2005/12/23 - 2006/01/02
85位(同エリア123件中)
マリリンさん
期待に胸を膨らませてきた甲斐がありました。旧東ドイツに位地するドレスデンは、戦争で打撃を受けた街の遺産の再建や修復が比較的最近に大掛かりに行われいて、豪華で重厚な宮殿・教会等の建造物を始め、ザクセン王国、アウグスト大公がもたらした宮廷文化・芸術も見事そのままに残されていました。またヨーロッパ最初の優雅な磁器、マイセンに関するお話も見逃せません。流石、エルベ川のフィレンツェと言われるのも大いに納得です。今回、最も、もう一度訪れてみたいと思わせてくれた街。素晴らしいに尽きます!
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*ミュンヘン空港・国内線*ミュンヘン市内からタクシーで40分見ていた筈が、運転主さんの最高160kmドライブにより、そしてこの街が本拠地にあたるBMWにより、アウトバーンをびくともせずに走りぬけ、空港まで20分で到着である。
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*DBA航空*ドイツ国内を主に飛んでいるdba.旅程を考えている最中、時間に無駄なく何処をどう移動したら効率よいか、考えた。でDBA航空で、ミュンヘン〜ドレスデンまで飛ぶ事に決めた。仮に鉄道だとこの区間は7時間、飛行機であれば上空1時間、空港⇔街までの距離を考えても、全部込みで4時間で移動できると考えたからである。しかも、料金はなんと運賃だけで確か@28ユーロ(空港税は約@48ユーロ)信じられない安い値段で、移動ができ、しかも機体、安全性、サービスも2重◎である。興味のある方は・・https://www.flydba.com/
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*よし!DBA!気に入ったわ!*上空わずか45分程度の飛行でも、清潔な機内、飲み物&お菓子(可愛いハート型クッキーチョコ5枚入、前写真)の提供やドイツ人にしては愛想が良いクルーのお姉さまに、とってもご機嫌な私。機体は初めてのFOKKER-100。しかも降り際に乗客一人一人に、手渡してくれたプレゼントがありました。写真のまた別のハート型チョコと何やらチューブ入りの歯磨き?薬?のようなもの。訳は分からずとも、兎に角”メルスィー←じゃなくって、ダンケ・シェーン”。何気ない贈り物は嬉しかったですよ。注:後でホテルのベル・マンにチューブの正体を伺うと、メンタムのような効能のクリームでした♪
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*ドレスデン城*ドレスデン空港からのタクシーの運転手さんは、きっと近道を選んでくれたのか、すぐに脇道へ入っていった。初めて見るドレスデン、まず私たちの目に入ってきたのは、一面の雪景色、そして粉雪を被ったお家だった。ミュンヘンまでは見かけなかった銀世界だった。夢の様な、その光景に思わず鳥肌がたった。そしていつしか車は街中へ入り、エルベ川の橋をわたり始めると重厚な中世の街が突如現れた。教会に立つ聖人たちに迎えられ、その後ろにはドレスデン城が待ち構えていた。そんな景色に圧倒されているのも束の間。タクシーはそこで停まり、私たちは降ろされた。ホテルは何と目の前だった。
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*Kempinski Hotel Taschenbergpalais*予め予備知識はあったものの、実際にこんな凄い場所に建てられているとは思いもしませんでした。目の前がドレスデン城(お城とホテルは渡り廊下で繋がっています)横にはツィンガー宮殿、斜め向こうにはオペラ座。それもその筈。こちらはアウグスト強王が愛妃のために建てた宮殿でした♪素敵♪
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*Made in German Erzgebirge*空港からここまで来る間の車窓から、家々の窓に飾られていたものが何だったのか、やっとわかりました。正体はこのアーチ型のライトでした。必ずと言っていいほど、ドレスデンの閑静な家々の窓辺には決まって、アーチ型のクリスマス用のライトが優しく灯っています♪
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*客室からの眺め*余り良く写っていませんが、左手奥にはオペラ座、右手はお城が見えています。この時期、厚い雲に覆われる事の多いヨーロッパのお天気は暗く、日中もこの明るさしかありません。でも、雪で覆われた古い街の景色をこうして暖かい部屋から眺めていられるなんて、なんと幸せな事でしょうか・・・。
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*いい夢を*ホテルのレストランで夕食を済ませ、お部屋がとても広く素敵なので、(スイート以外では一番広く、おトイレも別の場所に2つありました)お部屋で何か飲もうか・・と言う事で、戻るも、実際は、疲れがきたのか、すぐさま、眠りの体制。そう!明日は日帰りでマイセンの街を訪れるのです、今夜はその為にも早めにおやすみなさい〜です。しかし、嬉しさの余り興奮状態なのか私は眠りが浅く、夜何度も起きては、窓からの雪景色を覗いてしまうのです。するとお叱りの言葉が・・。”もう、何してるの?ちゃんと寝ないと朝おきれないよ!”。だって綺麗なんだもん♪
