2015/06/25 - 2015/07/07
75位(同エリア483件中)
hakodadiさん
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ボローニャ滞在4日目はボローニャカード(バス等の一日乗り放題+博物館・美術館の2日間入場券)を購入して、旧市街にある美術館・博物館を見て歩いた。マジョーレ広場・ポデスタ館の観光案内所でまずカードを購入、隣の市役所内ギャラリーを皮切りに、いずれも徒歩10分圏の中世美術館、考古学博物館を巡り歩く。フィレンツエやローマの有名美術館ほどの逸品はないが、興味深い展示物と、なによりも内部空間の素晴らしさは共通。1400-1500年代のルネサンス期にヨーロッパでも有数の大都市=自治都市=大学都市であったボローニャの栄華が偲ばれる。マジョーレ広場に建つエンツオ宮殿の謂れを帰国後、塩野七生さんの「皇帝フリードリッヒ2世の生涯」で発見。中の見学をパスしたことを悔いることしきり。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝早く宿泊先を出て、しばし街中のウィンドウショッピング。前日までの街歩きで、気になっていた場所を今度はカメラを構えて次々に撮影。
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いずれも、ポルティコのある街並みに沿って営業している店なので、ウィンドウのサイズや壁の色は均質。だがウィンドウのデザインには、さすがイタリアというセンスが光る。
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とても全部は紹介しきれないが、いずれも狭い間口なのに、存分にその空間を生かし切っている。
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界隈では珍しい小型のスーパー。古い重厚な建物の外観を損なわずにさりげない入口。そういえば旧市街には大型スーパーやデパートは(知る限り)皆無。基本は小規模店舗の対面販売が主。ここはさすがにセルフタイプだが。
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観光案内所に向かう途中で立ち寄ったのが、ボローニャの公式観光サイトで見つけた穴場。なんと市場の建ち並ぶ一角にひっそり建つサンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会。外環は地味だが中は豪華絢爛。そして・・・
サンタマリア デッラ ヴィータ教会 寺院・教会
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主祭壇の右手奥に目をやって驚いた。そこには10体近いテラコッタ。主イエスの死を嘆き悲しむ人たちの群像だ。
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嘆きの表情が迫真。お賽銭を投じると数秒間明かりが点くという仕組み。だが、基本は礼拝の場所なので入場料は徴収されない。ろうそくを買う、あるいは何ほどかの寄付。
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マジョーレ広場の真ん前の旧王宮・ポデスタ館の中にある観光案内所はなかなか活況。マップが多種類あること、観光バスやガイドの受付も行っている。係員もてきぱきと感じがいい。
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ここで購入したのがボローニャ・ウェルカムカード。20ユーロ、と決して安くはないが、これで48時間市内の主要博物館・美術館(約10館)が無料入場。そして24時間の市内バス乗り放題がつく(他に観光施設やレストランなどの割引多数)。ボローニャ最後の2日間はこれを使い倒すという目論見だ。
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カードの最初の利用はすぐ近くの市役所内にある美術館。入り口で場所を訊くと「Long Slope]を3Fへという。そのLong Slopeが写真。なんとブラマンテの設計だという。こういう風にさりげなく超有名人の名前が出てくる。ちなみに市役所の建物(コムナーレ宮)は15世紀の短い一時期ローマ教皇の支配が及んだ頃の教皇代理(枢機卿)の居館だったという。その枢機卿は度重なる失政で市民の反発を受けて短期間で追い出されたとか。この街でもながらく皇帝派と教皇派の争いがあったというが、基本のところは「市民自治」をいかに貫徹するかにあったという。
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まずは内部の豪奢さに圧倒される。
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中世のボローニャの模型。百塔の町と言われただけのことはある。大半の塔は地震で倒壊、あるいは自主的に取り壊され、今も残るのは10塔を切るとも。もちろんアシネッリの塔もある。
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かつてのボローニャの栄華を支えた有力者たちの紋章・エンブレムが一堂に
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この美術館の窓からは2つの斜塔が真正面に見える。ここからは2つの塔の傾き加減がよくわかる。(低いほうが傾きがきつい)
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市美術館の3階から真正面に見えるのがエンツオ宮殿。塩野七生の「皇帝フリードリヒ2世の生涯」にはこのエンツオの物語が出てくる。13世紀のヨーロッパに生きた神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世を最晩年に襲った最大の不幸が、彼が帝国の将来を託すべく育てた息子エンツォ(サルディニア王)を失ったことだ。1249年、エンツォはボローニャの攻撃を受けていたモデナの救援に向かう行軍中にボローニャ軍の奇襲を受けて側近とともに捕縛された。ボローニャに連行された。父はエンツオの釈放のため、身代金の引き渡しなどを提案したが、ボローニャ側は拒絶。そのエンツォが23年間幽閉され、捕虜のままし死を迎えたのが写真の建物の3階で。エンツォ宮殿という名前が冠せられているのは、彼にに寄せられた市民の愛着がそうさせたと伝わる。旅の醍醐味は、実際にその光景を目の当たりにして旅行後に関連資料を読むことで、まったく異なるインスピレーションが得られることだ。
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次に向かったのは中世博物館。マジョーレ広場から旧市街を南北に縦断するインディペンデンツア通りを5分ほど駅方面へ。途中のポルティコが美しい。舗道の床面にも注目。
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中世博物館の展示のボリュームは圧倒される。中世の騎士たちが使った装備などが多数。これは鞍。
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こちらにもかつてのボローニャの模型が。旧市街と外を画然と分かつ城壁の様子がよくわかる。
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中庭。柱の陰とクリーム色の壁、そして青空の対比。なお滞在6日中の降雨は1度きり。毎日日中は30度以上。そらに雲一つない快晴が続いた。
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この時代の貴族・騎士がかならず身につけていた短剣。鋭い切っ先が光る。
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次に向かったのが考古学博物館。サンペトロニオ聖堂のすぐ東側の街路を少し南に下がる。お洒落な商店・飲食店の建ち並ぶ中に突然博物館の幟が現れる。
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この幟がなければ地味なエントランスを見逃しそう。
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中に入ると一転大きな空間が広がる。受付風景。
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地下の空間は古代エジプト関連の展示。
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エジプトのミイラや棺桶も多数。
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かつては病院だったという建物。建築自体もみどころが多い。
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この博物館で恐らくもっとも有名な「アテナ・レムニアも頭部」。他に皇帝ネロの衣装なども。
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一気に3館制覇後はさすがに空腹。近くのMercato de Mezzo(生鮮食料品店)で昼食。店でお好みを注文して真ん中の通路で食べるイートイン方式。
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今日は魚系で。
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