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2009.9.5 「世界ふしぎ発見」放映記念<br /><br /> 国境から首都ブダペストまでは3時間少々。しばらくはハンガリー大平原(プスタ)の景色が続く。バルトークの曲が頭の中をめぐる。車内で今後の日程を考えると、先の日程をずらせばブダペストに2泊位出来なくもない。CFRの係員によるとウィーン行の列車まで3時間待たなければならなかった(実際にはまだ早い列車があった)し、ブダペストで安宿が取れれば泊まっても良いかな、と思いながら東駅(Keleti pu.)のルームInf.に行ってみたら、YHが安い値段で予約できたので、迷うことなく2泊することにした。観光客が多いこの町でYHとはいえ1,600フォリント(¥1,120)で泊まれるのはとても幸運。<br /><br /> 「ブダペストからウィーンまでの列車の予約はブダペストでして下さい」と言われていたので、チェックイン前に済ませておこうと思い、国際線のチケット窓口に並ぶ。列はブラショフよりは短かったが、待ち時間は1時間程度。でも結局予約出来ず、女性係員のドイツ語の説明も分からない。こんな所にも割り込みを試みる者が居るもので、おばあさんの前に割り込もうとした男にハンガリー人男性が注意して険悪なムード。でも結局男が引き下がった。<br /><br /> 昼食もとらず、散々待って理由が分からず予約できなかった上に、トロリーバスのチケットを買う機械が壊れていて、YHには結局歩いて行く。Lotus Youth Hostel(YELLOW SUBMARINE)は西駅のすぐ近く。建物は何とか見付けたが、今度はビルの4階にあるYHへの行き方が分からない。ようやくビルの他の場所に行くおばさんを見て、入り方が分かった。ブダペスト到着からチェックインまで結局3時間近くを要した。とにかく疲れた。<br /><br /> その後はドナウ川の中州に浮かぶマルギット島をブラブラ。結構大きな島で、一周して約1時間。<br /><br />後述するズグリゲット教会に関する話題はこちらへ<br />http://4travel.jp/traveler/kusamakura/album/10311600/<br /><br />

バルカン半島と大戦のあとを訪ねて~楽しかったブダペストのYH

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1998/08/06 - 1998/08/09

2289位(同エリア3039件中)

砂布巾

砂布巾さん

2009.9.5 「世界ふしぎ発見」放映記念

 国境から首都ブダペストまでは3時間少々。しばらくはハンガリー大平原(プスタ)の景色が続く。バルトークの曲が頭の中をめぐる。車内で今後の日程を考えると、先の日程をずらせばブダペストに2泊位出来なくもない。CFRの係員によるとウィーン行の列車まで3時間待たなければならなかった(実際にはまだ早い列車があった)し、ブダペストで安宿が取れれば泊まっても良いかな、と思いながら東駅(Keleti pu.)のルームInf.に行ってみたら、YHが安い値段で予約できたので、迷うことなく2泊することにした。観光客が多いこの町でYHとはいえ1,600フォリント(¥1,120)で泊まれるのはとても幸運。

 「ブダペストからウィーンまでの列車の予約はブダペストでして下さい」と言われていたので、チェックイン前に済ませておこうと思い、国際線のチケット窓口に並ぶ。列はブラショフよりは短かったが、待ち時間は1時間程度。でも結局予約出来ず、女性係員のドイツ語の説明も分からない。こんな所にも割り込みを試みる者が居るもので、おばあさんの前に割り込もうとした男にハンガリー人男性が注意して険悪なムード。でも結局男が引き下がった。

 昼食もとらず、散々待って理由が分からず予約できなかった上に、トロリーバスのチケットを買う機械が壊れていて、YHには結局歩いて行く。Lotus Youth Hostel(YELLOW SUBMARINE)は西駅のすぐ近く。建物は何とか見付けたが、今度はビルの4階にあるYHへの行き方が分からない。ようやくビルの他の場所に行くおばさんを見て、入り方が分かった。ブダペスト到着からチェックインまで結局3時間近くを要した。とにかく疲れた。

