2026/09/08 - 2026/09/09
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この旅行記のスケジュール
2026/09/08
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平城宮第一次大極殿
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平城宮大極門
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平城宮第一次大極門東楼
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平城宮大膳職跡
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平城宮中央区朝堂院跡
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平城宮朱雀門
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玉手門跡
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平城宮天平つどい館
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この旅行記スケジュールを元に
平城京跡をできるだけ周ります、、、続きです。
奈良を旅行しました。
今回は1泊の予定で、最初の日は、長年ずーーーっと行きたかった平城宮跡を、くまなく周り、いくつかの資料館を見学。
その後、近くの法華寺や海龍王寺をまわり、国立博物館にも行きました。
翌日はホテル近くの韓国神社や徳川家康ゆかりのお寺 山の寺念佛寺を周って、こちらもずっと行きたかった依水園と寧楽美術館、大和文華館、松柏美術館へ。
長年、なかなか行けなかったところばかりで、とても嬉しかったです。
9/8 平城京跡→法華寺→海龍王寺→奈良国立博物館
細かくは自分で見学したいところを中心にルートを決めて、約30か所ほどを見学しました。
奈良文化研究所→平城宮跡資料館→復元事業情報館→第一次大極殿→大極門→東楼→大膳職跡→中央区朝堂院跡→玉手門跡→天平つどい館→朱雀門→平城宮いざない館→復元遣唐使船→兵部省跡→壬生門跡→式部省→神祇官→
史跡平城宮跡碑→朝集殿院跡→小子部門跡→建部門→平城宮跡東院庭園→宇奈多理坐高御魂神社→隅楼→東区朝堂院跡→第二次大極殿跡→内裏と井戸跡→推定宮内省→造酒司の井戸→平城宮跡遺構展示館
平城京跡の見学が終わると、近くの法華寺、海龍王寺、奈良国立博物館へ行きました。
雨の中、途中土砂降りにも会い、ひたすら平城宮跡を歩きます。
この日、歩数は28000歩以上。足にはいくつもマメができて悲惨。
家族がすっかり呆れていました。
でも、私は、長年の夢が叶って、満足です^^
9/9 吉城園→依水園→寧落美術館→大和文華館→松柏美術館
平城京の見学では、写真の枚数が多くなってしまいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 私鉄 自家用車 徒歩
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第一次大極殿へきました。
平城宮 第一次大極殿は平城宮最大の宮殿です。
天皇の即位式や、大切な儀式、外国使節の面接などに使われました。
建物はその後、恭仁京に移築、山城国の国分寺金堂になっています。 -
階段を上っていくと、警備員さんが傘用のビニール袋をくださいました。
どの建物にも警備員さんが親切に対応してくれました。 -
中はとても広いです。
正面は約44m、側面は20m、地面からは27mの高さ。
直径が70㎝の朱色の柱は44本もあり、屋根瓦は9万7000枚。 -
大極殿の概要があります。
710年に元明天皇が藤原京から遷都、中国の唐 長安をモデルとしました。
碁盤の目のような大きな土地には10万人もの人々が住んでいたといわれています。
第一次大極殿と第二次大極殿がありますが、第一次大極殿は元明天皇が建てた大極殿で、第二次大極殿は聖武天皇が建てた大極殿です。 -
中には天皇の高御座があり、儀式の際には天皇が席につき、その前の広場には役人が集まり拝謁しました。
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発掘は1970年くらいから本格的に始まったようです。
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ここにも、鴟尾がありました。
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復元にあたって。
移築された恭仁京の大極殿跡などの調査や、法隆寺や薬師寺の寺院の建築や平安時代の年中行事絵巻などを参考にしたとありました。
発掘された出土品だけではなく、やはり様々な時代の建築様式などを参考にしているのですねー -
私はこの天井の木々のデザインや柱とのバランスなどにうっとりしていました。
色合いも朱色ですけれど、高貴な雰囲気の赤系。 -
柱もりっぱ。
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イチオシ
天皇の高御座があります。
こちらも現存する京都御所の高御座や、正倉院の宝物などを参考に造られたようです。
当時のものの資料はないのですね~ -
イチオシ
優雅な造りです。
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外が一望。
この広場に儀式の際には多くの役人たち、高御座についた天皇、、を想像しました。 -
広大な平城京の中の平城宮。
平城宮は、政治や儀式の中心の大極殿、朝堂院、天皇の住まいの内裏、役所の官衙、庭園、官公庁などがあり、東西南北1㎞の東側に、東西250m、南北750mの張り出しを持つ広さでした。
見渡す限り、広場がひろがります。
当時はにぎやか、かつ、国政の重要な場所。 -
美しい画も。
十二支でしょうか、、空想の動物のようにも、、 -
儀式の様子が描かれていました。
役人が並んでいます。
平城宮のまわりには大垣がめぐらされ、門も12も。
平城宮入れる人々はごく限られた人々だけ。
貴族や役人など。 -
大極殿中央の飾りです。
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瓦の製作も。
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古代の建築の方法も採り入れ、宮大工などの専門の人々が大極殿再現に大きくかかわっています。
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塗装や彩色なども、専門的な人々が。
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金属などの装飾も極めて細かな作業。
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誰もいない、、、静かです。タイムスリップしたような不思議な気持ちに。
