2006/10/29 - 2006/10/29
973位(同エリア1468件中)
ごんぶとさん
記念すべき10箇所目の世界遺産は言わずと知れたあの地域。日本の世界遺産として不動の1番人気を誇る京都だ。「古都京都の文化財」として登録されている寺社は17つ。その一つ一つをじっくりと噛み締めるには最低でも一週間は必要だろう。だから、一気に全てを巡るなんてことはせず、少しずつジワジワと制覇していこうと思う。
記念すべき第一歩は「比叡山延暦寺」から!
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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京都駅前バスターミナルC6乗り場から「比叡山頂行きバス」に乗り込み、揺られること約一時間。山をグングン登ってようやっと辿り着く(バス料金:800円)。
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途中、バスから見える琵琶湖の景色が意外と素晴らしくて感動した。ってか、デケェー。
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バス停。山の上とあって、予想以上に寒い。
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●Historic Monuments of Ancient Kyoto
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(ii) (iv)
登録年 1994年
さてさて、日本仏教の母山として名高いこの山。その中核には天台宗開祖である「最澄」の建立した延暦寺が存在する。延暦7年(788年)に一乗止観院という小規模な寺院を建てたのが起源だとか。 -
最初は小規模だったらしいが、この地域は平安京の鬼門(北東)に位置するが故、国を鎮護する場所として次第に栄えるようになったそうだ。
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日本仏教の蒼々たる面々がココで修行を積んだというのは有名な話。最澄の没後、法然(浄土宗開祖)、栄西(禅宗開祖)、親鸞(浄土真宗開祖)、道元(曹洞宗開祖)、日蓮(日蓮宗開祖)といったスーパー高僧たちを世に送り出したわけだ。日本仏教の母山と呼ばれる理由はここにある。
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しかし、こんな聖域であるにもかかわらず、3度の焼き討ちにあっている不遇の寺だということも忘れちゃいけない。中でも1571年織田信長による攻撃は誰もが知っている有名な話だ。
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そもそも何故それほどまで焼き討ちにあったか?それは延暦寺の内部グループが対立を始め、だんだんと僧が武装するようになったことに由来する。次第に武装した僧兵たちが力を持ち、あの信長にとっても脅威の存在になったらしい。…たぶん、こんな感じ。
その焼き討ちのせいで国宝の根本中堂も焼失。現在の姿は1640年に再建されたものだ。 -
それでは、その根本中堂の中へ入ってみよう。
…が、こういう神聖な場所は決まって撮影厳禁。残念ながら写真は撮れなかった。内部には創建当時から1200年以上も燃え続けているという噂の「不滅の法灯」があったのだが、想像を見事に打ち壊す地味なその御姿に唖然。激しく高ぶった期待感を見事に裏切ってくれた。、、、なぁ〜んてことは言いっこなしだぜ! -
根本中堂の真東には文殊楼。急すぎるだろ、この階段は。
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まわりを山々に囲まれ、聖地の雰囲気はたっぷり。
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それでは東塔を離れ、西塔エリアへと足を進めよう。まず発見したのは、重要文化財の常行堂&法華堂だ。
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全く同じ姿をした2つの堂が左右に並ぶため、「担い堂」とも呼ばれる。文禄4年(1595年)の建築とのこと。
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さらに奥へ進むと、西塔の中心堂宇「釈迦堂」が見えてきた。
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文禄4年(1595年)に、豊臣秀吉が園城寺金堂を無理矢理移築させたものらしい。これも重要文化財だ。
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正式名称は転法輪堂。延暦寺に現存する建築の中ではこれが最古のものとのこと。
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そんなわけで、少し期待しすぎたかもしれない比叡山延暦寺。
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聖地という意味ではどうしても高野山と比較してしまうのだが、あちらの方がスピリチャル的な雰囲気を感じたような気がしないでもない…。
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まぁ、その感じ方も人それぞれ、ということで。<1/17制覇>
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