2025/05/11 - 2025/05/11
9位(同エリア710件中)
morisukeさん
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オッサンネコです。
昭和30年代、戦後の復興とともに木材の需要は急増し、
日本各地の山では林業が盛んに営まれていました。
山から木を伐り出し、山を耕し、その恵みで生計を立てる。
山深い場所にも集落があり、そこで暮らす人々が確かにいたのです。
ところが、日本が高度経済成長を迎えると時代の潮目が変わります。
海外から安価な木材が大量に入り、
都会にはいくらでも仕事がある時代の到来…。
やがて山を生業にしていた人々は次々と山を下り、
全国の山間には住む人のいなくなった集落が残されていきます。
そんな四国の深くて深い山の中…
奥祖谷にも、谷を隔てて世間から切り離されたような
小さな山上集落があったそうな。
その名前、田丸(たまろ)集落と云ふ。
なんでも、かつて集落へ渡る唯一の吊り橋はすでに失われ、
今そこへ向かうには、自力で川を渡らなければならないそうな。
さらに山上集落に続く、道なき道を上り詰めた先には、
かつて人々が信仰した小さな神社が今も遺されているそうな。
到達困難とされる場所にある未だ見ぬ景色、
そんな浪漫を想像してしまった以上… 行かねばならぬでしょう。
果たして、時間が止まってしまった昭和の廃集落とはいかなるものなのか。
その時の記録です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
どうもどうも、オッサンネコことモリネコです。
高屋神社で朝の霞を肺腑の奥まで吸い込んだ後のお話。
香川・徳島のふらり旅。
最後はもう一度祖谷に戻り、田丸集落を目指したいと思います。
まずは祖谷名物、小便小僧から ( ゚∀゚)
なぜにここに小僧を置いたのか… 謎である。 -
写真では伝わりにくいのですが…
ぜひこの高度感をインプットして欲しいのであります。
今回目指す田丸集落は、一度この谷に降りて川を渡渉し、
対岸の山を登った先という、とんでもない場所にあるんです。
それでは”廃の者”を魅了してやまない田丸集落に向かいましょう ( ゚∀゚) -
まずは田丸集落への行き方をご説明しましょう ( ゚∀゚)
地図はいつもの如く、国土地理院の地図を拝借。
いつもありがとうございます。
ランドマークは秘境と名高い祖谷渓温泉。
旧西祖谷山村の役場から県道32号線を辿っていくと、
対岸の山の上に神社の地図記号があるのがわかるでしょうか。
目指す田丸集落はまさにこの山の上にあるのです。
アプローチも至ってシンプル。
県道32号線から、黒い点線がそのまま田丸集落に通じてますね。
理論上は、この黒い点線の道を往けば集落にたどり着くってワケ。
そう、理論上はね…。 -
先に実際に辿った道をGPSの歩行記録で見てみましょう ( ゚∀゚)
多少道を見失っていますが、アプローチとしては悪くないかと。
ちなみに、この田丸集落に行くにはGPSが必須です。
愚直に上へ上へ。
でもあまりにも道が不明瞭なので、何度も心が折れそうになります。
心の友は、GPSが指し示すゴールの位置だけ…
それでは田丸集落への道のり、始まり始まり… 。゚゚(*´□`*。)°゚。 -
まずは田丸集落への入り口からスタートです。
このガードレールの脇から、微かに残るトレイルに取り付きます。
最初はなだらかな尾根筋を100mほどの下り道、
そこから川底に向かって、変態みたいな急坂を降りていきます。 -
田丸集落の入り口には四国交通のバス停留所があります。
この辺がなぜ「前田丘」という名前なのかは全く不明。
時刻表は白塗りになっているので、一見廃止路線のように見えますが…
祖谷線の中には今だに「前田丘」という停留所は載っているのです。
山の中にポツンと残されたバス停の標識。