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細かな部分にも当時の雰囲気を感じられる建物でした。
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裏のところから出て、次に、大極門辺りに向かいます。
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大極門、東楼へ向かいます。
この前は砂利道。
第一次大極殿との間には、第一次大極殿院がありました。大極殿を含む南北320m、東西180mの区画で、国家的な儀式が行われた重要な場所でした。
現在は、整備中とのことで、特に何もありませんでした。 -
こちらが大極門。
第一次大極殿院の正門。
儀式の際には天皇も出御していたそうです。 -
その隣には、東楼があります。
大極殿の東側にあります。730頃に増築されたようです。 -
扉も頑丈。
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大きな柱の、はるか向こうに第一次大極殿が見えました。
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西楼もあったようですが、こちらも再現されるのかな。。
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それにしても、広いなぁ~、、、
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つぎにやってきたのが、推定大膳食跡。
平城宮内の食物の調整を全て行っていた場所。
ツゲの樹が植栽されていますが、柱の跡を表しているそうです。 -
説明があります。
広い敷地内にあったようで、後に、大量の木簡が見つかるのは、
こちらのゴミ捨て場だそうです。 -
もう、建物はありません。
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木簡の出土の様子が詳しく説明されていました。
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可愛いマンホールの蓋。鹿画可愛い♪
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第一次大極殿が見えます。
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今から再現される建物かな、、、回廊もできるとか、、、
どれだけ経費もかかるのだろう~ -
周りは大きな建物をのぞくと、本当にのどかな草原地帯みたい、、
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コーンもこれだと、風情があるわー
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こちらは、中央区朝堂院跡。
奈良時代の前期には役人の執務や式典が行われていました。
建物はありません。 -
すっかりぬかるんでいます。。。(-_-;)
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説明もありました。
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奥に見えるのが、朱雀門。
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なんと、線路があって、電車も通っているのです。
古代と現代が。 -
草も生えて、なんだか、ちょっと寂しい光景。
1300年以上前には、にぎやかだったんだろうなー -
朱雀門へ向かいます。
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朱雀門。
こちらが、平城宮の正門でした。
奈良時代には外国使節の送迎などの儀式にも使われていたようです。 -
ここにも重厚な門がありました。
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朱雀門の説明があります。
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玉手門跡があると聞いていたので、そちらへ向かいます。
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県道52号線にかかる門。
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ここからも電車が見えました。
平城京、確か、門は12あると聞いたので、そのうちのひとつかな、、
いまは礎石らしきものがみえて、表示が見えるだけでした。 -
イチオシ
雨の中でぼやけて見える朱雀門~なんだかとても綺麗でした。
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イチオシ
電車からも見えるように、平城宮跡とあります。
雨でかすんでいます。
周りの山々も。 -
どこをみても、なにかの史跡なんでしょうね~
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天平つどい館。
平城京跡の情報もあって、トイレ休憩もできます。 -
せんとくんがいました♪せんとくん、ツノがあったのね、、、
初めてしりました。 -
平城京跡の説明パネルなども。
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イチオシ
すぐそばに朱雀門。雨に濡れてしっとり。
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雨に濡れて、すっかり疲れてしまい、ここの資料館に入ります。
ゆっくり見学しよう♪
それにしても、資料館などが多いなあ平城宮いざない館 美術館・博物館
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ここもフリーです。
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平城京跡にある資料館。
どこもフリーでした。 -
ここでも、第一次大極殿の発掘の様子や復元の様子などが説明ありました。
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復元、専門的な技術の紹介。
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復元には多くの歳月がかかります。
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平城京跡は世界遺産です。
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ここでも、第一次大極殿についての見どころの説明。
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実際の扁額の大きさに驚き!
