2006/02/09 - 2006/02/09
8190位(同エリア11698件中)
井上@打浦橋@上海さん
- 井上@打浦橋@上海さんTOP
- 旅行記362冊
- クチコミ19件
- Q&A回答292件
- 2,191,945アクセス
- フォロワー85人
「龍華鎮その3」は龍華寺の西側の広大な敷地にあります龍華烈士陵園の様子と、天鑰橋路に3年前に出来ました紹興風の酒場というかレストランというか・・・沈永和酒店への道すがらと、その店の様子です。
PR
-
こちらが龍華烈士陵園の入場門です。
入場料は1元です。 -
門を入ってスグのところにありました案内図です。
入場門は一番下ですね。
龍華路、龍華寺、烈士陵園、天鑰橋路の位置関係が分かりますね。
龍華寺の敷地に比べますと、烈士陵園の広大さがハッキリ見て取れます。
入場門から真っ直ぐ北方向に行ったところにある紀念館が中心と言う感じですね。
表紙の写真は、その紀念館の北側にある無名烈士墓にあるモニュメントです。
公園散策の経路は、まずは東側の道を北に行き、東に飛び出した翼部分を目指します。
そこから西へ引き返し紀念館東側を北に行き、無名烈士墓の前を通り、西奥にあります数多くの無名烈士の墓碑へ行きます。そのあとは紀念館南側の広場へ行き、そして南に下がり門を出る。 -
芝生の上では、やはりご老人達、やってますね。
-
少年英雄紀念碑の前です。
将棋をやってる人、それを取り囲んでみてる人。
縄跳びをしてる人。
右手前のおばさんたちは編み物をしていました。 -
ぶら下がり健康法を毎朝ココでやってるおじさんです。
毎朝ココで・・・というのは、私の当て推量ですが・・・。 -
東に飛び出した翼部分にあります紀念碑です。
案内図を見ますと、Memorial Sculpture Titled Dancing for the Loyal Soulとなっています。 -
忠誠心の為の踊り、ということでしょうか。
正にこれは彫刻なんですね。迫力あります。力強さにあふれています。
下の女性と男性の両手は鎖で繋がれています。 -
碑林地区です。
この黒い長い石壁には、色々な書体の碑文が彫り込まれています。
その前で将棋をしてる人やら、世間話や、今朝の情報を仕入れている人達です。
お年寄りが多いです。 -
竹林の中には、こういった碑文が刻まれた石がいくつか置いてあります。
-
碑林地区よりまた西方向へ戻ります。
向こうに見える高層マンション群は上海体育場南部のマンションでしょう。 -
西に戻り紀念館の東側を通り、紀念館北側の無名烈士墓に向かいます。
表紙の写真のオブジェが見えてきました。
このオブジェと言うか石像は、なんだか長崎の原爆記念館に有ります石像を横に寝かせて、半分地中に埋めたような感じに見えます。 -
無名烈士墓をあとにして、更に西へ向かい振り返りました。
芝生に覆われた、なだらかな丘の上に飛び出る腕と手のひらです。 -
西奥にあります無名烈士の墓碑へ来ました。
ココには数多くの無名烈士の墓碑が並びます。
殆んどが写真つきです。
前を行く若者達は高校生の団体のようでした。
先生が、生徒に色々と説明していました。 -
その先生が「チェンエンニェン」はどうのこうのと言ってましたので、その人は有名なんだなと判断しまして、その墓碑をさがしました。この墓碑の写真の人がそうですね。陳延年という人ですね。
調べましたら、1921年に中国共産党を創設し、初代総書記となった陳独秀の長男のようです。
陳延年と弟・陳喬年は2人とも中共の基幹活動家でしたが、延年は1927年5月に、弟は1928年春に、国民党によって、殺害されたそうです。 -
西奥から北側を写しました。
向こうに見える高層マンション群は上海体育場の南側のマンションです。 -
五州運動の烈士の紀念塑像です。
五州運動とは・・・・また検索かけました。
・・・イギリス警察の暴行は全国的規模で反英、英国製品非買の「五州運動」を引き起こし、英国に相当の損失をもたらした。1920年代初、イギリスは中国の最大の貿易国であり、中国の輸出製品のうち、イギリス向けが40%を超えていた。1925年の反英運動 ・・・という記事が見つかりました。
どうも、1925年の五・三〇事件のことなのかもしれません。三十を「卅」と書いたりしますので、それに似た字・州を当てはめたのかも知れません。
五・三〇事件とは・・・1925年5月30日に発生した中国上海での反帝国主義運動。日本人経営の紡績工場でおこった中国人労働者の待遇改善を求めるストライキを発端とし、反日・反英の民族運動となって各地に広がった。1919年の五・四運動に続く、反帝国主義運動の第二のピークともなった事件。 -
