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シルバーウィークに入りましたが、考えてみればお盆休みからずっと天気が悪い日が続いています<br />この日も台風接近のため遅くなると雨予報<br />ということで、あまり遅くならずに帰って来れる場所へ<br />茨城県の古河で道の駅へ行って街中で「7000歩で歩ける城下町古河七福神めぐり」(パンフレットとは順番が違いますが)をしながら新古河駅まで歩いて帰ってきました<br /><br />【表紙の写真】道の駅まくらがの里こが

道の駅まくらがの里こが と 七福神めぐりしながら県境を越えて新古河まで歩く

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2026/09/19 - 2026/09/19

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かつのすけさん

この旅行記スケジュールを元に

シルバーウィークに入りましたが、考えてみればお盆休みからずっと天気が悪い日が続いています
この日も台風接近のため遅くなると雨予報
ということで、あまり遅くならずに帰って来れる場所へ
茨城県の古河で道の駅へ行って街中で「7000歩で歩ける城下町古河七福神めぐり」(パンフレットとは順番が違いますが)をしながら新古河駅まで歩いて帰ってきました

【表紙の写真】道の駅まくらがの里こが

一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄
  • この日は宇都宮線に乗って出発

    この日は宇都宮線に乗って出発

    JR東北本線 乗り物

  • 09時17分 古河駅に到着<br />本日はここで降ります

    09時17分 古河駅に到着
    本日はここで降ります

    古河駅 駅

  • 駅の観光案内所で七福神のパンフレットをいただく<br /><br />バスの出発まで40分ほどあるので、駅の周りをぶらぶらしてみます

    駅の観光案内所で七福神のパンフレットをいただく

    バスの出発まで40分ほどあるので、駅の周りをぶらぶらしてみます

    古河市観光案内所 名所・史跡

  • 駅の近くにある玉龍山永昌寺大聖院(本町2-4-18・曹洞宗)<br /><br /><br />

    駅の近くにある玉龍山永昌寺大聖院(本町2-4-18・曹洞宗)


  • 境内にある大聖院不動尊

    境内にある大聖院不動尊

  • 中も覗けます

    中も覗けます

  • 七福神の一つ弁財天(建物の傍らに弁財天の石像)<br /><br />現在は観音・地蔵・弁天が合祀されています

    七福神の一つ弁財天(建物の傍らに弁財天の石像)

    現在は観音・地蔵・弁天が合祀されています

  • 古河公方足利義氏の母芳春院(足利晴氏の妻)が、兄・北条氏康(大聖院は氏康の法号)の菩提を弔うために創建し、その後晴氏が坂間に再建し、江戸時代の奥平忠昌が藩主の頃に現在地に移転<br />ご本尊は釈迦如来

    古河公方足利義氏の母芳春院(足利晴氏の妻)が、兄・北条氏康(大聖院は氏康の法号)の菩提を弔うために創建し、その後晴氏が坂間に再建し、江戸時代の奥平忠昌が藩主の頃に現在地に移転
    ご本尊は釈迦如来

  • 本堂前に建つ大日如来種子板碑<br /><br />梵字は胎蔵界大日如来を表す種子を刻み、「孝子敬白」の銘文から親への供養塔と考えられる<br />石材は緑泥片岩で、高さ94cm・幅42cm・厚8cm<br />造立年は不明だが形状は鎌倉時代の特色をもつ

    本堂前に建つ大日如来種子板碑

    梵字は胎蔵界大日如来を表す種子を刻み、「孝子敬白」の銘文から親への供養塔と考えられる
    石材は緑泥片岩で、高さ94cm・幅42cm・厚8cm
    造立年は不明だが形状は鎌倉時代の特色をもつ

  • 続いてはそばにある秋葉神社(本町2-2-14)

    続いてはそばにある秋葉神社(本町2-2-14)

  • 古河城主土井利位が駿州秋葉神社より分霊<br />七福神の一つ毘沙門天(石像の写真は撮り忘れました)

    古河城主土井利位が駿州秋葉神社より分霊
    七福神の一つ毘沙門天(石像の写真は撮り忘れました)

