2013/01/13 - 2013/01/13
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ちびのぱぱさん
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奈良県の奥座敷に、その入之波温泉はあります。
どうしてこのような場所に、人は住んでいるのだろう、ついそんな、余計なお世話な疑問がわき上がって来てしまうほどの山の中です。
最初に住んだ先祖が、どんな事情でそこにやってこようと、そこで生まれ育ってしまえば、そこがその人のふるさとなのでしょう。
そういう、あれこれ考えてしまうような場所に、入之波温泉はあります。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー Peach
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かの有名な桜の名所、吉野を流れる吉野川。
吉野川は紀ノ川とも呼ばれ、紀州和歌山からひたすら東進して遡上し、奈良の山奥深くに分け入ると、吉野あたりで、南に向きを変えて、さらに山奥深く分け入ってゆきます。
言い換えると、奈良の山奥に源流を発し、ひたすら西進して和歌山城をかすめるようにして大阪湾に注いでいます。 -
吉野から渓谷に沿って169号線を、上流に向かって進んでゆくと、ゆったりとした流れが渓谷の底を潤し、
(写真)造林王であり自由民権家でもあった、土倉 庄三郎の磨崖碑。鎧掛 -
ときに瀞となって、時間の流れまでひきとめて、周りの景色を川面に写しています。 -
対向車とすれつがうこともできない細道を行くと、山肌に張り付くように山鳩湯があります。
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三台も停めればいっぱいになる駐車場に、運良くレンタカーをとめ、手ぬぐいを持って階段を下りてゆきます。
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もう30年以上前ですが、友達のタカハシ君が、
「ボクの実家は、福島の山の中でね、ほんと、ひどいイナカなんだよね。」
というので、「イナカ(田舎)」という言葉に、ほとんどコンプレックスにも近い憧憬を抱いていたわたしは、思わず口にしました。
「行ってみたいな……。」
こっちは気楽な学生でしたが、同い年のタカハシ君はサラリーマン。
営業の仕事をしていたから、年齢よりもずっと老成しています。
彼は、ちょっと首をかしげていましたが、彼の、中古で買ったばかりのおんぼろのカローラに乗って、茨城を出発しました。
東京で生まれ育ったわたしは、日本の広さというものを甘く見ていたところがあります。
どこまでも、どこまでも、もう日本の向こう側に出てしまうのではないかというほど、山の中に入ってゆくのです。
日はすぐに暮れましたから、あとは、車内と、車のライトが照らすわずかな範囲だけが私たちの世界で、その外の何も見えない暗黒は、わたしの想像を超えた別世界のように思われました。
「ほんとうに田舎だよ。」
という彼の、暗に、止めたほうがいいよという忠告に、素直に従えば良かったと後悔が、胃酸のように上ってきます。 -
数え切れないほどのカーブをまがり、もう止めよう、という言葉が口先から飛び出しそうになった頃、とつぜん小さな光が目の前に現れました。
電柱に灯る、裸電球の光でした。
その電球にともされて、一軒の茅葺きの小さな家が、森に抱きかかえられるように寂しげに佇んでいました。
「ついたね。」
タカハシ君はさした感動もこめずに、小さく声に出しました。
私たちは車を降り、タカハシ君は玄関から入らず、暗い庭にまわるといきなり雨戸をこじ開けました。
中から灯りとともにテレビの音声がもれ、コタツにおばあさんが入っているのが目に入りました。
おばあさんは、全く無表情のままタカハシ君を見ると、上がれと言うようにアゴを小さく動かし、どぎまぎしているわたしにタカハシ君は、
「さあ、上がって。」
と促したまま後も見ず、どんどん中に入ってゆきます。 -
「やぶんに、突然すみません。」
恐縮しながら、高い縁側によじ登ると、おばあちゃんは、全くこちらに目を向けることもなく、視線をテレビに戻しました。
連絡もなく(タカハシ君が電話をしているのは見なかったので)いきなりやってきた見知らぬ客に、腹を立てているに違いないと思ったわたしは、タカハシ君に救いを求めるように顔を向けると、
「気にしないで。ここは、行商の人なんかが、日が暮れてしまって、急に泊めてください、なんてことがよくあるから、慣れてるんだ。」