この辺りから南を眺めました。
遠く向こうに龍華塔が見えます。
このあたりでは、一番高い建物なんですね。
今後も、コレより高い建物は、この辺りには造らないつもりでしょう。 -
紀念館正面・南側の敷地に東西対のモニュメント(石像)が並びます。
こちらは西側のものです。
虐げられ弾圧され、それに向かって戦い始める頃のようです。 -
こちらは東側のモニュメント(石像)です。
戦い終わり、解放を勝ち取り、明るい希望に満ちた世界が広がってきた・・・・
そんな感じですね。 -
コレが本来なら、入場門から真っ直ぐ紀念館に向かったときに目に入る風景です。
正面ガラス張りのピラミッド型の建物が紀念館で、その手前左右対称に置かれています石像が上の2つの石像です。
左(西側)が弾圧に苦しんで、戦い始めるイメージを、右(東側)勝利を勝ち取り解放され明るい未来に向かうイメージです。
紀念館をあとにして出口(入場門)に向かいます。 -
出口(入場門)に向かいます。
入場門付近は樹木が生い茂りイイ雰囲気です。
ただ今10時36分ですが、木々の影を見ますと、この入場門が真南を向いてるのかなと推量できます。 -
門を出て右に行き龍華西路に入ります。
-
龍華西路を少し西へ行きます。
-
ここで右斜めに向かう道・天鑰橋路に入ります。
そして北へ行きます。 -
天鑰橋路は徐家匯から南に伸びる道で、ココが南端にあたります。
このあたりの天鑰橋路の西側には安食堂が並びます。
手前から蘭州牛肉拉麺、図門焼烤の看板が見えます。
図門焼烤とは図門(東北地方の地名)スタイルの串焼きです。
テーブルには炭火を入れた溝があり、その上に鉄製の櫓が置いてあります。
溝の上で串に刺した肉や野菜やイカなどを自分で焼き、焼きあがった串焼きは櫓の上に仮置きするスタイルです。
1本0.5元からあります。ビールは1本5元でしょう。 -
こちらは新疆料理屋ですね。
新疆葡萄園餐庁という店ですね。 -
この道は天鑰橋路から西へ伸びる道です。
ここにも安食堂が並びます。
北方餃子、刀削麺、河南拉麺、福建・千里香・餛飩、天天焼烤などの看板が確認できます。
プロパンガスを6つ積んだバイクも見えます。
このあたりは、プロパンガスが熱源なんですね。 -
コレは、今上海で人気が出てきて増殖中の中国比薩(ピザ)です。
恩施焼餅と言うのが正式名です。
土家族という少数民族の伝統的な焼餅(シャオビン)と言うことです。
チェーン店展開していまして、それも1系統だけでなく、2・3系統あるようです。 -
上のは、この日、天鑰橋路で見かけたものですが、
こちらは1月25日に徐家匯近くの南丹東路で見かけた中国比薩(ピザ)です。
どうも上のとは系統が違うようです。
どちらが本家・本元なのか・・・・・?
この時は買って食べてみました。
1枚5元でしたが、なかなかいけました。
味付け焼きひき肉がトッピングされて、チョット塩気が強く、花椒(山椒)が利いていまして、舌がしびれました。 -
この店が目指す沈永和酒店です。
江南地方の建物を模したこじんまりとした店で、なかなか雰囲気があります。
3年前は豫園近くの方浜中路にあったんですが、その店がいつの間にかなくなり、ココに移ってきました。
人気の紹興酒・古越龍山の専売店でもあるんですね。
新規に開店して、まだ3年経ってませんが、もう寂れて年季が入った感じになってます。
この店で、今月の23日に上海MLというメーリングリストのオフ会をします。 -
店の前の看板には、下記メニューが書かれています。
********************************
咸煮花生 糟青魚干 紹興酔鶏 醤[魚扁]魚
霉毛豆 紹興煎豆 筍竹豆 孔乙己茴香豆
霉干菜扣肉 霉毛豆蒸河[魚即]魚 霉干張蒸肉粒
紹興響鈴 西湖醋魚 青龍白玉 香飄万里
霉干菜燜魚 咸肉蒸春筍 紹興一口香
********************************
「霉」は文字化けするかもしれませんが・・・・上が「雨」で下が「毎」という字です。カビのことらしいですね。
霉毛豆は、日本の納豆みたいなモノです。少ししょっぱいですが・・。
そのほか、麺類が20種類くらいで、3元から6元です。 -
店の中に入ってみました。
飾りっ気のない小さな店です。
有名人も来てるようで、その写真が何枚か壁に掛かっていました。 -
こちらは量り売りのカウンターです。
左には紹興酒の甕が積まれていました。
ここで、この店の場所の詳細を・・・
徐家匯からの行き方です。
徐家匯から南へ向かう道で天鑰橋路というのがあります。
この道を、どんどん南に行きます。中山南ニ路も超えて更に南に行きます。