  • この辺で駅へと戻り

    この辺で駅へと戻り

  • 東口へ

    東口へ

  • 10時00分発のぐるりん号(道の駅・三和庁舎コース)に乗って道の駅まくらがの里こがへ<br /><br />古河駅東口→道の駅→三和庁舎→仁連工業団地→名崎工業団地前→仁連江口→三和庁舎→道の駅→古河駅東口を1時間19分で一周します<br /><br />道の駅までは22分(300円)

    10時00分発のぐるりん号(道の駅・三和庁舎コース)に乗って道の駅まくらがの里こがへ

    古河駅東口→道の駅→三和庁舎→仁連工業団地→名崎工業団地前→仁連江口→三和庁舎→道の駅→古河駅東口を1時間19分で一周します

    道の駅までは22分(300円)

  • 途中ギンビス(たべっ子動物のメーカー)やヤマザキビスケット(昔のヤマザキナビスコ)、山崎製パンなどの工場の前を通り

    途中ギンビス(たべっ子動物のメーカー)やヤマザキビスケット(昔のヤマザキナビスコ)、山崎製パンなどの工場の前を通り

  • 10時22分 道の駅まくらがの里こが到着<br /><br />こちらの道の駅は「笑ってコラえて」の「道の駅駅伝」のスタート地点の道の駅です

    10時22分 道の駅まくらがの里こが到着

    こちらの道の駅は「笑ってコラえて」の「道の駅駅伝」のスタート地点の道の駅です

  • 道の駅の裏には調整池<br />その向こうには芝生広場

    道の駅の裏には調整池
    その向こうには芝生広場

  • 建物の中へ<br /><br />ファミマ(コンビニ)が併設されています

    建物の中へ

    ファミマ(コンビニ)が併設されています

  • お土産処「ゆきはな」

    お土産処「ゆきはな」

  • 産地直送マルシェ「まくらが」

    産地直送マルシェ「まくらが」

  • 笑ってコラえてでも紹介された「骨ごとさんま」(その時の売上1位商品)

    笑ってコラえてでも紹介された「骨ごとさんま」(その時の売上1位商品)

  • 今回も無事にスタンプいただきました

    今回も無事にスタンプいただきました

    道の駅 まくらがの里こが 道の駅

  • 総菜屋「けやき」さん

    総菜屋「けやき」さん

  • カフェ・ベーカリー「はなもも」

    カフェ・ベーカリー「はなもも」

  • 地産地消フードコート「みやことほまれ」さんで本日の朝食<br /><br />4月にメニューの改定があったそうで、以前は「おったまげ天丼」なるものがあったよう(2024-2025スタンプブック「当駅のオススメ!」)ですが、無くなっていて、かわりに「えびTEN丼」(えび天ぷら10本載せ)になっていました

    地産地消フードコート「みやことほまれ」さんで本日の朝食

    4月にメニューの改定があったそうで、以前は「おったまげ天丼」なるものがあったよう(2024-2025スタンプブック「当駅のオススメ!」)ですが、無くなっていて、かわりに「えびTEN丼」(えび天ぷら10本載せ)になっていました

  • 黄金鶏塩らぁ麺をいただきました

    黄金鶏塩らぁ麺をいただきました

  • 10時56分 さきほど乗って来たバスがぐるりと回って戻ってきました<br /><br />本当はもう少しゆっくりしたかったけど、このバスを逃がすと次は13時26分まで2時間半ないため、このバスに乗って駅へ戻ります

    10時56分 さきほど乗って来たバスがぐるりと回って戻ってきました

    本当はもう少しゆっくりしたかったけど、このバスを逃がすと次は13時26分まで2時間半ないため、このバスに乗って駅へ戻ります

  • 11時19分 古河駅に戻ってきました<br /><br />西口に出て、七福神巡りの続きです

    11時19分 古河駅に戻ってきました

    西口に出て、七福神巡りの続きです

    古河駅 駅

  • 諏訪八幡神社(本町1-3-49)<br /><br />通りからちょっと逸れたところに鎮座していたので、見逃すところでした<br /><br /><br />はじめは古河城諏訪曲輪(現在の歴史博物館)にあったが、土井利勝が諏訪曲輪を出城とした際に現在地へ移築