バスの停留所が現役かどうかは分からないのですが、
このバス停を利用する人がいないのは明らかでしょう。 -
イメージは川底に向かってつづら折れの道を下りる事になります。
わずかな踏み跡に残されたピンクテープが目印になるかと思いきや、
林業関係者が置いていったものもあるので、当てにはならんのです。
なんとなく、道っぽいものを見極めて下りていくのですが、
急坂と杉の落ち葉で、めちゃくちゃ足元はスリップします。
谷底へ滑らないように、慎重に慎重に… (((; ゚ロ゚)) -
これが道です(笑)
わかってもらえるようにルートを矢印でつけてみました♪
もはや道じゃねえ… (゚∀゚≡゚∀゚)ウヒョー
厄介なのは倒木。
倒木があると行き止まりに見えるのですが、
倒木の先に道があるのが、廃道のセオリーなのです (´~`* ) -
なんやかんやで谷底まで下りて来ました。
集落入り口からここまで30分程度、いいペース ( ゚∀゚)ノ
昔はこの川の上に吊り橋が掛かっていたのですが、
今は踏み板が吹っ飛んで、ワイヤーだけが遺構として残るのみ。
なので、ここからは靴を履き替えて、川を渡渉します。
川の水深は、深いところで膝上まで。
ポイントは、絶対素足で渡ろうとしないこと。
川底の石は尖ってたり、苔が生えてたりするので、
素足だとバランスを崩してドボンのリスクが高くなります。
ちなみに…5月の祖谷川の水はキンキンに冷えてるので、
渡渉に手間取ってると、冷たさで悶絶する事になります。
如何に迅速に川を渡り切るか、これ大事 (*´∀`) -
見上げると吊り橋の残骸がぶらりと吊り下がってますぅ。
えっ…すんごい高い… (; ゚ロ゚)
祖谷のかずら橋なんかより遥かに怖そうなのである。
吊り橋が壊れてなかったとしても、これは渡りたくないのである。 -
次は対岸。
道はないので岩をよじ登って、吊橋の塔柱に取り付きます。
かつて田丸に住んでいた人々はこの吊り橋を利用していたので、
ここから集落までは明確な道があるはずなのです。 -
踏み跡を辿っていくと、石垣が見えて来ました。
人が営んでいた確かな痕跡…
あゝふつくしい… ・゚・(ノД`)・゚・。
田丸集落は、実質ふたつの集落がありまして、
ひとつはここ、祖谷川のそば(山の麓)にあるのです。
これを便宜上、田丸第一集落と呼びましょう ( ゚∀゚) -
第一集落にはペしゃんこになった家屋が数軒あります。
今はトタンの屋根がかろうじて原型を留めるのみ。
あと数年もすれば、すべて倒壊する運命をたどるのでしょう。
諸行無常の摂理が寂しく目の前に映るのみ。 -
森の中に拓かれたわずかな平地に建てらていた家屋。
もちろん、電気も水道もなく、便利とはかけ離れた世界。
ここの人たちはどんな暮らしをしていたのか、想像もつかないのです。
モリネコはクモが嫌いなので、ここの暮らしはムリです… -
おや、これはなんだ……( ゚Д゚)……?
貯水槽と炭焼き窯か… と思ったら… -
炭焼き窯に見えたのは、風呂釜でした。
五右衛門ブロってやつですな (*`∀´)
モリネコの母方のおじいは宮崎のド田舎に住んでたのですが、
その母屋にあったのが、まさに五右衛門でした。
当時、実家に帰った時は、風呂に入るのが嫌で嫌で…
今だったら間違いなく風呂キャンしますな ( ゚∀゚)ウホッ -
面白いものを見つけました。其の壱。
保温釜の中にあるサビサビのカンカン。
これ、よーく見ると、特殊調整粉(明治乳業)って書いてますね。
いわゆる粉ミルクが此処にあるってことは…
この田丸集落にベビーがいたって事ですな ( ゚∀゚)ホウ -
面白いものを見つけました。其の弐。
ワンカップ… は廃村ならどこでも見られるので置いといて…
三角定規ぃ ( ゚∀゚)ウホッ
小学生くらいのキッズもいたのでしょうか。
しかし…
あの吊り橋を渡って、あの変態みたいな斜面を登って、
そこからさらに村の中心にある小学校まで4km…?
しかもそれを毎日??
