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ロシアの官憲の腐敗は、外国人滞在者にとりこれほど厄介なことはない。パスポートコントロールと称し、ビザやレギストラーツィア(外人登録)の不備を粗捜し、不備がなくとも、難癖つけてはお金を強請り取ろうとする。特にモスクワの滞在では警察に絡まれぬように注意を払わねばならない。モスクワの滞在には陰鬱さも感じることがあるが、そんなモスクワが天国に見えた事がたった一度だけある。<br /><br />1999年、アゼルバイジャンの首都バクーからモスクワへ列車で向かった時のこと、私はチェチェンで列車がジャックされながらもを無血のまま通過できた事を喜び、車内で大騒ぎが始まった(チェチェンでの事は別紙にて紹介)。皆ウォッカを浴びるように飲み、持ち合わせた食料を出し合い、それをつまみながら歌を歌い、歓喜に包まれ、そんな雰囲気に私は油断してしまった。<br /><br />バクー発モスクワ行きの列車は、途中ウクライナを経由するが、ウクライナの査証未取得の私は、ウクライナ手前のロストフ・ナ・ドヌーで乗換えをせねばならなかった。TCは持っていたが、手持ちの現金をあまり保持していなかった私は換金を考慮し、ロストフからモスクワまでのツーリストクラス寝台車がいくらくらなのか、同室のアゼルバイジャン人尋ねると、約30米ドル位だと答えたので、残金が十分であることをほろ酔いの中で確認し、寝台車で眠りに着いた。<br /><br />翌朝8時ロストフに到着後、駅のカッサでモスクワ行きの運賃を調べると、彼の言及した通りの寝台料金だった。私は駅の両替所で50米ドル分の換金を試みようとしたが、所持金の異常な少なさに気づき、真っ青になった。残金は同室のアゼルバイジャン人の言及した通りのモスクワまでの旅費分のみ、この他の残金 300米ドル分をスラれてしまったのだ。30ドルだけ綺麗に残されていることを考えると、間違いなく彼ににヤられてしまったのだ。それにしても情深い泥棒だ。私が困ると思ってモスクワまでの交通費だけ残してくれるなんて・・・、否そんなことするなら盗むなっチューの!!<br /><br />カードやTCは保持していたが、不運な事にこの日は日曜日、町の銀行も営業していない上、駅の両替所ではTCを取り扱っていない。そしてロシアの地方都市では当時カードの普及率が低かったので、カードでチケット購入もできなければ、ATMで下ろす事もできない。せっかくチェチェンを無事に抜けたにも拘わらず、再び自分は危機的状況に置かれてしまった。<br /><br /> 持金30米ドル強全てを換金したルーブルで何とかチケットを購入できたが、残金は日本円に換算すると、僅か200円程度のロシアルーブル。手持ちの食料はパン一切れとペットボトルに100mlにも満たぬ僅かな水。モスクワでTCを換金するまで、残金を食料に使うわけにはいかない。そんな状況の中、列車の待ち時間と移動時間を含め30時間を過ごさねばならないと思うと、奈落の底に落とされた気分だ。<br /><br />その間体力と水分の消耗を避ける為、ロストフの町に繰り出す事なく列車の出発する迄の10時間、ただひたすら駅構内のベンチに座り、ジッと動かなかった。ロストフからモスクワまでの距離は1000キロを有に超える。モスクワまで果たして無事にたどり着くことができるのだろうか?折角チェチェンをことなく通過したのに、チェチェンで味わったような不安と絶望の中にいた。<br /><br /> モスクワ行きの列車が出発したのが19時過ぎ、私が予約したツーリストクラスは一番安い開放式寝台車、日本で言えば20系寝台車にやや似ている。ロシアの寝台車を利用する際、周りの人たちと仲良くなり、食事のおすそ分けを貰ったりすることがよくあるが、この時に限って回りに乗客がおらず、前々日の夜に食事を最後にそれから口にした食物はパンをホンの一切れ端、車内設備のサモワールも故障で使うことができず、お湯で空腹を満たすこともできない。列車内はTシャツで過ごすことができるほど暖房が大変良く効いており、思わぬほど喉も乾く。空腹を満たすよりも喉の渇きをに絶えながら僅かに持参する水で凌ぐことがこれほど大変なものとは・・・。<br /><br /> 1000万人近い人口を抱えるモスクワは物価も高く、治安も決して良くない。しかしこの絶望的な状況の中で私は「モスクワに行けば何とかなる。TCを換金し、現金を手に入れることができるし、カードも使える。食事もできる。美味しいものを食べよう。」と言い聞かせた。「モスクワ」は心の支えだった。モスクワがこれほど心強く思ったことは今まで感じたことがない。こうしてモスクワを思いながら不安定な精神のバランスの均衡何とか保った。<br /><br />  モスクワに何とか到着したのが翌日15時前、この時気温−4度、モスクワ・カザン駅に到着すると、1日半もの間、殆ど口に入れていない栄養不足の体には寒さが身に堪える。手の震えが寒さのあまりにどれだけ押さえても止まらない。カザン駅から安宿までの距離は3キロ、地下鉄で向かうこともできたが、有り金の少ない私にはこの時地下鉄すら乗る余力がなかった。<br /><br />雪が深々と降り、路上に積もった雪の中を濡れながら歩いた。雪のせいで道が悪く安宿に辿り着くまでに一時間も要した。空腹は精神的な侘しさを更に増加させる。帽子やバックパックの上には雪が積もり、まるで自分が当てもなく歩く浮浪の民のように感じる。<br /><br />何とか安宿に到着し、先ずは冷えきった体を暖めようとシャワーを五日振りに浴びたが冷水よりもやや温い程度のシャワー。余計に体が冷えてしまった。ツイてない時には不思議なほどに不運が重なるものだ。<br /><br />シャワーをブルブル震えながら浴び終わり、私は最後のなけなしのロシアルーブルで地下鉄に乗り、市内の中心へと赴き、市内の換金所で何とか現金を手に入れることができた。例え紙切れのようなロシアルーブルでさえも、私の心を満たすには十分すぎる程の価値がある。モスクワ滞在後、サンクトペテルブルクへ移動し、エストニアまでの滞在費が何とかなったのだから・・・。<br /><br /> チェチェンでの列車ジャックとスリと言うダブルパンチを喰らい、その時はなんと運の悪いと思っていたが、今思えば大変幸運に恵まれていた。もし不運だったら、グロズヌイで命を落としていたかもしれないし、スリに遭遇した後、旅を止めなければならなくなっていたかもしれない。

