2026/05/13 - 2026/05/13
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パッピーさん
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(表紙写真) 今治城展望台より二の丸跡と内堀
四国4泊5日城巡り。二日目今治城内覧。暑いので、御金櫓に入ろうとするも、天守閣内でないと入城券が買えず、内覧前に彼方此方歩き回りクタクタ。内部観光も豊富で勉強になりました。天守最上階から見たパノラマ忘れられません。帰りは予習していたにも関わらず、バスに乗れず、今治駅まで歩くことになりました(-_-;)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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▲▽今治城▽▲
▽菅原利鑅の像▽ 吹揚公園内 13:21
菅原利鑅(すがわらとしはる)(1891~1958)
ジャカード機による紋織タオルを開発した技術者。山形県鶴岡市の生まれ。
* 愛媛県生涯学習センター データベース『えひめの記憶』
☆The Second Day☆ 5月13日(水)
☆旅程☆
①5月12日(火) 羽田→徳島 ②徳島城 ③徳島から高松へ
④高松城跡 ⑤高松の夕陽と駅前夜景 JRクレメントイン高松泊
5月13日(水) ⑥高松城跡周辺 ⑦丸亀城 ★⑧丸亀から今治城へ★ ⑨今治城 (松山)ホテルカジワラ泊
5月14日(木) 伊予大洲城・宇和島城観光 (松山)ホテルカジワラ泊
5月15日(金) 湯築城跡・松山城観光 高知城夜景 コンフォトホテル高知泊
5月16日(土) 桂浜・高知城観光 高知→羽田今治城 名所・史跡
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▲▽今治城▽▲
▽蒼吹の井▽ -
▽蒼吹の井▽
内堀から近く、水位も同じ位ですが真水の井戸。 -
石段(雁木)を上ります。
今治城 名所・史跡
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白漆喰塗りの塀は石垣の上に建てられたの防御用の塀で、土塀の内側には控柱が立ち、塀には狭間がありす。
雁木の上にあるこの通路は ▽武者走り▽ で兵士たちが素早く石垣の上や塀の足元に登り、狭間から弓や鉄砲で攻撃できるように設置されているそうです。*Gemini
武者走り懐かしい。犬山城で見た時、廊下がそれと分からずスタッフに教えて貰った(^^)/ 具志川城跡でもどのことが良く分からなかった。只今Geminiに教えて貰ってやっと分かりました。「『武者走り』は、特定の部屋や特定の構造を指すのではなく、『兵士(武者)』が防戦のために迅速に移動・巡回するための通路全般」を指すのだそうです。なので犬山城のように建物の「中」で作られた通路と、今治城のように、建物の「外(塀の内側)」で作られた通路 があるのですね。 -
武者走りの向こう、正面の建物は多聞櫓。前の写真では左の建物になります。
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土塀の狭間より堀
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▽御金櫓▽
折角、雁木をあがったのですから、内部観覧したかったのですが、天守に行かないと券は買えないそうです。 -
▽天守▽
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▽吹揚げ神社▽ 由緒
御祭神は 天照大神(あまてらすおおみかみ)八幡大神(やはたのかみ)事代主神(ことしろぬしのかみ)厳島大神(いつくしまじんじゃ) 藤堂高虎(とうどうたかとら) 久松定房(ひさまつさだふさ)の6柱。 -
▽吹揚げ神社▽
石段を上ります。 -
▽吹揚げ神社▽ 社号碑 & ▽天守▽
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▽天守▽
野面積みの石垣
算木積みにも間詰め石が使われている。強度は弱いのでしょうが、パッピー好みの石垣。 -
▽天守▽
色の組み合わせも素敵。 -
▽今治城沿革▽
関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。別名吹揚城(ふきあげじょう)ともいいます。*今治城ホームページ -
▽天守▽
13:40 いよいよ天守に入ります。 -
▲▽今治城▽▲
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▽天守▽
デイパックは入り口で預かって貰えました。 -
◎今治城共通観覧券 420円 (65歳以上)
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▽天守展示物▽
パンフレットは貰わなかったけれどあったのだろうか? -
▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
旗印の「白餅」は「城持ち」を意味する言葉遊びのおまじない。 -
▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
似たような話 小泉八雲館でも聞きました。 半年ほど前ですが懐かしい。シマッタこの写真もアップしていない(-_-;) -
▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
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▽天守▽より