なんて過酷な通学路 (; ゚ロ゚) -
面白いものを見つけました。其の参。
サンスターの歯磨き粉。
150gで100円なり。
そうです。昔の歯磨き粉は、本当に粉だったのです。
現代の歯磨き粉はペーストなのに粉と呼ぶ…
その源流はまさに、こやつにあったのです ( ゚∀゚) -
面白いものを見つけました。其の四。
プルトップ式の空き缶は、これまた懐かしい。
赤い星マークはサッポロビールですな。
やっぱ仕事の後のプシュは都会も田舎も関係ないっしょ (*`∀´) -
集落の外れには共同墓地もあるのですが…
大半は墓石が撤去されているので、墓終いがされているようです。
墓石が残されているのは一基のみですが…
目の前の小さな丸い石も、恐らくは小人の墓石なのでしょう。
墓石を拝見すると昭和二十四年に若い夫婦二人が亡くなられてました。
合掌。 -
さて、ここからがいよいよ本番。
田丸第二集落への道のりは、言葉にすると「地獄」。
第一集落からは、ひたすらに斜面を上へ上へ。
序盤はつづら折れの道がなんとなーく見えるのですが、
途中からはガレた岩が転がる道なき道をただ登るのみ…。
ちなみに斜面の傾斜角は45度。
実は数年前にもチャレンジしたことがあったのですが、
その時は道が見つからず、やむなく撤退した苦い思い出があります。
今回はGPSを頼りに、万全の装備で挑んでおります。
ただ、とにかくキツい。
終わりの見えない坂道に心が何度も折れそうになります… (*´-`) -
道はまったくわからなくなりましたが、
ポイントはとにかく杉の植林帯を突き進むことです。
杉林こそ、山人たちが林業で生業を立てていた証。
なお、杉の枯葉は転んでもクッションになるので安心です♪
絶対にやっちゃいけないのは、広葉樹の斜面には入らないこと。
広葉樹の方に迷い込むと、もはや引き返すのすら困難になります。 -
これを見つけたら一安心。
赤黒の標柱は、村境を示す境界標…じゃないかなーと。
西祖谷山村は、三好市に合併する前の旧村名。
合併前(2005年)の人口は約1,670人。
役場は、高低差はあるものの、田丸から4kmくらい。
という事は…ここから歩いて小学校まで通えたって事ですか…。
いやいや、昔のキッズは立派よ ・゚・(ノД`)・゚・。 -
山頂付近までようやく辿り着きました ( ゚Д゚)
第一集落から45分経過。
ようやく田丸第二集落に到着しますた。
オデ、頑張ッタ。
山頂付近は、先ほどまでの急斜面が嘘のように開けてます。
すでに倒壊した家屋の姿が見えますが、
この日当たりのいい斜面を利用して、畑作をやってたのかなーと。 -
ここにも石垣と五右衛門風呂が残されてました。
石積みは風呂場跡なのか…。
風呂釜は鋳鉄…だよなぁ。
100kgはないと思いますが、まさか人力でここまで運んだのかしら。
ひょっとしたら荷物搬送用の索道があったのかもですね。 -
面白いものを見つけました。其の伍。
錆びたカンカンに書かれた文字は… 太田胃酸ですね。
昭和の時代、太田胃酸の胃腸薬は家庭常備薬だったと聞きます。
廃集落で見かけた、確かに人が生活していたリアルな遺産。
それが太田遺産… なんちゃって (*´艸`)ウヒヒ
はい、言いたかっただけです。 -
先ほどの廃集落からなだらかな斜面を進むと…
見つけたぁ━━━(゚∀゚≡゚∀゚)━━━ぃ。
斜面との戦いの果てにたどり着いた神社。
田丸第二集落にある妙見神社ですたい。
狛犬が昔と変わらず廃集落を守り続けています。 -
ちなみに、神社があるということは
この田丸集落が共同体として成り立っていた証でもあるのです♪
逆を言えば、小さく孤立した共同体だからこそ、
自分たちを守る神様が必要だったのでしょう。 -
イチオシ
こちらのコマさんも凛々しい姿でお出迎えしてくれます。
Youtuberさんの話だと、少し前までは倒れてたらしいのですが、
誰かが起こしてあげた模様 ( ゚∀゚)
無事ここまで来ることができました。
合掌。 -
神社の社。
ちゃんと参拝ができるように石段が設けられてます。 -
イチオシ
田丸集落の妙見神社。
廃集落に残された数少ない遺構。
氏子が去ってもこの地をそっと見守り続けたのでしょう。
