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梅屋七兵衛旧宅

名所・史跡

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梅屋七兵衛旧宅 https://4travel.jp/dm_shisetsu/11315889

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施設情報

梅屋七兵衛は、造り酒屋を営む町人であり、毛利忠正公の武具方の調達もしていました。木戸孝允などの志士と交流があり、幕末に藩の密命を受け長崎に鉄砲千丁を買いに行くことになりました。イギリス人と鉄砲を買う契約を結びましたが、長崎奉行に見つかったので、上海に逃れて1年間一人で暮らしました。その後、ようやくイギリス人に迎えに来てもらい、鉄砲千丁とともに帰ってきました。この鉄砲により長州藩が戊辰戦争に勝ち抜くことが出来ました。七兵衛は、維新後、京都で商売をしますが、晩年に萩に戻り、この家で小堀遠州流派のお茶を教えなが

施設名
梅屋七兵衛旧宅
住所
  • 山口県萩市大字浜崎新町
アクセス
1) まぁーるバス東回り「御船倉入口」から徒歩で5分
2) 中国自動車道美祢東JCTから車で20分
- 小郡萩道路絵堂ICから車で30分 JCTと繋がっている小郡萩道路利用で萩へ
公式ページ
詳細情報
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 名所・史跡

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性があります。

クチコミ(11件)

萩 観光 満足度ランキング 85位
3.31
アクセス:
3.30
東萩駅から徒歩で行けますが、循環バス「御船倉入口」で下車するのがよいと思います。 by パリが大好きさん
人混みの少なさ:
4.28
観光客らしい方はいませんでした。 by パリが大好きさん
バリアフリー:
3.25
ほぼバリアフリーの住宅です。 by パリが大好きさん
見ごたえ:
3.50
内部に入れなかったのですが、古民家再生住宅として興味深いものです。 by パリが大好きさん
  • 藩の命で鉄砲を調達した商人の旧宅

    • 3.0
    • 旅行時期:2022/10(約2年前)
    • 0

    港に近い浜崎伝統的建築群保存地区のなか、表の通りから少し奥まったところにある邸宅です。
    こちらの邸宅の主人だった梅屋七平...  続きを読む衛は幕末の商人で、萩藩の命を受けて長崎へ趣き、鉄砲1000丁を調達したそうです。その功で名字を名乗ることが許されました。その鉄砲は戊辰戦争で活躍し、明治維新へとつながっています。
    現在、建物の一般公開は行っていないそうですが、外観と内部の雰囲気を保ったまま、内部はきれいにされ、建物は活用されているそうです。ですので中を見ることはできませんでしたが、昔の邸宅の雰囲気は感じられました。  閉じる

    投稿日:2022/11/16

  • 古民家再生住宅としても興味深いものです。

    • 3.5
    • 旅行時期:2022/09(約2年前)
    • 0

    萩市浜崎町は重要伝統的建造物群保存地区の一角にあります。この町は伝統的な街並みを保存しつつ古民家を改装しカフェや宿泊施設な...  続きを読むどに利用されています。梅屋七兵衛は幕末の商人で問屋の子として生まれました。七兵衛の時代には酒造業も始めたり、萩藩の武具も扱っていたようです。藩のために長崎で鉄砲1,000丁調達したりしました。鉄砲は戊辰戦争での勝利に大変役立ちました。また茶の湯にも親しみ文化的な面でも萩の人々に影響を与えました。旧宅は七兵衛が晩年を過ごした家屋です。訪れた時には開門していなくて内部を見ることができませんでしたが、資料によると門を入り庭園を抜け主屋に行けるそうです。庭に面する部屋は茶室と華道のために設けられ趣があるそうです。建物の外観は昔の姿を保ち、内部は古民家再生住宅になっているそうです。コルクタイルの床、キッチン、浴室、トイレも改装されて現代的になっているそうです。  閉じる

    投稿日:2022/09/18

  • お試し暮らしをしてみますか?

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/05(約3年前)
    • 0

    現在は、移住希望者のお試し暮らし住宅となっているそうです。萩には数多く古民家が残されていますが、このままでは壊さざるを得な...  続きを読むいことも起きるそうです。そこで、内部を大幅にリフォームし、活用するプロジェクトが立ち上がっているとのことです。   閉じる

    投稿日:2021/08/02

  • 一般公開はしていません。

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/05(約3年前)
    • 0

    梅屋七兵衛旧宅は、一般公開されていませんでした。というのは、この旧宅は、外観は伝統的な姿を保ち、伝統的建造物(文化財)とし...  続きを読むての価値を残したまま、内部は現代生活に適応した古民家再生住宅のモデルとして改修整備されてあるのだそうです。萩に多く存在する古民家を壊すことなく、改修することにより再生できることを示す見本となっており、令和元年7月より移住希望者を対象としたお試し暮らし住宅として活用されているのだそうです。   閉じる