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▽天守展示物▽
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▽天守展示物▽
今治に残る中世の石塔 -
▽天守展示物▽
▽転用石▽
今治城の築城時に石材が足りず、石塔の一部が石垣に使われた。
福知山城にもありました。 -
▽今治城の本丸▽ は
神社の立っている場所です。 -
左より、鉄御門、蒼吹の井、白漆喰塗りの塀、堀の向こうには今治の町その向こうに 瀬戸内海が見えた。
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▽展望台(6F)▽より
▽パノラマ案内写真▽ 北方向 -
▽展望台▽より
赤白のNTTのタワーの後ろに連なるのは案内写真によれば近見山。 -
▽パノラマ案内写真▽ 瀬戸内しまなみ海道
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中央に赤の帯に白地でヤンマーと描かれたビルの向こうに今治港その向こうに瀬戸内しまなみ海道を確認。
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▽パノラマ案内写真▽
瀬戸内海に浮かぶ島々 -
▽展望台▽より
中央のライオンズマンションのビルの後ろに薄っすら見えるのが高井神島。
高井神島は人口11人の離島で空家などに漫画が描かれている「マンガ島」だそうです。日本にも知らない観光地が色々ありますね。 -
▽展望台▽より
太平洋セメントのサイロの後ろの比岐島をズームイン。 比岐島は無人島。 -
▽パノラマ案内写真▽ 南方向
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▽展望台▽より 南方向
右手前に吹揚神社 右手に黄色の屋根の奥に見える左右の緑のベルトが蒼社川のようだ。その奥に四国山地が聳える。瀬戸内海を挟んで左は西条市街。 -
▽展望台▽より 四国山地
世田山と笠松山の向こうには石鎚山が聳える。 -
▽パノラマ案内写真▽ 西方向
堀沿いに吹揚小学校。 -
▽展望台▽より西方向
塔のような高層ビルは今治国際ホテル。 -
▽山里櫓▽ 展望台より
この後ここが分からず歩き回りました。 -
▽展望台▽より
藤堂高虎公像と御金櫓が見えます。 -
今治城ARアプリをダウンロードしたものの、遅すぎた。展望台からでないと再現できません。パッピーのスマフォには未だに思い出のアプリが入ったまま(>_<)
https://www.city.imabari.ehime.jp/museum/imabarijo/info/AR.pdf -
▽天守▽
14:40頃天守内覧終了。デイパックをそのまま預けっぱなしにすると沢山歩くことになると言われたので、デイパックを背負って、天守から一番近いと教えられた「山里櫓」に向かうが。。。 -
神馬
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▽藤堂高虎公像と天守▽
藤堂高虎公像の所に又来ました。 -
▽藤堂高虎公像と天守▽
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▽藤堂高虎公像と天守▽
天守に展示されていた藤堂高虎公像と天守の写真のアングルがよかったので バランスよく写るように何枚か撮りましたが(>_<) -
▽鉄御門・武具櫓▽
14:54 鉄御門・武具櫓に着きました。新築の日本家屋がドドーンと展示されている感じです。すべて釘を使わず固定されているそうです。 -
▽鉄御門・武具櫓▽
冠木、鏡柱、控柱等の図解説明や木材展示がされていましたが、余り興味ないのですよね。 -
▽鉄御門・武具櫓▽
犬走りが何か分からず窓から下を覗いてみました。今頃知ったのですが、現在でも使われている建築用語だったのですね。 -
▽鉄御門・武具櫓▽
石落としです。
ここから石を落としたり鉄砲を撃ったりします。 -
▽鉄御門・武具櫓▽
格子窓です。
敵兵の侵入や矢玉を防ぐために、太い格子をつけた窓です。 -
▽鉄御門・武具櫓▽
桝形虎口は、石垣や土塁で囲った四角形の広場を伴う城の出入口のことです。これまでは桝形虎口には一つしか門がありませんでしたが、今治城には高麗門、鉄御門と二重構えの城門があります。 -
▽御金櫓▽
御金櫓は撮影禁止。
館蔵品展の目録をスキャンしましたが、どんな感じの作品だったか記憶にない。
スタッフにパッピーがどの櫓内を内覧したのか記憶をたよりに確認し、山里櫓に向かう。 -
▽山里櫓▽
掛軸・陶器の展示がありました。
釈迦如来坐像、静観音立像等と薩摩焼
薩摩焼解説の写真がピンボケなのでGeminiに書き起こしてもらいました。ナガーイ説明文の始めの部分のみ要約。
鹿児島県(旧薩摩藩の薩摩・大隅地方)の近世陶器の総称で、陶器窯を開く契機を与えたのは島津義弘。豊臣秀吉の朝鮮出兵後、朝鮮半島の陶工を連行して薩摩焼は開始された。
こちらに展示されている薩摩焼きに独自性があるのかパッピーには読み取れませんので、これだけで失礼。 -
▽山里櫓▽
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15:33 山里門を抜けて高麗門に向かう。
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▽天守▽
山里門そばから -
▼山里櫓の石垣は何積み?▼
これは一体何積みなの? どっちでもいいか(^^♪
野面積みにしてはゴツゴツしていないので別の呼び名があるのかと思い、画像検索でAIに教えてもらうと、「高虎の優れた設計力と、海岸沿いの自然石を絶妙に組み合わせた職人たちの確かな目利きによる野面積み」だそうです。ホントかな?
