2008/01/03 - 2008/01/03
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comevaさん
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●新春の古都 奈良(★世界文化遺産:興福寺)
http://www.kohfukuji.com/
南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。「
- 交通手段
- JRローカル
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北円堂と仮金堂(右)
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南円堂
南円堂(重文)は弘仁4年(813年)、藤原北家の藤原冬嗣が父・内麻呂追善のため創建した。現在の建物は寛政元年(1789年)の再建である。 -
東金堂(左)と五重塔
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五重塔
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五重塔(国宝)
天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された。現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。高さ50.8メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。 -
東金堂
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東金堂
東金堂(国宝)は神亀3年(726年)、聖武天皇が伯母にあたる元正太上天皇の病気平癒を祈願し、薬師三尊を安置する堂として創建した。
治承4年(1180年)の兵火による焼失後、文治3年(1187年)、興福寺の僧兵は飛鳥の山田寺(現・奈良県桜井市)講堂本尊の薬師三尊像を強奪してきて、東金堂本尊に据えた。
東金堂はその後応永18年(1411年)に五重塔とともに焼け、現在の建物は応永22年(1415年)の再建である。室町時代の建築であるが、規模、形式ともに天平時代の堂に準じている。
●堂内安置仏像
銅造薬師三尊像(重文)
木造維摩居士(ゆいまこじ)坐像(国宝)
木造文殊菩薩坐像(国宝)
木造四天王立像(国宝)
木造十二神将立像(国宝) -
猿沢池からの興福寺五重塔
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