1998/08/12 - 1998/08/17
4809位(同エリア5902件中)
砂布巾さん
ザグレブ2泊、船中1泊、ドブロブニク3泊の旅の記録です。
少年のヴァイオリンの音色は今でも時々頭をかすめます。
(YNC記念)
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(駅前の風景)
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(7時間何も食べられなかった ウィーン→ザグレブ 続き)
到着後は駅で両替(1クーナ=約¥23.3)を済ませ、YHに向かう。駅から歩いて5分の距離。2カ所続けてたどり着くまで苦労していたので、助かった。愛想の無い受付のおじいさん「What can I do for you?」、泊まりたいからYHに行っているのに…。(本籍地)島根を知っていたのは意外だった。朝食なしで値段は75kn(¥1,750)。部屋は6人部屋のドミトリー。ルームメイトには、ベルリンから来たという年輩バックパッカーも居た。チェックイン後、唯一となった食事を駅前の中級ホテルで取る。肉料理‘ドブロブニク’を食べたけど、味は大味。 -
ザグレブは‘小ウィーン’と呼ばれることもあるらしいけど、貫禄では到底及ばないにしても、確かに趣のある町。特に小高い丘の上にある旧市街は、石畳が実に美しい。ユーゴスラビアからの独立宣言以降、本格化したクロアチア内戦の傷跡は、ここではあまり感じられなかった。アメリカ大使館へのテロがあった話はウィーンで日本人から聞いていたが、そのためだろう、ザグレブのアメリカ大使館には半旗が掲げられていた。
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(共和国広場)
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8月13日 リエカからアドリア海を南下する船に乗る
朝は少しゆっくりして青空市場に行ってみる。結構規模も大きく、歩くだけでも楽しい。ティミショアラで時刻を表示しなくなった腕時計を買おうと思ったけど止めた。ブダペストで¥500のを買い損ねたのが悔やまれる。ウィーンに忘れたらしいシャンプーを方々で探すが、適当なサイズのが無かった。市場の入口では少年がヴァイオリンを弾いていて、その可愛さからチップを稼ぎまくっていた。(表紙写真) -
昨日旧市街に向かう途中、アドリア海を南下する船を運航している Jadrolinijaで切符を買っていたので、昼前のバスでリエカに向かう。リエカは旧名フィウメ。第一次大戦後、セルブ・クロアート・スロヴェーヌ王国(1929年以降、ユーゴスラビアと改称)とイタリア間で領土紛争があった町。
ドブロブニクに向かう船の入船開始は16時だったので、真っ先に乗り込み操舵室の真下にあるバーの先頭部分をキープ。デッキなら158kn(¥3,700)、移動費と宿泊費込みでこの値段と考えると、とても安い。 -
18時に出航後は、甲板でアドリア海に沈む夕陽と夕焼けをひたすら眺める。きれいの一言。船のレストランでは‘Cotlet de Porc’を見つけたので、ハンガリー風を期待して頼んでみたけど、ルーマニアよりほんの少しマシな程度。
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8月14〜16日 世界遺産都市ドブロブニク
ドブロブニクには14日の14時前に到着。船には2人の日本人も乗っていた。1人は早稲田大学5年生の諏訪さん、もう1人は○田さん。ヨネスケさんこと諏訪さんは、乗り換えで寄ったマレーシアで持ち金の半分を取られ、日本からの送金を受け取るためギリシャに南下している最中。一方王田さんは、リエカに向かうバスに途中から乗って、隣に座っていた人。顔を見るなり「日本人だったんですか?」。実は彼女、バスの中で「May I sit here?」と英語で話し掛けてきていた。
上陸後は、諏訪さんと一緒だったタースンこと韓国人の呉さんも含めて4人でYHに向かった。手持ちの地図ではよく分からないので、近くにいたおじさんに聞いてみたら、その人がプライベートルームの客引きで、値段も70knと言うのでそこに決めた。チェシッチさん宅は、プライベートルーム(以下PR)と言いながら部屋は10以上あり、シャワーも清潔で気持ち良かった。 -
