遠江塚
名所・史跡
3.04
遠江塚 クチコミ・アクセス・周辺情報
次期城主として将来を嘱望されながら、19才で切腹して果てた悲劇の若君・松平遠江守定吉を祀った塚で、古い五輪塔がひっそりと佇んでいます。 定吉は掛川城主松平定勝の嫡子で、徳川家康の甥にあたります。文武両道に秀で家康にも目を掛けられていましたが、その家康に咎められたことを恥じて、掛川城の城内で自刃。切腹の理由については諸説ありますが、田宮虎彦の『鷺』という小説で有名。掛川宿連雀の町人・兵藤庄右衛門が記した『遠江古跡図絵』では、関ケ原の合戦への出陣を家康に許されなかった口惜しさによる切腹ともされています。いずれにせよ神君家康公の手前、城内での葬儀ができず、この地で密葬され遺骸は真如寺で供養されたといわれます。その後、五輪の塔が建てられ、遠江守にちなんで「遠江塚」と呼ばれるようになり、菩提寺の真如寺には廟所が建てられました。 定吉が武勇に優れたことから、かつてはこの塚に弓矢、刀、鎧などを供え、強い男児に育つようお参りする人が多かったそう。また『遠江古跡図絵』には、この塚の前で藁で作った奴槍をふると瘧(おこり)の病が落ちる、ともあります。 今ではお参りに訪れる人は少ないようですが、毎年11月11日の定吉の命日には、遠江塚で法要が行われ、真如寺では寺宝の「松平遠江守定吉画像」が公開されます。
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