2026/09/17 - 2026/09/17
437位(同エリア4208件中)
めるくんさん
2026年9月16日(水)から9月19日(土)の4日間、長崎へ旅行に行ってきました。行きはJAL便7時30分羽田空港発、9時15分長崎空港着。帰りはJAL便16時05分長崎空港発、18時00分羽田空港着です。滞在中は大波止にあるAPAホテル長崎出島に三泊しました。
【16日】雲仙普賢岳登山
【17日】市内観光(出島・グラバー園・大浦天主堂・長崎孔子廟歴史博物館・オランダ坂・東山手洋風住宅群・新地中華街・眼鏡橋・亀山社中記念館・シーボルト記念館)
【18日】市内観光(平和公園・浦上天主堂・長崎原爆資料館・長崎県美術館・稲佐山展望台・日本二十六人聖人祈念館)
【19日】軍艦島上陸クルーズ
- 旅行の満足度
- 5.0
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長崎滞在二日目は市内観光です。まずは滞在先のホテルから歩いて10分程度にある出島を訪れました。
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出島は日本が海外と交流を閉ざしていた鎖国時代、長崎が西欧に開かれた唯一の窓口でした。
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元々は海に突き出た扇形の人口島でしたが、明治以降周辺は埋め立てが進み現在はその形状を見ることはできません。1951年長崎市により出島復元整備事業が始まり現在に至ります。
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出島1/15の模型です。シンガーソングライター福山雅治さん出身の長崎工業高等学校の生徒さんの作品だそうです。管理されている方が教えてくれました。
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旧出島神学校です。1878年に建てられた日本最古のキリスト教(プロテスタント)の神学校です。
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旧長崎内外クラブです。1903年に長崎に在留する外国人と日本人の親交の場として建てられました。
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旧長崎内外クラブ2階展示室です。
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この先の建物は復元された建物になります。
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組頭部屋です。
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江戸時代、国内で生産された銅は長崎から世界に輸出されていました。その銅の軽量と梱包をしてました。
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筆者蘭人部屋(オランダ人書記の住居)です。
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拝礼筆者蘭人部屋です。帳簿など筆記を行うオランダ人書記長が住んでいた建物です。
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カピタン部屋です。
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オランダ商長官(カピタン)の事務所兼住居です。
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出島で最も大きな建物です。
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偉い人が住んでいた雰囲気が伝わります。
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乙名部屋です。
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日本側の貿易事務や管理を担当していた出島乙名の仕事を紹介した建物です。出島には他にも30程の復元建物があります。
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出島見学後、20分程歩いてグラバースカイロード斜行エレベーターに到着しました。斜めに動く5階行きのエレベーターです。
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斜行エレベーター5階で降りて、更に垂直エレベーターで3階まで上ると市内が一望できるポイントに出ました。
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グラバー園第2ゲートです。殆どの観光客が第1ゲートから入園しますが、第2ゲートからは見学ルートが下りなのでお勧めです。
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旧三菱第2ドックハウスです。
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旧三菱第2ドックハウスから見た庭園と長崎港です。
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庭園から見た旧三菱第2ドックハウスです。
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旧長崎地方裁判所長官舎です。
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旧リンガー住宅です。フレデリック・リンガーはイングランド出身、1865年頃グラバー商会製茶と輸出を監督するため長崎に招かれます。1868年には自身の会社ホーム・リンガー商会を設立しました。
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旧リンガー住宅から見た長崎港です。豪華クルーズ船が停泊してます。
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旧リンガー住宅の応接室です。
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旧スチイル記念学校です。
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グラバーカフェのオープンテーブルです。
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世界遺産旧グラバー住宅です。
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トーマス・ブレイク・グラバーはイングランド出身、21歳で来日、グラバー商会を設立。キリンビールの前身会社ジャパン・ブルワリー・カンパニーの創業に尽力、日本の近代化に貢献した人物です。
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旧グラバー住宅の庭園からも長崎港を見ることができます。
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旧グラバー住宅の食卓です。
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寝室です。
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調理場です。
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この部屋は何だったか失念です。
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トーマス・ブレイク・グラバーの銅像です。
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長崎おくんちホール(長崎伝統芸能館)です。