    諏訪八幡神社(本町1-3-49)

    通りからちょっと逸れたところに鎮座していたので、見逃すところでした


    はじめは古河城諏訪曲輪(現在の歴史博物館)にあったが、土井利勝が諏訪曲輪を出城とした際に現在地へ移築

  • 七福神は布袋尊

    七福神は布袋尊

    城下町古河七福神めぐり 祭り・イベント

  • 高札場と本陣跡<br /><br />江戸時代の宿場町中心部

    高札場と本陣跡

    江戸時代の宿場町中心部

  • 神明宮(本町2-12-37)<br /><br />こちらも街道からちょっと入ったところにあります

    神明宮(本町2-12-37)

    こちらも街道からちょっと入ったところにあります

  • こちらの七福神は大黒天

    こちらの七福神は大黒天

  • 肴町通りに入る

    肴町通りに入る

  • 蛭子神社(中央町3-9-1)<br /><br />創建文化11年には現在地より南東方面にあったものを明治45年に現在地に移し町内鎮守としました<br />祭神は蛭子命で商売繁盛の神として信仰されてきました

    蛭子神社(中央町3-9-1)

    創建文化11年には現在地より南東方面にあったものを明治45年に現在地に移し町内鎮守としました
    祭神は蛭子命で商売繁盛の神として信仰されてきました

  • 七福神は恵比寿様

    七福神は恵比寿様

  • 福法寺<br />こちらのこの山門は元々古河城の乾門だった門<br />檀家に払い下げられたものが寄進されたそう

    福法寺
    こちらのこの山門は元々古河城の乾門だった門
    檀家に払い下げられたものが寄進されたそう

    旧古河城 乾門 名所・史跡

  • 三神町稲荷神社(中央町3-7-3)<br /><br />古河城の鬼門除けとして創建され、明治になってから町内で管理されるようになったと言われる

    三神町稲荷神社(中央町3-7-3)

    古河城の鬼門除けとして創建され、明治になってから町内で管理されるようになったと言われる

  • 七福神は福禄寿

    七福神は福禄寿

  • 古河文学館の前を通り

    古河文学館の前を通り

    古河文学館 美術館・博物館

  • その先にあった古河第一小学校はとても美しい煉瓦の門でした

    その先にあった古河第一小学校はとても美しい煉瓦の門でした

  • 煉瓦造りの建物といえばその先にあった篆刻美術館も煉瓦造りだった

    煉瓦造りの建物といえばその先にあった篆刻美術館も煉瓦造りだった

    篆刻美術館 美術館・博物館

  • この塀を見て思い出した<br /><br />この旧武家屋敷、前回来た時<br />https://4travel.jp/travelogue/11471539<br />も通りました

    この塀を見て思い出した

    この旧武家屋敷、前回来た時
    https://4travel.jp/travelogue/11471539
    も通りました

    旧武家屋敷 名所・史跡

  • 次の七福神は真言宗豊山派徳星寺(横山町3-3-58)<br /><br />建治元年創建で、古河城内に開山後鴻巣へ移り、その後現在地に移る<br />ご本尊は大日如来

    次の七福神は真言宗豊山派徳星寺(横山町3-3-58)

    建治元年創建で、古河城内に開山後鴻巣へ移り、その後現在地に移る
    ご本尊は大日如来

  • こちらの七福神は弁財天<br /><br />山門前に建つ観音堂の前にいらっしゃいました

    こちらの七福神は弁財天

    山門前に建つ観音堂の前にいらっしゃいました

  • 大師堂

    大師堂

  • 雀神社(宮前町4-52)<br /><br />※七福神には含まれていません<br /><br />

    雀神社(宮前町4-52)