そうしますと左に龍華烈士陵園が見えてきます。
そのまま南に行きますと龍華西路にぶつかるんですが、
ぶつかるチョット手前の右側(つまり西側)にあります。
住所は天鑰橋路1186号です。 -
正面ガラス張りのところは冷菜などが並べてあり、
服務員に、アレとコレと、と指差して注文できます。
服務員も田舎から出てきたと言う感じの人ばかりです。
さて、ご覧になってる皆様・・・
ココでいつか食事をして見たいと思われましたら、いつでも私に連絡ください。
気軽にお付き合いさせていただきます。
掲示板かメールボックスに連絡いただければ、いつでも返事をします。
ただし、日本に帰ってる場合は、返事は出来ないかもしれません。 -
店を出て、また天鑰橋路を南に下がります。
途中で見かけた新疆烤肉店です。
そろそろシシカバブーを焼き始めるんでしょう。
この人はいかにも新疆人という顔つきです。
シシカバブー(羊串焼き)が1本2元ですね。 -
また龍華西路に入り、龍華楼近くに戻りました。
やはり龍華塔は、このあたりのランドマークですね。 -
さて、帰りも41路バスです。
バス停の名もそれぞれ違いますね。
龍華鎮だったり龍華だったり龍華西路だったり・・・。
外灘辺りから龍華寺に来るのでしたら864路が便利です。 -
帰りのバスの中です。
おばあちゃんとお孫さんですね。
写した写真をデジカメの画面で見せましたら、
子供さん喜んでいました。 -
我が家に着きました。
向こうの建設中の建物は50階建てのホテルになるとか・・・
夏までには完成するでしょう。
コレで、龍華鎮への散歩は終わりです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- ajiajiroさん 2006/02/18 00:44:45
- 土家焼餅見つけた!
- 井上@打浦橋@上海さん、你好!
相変わらずの街歩きの達人で、あふれ出る蘊蓄もさすがですね…
写真の腕も最近ますますパワーアップされたような…
今回の旅行記、たいへんに興味深く拝見致しました。
私は八万人体育館まではよく行きますが、ご紹介の地区は10年以上前に一度、龍華寺に行った事があるだけです。
>恩施焼餅と言うのが正式名です。土家族という少数民族の伝統的な焼餅(シャオビン)
実はこれを探していたのです…
他のサイトの常連の方からご紹介があったので写真を探していましたら、意外な方のところにありました。
私は2月25日から上海にお邪魔しますので恩施焼餅をぜひ食べたいと思っています。
それから、井上さんの旅行記でご紹介の沈永和酒店にもこっそりと行きたいと思っています。なんか、メニューを見ていますと、茴香豆、霉干菜扣肉など紹興料理がメインのような感じですね…
井上さんの生活の趣向がなんか感じられるような…
では、また。 再 見 (^_^)/~
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/02/18 09:29:06
- 土家族掉渣焼餅&沈永和
- ajiajiroさん、どうも。
・・・あふれ出る蘊蓄もさすがですね・・・
薀蓄だなんて!!飛んでも8分、歩いて10分、です。
知ったかぶりと、薄っぺらな雑知識の寄せ集めでんがな。
写真の腕も最近ますますパワーアップされたような…
龍華寺に10年前に行かれたんですか・・・
じゃあ、その頃とは、周辺の状況は大きく変わってるでしょう。
その当時の写真があればアップされてください。
恩施焼餅ですが、
袋には土家族掉渣焼餅とも書かれていました。
なんせ、この頃、
コレを持って歩きながら食ってる人(袋から半分顔を出させる感じで)や、
道端にこの袋が落ちてるのをよく見かけます。
そうそう、沈永和酒店はコッソリ、ヒッソリ行くのがイイのです。
今はなき方浜中路の店には昼下がりにヒッソリ一人で入ったことが2回あります。
通常、中国のレストランは2時過ぎからは営業してなかったりするんですが、
ここは酒場的なところがありまして、昼下がりでも、
一人で飲んでる爺さんなんかがいたりするんです。
紹興酒をチビリチビリやりながら、外を行きかう人を暖簾越しに
眺める・・・・コレがエエんです。
こういうのは、店が方浜中路にあったから体験できたことで、
天鑰橋路沿いだと、どうも、そこまでの境地にいける環境では
ないようです。
方浜中路はコテコテ下町ですが、
龍華寺付近は、まだ郊外という雰囲気が残ってますので・・・・。
それでも、行く価値はあります。
是非行かれて下さい。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
39