なんと神々しい姿なのでしやうか 。゚゚(*´□`*。)°゚。
合掌。 -
神社を少し登ったところにも家屋がありました。
この田丸集落に関しては、明確な起源は分かっていないのです。
ただ、明治から昭和30年代頃は、林業が大きな産業だった時代。
林業や畑作を営みながら、深い山と共に生きた人々が、
この地で暮らしていたのでしょう。
特に戦後、日本中で家を建てまくった戦後の復興があったので、
建築資材である木材は飛ぶように売れたのですな。
山を持っている地主は、木が貴重な現金収入になったワケです。
祖谷のような深い山村でも、暮らしが成り立っていたのは、
そんな時代背景があったからになります。
ところが、昭和40年代以降、流れは一気に変わります。
海外から安い木材が大量に輸入されるようになると、
国産木材の価格は低迷する事になります。
さらに高度経済成長期を迎え、都会には多くの仕事が生まれます。
山で暮らし続ける理由は薄れ、人々は次々と山を下りました。
田丸集落もまた、昭和50年代には静かにその役目を終え、
廃村への道を歩んだのだと思われます (*´-`) -
イチオシ
別方向から見ると壁は完全に吹っ飛んでました…
間違いなく倒壊のカウントダウンは始まっているでしょう。
あと何回台風に耐えられるか。
ただ、今しか見られない景色だからこそ廃のものは美しく、
私たちを魅了するのです。 -
つぶれかけの小屋の端にあったドラム缶。
用途は不明ですが、ひょっとすると水桶だったのかも。 -
小屋にポツンと残された何かの機械。
これも使用用途は不明ですが、単気筒の定置用エンジンですな。
私の記憶する限り、昔の農家ではこのタイプのエンジンが多く、
脱穀や精米、揚水や発電をしていたと聞いたことがあります。
雨風が当たらない場所に置かれていたので、見た目は比較的良好なり。 -
これも昭和の廃集落には”あるある”の光景。
サッポロの瓶ビールが無造作に放置されてますが、
コレ、ここまで運んでくるの大変だったろうなぁ。 -
こちらは家屋の残骸。
残念ながら完全に倒壊して跡形もなくなってます。
田丸集落は、祖谷という土地がら、
平家の落びとが住んでいたという憶測も飛び交うのですが、
勿論、その史実はどこにもないのです。
田丸集落に残されていたのは、深い山で生きた人々の暮らしの痕跡。
そして、日本の林業が栄え、衰退していった時代を映す、
ひとつの山村の記憶ではないかと思います (´~`* ) -
もう少し先にも廃屋が残されてました。
いつ倒壊してもおかしくないので、外からその姿を眺めるだけ。
この家屋の前にも風呂釜が… 水は雨水で確保してたのかな…。
この先はどうやら何もないようでした。
後は元来た道を下るのみですが、万が一道を外してしまうと、
急峻な岩の上に出て行動不能になってしまうケースがあるので、
慎重にルートファインディングをする必要がありまっす ( ゚Д゚) -
イチオシ
ここまで下りてきたら一安心…
後はもう一度川を渡渉して、もう一度斜面を登るだけなんですが…
もし上流で増水すれば、勿論この谷から戻れなくなります。
静かで澄み切った渓流を前にして、
山では『帰り道』もまたリスクなのだと実感した午後なのでした。
今回の旅はここでおしまい。
それではまた~。
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この旅行記へのコメント (18)
-
- ゆきうさぎさん 2026/08/23 04:57:23
- 着眼点が面白すぎ!
- morisukeさん こんにちは
いち早く押してくれたのが、morisukeさん!
身に余る光栄です~ありがとうございます。
昭和の遺物を探しながらの散策、面白すぎます、
でもこうしたモノを撮影してると、周囲から(?)の視線がありませんか。
座り込んで、苔の写真なんかを道端でしたとき「何かあるんですか?」
と言われたことや、アノ雷門を裏から撮って、口コミ投稿したこともあるのですが。
- morisukeさん からの返信 2026/08/29 20:34:30
- RE: 着眼点が面白すぎ!