    ※七福神には含まれていません

  • 参道を進んで行きます

    参道を進んで行きます

  • 嘗ての猿島郡で唯一の郷社で、古河の総鎮守<br />足利成氏はじめ歴代藩主が崇敬し、徳川家康も小山に軍を進めた際に国家安穏を祈願し、合戦で勝利した後朱印十五石を付せ、諸役御免とし、徳川将軍家の崇敬社となった<br /><br />御祭神は大己貴命(大国主命)、少彦名命・事代主命

    嘗ての猿島郡で唯一の郷社で、古河の総鎮守
    足利成氏はじめ歴代藩主が崇敬し、徳川家康も小山に軍を進めた際に国家安穏を祈願し、合戦で勝利した後朱印十五石を付せ、諸役御免とし、徳川将軍家の崇敬社となった

    御祭神は大己貴命(大国主命)、少彦名命・事代主命

  • 入口にあった樹齢800年超と言われるご神木の夫婦欅ですが、今年(2026年)8月1日午後に根元から倒れたそうです<br />最近あちこちで聞く大木の倒木ですが、こちらもまだ倒れて間もないのでそのままになっています<br />近くにあったカーブミラーに倒れたみたいでカーブミラーも折れたまま<br /><br />倒れる前は高さ25m、幹太8.8mあったそう<br />

    入口にあった樹齢800年超と言われるご神木の夫婦欅ですが、今年(2026年)8月1日午後に根元から倒れたそうです
    最近あちこちで聞く大木の倒木ですが、こちらもまだ倒れて間もないのでそのままになっています
    近くにあったカーブミラーに倒れたみたいでカーブミラーも折れたまま

    倒れる前は高さ25m、幹太8.8mあったそう

  • 街中に戻り福壽稲荷神社(中央町1-7-4)<br />市内稲荷神社の中で最大・豪華な造りだったが全焼し、現社殿は平成15年に再建された

    街中に戻り福壽稲荷神社(中央町1-7-4)
    市内稲荷神社の中で最大・豪華な造りだったが全焼し、現社殿は平成15年に再建された

  • 七福神は寿老人<br /><br />社殿の脇にひっそりと佇んでいました

    七福神は寿老人

    社殿の脇にひっそりと佇んでいました

  • 裏から出て

    裏から出て

  • 道を挟んで浄土宗証誠山正定寺(大手町7-1)<br /><br />細い道を挟んだところですが、福寿稲荷神社(中央町)とは町名が変わっていました<br /><br />こちらの黒門は旧土井家江戸下屋敷の表門を移築したもの<br />

    道を挟んで浄土宗証誠山正定寺(大手町7-1)

    細い道を挟んだところですが、福寿稲荷神社(中央町)とは町名が変わっていました

    こちらの黒門は旧土井家江戸下屋敷の表門を移築したもの

  • 最後の七福神は弁財天(大聖院と徳星寺も同じく弁財天だったので全部で9か所)<br /><br />春日局が将軍家光から拝領したものを、古河城主だった養子の堀田正俊に譲り、正俊が弁天堂を建て正定寺に奉納したといわれている

    最後の七福神は弁財天(大聖院と徳星寺も同じく弁財天だったので全部で9か所)

    春日局が将軍家光から拝領したものを、古河城主だった養子の堀田正俊に譲り、正俊が弁天堂を建て正定寺に奉納したといわれている

    正定寺 寺・神社・教会

  • 江戸時代初期の大老土井利勝が寛永10年に玄哲和尚を開山として開いた寺で、土井家歴代の墓所<br /><br />ということで御本堂の前には土井利勝の像と

    江戸時代初期の大老土井利勝が寛永10年に玄哲和尚を開山として開いた寺で、土井家歴代の墓所

    ということで御本堂の前には土井利勝の像と

  • 侍従樅碑(土井利勝公御代記)が建つ

    侍従樅碑(土井利勝公御代記)が建つ

  • 南側の赤門は8代藩主土井利里が1775年に建立

    南側の赤門は8代藩主土井利里が1775年に建立

  • ついでに福寿稲荷神社のお隣大蓮山隆岩寺(中央町1-7-39)<br /><br />文禄4年古河藩主小笠原秀政が正室の父松平信康(徳川家康長男)を弔うため建立

    ついでに福寿稲荷神社のお隣大蓮山隆岩寺(中央町1-7-39)