    投稿日:2021/06/22

  • 奥まった場所にある旧宅

    • 3.0
    • 旅行時期:2021/03(約3年前)
    • 0

    浜崎地区にある旧宅で、住吉神社から歩いてすぐでした。建物は通りに面しておらず、小さな門から入り、細い通路を進んでいくと、お...  続きを読む庭と邸宅がありました。町家のような細長い建物ではなく、芝生のお庭も広くて、意外な感じがしました。残念ながら、建物は閉められていて、内部は見学できませんでした。  閉じる

    投稿日:2021/05/12

  • 日本建築です

    • 4.5
    • 旅行時期:2019/03(約5年前)
    • 0

    浜崎伝建地区にある典型的な日本建築です。家もさることながら、庭が奇麗で松の木の形も素晴らしく、よく手入れされていることがよ...  続きを読むくわかりました。ただ、このような立派な邸宅なのに、正門に掲げられていた看板の文字がちょっとと思いました。  閉じる

    投稿日:2019/10/14

  • 萩も海に面した港がある

    • 4.0
    • 旅行時期:2016/08(約8年前)
    • 1

    梅屋七兵衛旧宅は、通りから奥まったところにあって、てっきり通りに面した建物だとばかり思って探していたので、見つけるのにけっ...  続きを読むこうてこずりました。隠居所みたいな小さな築山を備えた庭付の建物。御主人がいらっしゃいまして、少し説明をしてもらいました。梅屋七兵衛は、代々浜崎町で北国問屋を営む家柄。幕末においても長州の海の玄関は下関というイメージが強いのですが、萩も海に面した港がある。北前船の取引をちゃんとやっていたというのは考えてみればその通りなのですが、ちょっと新鮮な感じもするお話でした。  閉じる

    投稿日:2016/10/03

  • 邸宅内を見学できたわー

    • 3.5
    • 旅行時期:2016/05(約8年前)
    • 0

    今回は「維新のふるさと」とも言われている憧れの城下町を散策する旅行です。萩にある梅屋七兵衛が晩年暮らしていた旧宅です。七兵...  続きを読む衛は幕末の商人で、浜崎町で代々、北国問屋を営んでいたそうですが、七兵衛は造り酒屋をはじめ、藩の武具方の用達も行っていたそうです。当時の面影が残る外観を保ち、邸宅内は現代の生活に適応した古民家として再現されています。  閉じる

    投稿日:2018/07/19

  • 七兵衛が晩年を過ごした隠居屋

    • 3.5
    • 旅行時期:2015/06(約9年前)
    • 0

    浜崎重要伝統的建造物群保存地区にある梅屋七兵衛が晩年を過ごした隠居屋です。建物はそれ程広くなく、庭も華美にならず落ち着いた...  続きを読む雰囲気です。ここでお茶やお花を楽しんだそうですが頷けます。また、内部の施設は現代風に改築して古い町家の活用法を提示している様です。  閉じる

    投稿日:2015/07/11

  • 江戸時代の実業家のお宅を訪問しました

    • 4.0
    • 旅行時期:2015/04(約9年前)
    • 0

    以前から梅屋七兵衛旧宅の存在は知っていましたが、梅屋七兵衛さんが何をされた方かも存じあげませんでした。
    今回、訪れて初め...  続きを読むて梅屋七兵衛さんが北国問屋を営む江戸時代の商家に生まれ、酒造業や武器の調達まで行われた方だと知りました。
    幕末には藩の密命を受けて長崎に鉄砲の買い付けに行き、長崎奉行に見つかり上海に逃れたりと危険な橋も渡った方のようです。
    その旧宅は普通の平屋の人家で、現代の家と比べると天井が低いと感じます。
    訪れた当日はまだ萩の古き雛たち展の流れでお雛様が展示されていました。
    庭が広く未だ樹木が茂り、当時の趣が残っているかのようでした。
    建物は最初に建てられた時からは大規模な改修がされていて戦後は子孫の方が実際に住んでおられたようです。
    しかし、歴史ある建物が今に残っているとは驚きました。  閉じる

    投稿日:2015/04/15

  • 幕末の商人

    • 3.5
    • 旅行時期:2012/05(約12年前)
    • 0

    梅屋七兵衛は、代々浜崎町で北国問屋を営む家に生まれ、七兵衛の代には酒造業を始め、藩の武具方の用達も行っていました。
    木戸...  続きを読む孝允などの志士と交流があり、藩の密命を受け、命がけで長崎に鉄砲千丁を買い付けに行き、戊辰戦争での長州の勝利に貢献しました。
    また、関西から小堀遠州流のお茶の流儀を持ち帰るなどの文化人でもあり、萩の多くの人々に受け継がれています。

    この旧宅は、その七兵衛が晩年を過ごした隠居屋敷です。  閉じる

    投稿日:2013/06/17

1件目~11件目を表示(全11件中)

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