- ゆきうさぎさん
こんばんは~♪
昭和の遺物探し、楽しんでいただけたようで嬉しいです(´∀`о)
周囲の視線… あまり気にしたことがありません(笑)
人が見向きもしないようなものを追い求めているので、
変な人っっぽく思われてるのは否定しませんが(^^ゞ
雷門を裏から撮るの、なんとなく面白いように感じます♪
みんなが正面から撮る場所だからこそ、
後ろから見た景色に目を向けるのもアリだと思います。
裏から見たシリーズ、楽しみにしております。
Mori Neko
-
- けいロードさん 2026/08/22 10:07:50
- 凄いとしか言葉がありません
- morisukeさま又の名を
オッサンネコさま(これが好きです♪)
はじめまして
いつもご訪問いただき、
いいねをありがとうございます♪
道なき道を行く、凄いとしか言葉が
ありません。
帰りは同じ道を戻ってとおっしゃいますが、
同じ道を戻ることすら難しそうです。
私には行かれない場所を見せていただき
ありがとうございました。
私は普通の道でもわからなくなりますから…
N◯Kのドキュメンタリーにありそうな
秘境感。
五右衛門風呂は私の実家(東京の千代田区)にありました。
煙突からの煙、ご近所さんは迷惑だった
ことでしょうね(・_・;
遠い昔の思い出です。
今後とも宜しくお願い致します。
けい
- morisukeさん からの返信 2026/08/23 00:23:56
- RE: 凄いとしか言葉がありません
- けいロード様
こんばんは~♪ 書き込みありがとうござります(^^
道なき道を…とか言っておきながら、
蜘蛛の糸のような、微かな道は確かにあったので、
山上まで行かない限りは、誰でも行ける気がします(笑)
帰りは同じ道を戻ったのですが…
仰るように帰りの道のほうがとても気を遣いました。
ただ、今はスマホで簡単に位置情報が取れるので、
それほど道迷いのリスクは無くなったように思います。
田丸集落は、他にYoutuberの方も公開しているので、
そっちの方が山歩きの臨場感はあるかもです笑
五右衛門風呂は、東京でも普通に使われてたのですね!
しかも千代田区…
確かに現在、薪を焚べる煙がご近所さんに蔓延したら、
間違いなくクレーム来そうですね (*`∀´)
あのアツアツの釜に入る時の緊張感…
体験したことがない方には問答無用で入らせたい…
なんて思ったりして。
今後ともよろしくお願いします♪
Mori Neko
-
- れいろんさん 2026/08/22 09:56:35
- 廃村、廃道
- morisukeさん、こんにちは。
morisukeさんの廃村、廃道、廃学校シリーズ大好きです。
以前、私は東京に住んでいたので、morisukeさんの旅行記を参考に、千葉県のトンエル水路(どんどん)にも行ってみました。
今は富山県在住なのですが、実は富山には廃村や廃道が多く存在しています。
先日は上市町の種地区にある「骨原集落」に行ってきました。
骨原集落って、凄い名前だなぁと思ったので。
morisukeさん、来富山の際には、是非、行ってみてください。
morisukeさんの「骨原集落」旅行記を心待ちにしています。
れいろん
- morisukeさん からの返信 2026/08/22 13:37:00
- RE: 廃村、廃道
- れいろん様
こんにちは~♪ 書き込みありがとうございます。
ちょちょいとマニアックなのですが、
『廃』をめぐる旅に共感頂けて嬉しい限りです(´∀`о)
廃村や廃道って、うまく言葉にはできないのですが、
惹きつけてやまない『引力』があるんですよね。
単に古いもの、朽ちたものを見るというより、
その先に「ここで誰かが暮らしていた」
「この道を誰かが歩いていた」という痕跡を見ることで、
その場所が賑やかだった頃の情景を、ついつい夢想してしまうんですよね。
富山の骨原集落は全く知りませんでした。
富山へ行く機会があれば、ぜひ訪ねてみたい場所として覚えておきます。
と言っても、人口減少や暮らしの変化の中で、
これから全国各地で人の住まなくなる集落も増えていくのでしょう。
そう考えると、廃村の風景や痕跡を記録として残しておくことも、
ささやかながら意味のあることなのかもしれないなーと思いました。
完全に自分なりの解釈ですが (^^ゞ
また全国津々浦々、いろいろ巡ってみたいと思います。
Mori Neko
-
- kiyoさん 2026/08/16 08:20:07
- す、すごすぎる(@@
- morisukeさん、こんにちは。
毎回、morisukeさんの旅行記には度肝を抜かれておりますが、
これは、もうそれらを超越!