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*ホテル内のデザイナーのお店*すたこらさっさ。。。ハイ、お出かけよ〜♪
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*マイセン駅*ドレスデン中央駅から列車で約40分。(約30分に一本列車は出てきます。)普通列車ですが2階建てなので、やはりここは2階へ行きたいでしょ。(普通列車の運賃でOK)十分な暖房です、そうよ、こういう時は、病的な寒がりな私は、エコ車とかいってらんないよぉ←ごめんなさい♪
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*アルプレヒト城*はぁ、これですかぁ。以前マイセン陶器の歴史を特集するあるTV局の番組で見ていたお城が今目の前にありました。駅を出て、エルベ川沿い約5,6分歩いていくと、このアルプレヒト城が勇敢な姿で現れてきます。赤い屋根の街まちと小高い丘の上に建つ、お城は、思わず、プラハ城とモルダウ川が私の中でオーバーラップしてしまいました。考えてみたら、チェコはすぐお隣ですものね♪
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*おもちゃ屋さんのハッチ*マイセンのマルクトを抜け、ブルク通りで見かけた、ヒジョ〜に魅惑のおもちゃ屋さん♪肝に銘じて、次回は必ず!!
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*大聖堂*雪と塩(滑りとめの為)で覆われている石畳の階段を登り終え、アーチをくぐると、そこはアルプレヒトの城壁内です。そして真正面にはゴシック様式の立派な大聖堂が。フゥ・・急な坂道は、最近めっきり運動不足な、大人の子にはツライっす♪
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*ザクセン王国、アウグスト王*では、強王アウグストのお話を少し・・。大きな銀のスプーンを片手の指だけで折り曲げる得意芸から怪力の持ち主=強王というのが所以である、また大層の押しの強さで数々の美女たちを招き、王妃以外の女性も含め実子は360人もいたと言われている。そんな王様であるが、もう一方では陶磁を初めとする芸術品のすさまじい愛好家であった。しかし首都ドレスデンでは、そうではなくとも壮麗な建造物の費用や道楽・芸術・戦争で大金が必要であった。常に王は農牧業以外からも利益を考え、新しい産業を興そうとする。そこで王が目をつけたものが”磁器の製造”であった。それまで王侯貴族や裕福な市民が糸目をつけずお金を出し、磁器を買い求めていたからである。
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*大聖堂DOM内部*アルブレヒト城と繋がれているが入場はそれぞれだけでも可能。正面奥の回廊、眼下にマイセンの街とエルベ川が見渡せる。そして、感慨深いマイセン磁器の歴史はこの城から始まる・・。〜磁器を造る事〜それは、中世西洋の夢であった。繊細で、透明感がありながらも質は硬く、叩くと澄んだ音のする、純白で美しい光沢を放つその磁器は、大変貴重で憧れのものであった。当時、地中海沿岸にたどり着いた中国の磁器は、イタリア商人によってヨーロッパ各地へ伝わっていったと言う。そしてその価値は同量の黄金の器と交換されたとお話が残るほどであった。数百年もの間、各国が試行錯誤、競って磁器の研究に労を費やすが、その結果は難しいものであった。
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*城壁内*そんな時、ザクセン強王、アウグストは、錬金術師のベットガーの話を耳にする。練金術師とは、現代で言う化学技師の事である。当時ヨーロッパで1,2を争う才能と高名だったベットガーをベルリンから半ば強制的に採用し、お抱え化学者チルンハウゼンとこの城内に住まわせた。叱咤激励の下、原料の成分調査・幾種類の石の粉砕・焼成温度などの研究が2人の共同で始まる。来る日も来る日もそれは寝る時間も惜しむ程の力の注ぎようだった。
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*マイセン*そして1707年、大理石の粉と陶土を混ぜて焼いた”磁器のように硬い焼物”にまでたどり着く。しかしそれは白磁とは程遠い赤黒いザラザラした肌触りのものであった。その後の原因究明と、懸命な努力の甲斐により、ザクセンのアウエという一帯で取れる白い土を用いて、1710年、ついに白く輝く磁器を生む事に成功したのである。
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*マイセン支庁舎*《ドイツのザクセン、磁器作りに成功!》興奮に満ちた、その報道は、当時のヨーロッパ各国の王侯や陶業の関係者に強い衝撃を与えた。その成功に喜んだのはアウグスト王勿論であるが、彼はその後の産業スパイを恐れ、首都ドレスデンではなく、その窯元を30km離れた、ここ旧都マイセンの城内に築いた。