列車でスラれた悲劇 バクー発グロズヌイ経由モスクワ行きの列車

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1999/03/06 - 1999/03/07

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worldspan

worldspanさん

ロシアの官憲の腐敗は、外国人滞在者にとりこれほど厄介なことはない。パスポートコントロールと称し、ビザやレギストラーツィア(外人登録)の不備を粗捜し、不備がなくとも、難癖つけてはお金を強請り取ろうとする。特にモスクワの滞在では警察に絡まれぬように注意を払わねばならない。モスクワの滞在には陰鬱さも感じることがあるが、そんなモスクワが天国に見えた事がたった一度だけある。

1999年、アゼルバイジャンの首都バクーからモスクワへ列車で向かった時のこと、私はチェチェンで列車がジャックされながらもを無血のまま通過できた事を喜び、車内で大騒ぎが始まった(チェチェンでの事は別紙にて紹介)。皆ウォッカを浴びるように飲み、持ち合わせた食料を出し合い、それをつまみながら歌を歌い、歓喜に包まれ、そんな雰囲気に私は油断してしまった。

バクー発モスクワ行きの列車は、途中ウクライナを経由するが、ウクライナの査証未取得の私は、ウクライナ手前のロストフ・ナ・ドヌーで乗換えをせねばならなかった。TCは持っていたが、手持ちの現金をあまり保持していなかった私は換金を考慮し、ロストフからモスクワまでのツーリストクラス寝台車がいくらくらなのか、同室のアゼルバイジャン人尋ねると、約30米ドル位だと答えたので、残金が十分であることをほろ酔いの中で確認し、寝台車で眠りに着いた。

翌朝8時ロストフに到着後、駅のカッサでモスクワ行きの運賃を調べると、彼の言及した通りの寝台料金だった。私は駅の両替所で50米ドル分の換金を試みようとしたが、所持金の異常な少なさに気づき、真っ青になった。残金は同室のアゼルバイジャン人の言及した通りのモスクワまでの旅費分のみ、この他の残金 300米ドル分をスラれてしまったのだ。30ドルだけ綺麗に残されていることを考えると、間違いなく彼ににヤられてしまったのだ。それにしても情深い泥棒だ。私が困ると思ってモスクワまでの交通費だけ残してくれるなんて・・・、否そんなことするなら盗むなっチューの!!