「旅」というより「ドキュメンタリー番組」を見ているようでした。
かなりの危険が伴う道中とお見受けしましたが、
御無事で何よりです。
そして、貴重な集落の様子を見せていただき、ありがとうございました。
kiyo
- morisukeさん からの返信 2026/08/16 23:13:46
- RE: す、すごすぎる(@@
- kiyoさん
こんばんは~♪
ドキュメンタリー番組とは、なんとも嬉しいお言葉です。
調子に乗って、次はナレーションまで入れたくなります(笑)
特に山奥の廃村に関しては、あちこちに放置されたものから、
そこで暮らしていた人たちが実際にどう生きていたのかを察する事ができます。
そこに想いを馳せていたら、こんな感じに仕上がっちゃいました。
何よりも「貴重」と言ってもらえて、感謝×感謝でございます ( ゚∀゚)ノ
廃道を往くのは、それなりにリスクがあるのですが、
とにかく慎重に、いつも引き際を決めて歩いています。
これからも無事故・無違反を心がけて頑張ります ( ̄^ ̄)ゞ
今後ともよろしくお願いします。
Mori Neko
-
- kayoさん 2026/08/14 00:38:52
- あそこに村があったんですか~?
- モリネコさん、今晩は~☆
相棒が生きていた頃、二人で祖谷から大歩危小歩危を巡り、
あの小便小僧の写真スポットからV字渓谷を撮影しましたが、
あの下の川まで下りられ、川を歩いて渡り、対岸の廃村までの獣道のような道のり。
冒険家でしかできない好奇心ですね。いくら訪れられた先人がおられても、
普通は引いてしまいそうな道のり。変態認定~!
今は誰もいない過去の村の様子、
五右衛門風呂や残された遺物が当時の暮らしを物語っていますね。
私の父親が徳島出身で今も毎週のようにバスで大阪から故郷へ。92歳ですよ。
もう親戚もいないのに徳島が故郷なので、いくら止めても勝手に帰省。
今週は毎年恒例の阿波踊りのため、明日またバスで徳島へ行く予定だとか。
この父親を見ていると私の方が先に逝くのではないかと思い始めました。
kayo
- morisukeさん からの返信 2026/08/14 16:45:18
- RE: あそこに村があったんですか~?
- kayoさん
こんにちは~。毎度どうもです~♪
手前味噌にはなりますが、変態の自覚アリです(笑)
学生時代は知床を羅臼側から3日かけて、岬の先端まで踏破した事があります。
その時も、クマに怯えながら道なき道を突き進みましたが、
道中キツネの集団に夜襲されるなど、ハプニング満載のプチ冒険でした。
やってる事は今と変わらないのですが…
まぁいい意味でいい大人になったという事ですな ( ゚∀゚)ノ
やはり好奇心、大事です。
好奇心が尽きた時、モリネコの魂も尽きる時だと思いますが、
Curiosity killed the cat, but satisfaction brought it back.
知りたいことを知る満足にはそれだけの価値がある、と信じています。
ちなみに、元気なお父上、私としたら羨ましい限りです。
私の父は早くに他界していますが、原因は若年性の痴呆でした。
さっさと仕事を引退して、田舎に引っ込んじゃったのですな。
やっぱ仕事でも趣味でも「生きがい」を持ってる人は
往々にして長生きで元気に見えます。
阿波踊りにはそれだけの意義がある… という事で
今度私もぜひ、阿波おどり会館にいってみようかなぁと (ノ∀`)
暑い日がまだまだ続きますので、体調にはご自愛くださいませ。
Mori Neko
-
- Mr.チャングムさん 2026/08/13 17:41:26
- オッサンネコさん初めまして!
- ご迷惑でしょうが、オッサンネコさん大好きです!
- morisukeさん からの返信 2026/08/14 16:13:08
- RE: オッサンネコさん初めまして!
- Mr.チャングム様
ありがとうございます!