「ふ〜ん。」
タカハシ君の両親は亡くなり、妹も働きに出ているから、ここにはこのおばあちゃんが独りで住んでいるのです。 -
遠い昔の記憶が、突然よみがえってきたのは、どうしてなのでしょう……
ひとり700円の料金を払い、階段を下りて浴室に向かいます。
浴室は、男女に分かれております。 -
入之波温泉は、含炭酸重曹泉とのことですが、含有成分が浴槽に付着して、独特の雰囲気を醸しています。
日曜日でしたから、これほどの山奥にもかかわらず、奈良や、遠く大阪からも入浴客が訪れています。 -
露天風呂からの見晴らしは、ごらんの通り。 -
見下ろすと、沈殿物が山肌を覆い、赤々としています。 -
湯の湧き方は一定でなく、多量に注いだり、細くなったりしています。
一度ダムの底に沈んだ湯を、再び掘り当てたのだそうです。 -
かつて切り株だったという浴槽は、今ではすっかり湯ノ花に覆われています。
また、タカハシ君のことを思い出していました。
「お風呂入りに行こうか?」
「えっ、今から?どこに?」
「近くに温泉宿があるんだ。」
「……。」
狐につままれたような気分で、再びタカハシ君のカローラに乗りました。
漆黒の闇を走ること10分ほどで、さっきタカハシ君のうちに着いたときと同じように、とつぜん一軒の温泉宿が現れました。
けして大きな宿ではありませんが、趣のある和風建築で、意外なほどに客でにぎわっていました。
屋号のかかれたガラス戸をがらがらと開けると、タカハシ君は大きな声で無人の帳場に声をかけました。
「お風呂ちょうだいね。」
帳場の奥の、のれんの陰からのぞいた老人は、ああ、というような顔をしてすぐに引っ込みました。
このたびも、ぽかんとするわたしを、追い立てるようにしてタカハシ君は、浴室に続く廊下を歩き出したのでした。
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この旅行記へのコメント (4)
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- わんぱく大将さん 2014/07/09 06:07:49
- 小説の一節かと
- ちびのばばさん
カローラにのって(でしたよね?)高橋君ちの田舎に。これ小説の一節かと思いましたよ。続が読みたい、って。
自由民権家、って、私の大学の卒論は地元の自由民権運動でした。これまた、懐かしい。 卒論は人に貸して、いまだに返ってきていませんが。。。
大将
- ちびのぱぱさん からの返信 2014/07/09 09:11:42
- RE: 小説の一節かと
- 大将さん
自分以外の人が読んでおもしろいのだろうかと思いつつ、どうせ自己満足の世界だからとつづりました。
タカハシ君のことは、思い出に深く刻まれていて、何かの拍子に顔を覗かせます。
その後も交友が続いていれば、きっとそれほどの思い出ではないのだろうとも思います。
ちなみに、タカハシ君と温泉に入った後のことは、なぜか記憶から欠落しています。
いっそ小説にでっちあげちゃおうかな(笑:残念ながらそういう技量はなし)。
これからもよろしくお願いします。
-
- fuzzさん 2014/04/01 16:50:37
- タカハシ君
- 奈良の温泉旅行記のはずが、もうすっかりタカハシ君との思い出話に私の思いが傾き、そこは福島の山奥の温泉宿だとばかり勘違いしてしまうほど、印象が強い思い出話でした。
タカハシ君とはその後、交流は続いておられますか?
私含め一般には、家庭を持ったり引っ越したりしますと縁が遠のいてしまいます。
なんか、ほのぼのとした気分になりました。
fuzz
- ちびのぱぱさん からの返信 2014/04/01 21:52:07
- RE: タカハシ君
- fuzzさん こんばんわ
書き込みありがとうございます。
タカハシ君は、二十歳の頃の一年ほど良く遊んでくれて、その後仕事のことや家族のことなど色々あって、ふいに私の前から姿を消してしまいました。
それから、もう長いこと会っていませんし、どこでどうしているかも知りません。
ここに書きました想い出も、なんだか本当にあったのかどうか、ふと、幻だったかのように思えることさえあります。
地図で見ても、いったいどこの温泉だったのか見当も付きません。
この記事を見て、思い出して連絡くれたりして……。
そうすれば、温泉がどこで、彼の家が今どうなっているのか、30数年の時を経て現実世界へと引き戻してくれるのですが。
感想を述べてくださり、ありがとうございます。
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