 その後はドナウ川の中州に浮かぶマルギット島をブラブラ。結構大きな島で、一周して約1時間。

後述するズグリゲット教会に関する話題はこちらへ
http://4travel.jp/traveler/kusamakura/album/10311600/

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  •  8月7〜8日 楽しかった YELLOW SUBMARINEでの3日間<br /><br /> YHでの初日は狭い部屋に4人で、しかも隣のベッドではパンクっぽいお兄さんとお姉さんベッドでイチャイチャ。ロッカーもないし快適とは言えなかった。することがないので21時過ぎには就寝。ここ数日寝不足だったので熟睡。<br /><br /> 朝6時に目が覚めてキッチンで日記を書いていた翌日になって、部屋を変わることが出来た。部屋は広いし、ロッカーもあり、持ってきた南京錠が初めて役に立った。そして住人10人の内6人が日本人。<br /><br /> 女子大生でありながらサラエボに行って来たというHさんには、旧ユーゴに関する情報を提供してもらった。「『ハブてる』って知ってる?」に「ハンガリー語ですか?」、しかもよく聞いてみたら広島生まれということで大爆笑。彼女には「むつっこい」の意味も分からなかったようだ。これって広島弁?<br /><br /> 神奈川県のご夫妻は、ベオグラードに行って来たという変わり種。様々な人種が居たベオグラードはすさんだ雰囲気で、泊めてもらった地元の人には「治安には十分気を付けろ」と注意を受けたそうだ。やはり迂回したのは正解。そしてブルガリアの首都ソフィアの治安がヨーロッパ最悪という話も聞いた。シギショアラで一緒に食事した女子大生3人組のことがフト気になった。<br /><br /> Mさんコンビは、長期旅行の最中。昨年5月の同じ日に出国していた2人はラオスで出会い、以後一緒に行動しているとか。彼に「どこの国が一番良い?」と聞くと、間髪を入れず「インド。インドでは人間に感動できるんですヨ! ヨーロッパで人間に感動したことありますか?」と熱っぽく語ってくれた。そういえば彼の風貌は少々大袈裟に言えば悟りを開いたインドの哲人を想起させる。そんな彼を羨望の気持ちと、少しの軽蔑の気持ちを込めて僕は「大先生」と呼んだ。最後はモロッコあたりからパキスタンに入り、雪で国境が閉鎖される前の年内には中国へ入り、そこで再度数ヶ月滞在する予定だそうだ。<br /><br />

     8月7〜8日 楽しかった YELLOW SUBMARINEでの3日間

     YHでの初日は狭い部屋に4人で、しかも隣のベッドではパンクっぽいお兄さんとお姉さんベッドでイチャイチャ。ロッカーもないし快適とは言えなかった。することがないので21時過ぎには就寝。ここ数日寝不足だったので熟睡。

     朝6時に目が覚めてキッチンで日記を書いていた翌日になって、部屋を変わることが出来た。部屋は広いし、ロッカーもあり、持ってきた南京錠が初めて役に立った。そして住人10人の内6人が日本人。

     女子大生でありながらサラエボに行って来たというHさんには、旧ユーゴに関する情報を提供してもらった。「『ハブてる』って知ってる?」に「ハンガリー語ですか?」、しかもよく聞いてみたら広島生まれということで大爆笑。彼女には「むつっこい」の意味も分からなかったようだ。これって広島弁?

     神奈川県のご夫妻は、ベオグラードに行って来たという変わり種。様々な人種が居たベオグラードはすさんだ雰囲気で、泊めてもらった地元の人には「治安には十分気を付けろ」と注意を受けたそうだ。やはり迂回したのは正解。そしてブルガリアの首都ソフィアの治安がヨーロッパ最悪という話も聞いた。シギショアラで一緒に食事した女子大生3人組のことがフト気になった。

