2026/06/12 - 2026/06/12
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JR身延線「善光寺駅」から北へ約1km。
また、中央自動車道「笛吹八代スマートIC」から県道313号線・国道411号線を経て約20分の場所に、甲府市善光寺に鎮座する甲斐善光寺があります。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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JR身延線「善光寺駅」から北へ約1km。
また、中央自動車道「笛吹八代スマートIC」から県道313号線・国道411号線を経て約20分の場所に、甲府市善光寺に鎮座する甲斐善光寺があります。
上は境内の観光マップで、場所は山梨県庁から東へ約3kmほどに位置します。
善光寺駅の東側にある「善光寺入口」交差点を北へ進むと、表参道にあたる善光寺通りに入ります。
道の正面奥には、朱色の山門と金堂の屋根が遠くに見えてきます。 -
約1kmほど真っ直ぐに伸びる善光寺通りの正面に、甲斐善光寺の二層の朱塗りの山門が堂々と聳えています。
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寺の入口となる朱塗りの堂々たる山門は、ほぼ南向きに建てられた桁行5間に梁間2間の入母屋銅葺き屋根の二層の門で、上層は擬宝珠高欄が廻され、両脇に火灯窓と連子窓が施され、中央に定額山の寺号額が掛けられています。
下層の正面3間は壁や扉のない吹放ちで、両の間に仁王像を安置しています。
桁方向が約17mで梁方向は約7mにも及び、屋根までの高さは約23mにもなる巨大な楼門。 -
両の間に安置されている仁王像、なにか違和感は感じないだろうか。
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山門から金堂を望む。
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山門をくぐって左に立てられている山門解説。
国指定文化財の山門は江戸時代中期の宝暦四年(1754)大火で本堂と共に焼失したが、明和四年(1766)金堂に先立って上棟供養が行なわれている。
昭和34年の台風で被災したが、翌年に修理がはじまり、昭和37年(1959)に竣工したが、約70年を経た現在は朱も剥げ落ちており、次の修復が必要な時期にきているようだ。
その際は無数に貼られた千社札を一掃してほしいものです。 -
境内から善光寺通りを望む。
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香炉台と金堂、左は手水舎の眺め、写真では切れていますが左に地蔵堂がある。
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上は栞の境内マップ・周辺マップと甲斐善光寺の文化財の解説。
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香炉台左の地蔵堂の眺め、後方に芭蕉翁月景塚がある。
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地蔵堂内の眺め。
祭壇には無数の水子地蔵が安置されています。 -
澄み切った水を湛える庭園の脇に立つ芭蕉翁月景塚の石標。
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宝珠の付いた宝形屋根の下の手水鉢。
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金堂を左斜めから眺める。
二重の屋根の撞木(しゅもく)造と呼ばれる形式で、正面の三間の向拝には唐破風向拝、左右に一間軒唐破風が付くもので、何れの向拝も肘木や木鼻など意匠に拘りを感じます。
信濃善光寺のシックな色合いに比較すると、朱に塗られた甲斐善光寺金堂は華やかで堂々とした大建築です。 -
甲斐善光寺栞の由緒は以下のようなものです。
『当山は、開基武田信玄公が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年(1558)、御本尊善光寺如来像をはじめ、諸仏寺宝類を奉遷したことに始まります。
板垣の郷は、善光寺建立の大檀那本田善光公葬送の地と伝えられ、善光寺如来因縁の故地に、開山大本願鏡空上人以下、一山ことごとくお迎えいたしました。
その後、武田氏滅亡により、御本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々といたしましたが、慶長三年(1598)信濃に帰座なさいました。
甲府では新たに、前立仏を御本尊と定め、現在に至っております。
江戸時代には、本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、徳川家位牌所にもなっておりました。
豪壮な七堂伽藍は、一度焼失いたしましたが再建され、東日本最大級の伽藍として広く知られております。
また、重要文化財五件・県指定文化財四件、市指定文化財八件をはじめとする文化財の宝庫として著名で、その一部は宝物館等で公開しております。』とある。 -
現在の金堂は寛政8年(1796)に再建されたもので、総高27m、奥行49mという大建築で、内部は前寄りの二間が外陣、一間を中陣、三間が内陣、四間を内々陣、後方一間が後陣となっている。
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武田菱の下の懸魚に花をあしらった鰭と妻壁の装飾。
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正面の三間の破風にあしらわれている龍の彫飾り。
こちらは向かって左側。 -
中央の龍の彫飾り。
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右側の龍の彫飾り。
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向拝から外陣、中陣の眺め。
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金堂正面厨子に安置される、本尊阿弥陀三尊像は、建久六年(1195) 尾張の僧定尊が、信濃善光寺の前立仏として造立したものという。
善光寺の本尊は、仏教伝来とともに将来された、生身すなわち、実際に生命が宿っている霊像として深く信じられており、絶対の秘仏のため、人々が拝むことは叶いません。 -
そこで鋳造されたのが、本尊であるとされ、本像は、いわゆる一光三尊式善光寺如来像の中では、在銘最古、かつ例外的に大きな等身像として知られています。
御開帳は信濃善光寺と同様、七年ごと開催されます。
次回は令和九年四月四日から六月十九日までの七十七日間の予定です。?
(写真は栞の画像を加工したもの) -
向かって右側の脇向拝から中陣の眺め。
天井には、巨大な龍が二頭描かれており、中陣の廊下の部分のみ、吊り天井となっており、特定の場所で手を叩くと反響による共鳴が起こり鳴き龍と呼ばれます。
各地に鳴き龍はありますが、共鳴の度合いは経験した中では一番のもの。
拝観料を収めると鳴き龍の他にも後陣にかけて安置されている仏像や金堂の地下に造られた戒壇廻りもあります。
信濃善光寺、元善光寺ともに戒壇廻りでは鍵は見つけられず、かみさんに導いてもらったが、ここ甲斐善光寺で初めて鍵に触れることができました。
暗闇で実感はないが、内部は「心」の字をかたどっているとか。 -
脇向拝の意匠。
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金堂右側の鐘楼堂に吊られる梵鐘(県指定文化財)は、「引き摺りの鐘」と呼ばれ信州から引きずって運ばれてきたと伝わっています。
正面の鳥居の先には正一位稲荷社が祀られています。 -
稲荷社社殿全景、額には「正一位王子稲荷大明神」と記されていますが創建等の詳細は不明。
荼枳尼天を祀り、後方にも複数の石の社が並んでいます。 -
鳴き龍が描かれた御朱印。
今回金堂後方まで廻っていませんが、後方には薬師堂や阿闍梨の井戸、秀吉家臣加藤光泰の墓などがあり金堂を一周することができます。
甲斐善光寺は、参詣客や食べ歩きで賑わう信濃善光寺とは違って落ち着いて参拝できました。
山梨県?甲府市『甲斐善光寺』
宗派 / 浄土宗
本尊 / 善光寺如来
創建 / 永禄元年(1558)
開基 / 武田信玄
所在地 / 山梨県?甲府市善光寺3-36-1
参拝日 / 2026/6/12
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