三富開拓地割遺構
名所・史跡
3.20
三富開拓地割遺構 クチコミ・アクセス・周辺情報
所沢 観光 満足度ランキング 41位
クチコミ・評判
1~4件(全4件中)
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木ノ宮地蔵堂の一角建っています
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- 旅行時期:2021/01(約5年前)
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開拓遺構を記念する石碑は3つあります。
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- 旅行時期:2017/06(約9年前)
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三富開拓地割遺構へは西武線の所沢駅東口から西武バスで大宮駅行きか上福岡駅行きとなります。時間はおよそ20分ですが、それほど... 続きを読む頻繁ではありませんから、事前に時刻表を確認した方が良いです。付近一帯を散策するのに便利な停留所は芋街道沿いにある上富、学校前(三芳町)、地蔵前の3つです。
三富開拓地割遺構は、所沢市の中富、下富と入間郡三芳町上富に残る、江戸時代に開拓された新田の地割跡で、埼玉県の旧跡に指定されているものです。元禄期(およそ300年前)に川越藩主柳沢吉保によって新田開発されたものです。特徴は1戸当てに短冊形の新田としたことで、写真で見ると、それがずっと連なっています。「富」の村名は柳沢吉保自らが論語から選び出したもので、新田が経済的に富み、やがて、教育により人々の心が豊かになって発展していく様にとの願いが込められているそうです。新田は上、中、下合わせて180戸が入植しました。
さて、この遺構ですが、展望台がある訳ではありませんから、畑を見ることは出来ますが、特徴である短冊形の連なりを実際に見ることは出来ません。仕方がありませんから、遺構の碑を見ることになります。歩いた範囲では3つの三富開拓地割遺構を記念する石碑がありました。芋街道沿いの旧島田家に1つ、その右手前方となる大石灯籠のところに1つ、そして、木ノ宮地蔵堂の境内に1つあります。旧島田家のところは開拓300年を記念して建てられたもので、1番立派です。
閉じる投稿日:2017/06/30
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航空写真の様な、短冊形の並んだ新田遺構を見ることは出来ません。
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- 旅行時期:2017/06(約9年前)
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三富開拓地割遺構へは西武線所沢駅東口から西武バスがあり、約20分くらいです。停留所は地蔵前、その手前の学校前(三芳町)、も... 続きを読むう1つ手前の上富が芋街道を含めての観光に便利だと思います。
「地蔵林」(現在の三芳町上富「木ノ宮地蔵堂」付近)を中心としたこの地が、元禄7年(1694年)に川越藩の領地となり、川越藩主柳沢吉保は新田開発を推進します。幅40間(約72m)、奥行375間(約682m)の短冊形の地割を1戸分として開拓されます。(但し、この地割はあくまでも基準です)グーグルのマップを見ると、細長い短冊形に拓かれた新田遺構を見ることが出来ますが、現地に行っても高台がある訳ではないので、航空写真の様には見られないのが残念です。上富91戸、中富40戸、下富49戸の合計180戸の新しい村々ができあがり、これが三富新田です。
なお、この三富開拓地割遺構を記念する石碑は3つあります。(もっとあるのかも知れませんが・・・)1つは旧島田家にあり、1番立派です。残り2つは芋街道の大石灯籠の横と木ノ宮地蔵堂の境内にあります。
閉じる投稿日:2017/06/28
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上富、中富、下富があるので「三富」です
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- 旅行時期:2016/02(約10年前)
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1件目~4件目を表示(全4件中)
基本情報(地図・住所・アクセス)
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