2007/04/01 - 2007/04/01
15530位(同エリア16409件中)
WT信さん
この旅行の最終日は1日パリでの自由行動。
オプショナルツアーの”ジベルニーのモネのアトリエ”は昨年行ったこともありパス。
色々考えたが、やはり「印象派」がテーマの旅行だからその象徴的絵「日の出」がある”マルモッタン美術館に行くことにしたが、モネの「日の出」があることとブローニュの森の近くにあるということ以外殆ど予備知識ゼロであった。
同行者6人。行きはタクシー。(パリのタクシーは原則として1台に3人以上は載せてくれません。)
朝早かった所為かマルモッタン美術館に着いたらまだオープンしておらず、他に来観者の姿もなく、入口のポスターがなければ美術館とは見えない建物が、ブローニュの木立の前に静かに建っていた。
ここは「日の出」を見さえすれば良いと軽く考えていたのは大きな間違い。先ずモネの作品が居並ぶ部屋で、これまでの美術館とは一味違うモネに興奮を感じさせられた。睡蓮の以外の庭のバラを描いた「バラ園からの庭の眺め」、「バラの小道」と行った1920年代の絵にドキッとするような感触を覚えた。(写真撮影禁止)
モネやルノワールの作品を見終わって、通路を挟んだ別室に入って再度目を見張った。迂闊にもモリゾの作品がこんなに多数見れるとは思いもしていなかった。
マルモッタン美術館の「モリゾ」は東京都美術館で観たオルセー美術館所蔵の「モリゾ」と同じように黒い衣装をまとい、やや大人びてはいるものの、凛として、しかし人を暖かく包み込む大きな瞳は変わらない。
良家の女性が絵描きになる事など考えられなかった時代に、ベルト・モリゾはマネという指導者と、当時としは晩婚ながらエドワール・マネの弟、ウジェーヌ・マネという理解者の夫に恵まれ、子供が生まれた後も絵を描き続けることができたが、惜しくも54才でこの世を去った。
ちなみにモリゾは出産の為参加しなかった第4回以外は全ての印象派展に参加した。
モリゾが描いた対象は、もっぱら姉とその娘、夫と娘のジュリーといった家庭の様子であリ、マルモッタン美術館の一角に優しさと暖かさが広がっていた。
モリゾの死後、ルノワールやドガといった仲間たちが、当時16才のジュリーが結婚するまで後見人となりジュリーを見守ったと云う。
ちなみにマルモッタン美術館所蔵のモリゾ作の絵は、1996年にウジェーヌ・マネとモリゾの孫の嫁、アニー・ルアールの寄贈によっているとの事。
ブローニュの森はモリゾの姉エドマが一時近くに住んでたこともあり、モリゾもよく訪れたという。
マルモッタン美術館の帰り、地下鉄の駅が判らず、ブローニュの森沿いに高級住宅街を一駅分歩いてしまった。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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印象派三昧の旅 in ロシア&パリ(目次:17章)へ戻る
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