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第一次大極殿前の広場、実は坂のようになっていて、天皇を仰ぎ見るような形になっていたこと、、、、初めて知りました。
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東西南北を守る四方の守護神獣。
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平城遷都の詔がありました。
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朱雀門はその遺構の上に建っています。
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朱雀門前の朱雀大路。
その規模がすごくて、長さ4㎞、幅74m。
関空の滑走路と比べてました。 -
そうそう、復元されたところも素晴らしいけれど、遺構がもとのまんまで残っている原風景が好きです♪
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東院庭園も復元されたところ。
あとで行ってみよう♪ -
当時の風景が描かれていて、、
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こちらの資料館は広いです、資料が多い。
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平城宮の模型も緻密で。
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こちらの模型は精巧で、わかりやすいものでした。
スケールが大。 -
第一次大極殿は、奈良時代前半につくられたものですが、
第二次大極殿は、745年から40年ほどの愛に使われた大極殿です。
いまは、大極殿の跡があり、基壇や柱跡などが復元されています。
なぜ、第一次と第二次に分かれているかというと、
聖武天皇の時代に、平城京→恭仁京→難波京→紫香宮京→平城京と次々と遷都していて、平城京にもどってきてからは第二次大極殿が造られています。
なぜ、同じ場所ではないのか、よくわかっていないそう。 -
遣唐使の粟田真人が唐の長安の都市のような都づくりをしよう~と呼びかけ、律令国家として、役所などの整備や道路も整備するようになります。
長安はカルチャーショックだったのですねー -
奈良時代の前期と後期の建物の変遷。
ここにも書いてありますが、なぜ、同じ場所に大極殿を建てなかったのでしょうか。。 -
資材の調達から運搬、、どんなに重労働だったのだろう~
しかも、度々の遷都などもあり、また建物の移築もあり、、、
考えられない。。。 -
他の都や現代との比較。
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馬の世話をする馬寮で働く人々や、
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さきほど見学してきた大膳職の跡。
広い建物があったようですが、役人の食事作り、、大変な量。 -
これ、模型なんですが、とてもわかりやすかったです。
右のほうが、第一次大極殿。
左の方が、のちに造られた第二次大極殿、内裏や東区朝堂院や朝集院などの建物があります。 -
当時、10万人ともいわれる人々が住んでいた平城京。
そのスケールの大きさがだんだんわかってきます。 -
歌なども詠まれて、優雅~
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井戸も出土。
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とても大きなものです。
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ここで、教科書を思い出します。
奈良時代の遷都、、幾度となく、繰り返され、 -
平城京周辺には寺院も多く、天皇陵も沢山ありました。
藤原不比等が活躍した時代。
阿倍仲麻呂は遣唐使として唐にわたり、とうとう帰国できませんでした。 -
孝謙天皇は淳仁天皇と対立、銅鏡や藤原仲麻呂もいました。
複雑な人間関係、政治の世界にも。
平城京の時代も、複雑。権力闘争は今も昔も同じですね~ -
平城京の中には、長屋王の邸宅もありました。
その跡から出土した木簡から長屋王の邸宅とわかったようですが。 -
平城宮の様子が具体的に。。
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食材も全国各地から。
珍しいものもあったんだろうなぁ~ -
管理するお役人さんも大変。
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イチオシ
貴族たちの食事風景。
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食事を再現。
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デザート、柿もある~
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推定大膳職跡には行きましたが、あとは東院庭園と造酒司井戸跡にも行こう♪
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鋳物を造る職人さんたちかな。。
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復元建物。
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第一次大極殿の復元に当たり製作された構造模型 5分の一、、
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壮大な模型です。
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イチオシ
大極殿あたりの雰囲気を味わって、、
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映像もあって、
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衣裳なども借りれて、写真撮影もできるみたいですよ~
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瓦ふきの体験もできるようです♪
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古代の建築過程を説明しています。
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継ぎ手、仕口についても学べます。
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奈良時代の役所の遺構もいくつかあります。
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木簡づくりができるコーナーも。
面白そう! -
広い資料館!
