開拓遺構を記念する石碑は3つあります。
- 3.0
- 旅行時期:2017/06(約7年前)
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by リラクマさん(女性)
所沢 クチコミ:53件
三富開拓地割遺構へは西武線の所沢駅東口から西武バスで大宮駅行きか上福岡駅行きとなります。時間はおよそ20分ですが、それほど頻繁ではありませんから、事前に時刻表を確認した方が良いです。付近一帯を散策するのに便利な停留所は芋街道沿いにある上富、学校前(三芳町)、地蔵前の3つです。
三富開拓地割遺構は、所沢市の中富、下富と入間郡三芳町上富に残る、江戸時代に開拓された新田の地割跡で、埼玉県の旧跡に指定されているものです。元禄期(およそ300年前)に川越藩主柳沢吉保によって新田開発されたものです。特徴は1戸当てに短冊形の新田としたことで、写真で見ると、それがずっと連なっています。「富」の村名は柳沢吉保自らが論語から選び出したもので、新田が経済的に富み、やがて、教育により人々の心が豊かになって発展していく様にとの願いが込められているそうです。新田は上、中、下合わせて180戸が入植しました。
さて、この遺構ですが、展望台がある訳ではありませんから、畑を見ることは出来ますが、特徴である短冊形の連なりを実際に見ることは出来ません。仕方がありませんから、遺構の碑を見ることになります。歩いた範囲では3つの三富開拓地割遺構を記念する石碑がありました。芋街道沿いの旧島田家に1つ、その右手前方となる大石灯籠のところに1つ、そして、木ノ宮地蔵堂の境内に1つあります。旧島田家のところは開拓300年を記念して建てられたもので、1番立派です。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2017/06/30
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