カードやTCは保持していたが、不運な事にこの日は日曜日、町の銀行も営業していない上、駅の両替所ではTCを取り扱っていない。そしてロシアの地方都市では当時カードの普及率が低かったので、カードでチケット購入もできなければ、ATMで下ろす事もできない。せっかくチェチェンを無事に抜けたにも拘わらず、再び自分は危機的状況に置かれてしまった。

 持金30米ドル強全てを換金したルーブルで何とかチケットを購入できたが、残金は日本円に換算すると、僅か200円程度のロシアルーブル。手持ちの食料はパン一切れとペットボトルに100mlにも満たぬ僅かな水。モスクワでTCを換金するまで、残金を食料に使うわけにはいかない。そんな状況の中、列車の待ち時間と移動時間を含め30時間を過ごさねばならないと思うと、奈落の底に落とされた気分だ。

その間体力と水分の消耗を避ける為、ロストフの町に繰り出す事なく列車の出発する迄の10時間、ただひたすら駅構内のベンチに座り、ジッと動かなかった。ロストフからモスクワまでの距離は1000キロを有に超える。モスクワまで果たして無事にたどり着くことができるのだろうか?折角チェチェンをことなく通過したのに、チェチェンで味わったような不安と絶望の中にいた。

 モスクワ行きの列車が出発したのが19時過ぎ、私が予約したツーリストクラスは一番安い開放式寝台車、日本で言えば20系寝台車にやや似ている。ロシアの寝台車を利用する際、周りの人たちと仲良くなり、食事のおすそ分けを貰ったりすることがよくあるが、この時に限って回りに乗客がおらず、前々日の夜に食事を最後にそれから口にした食物はパンをホンの一切れ端、車内設備のサモワールも故障で使うことができず、お湯で空腹を満たすこともできない。列車内はTシャツで過ごすことができるほど暖房が大変良く効いており、思わぬほど喉も乾く。空腹を満たすよりも喉の渇きをに絶えながら僅かに持参する水で凌ぐことがこれほど大変なものとは・・・。

 1000万人近い人口を抱えるモスクワは物価も高く、治安も決して良くない。しかしこの絶望的な状況の中で私は「モスクワに行けば何とかなる。TCを換金し、現金を手に入れることができるし、カードも使える。食事もできる。美味しいものを食べよう。」と言い聞かせた。「モスクワ」は心の支えだった。モスクワがこれほど心強く思ったことは今まで感じたことがない。こうしてモスクワを思いながら不安定な精神のバランスの均衡何とか保った。

  モスクワに何とか到着したのが翌日15時前、この時気温−4度、モスクワ・カザン駅に到着すると、1日半もの間、殆ど口に入れていない栄養不足の体には寒さが身に堪える。手の震えが寒さのあまりにどれだけ押さえても止まらない。カザン駅から安宿までの距離は3キロ、地下鉄で向かうこともできたが、有り金の少ない私にはこの時地下鉄すら乗る余力がなかった。

雪が深々と降り、路上に積もった雪の中を濡れながら歩いた。雪のせいで道が悪く安宿に辿り着くまでに一時間も要した。空腹は精神的な侘しさを更に増加させる。帽子やバックパックの上には雪が積もり、まるで自分が当てもなく歩く浮浪の民のように感じる。

何とか安宿に到着し、先ずは冷えきった体を暖めようとシャワーを五日振りに浴びたが冷水よりもやや温い程度のシャワー。余計に体が冷えてしまった。ツイてない時には不思議なほどに不運が重なるものだ。

シャワーをブルブル震えながら浴び終わり、私は最後のなけなしのロシアルーブルで地下鉄に乗り、市内の中心へと赴き、市内の換金所で何とか現金を手に入れることができた。例え紙切れのようなロシアルーブルでさえも、私の心を満たすには十分すぎる程の価値がある。モスクワ滞在後、サンクトペテルブルクへ移動し、エストニアまでの滞在費が何とかなったのだから・・・。

 チェチェンでの列車ジャックとスリと言うダブルパンチを喰らい、その時はなんと運の悪いと思っていたが、今思えば大変幸運に恵まれていた。もし不運だったら、グロズヌイで命を落としていたかもしれないし、スリに遭遇した後、旅を止めなければならなくなっていたかもしれない。

航空会社
アエロフロート・ロシア航空

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  • その内部。

    その内部。

  • ご存知、赤の広場。世界中、いろいろ広場がありますが、この赤の広場ほど美しい広場は世界中に存在しないのではないでしょうか?

    ご存知、赤の広場。世界中、いろいろ広場がありますが、この赤の広場ほど美しい広場は世界中に存在しないのではないでしょうか?

  • このロストフからモスクワまでのチケットを買った後、残金は日本円で200円程度。購入する時も本当にヒヤヒヤものでした。

    このロストフからモスクワまでのチケットを買った後、残金は日本円で200円程度。購入する時も本当にヒヤヒヤものでした。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • とらいもんさん 2007/06/08 08:57:11
    旅の凄さ!
    身震いしながら拝見いたしました!
    まねできません!尊敬いたします。
    次回の旅に幸あれ!と・・・・・

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2007/06/08 21:57:52
    RE: 旅の凄さ!
    当時はまだインターネットでの情報収集がここまで発達していませんでしたので、独力で集めていましたが、それでも旅にはトラブルやハプニングが付きまといます。尤も若かりし頃には多少の無理はしていましたが・・・。

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