まだ資料が展示される部屋がこの先にありますよ。 -
すごい設備。
これで入場がフリーって、だいじょうなんかなぁ~と余計なお世話を考えてました。 -
木の樋。
こんなに保存状態がよいなんて、、、
色んな技術で保たれてきたのですね~ -
平城京の人々の賑やかな生活の様子。
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お金などの出土品。
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木簡からもわかるようですが、東西に市があり、いろんなものが売られていたようです。
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全国から特産物が集まってきます。
運ぶ人の苦労。。 -
陶器の底には納められた土地やその量も書かれていたそうです。
よくぞ、残っていましたね~ -
当時の食材がわかり、食事を再現しています。
ゴミ捨て場や排泄の場所などからも、わかるのですね~ -
お箸なども普及していたようです。。興味ふかい。
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こんなお料理があったのかな~
柿と草餅のデザート風、、たべてみたいなぁ~ -
蘇という食べ物。
キャラメルみたいな甘いものらしいですが書物や木簡いろんなものから
作り方もわかるのですね。 -
顔を書いた土器や木簡など、、、願いを込めて水に流していたようです。
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この時期、まじないも盛んだったようです。
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人型のもの。
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井戸の祀りや地面に土器などを埋めて祈りを。
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出土した品々から生活の様子がわかります。
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イチオシ
室内履きもありましたよ。
履きにくそうですが、、 -
文書箱なども。
木製。 -
長屋王の邸宅も平城京の中にありました。
その模型です。
長屋王は天智天皇と天武天皇の孫で、皇族の勢力として政治の世界でも活躍しました。
主導者として、水害や干ばつで貧窮している人々の税を免除したり、蝦夷矢隼人の反乱の早い鎮圧を行ったり、官人に対しては、統制強化、綱紀粛正の政策も行うなどしています。
その後、対立していた藤原四兄弟などにより、自殺に追い込まれています。(長屋王の変) -
長屋王邸宅で使われていたものなど、出土品。
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興味深かったのが、こちらの木簡。
これは長屋王の邸宅跡から出土したものだそうですが、食料の配給のことなども書かれていて、長屋王宅で働く役人たちも様々いたようです。 -
驚き。
ここからは、35000点もの木簡が見つかったそうです。
当時の様子がよくわかりますよね、、 -
また、ごみ捨て場からも出土したものも多く、、
当時の生活様式がわかります。 -
西大寺のゴミ捨て場からの出土品。
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今はもう現存しないお寺も沢山あったのですね~
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興味深いこと、、、遷都がきまり、やはり建物も急にはできないところもあったのですね~
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大急ぎの工事ですよね、、このころ、遷都を繰り返していましたけれど、
資材も相当必要だったはず。
またエコで、もとの宮の資材も利用するなどして、急ピッチの工事が目に浮かびます。 -
造営に関わった人々の苦労。。
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ここにも、具体的ゴミ箱の中からの出土の説明がありました。
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大きなゴミ箱です。
捨てられていたものには、箸や杓子など。 -
平城京の調査もどんどん進み、
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多くの研究者たち。
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平城京のその後。
長岡京に遷都になってからは、広い敷地がそのまんま。 -
天皇に仕える女官について書かれた木簡。
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第一次大極殿には磚積みといわれる壁があったようで、煉瓦のような。
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之もその一部のようです。
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東楼の柱も。出土しています。
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役人について。
下級役人はなかなか出世は難しかったようです。 -
役人についても、興味深い記述が残る木簡。
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ペルシャ系のお役人さんもいたようです。
興味ふかい~ -
立小便禁止!
最古ものかも。。 -
お役所の役人たちの仕事、あれこれ。
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警備員さんや、モノづくりのひとたち。
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酒造りや調理。
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役人たちの年収なども、興味深いです。
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調味料づくりや、お菓子作りに至るまで、専門の部署もあったのですね~
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実に多くの人々の働きがあったことがわかります。
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役人たちも7000人もの人がいたようです。
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ここでもう一度、奈良時代前期と後期の平城宮の様子を比べてみて、、
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改めて、奈良時代、遷都も多いし、どこか落ち着かない時代、、
だからこそ、今度こそ、長安を模した律令国家を目指したかったはず。
奈良時代、平安な時代かな、、とも思ってましたが、
政治の世界もまた激動の時代、
短い間の平城京の時代を感じました。
資料館はとてもわかりやすい展示で、子供たちにも理解やすい仕組みになっていました。 -
外に出ると、近くに遣唐船の模型があります。
実際に乗船できます。
この舟、実際、長安の方を向いているようです。
テラス席もありますが、 -
カフェに入って、
-
イチオシ
エスプレッソをダブルで。
可愛い鹿のクッキー付き♪ -
イチオシ
アフォガードをいただきました♪
雨に濡れて寒いのに、、なぜか甘いソフトクリームも食べたくなり。
このあと、遣唐使船に乗りこみました。
長いながい旅行記、お付き合いいただいて、ありがとうございます^^
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