都・京都を結び、さらに琵琶湖を経て東海や北陸地方とも通じる、物流の大動脈でした。大坂... 続きを読む・伏見間の旅客専用船・淀川三十石船をはじめ、淀船・伏見船・過書船などの貨物船が、人々の生活と経済活動を支えていたのです。
それら淀川を往来する船に酒や食べ物を売る小舟(煮売茶船)を、くらわんか舟といいました。発祥地は柱本、関が原の戦い以後、徳川軍の物資補給に協力し、幕府から営業特権を与えられたといわれています。
「食らわんか、くらわんか」と呼びながら三十石船に漕ぎ寄せるさまは、当時の小説や浮世絵にも登場。広く知られた東海道の名物でした。
現在、柱本浜のあったあたりの淀川堤防には、発祥の地碑が建てられいます。 閉じる投稿日:2013/07/02
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