Geminiに改めて聞くと「打込ハギ乱積み」です。
お互いの言い分があってパッピーを納得させようとナガーイ説明をしてくれるのですが(>_<) -
なんて書いてあるのかと思えば
「史跡 今治城跡」でした。 -
15:36 高麗門前の橋から帰ります。15:34発バスの後は30分待つことになります。
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▽今治城▽
堀越しの風景を楽しみます。今治城 名所・史跡
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▽今治城▽
今治城 名所・史跡
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▽今治城▽
この辺りの旧町名は山里通り。今治城 名所・史跡
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▽今治城▽
15:34発バスが遅れているかもしれない、別のバスがあるかもしれないとバス停に行って見ましたが。甘いって。今治城 名所・史跡
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▽今治城▽
16:09まで待つ気になれず、かと言って、タクっても上手く行って特急に乗れるだけのこと。今治城 名所・史跡
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▽今治城▽
15:44 ご近所さんに、遠いですよと言われるも、駅まで歩くことにした。バスに乗らずに駅まで歩くなら、堀沿いを今治城前のバス停まで歩く必要はなかったのですが。今治城 名所・史跡
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▽今治国際ホテル▽
ギリシャ神話の曙の女神「イオス(EOS)」の彫像 。中村晋也作。
16:03 今治国際ホテルの前でイオスの像に遭遇。今治国際ホテル 宿・ホテル
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駅前のロータリーにあるのは何の像でしょうか?
猿飛佐助像 名所・史跡
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▽猿飛佐助像▽です。
16:20 猿飛佐助像着 ノンビリ歩いたので城から30分以上かかりました。猿飛佐助像 名所・史跡
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▽猿飛佐助像▽
猿飛佐助像 名所・史跡
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16:45発 普通で松山に向かいます。
▽猿飛佐助と山田阿鉄▽
猿飛佐助の名前だけは知っていましたが、山田阿鉄初耳です。
Geminiに石碑を書き起こしてもらいました。
「猿飛佐助と山田阿鉄
明治・大正時代、空前の大ブームとなった大衆娯楽小説「立川文庫」の原作者は、今治市出身の山田一族である。そして、その執筆の中心として活躍したのが、山田阿鉄である。
立川文庫は明治四十四年から約十三年間に百九十六巻出版されたが、どれも人々を捉え、爆発的な売れ行きであった。中でも、大正三年(1914年)に発売された第四十巻「忍術名人 猿飛佐助」は、大ベストセラーとなった。ここに、“忍者といえば猿飛佐助”といわれるほどのスーパースターが誕生したのである。その後 猿飛佐助は、真田十勇士とともに映画やドラマ、漫画などに次々と登場し、後世の文化にも多大な影響を及ぼしている。
日本全国、猿飛佐助を知らない人はいないといってもよいだろう。時代を越えて人々の心の中に生き続け、これからも語り継がれていくことだろう。
この偉業を成し遂げた山田阿鉄の遺骨は、今治市の観音禅寺に静かに眠っている。」
頑張って撮ったつもりでも、何でこんなの写したのと本人がウンザリしています。
アクセス下さる皆さまには感謝しかありません。
最後までアップ出来ずに大分の旅になりますが、お許しの程を。
皆さま、残り少ない夏をお楽しみ下さい。
2026年8月13日 パッピー猿飛佐助像 名所・史跡
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