     Mさんコンビは、長期旅行の最中。昨年5月の同じ日に出国していた2人はラオスで出会い、以後一緒に行動しているとか。彼に「どこの国が一番良い?」と聞くと、間髪を入れず「インド。インドでは人間に感動できるんですヨ! ヨーロッパで人間に感動したことありますか?」と熱っぽく語ってくれた。そういえば彼の風貌は少々大袈裟に言えば悟りを開いたインドの哲人を想起させる。そんな彼を羨望の気持ちと、少しの軽蔑の気持ちを込めて僕は「大先生」と呼んだ。最後はモロッコあたりからパキスタンに入り、雪で国境が閉鎖される前の年内には中国へ入り、そこで再度数ヶ月滞在する予定だそうだ。

  •  スタッフも面白い人ばかり。受付をしてくれたお兄さんは、人の顔を見る度に奇声を発し、「グッバイ、ハシモトさん」が口癖の陽気なアメリカンタイプのハンガリー人(珍しくドイツ語は苦手)。そしてオーナーも親切で、調べ事(後述)を頼んだら方々に電話して聞いてくれた。<br /><br /> このようにルームメイトにもスタッフにも恵まれて、とても楽しい日々だった。Hさんからの情報で旧ユーゴにそんなに日程が必要でないことも明らかになり、滞在を1日延ばすことにした。

     スタッフも面白い人ばかり。受付をしてくれたお兄さんは、人の顔を見る度に奇声を発し、「グッバイ、ハシモトさん」が口癖の陽気なアメリカンタイプのハンガリー人(珍しくドイツ語は苦手)。そしてオーナーも親切で、調べ事(後述)を頼んだら方々に電話して聞いてくれた。

     このようにルームメイトにもスタッフにも恵まれて、とても楽しい日々だった。Hさんからの情報で旧ユーゴにそんなに日程が必要でないことも明らかになり、滞在を1日延ばすことにした。

  •  ただ2日目(10人部屋で15人が寝る)、3日目と多少変人っぽい人だったが、夜中に帰ってきたらベッドが無かった、他人が自分のベッドに寝ていた、といったトラブルが続発した。YH側に落ち度はないとは思うけど…。<br /><br /> 壁には来訪者が貼って帰った各国の通貨(イラクや北朝鮮のもあった)があったり、面白い掲示が多かったが、「このYHには出来るだけ行かないようにしましょう」と題された掲示は、ジョークとしても後味が悪かった。アムステルダムのフォンデルパルクYHがリストの筆頭に入っていたので尚更。

     ただ2日目(10人部屋で15人が寝る)、3日目と多少変人っぽい人だったが、夜中に帰ってきたらベッドが無かった、他人が自分のベッドに寝ていた、といったトラブルが続発した。YH側に落ち度はないとは思うけど…。

     壁には来訪者が貼って帰った各国の通貨(イラクや北朝鮮のもあった)があったり、面白い掲示が多かったが、「このYHには出来るだけ行かないようにしましょう」と題された掲示は、ジョークとしても後味が悪かった。アムステルダムのフォンデルパルクYHがリストの筆頭に入っていたので尚更。

  •  2年振りのブダペストについても少し。7日にはブダ側のハイライト、漁夫の砦、王宮、ゲッレールトの丘へ。ドナウ川から眺めるブダペストの眺めは実に美しい。あのウィーンですら川と町がこれ程までにマッチはしていない。一旦YHに帰ってからは、ペスト側の東駅や繁華街ヴァーツィー通りへ。<br />

     2年振りのブダペストについても少し。7日にはブダ側のハイライト、漁夫の砦、王宮、ゲッレールトの丘へ。ドナウ川から眺めるブダペストの眺めは実に美しい。あのウィーンですら川と町がこれ程までにマッチはしていない。一旦YHに帰ってからは、ペスト側の東駅や繁華街ヴァーツィー通りへ。

  • (くさり橋)

    (くさり橋)

  •  滞在を延長した8日は、郊外のセンテンドレとヴィシェグラードへ。センテンドレは14世紀にトルコの襲撃から逃れてきたセルビア人が築いた町だそうで、現在では石畳の町並みに土産物屋が並んでいて、ドイツのロマンティック街道を思わせる。観光客は随分多いけど、楽しい雰囲気の町だった。