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*マイセン工場*〜想う事〜しかし、磁器焼成の成功は、私にとって、やや複雑で悲しみも感じる物語でもある。悲惨だったのは、秘密保持の為、街の出入りを禁止された陶工たちであっただろう。そんな間にも更に磁器の上に、金銀各種の原料を使って、装飾をほどこす色絵にもベットガーは努めるが、半ば幽閉状態で精神的な弾圧が苦しかった彼はいつしか酒に溺れ、廃人同然で9年後、38才の短い人生を閉じるのである。マイセンの街を、フトその事を思い出し、足元の雪を見ながら、後期に移されたマイセン工場と磁器博物館を目指し、歩く私であった。
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*マイセン美術館・ワークショップ*こちらは見学用の工房を4つの部屋に別け、一部の実演と説明をしてくれます。この日は日本の団体客の方がいて、日本語による説明に私たちも一緒に加えて頂きました。それから私たちは館内にあるレストラン・マイセンでランチを頂く事に。お料理と一緒に出される食器類は全てマイセンでした♪美味しい訳ですよね♪
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*センターピース*1710年の創業以来ヨーロッパで不動の地位を誇っているマイセン。高い技術と栄光ある伝統に支え続けられ、近年のモダンな創作により、多くの愛好家たちが絶えません。博物館内のホールは1710年〜の4世紀に渡る作品が展示され、作品の幾つかは毎年変えられるそうです。写真は1749年、アウグスト王3世の為に製作された、高さ3.5mのセンターピース。
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*天使と青い壺*マイセンの素晴らしさは磁器とその美しい装飾、絵柄等であるが、それは熟練された働く人々、彼らの受けた教育と能力、向き合う姿勢の一環が重要な源であると言われています。完全な分業化がなされる事によりも、また伝統が守られ、、顔料を扱う担当者以外は入室が不可能な部屋等が今でもあるとの事。そして何より、可愛らしい人形たちの原型が250年後の現在も同じ型から作られている事にも関心します♪
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*原料の採掘*マイセン磁器の原料となったカオリンをマイセン近郊にある採掘場から取り出す様子。誰もが表情豊かに可愛くて、見ているとつい、笑顔がこぼれます♪マイセンにも来れてよかったね♪私♪
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*ゼンパーオペラ*ライトアップされた夜のオペラ座、ザクセン州立歌劇場。ヨーロッパ屈指のオペラ座としてその名は世界で最も美しい劇場の1つとして有名です。噂には聞いていただけあり、外観に引けをとられる事のない、内部の豪華な煌びやかさは入った瞬間から、目がくらみそうになりました♪
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*廊下の天上画*豪華な廊下には音楽を象徴する神の天井画、オペラの休憩時間にシャンパンを飲みながら、この廊下やホールで時間をすごす、ひとときは夢のような時間でした。ちょっと派手かな?と思う位の着替えをしても、きっと誰もが、貴族的に見える程、観客さえもが、舞台にいるような、そんな素晴らしい空間です♪
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*劇場内*ワーグナーやシュトラウス等が幾つかの歌劇の初演を行った事も、大変有名です。今回こちらでのオペラはシュトラウス《こうもり》でしたが、チケット購入については、日本からの予約は全て一杯で不可能、後は現地に着いてから・・そして運良く、現地で入手が出来ました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- kaz-ykさん 2006/02/15 19:27:07
- 始めまして 懐かしく拝見しました
- マリリンさん 今晩は
小生のhmlにお越し願い有難う御座いました。
貴女様のhmlドレスデンを、懐かしく拝見しました。
真冬に汽車で訪問するなんてロマンティックですね!
アウグス強王の搾取は凄まじいかったのでしょうね!
小生が訪問したのは、2003年で、多くの立派な建物に吃驚しました。
幸運にも再建中のフラウエン教会の内部を見ることが、出来ました。
第二次世界大戦中3日間の空襲で、瓦礫の山にされたのに、数百万個の瓦礫を繋ぎ合わせ再建するなんて、ドイツ人もやるねー!
貴女様のマイセンも、拝見しました。マイセンでは、人形を買いたかったのですが、15cm高で15万円と言われ、購入を断念し、記念にお皿を
購入しました。
景徳鎮や伊万里焼きの模倣品が、何故こんなに高価なのか理解出来ません。
他日再度お邪魔し、拝見致します。
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