*町の入り口 よく見ると銃弾の跡も見える
同室になったタースンは日本語が少し理解でき、小生も旅行に困らない最低限の韓国語は話せるが、コミュニケーションは残念ながら英語が主。1980年に流血事件が起こり、全斗煥政権誕生のきっかけとなった光州の出身。自分がこれまで韓国に5回行ったこと、次回は豊臣秀吉の朝鮮出兵をテーマに、李舜臣将軍が活躍した閑麗水道や全羅道を旅したいことなどを話した。
日本と朝鮮半島の間には、16世紀末、豊臣秀吉による朝鮮侵略や1910年に始まる植民地支配のように不幸な時代もあったが、江戸時代のような良好な関係の時代もあったこと、また伊藤博文を暗殺した獄中の安重根に共感し交流した千葉十七、戦後韓国木浦に孤児院を開き‘韓国の母’と言われた田内千鶴子らの存在も忘れてはならない。なお千葉と安の交流の様子は神谷丹路「韓国 近い昔の旅」(凱風社)に詳しく書かれている。
*安重根と千葉十七の話題 http://4travel.jp/travelogue/10282980 -
*このように破壊の跡が激しい場所も
タースン(彼のバックパックは異様に重かった)は1泊だけで、翌日10時には早くもイタリアのバリに向けて出発したので、港へ送って行く前に3人でYH(値段は75kn)にチェックイン。ところでPR支払に際して問題が生じた。先方が70knプラス税金を要求してきたのだ。そこでタースンが「昨日70knと言ったではないか」と猛然と抗議。結局客引きのおじさんが頑固親父を説得する形で解決した。自分だったらあっさり引き下がっていただろうナ。 -
*スルディ山 以前はロープウェーで頂上まで行けた
ドブロブニクは‘アドリア海の真珠’とも言われ、中世にはイタリアのベネチアと並ぶ海洋交易都市として、大きな繁栄を誇っていた。当時から残る城壁に囲まれた旧市街は、とにかく美しい。大理石の真っ白な道、そして白い壁と赤い屋根は正に南欧の雰囲気そのもの。初日に3人で夕食をとったパノラマレストラン(ウェイターがとても陽気で楽しい人だった)、城壁上の道、背後に控えるスルディ山中腹の道路からと、とにかく景色を満喫した。 -
ただこの美しい旧市街の町並も内戦時には砲撃で大きな被害を受けた。実際古代遺跡のように廃墟となっている場所があったし、屋根の無い家もあった。北側の門の横には、どれだけの場所が連邦軍の攻撃で被害を受けたかを示す掲示があった。
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旧市街入口のインペリアル・ホテルは壊れたままだった。
日本では積極的に魚は食べない方だけど、ここの魚は美味しかったので、とにかく食べまくる。15日の昼がピザだった以外は全て魚料理。中でもリゾットはトマト味、イカスミ味をそれぞれ2回ずつ食べた。味? もちろん最高! -
*インドについて熱っぽく語る大先生コンビと
16日の夕方旧市街の入口でアイスを食べていたら、ブダペストで一緒だった「大先生」コンビとバッタリ。「20日にザグレブに居る」とは聞いていたけど、彼らはノンビリの旅なので、まさか会えるとは思ってもいなかった。一緒に夕食をとったが、インドの話になると宮崎さんは熱くなった。泊まっているPR近くまで送り、再びミュンヘンかザルツブルクで再会することを誓って別れた。 -
*このおじさんの奏でるトルコ風音楽はなかなか楽しかった 隣の少年肩を組んで一緒に記念写真。(迷惑そう?)
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*ドブロブニクに沈む夕日
最後になったけど船について。やはりデッキで椅子に座ったままでは、なかなか寝られない。日の出を見るため起きたので、睡眠時間は2時間程度。しかも席を空けている間に、横に置いていた目覚まし時計を盗られてしまい、手持ちの時計が無くなってしまった。日中は暑くて甲板の昼寝は30分が限度だったが、少し離れた所でイルカのランデブーを見ることが出来た。
クロアチアの正味5日間で使ったお金は、440DM(¥36,400)でした。
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