     滞在を延長した8日は、郊外のセンテンドレとヴィシェグラードへ。センテンドレは14世紀にトルコの襲撃から逃れてきたセルビア人が築いた町だそうで、現在では石畳の町並みに土産物屋が並んでいて、ドイツのロマンティック街道を思わせる。観光客は随分多いけど、楽しい雰囲気の町だった。

  •  ヴィシェグラードは高い丘の上にかつての要塞が聳える。要塞からはドナウ川がほぼ直角にカーブしている様子が見えて爽快。地図で確認してみてください。

     ヴィシェグラードは高い丘の上にかつての要塞が聳える。要塞からはドナウ川がほぼ直角にカーブしている様子が見えて爽快。地図で確認してみてください。

  •  ブダペストで是非行ってみたかったのが、1989年当時、西ドイツへの逃亡を希望していた東ドイツ市民が立て籠もっていた教会。以前観たNHK特集‘ヨーロッパピクニック計画〜ベルリンの壁はこうして崩壊した’が緊迫感に富む国際政治の舞台裏をリアルに描いていて、大変興味深かったからだ。当初ブダペストに寄るとは思っていなかったので、再度ビデオで確認していなかったし、オーナーがあれ程方々に確認しても分からなかったのだから仕方ない。<br /><br /><br />  8月9日 列車は kaputt、YHは複雑〜ウィーン(オーストリア)<br /> YELLOW SUBMARINEにウィーンのYHの案内があったので、オーナーに予約を頼むと快く引き受けてくれ、余って処分に困っていたルーマニアレイの両替もしてくれた。ここでは本当に最後まで色々とお世話になった。YHを出発する時はご夫妻と「大先生」が見送りに下りてくれ、最後まで別れを惜しんだ。「大先生」とは、ちょうど1週間後に再会を果たすことになる。<br /> ウィーンの宿が確保出来たので、ブダペストでもう少しゆっくりしても良かったが、ハンガリーフォリントを使い切ったこともあって、11時前の列車で出発。<br /> 初日に悩まされた座席予約の件だが、YHのオーナーや、何よりも駅のInf.が言う通り、不要だった。最初からInf.に聞けば良かった。<br /><br /> ブダペスト滞在2日半で使ったお金は110DM(¥9,100)。相変わらず物価、特に交通費が安い。食べ物では初日に食べた、あずきとベーコンを煮てパプリカで味付けしたものが珍しかった。7日の昼に食べた‘Cotlet de porc’もルーマニアとは比べものにならないくらい、上品で美味しかった。

     ブダペストで是非行ってみたかったのが、1989年当時、西ドイツへの逃亡を希望していた東ドイツ市民が立て籠もっていた教会。以前観たNHK特集‘ヨーロッパピクニック計画〜ベルリンの壁はこうして崩壊した’が緊迫感に富む国際政治の舞台裏をリアルに描いていて、大変興味深かったからだ。当初ブダペストに寄るとは思っていなかったので、再度ビデオで確認していなかったし、オーナーがあれ程方々に確認しても分からなかったのだから仕方ない。


      8月9日 列車は kaputt、YHは複雑〜ウィーン(オーストリア)
     YELLOW SUBMARINEにウィーンのYHの案内があったので、オーナーに予約を頼むと快く引き受けてくれ、余って処分に困っていたルーマニアレイの両替もしてくれた。ここでは本当に最後まで色々とお世話になった。YHを出発する時はご夫妻と「大先生」が見送りに下りてくれ、最後まで別れを惜しんだ。「大先生」とは、ちょうど1週間後に再会を果たすことになる。
     ウィーンの宿が確保出来たので、ブダペストでもう少しゆっくりしても良かったが、ハンガリーフォリントを使い切ったこともあって、11時前の列車で出発。
     初日に悩まされた座席予約の件だが、YHのオーナーや、何よりも駅のInf.が言う通り、不要だった。最初からInf.に聞けば良かった。

     ブダペスト滞在2日半で使ったお金は110DM(¥9,100)。相変わらず物価、特に交通費が安い。食べ物では初日に食べた、あずきとベーコンを煮てパプリカで味付けしたものが珍しかった。7日の昼に食べた‘Cotlet de porc’もルーマニアとは比べものにならないくらい、上品で美味しかった。

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