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長崎くんちとは約370年の歴史と伝統を持つ、諏訪神社の例大祭です。奉納踊りを先導する傘鉾です。
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長崎くんちに奉納される青龍です。
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白龍です。
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グラバー園第1ゲートから10分程度で大浦天主堂に到着しました。
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1864年に大浦天主堂は竣工しました。1945年8月9日原爆投下によって甚大な被害を受けますが、5年の歳月費やして補修が完了しました。内部は撮影不可ですが荘厳な雰囲気を感じました。
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大浦天主堂は世界文化遺産および国宝です。
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グラバー通りはお土産屋さんが建ち並びとても賑やかでした。
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大浦天主堂から歩いて10分程度で長崎孔子廟に到着しました。長崎孔子廟は日本で唯一の本格的な中国様式として1893年に清朝政府と在日華僑の協力によって建てられました。
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正門となる儀門です。
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大成殿と左右に並べられた72賢人です。72賢人とは孔子の高弟72人です。
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大成殿から見た儀門です。
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大成殿の内部です。
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東山手洋風住宅群です。
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1890年頃に建てられた洋風住宅で、7軒の洋館が同じ外観や色で統一されてます。
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建物は急斜面に建てられ上下2段に分けて造成されてます。
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一部の洋館は内部を見ることができます。
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洋館の内部にあった東山手洋風住宅群の模型です。
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この洋館は喫茶店となってます。
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オランダ坂です。
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オランダ坂から10分程歩いて長崎新地中華街に到着しました。
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ちゃんぽん、皿うどん食べようかと思いましたが、登山と同じく食べてしまうと動けなくなるので、昼抜きで次の目的地に向かいました。
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長崎市電に乗って眼鏡橋に到着しました。
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1634年頃に造られた日本最古の石橋です。
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水面がやや波立っており眼鏡には見えませんでした。
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眼鏡橋から市電に乗って新大工町という駅で降りました。急坂を上ること15分亀山社中記念館に到着しました。亀山社中とは1865年薩摩藩などの援助により、坂本龍馬が中心となって結成した日本初の商社です。当時の姿により近い形で復元されました。
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第一展示室の展示品は殆どがレプリカで撮影OKです。
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第二展示室は撮影NGです。坂本龍馬が京都近江屋で襲撃された際の血のついた屏風が展示されてましたが、本物は京都国立博物館にあるようです。
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龍馬のブーツ像です。靴のままブーツに入り記念撮影ができます。
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亀山社中記念館から歩くこと30分、シーボルト記念館に到着しました。
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フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、日本に西洋医学や学問を伝えたドイツ出身の医師です。長崎で多くの日本人に医学や自然科学を教え、日本の近代化に大きく関わりました。記念館内部は撮影NGです。シーボルト使用の短銃や薬籠などが展示されてました。
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シーボルトの銅像です。
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シーボルト拓跡です。1874年の台風で大破し1894年に解体されました。
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本日の観光をすべて終えて長崎港に行きました。
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観光丸です。1855年にオランダから江戸幕府に贈呈された木造蒸気船です。現在は復元されて観光遊覧船として運行されてます。
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長崎出島ワーフです。長崎港を眺めながらお食事をいただくことができます。
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シーフードレストラン、イタリアンレストラン、中華レストランなど20店舗軒を連ねてます。
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ベイサイドレストランバーR-10というイタリアンレストランで夕食をいただきました。
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オープンテラスで港を見ながらいただきました。赤ワインボトルとサラダです。
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イカ墨のリゾットです。
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夕日を浴びるボロネーゼです。どの料理も激旨でした。
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夕食をいただきホテルに戻ります。気温30超の中、一日歩きっぱなしでヘトヘトになりました。明日も市内観光です。
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