    文禄4年古河藩主小笠原秀政が正室の父松平信康(徳川家康長男)を弔うため建立

    隆岩寺 寺・神社・教会

  • 墓地の一角には小笠原秀政の父貞慶の供養塔(奥)が建つ<br />暫く所在不明だったが、寛政5年町内の石町北裏四つ谷・正麟寺山の土中から墓石が発見され、隆岩寺の住職と小倉藩主となっていた小笠原氏の子孫により移され、石龕の中に納められた<br /><br />手前は松平信康の供養塔

    墓地の一角には小笠原秀政の父貞慶の供養塔(奥)が建つ
    暫く所在不明だったが、寛政5年町内の石町北裏四つ谷・正麟寺山の土中から墓石が発見され、隆岩寺の住職と小倉藩主となっていた小笠原氏の子孫により移され、石龕の中に納められた

    手前は松平信康の供養塔

  • 再び通りに出てすぐの所に永井路子旧宅

    再び通りに出てすぐの所に永井路子旧宅

    永井路子旧宅 名所・史跡

  • 永井路子は歴史小説家<br />3歳で古河に転居し、県立古河女子高等女学校(現在の古河二高)を卒業

    永井路子は歴史小説家
    3歳で古河に転居し、県立古河女子高等女学校(現在の古河二高)を卒業

  • 家の中を無料公開しています

    家の中を無料公開しています

  • 曹洞宗龍渓山永井寺(西町9-33)<br /><br />

    曹洞宗龍渓山永井寺(西町9-33)

    永井寺 寺・神社・教会

  • 古河城主永井直勝が開基

    古河城主永井直勝が開基

  • 境内の墓地には永井家の墓所があり、初代永井直勝の墳墓・宝篋印塔、2代尚政と3代尚征、弟の尚庸の供養塔及び林羅山撰文の直勝顕彰碑がある

    境内の墓地には永井家の墓所があり、初代永井直勝の墳墓・宝篋印塔、2代尚政と3代尚征、弟の尚庸の供養塔及び林羅山撰文の直勝顕彰碑がある

  • そういえば暑かった8月前半から急に長雨で涼しくなりそのまま気づけばもうお彼岸ですね

    そういえば暑かった8月前半から急に長雨で涼しくなりそのまま気づけばもうお彼岸ですね

  • 墓地の裏から渡良瀬川沿いに出れました<br /><br />河川敷に広がるゴルフ場の脇の土手を進んで

    墓地の裏から渡良瀬川沿いに出れました

    河川敷に広がるゴルフ場の脇の土手を進んで

    古河ゴルフリンクス ゴルフ場

  • 渡良瀬川にかかる三國橋を渡る

    渡良瀬川にかかる三國橋を渡る

    古河城跡 名所・史跡

  • 橋の途中が埼玉県と茨城県の県境<br /><br />茨城県古河市から埼玉県加須市に突入

    橋の途中が埼玉県と茨城県の県境

    茨城県古河市から埼玉県加須市に突入

  • 堤防から新古河駅が見えます

    堤防から新古河駅が見えます

  • ということで新古河駅に到着

    ということで新古河駅に到着

  • 一週間前<br />https://4travel.jp/travelogue/12073953<br />にもここを通った

    一週間前
    https://4travel.jp/travelogue/12073953
    にもここを通った

    新古河駅 駅

  • 東武線で帰ります

    東武線で帰ります

  • 南栗橋で乗換(駅の時刻表を見たら新古河駅の上り列車は全て南栗橋行でした)

    南栗橋で乗換(駅の時刻表を見たら新古河駅の上り列車は全て南栗橋行でした)

    南栗橋駅 駅

  • ということで、南栗橋で急行中央林間行に乗換ます<br /><br />この日は台風接近のため遅くなると雨予報だったので、素直にそのまま帰ります

    ということで、南栗橋で急行中央林間行に乗換ます

    この日は台風接近のため遅くなると雨予報だったので、素直にそのまま帰ります

    東武伊勢崎線 (東武スカイツリーライン) 乗り物

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