そう言われると、また道なき道に突撃しそうです。
ほどほどに頑張ります笑
Mori Neko
-
- ベリーニさん 2026/08/13 10:02:25
- あんな地獄な道なき道を行く…
- morisuke さん、おはようございます。
凄い…いやもう凄い! 凄過ぎますって☆
自分では絶対に見る事ができない・でもって、知る事ない場所へ案内していただきましたです(°▽°)☆☆☆
良いです、『なんかが』ビンビン伝わって来ました。
で、狛犬を起こしてあげた方も居るとは…他にも(morisuke さんだけでなく)ここを訪ねた猛者が居るってことなんでしょうか…マジですか(オーマイゴー)
morisuke さんが無事に帰って来れて良かったです。
- morisukeさん からの返信 2026/08/14 16:05:40
- RE: あんな地獄な道なき道を行く…
- ベリーニさん
こんにちは~。書き込みありがとうございます。
そうです、私はすごい人なんです(笑)
いや、廃村を目指して山をフラフラしてる変なおじネコです ( ̄^ ̄)ゞ
『なんかが』伝わってきた…
これ最高の褒め言葉です! ありがたく頂戴します。
廃村を訪ねると、そこに生きていた人の記憶が見えるのです。
それは石垣だったり、酒瓶だったり、子供の靴であったり、
街とは違う不便の中に、そこに生きた人たちの矜持だとも思うのです。
コレだから、廃村を巡る旅はやめらんないのです (^-^ )
廃村を訪ねると、昔そこに住まれてた関係者の方が、
いまだに神社を参拝されている形跡を見かけます。
かつて祖先が開拓した場所…
そう簡単に切れるものではないのかもですね。
今後ともよろしくお願いします。
Mori neko
-
- 万歩計さん 2026/08/13 09:02:34
- 圧巻の廃墟探検
- morisukeさん 、おはようございます。
廃墟を探検するmorisukeさんの旅行記の中でも、今回は特にすごい。半ば道なき道を進む登山ですね。「こんな場所をどうして知ったの?」というのが最初の疑問でした。
私が幼い頃、九州の片田舎では単気筒の定置用エンジンがそこいらで使われていました。手押しの耕運機にはこのエンジンが積まれ、水冷式で時々冷却水を注ぎ足していました。濠の水を抜く「濠干し」でも揚水ポンプをこのエンジンで回していました。干された濠に入って鮒やナマズが撥ねるのを捕まえた楽しい思い出があります。
私も祖谷地方を回ったことがあります。その時タクシーの運転手さんが自嘲気味に 「祖谷には何ーんもない。コンビニない、ガソリンスタンドない、病院ない、銀行ない。何ーんもない」と言った事を思い出しました。
万歩計
- morisukeさん からの返信 2026/08/14 10:49:18
- RE: 圧巻の廃墟探検
- 万歩計様
こんにちは~。書き込みありがとうございます。
今回のは…登山ですね(笑)
標高差だけを見ると、そんなにハードルが高い行程ではないのですが、
川を渡るとか、道がないとか、少しサバイバル的な要素が入る分、
ある程度の経験値(と好奇心∞)は必要かと思います ( ゚∀゚)ノ
ちなみに情報の出元はSNSです笑
ただ、田丸集落の山上まで辿り着けた猛者は少ない様に思います。
定置用エンジンの話、とても興味深く拝見しました♪
私の実家も田舎なので、見たことがあるような…ないような…といった感じです。
現在はなんでも専用化される流れなので、汎用動力源としてのエンジンは
あまり見かけなくなった気がします(違ってたらごめんなさい)。
私の田舎では、池の水を抜く作業を「かいぼり」と言っていた記憶があります。
随分とその行事も行われていないそうなので、これも時代なのでしょうか。
祖谷はホントなんもなかったですね (´~`* )
ただ最近は外国の方に祖谷はめちゃくちゃ人気だと耳にします。
何もないところに「価値」を見い出す…
今後の地方再生の鍵はそんなとこにあるんじゃないかなーと思ったりして。
今後ともよろしくお願いします。
Mori Neko
-
- 熟年ドラゴン(喜寿超えだけど)さん 2026/08/13 06:04:10
- こりゃまた辺鄙なところへ!
- いろんな旅行記見ましたがこんなところ行ったのは初めて見ました。
登山のバリルートより危険⚠️ですやん。
昔は紙の地図だけ持って山登りしましたが、今はYAMAPの地図ないと怖くて山へ行けなくなりました。
奥祖谷ではモノレール乗ったり案山子の里訪ねたりしましたが、これはもう冒険記ですね。
- morisukeさん からの返信 2026/08/14 10:09:22
- RE: こりゃまた辺鄙なところへ!
- 熟年ドラゴン様
こんにちは~。毎度どうもです。
コメント頂きありがとうございます。
さすがに登山のバリルートほどではない…と思うのですが f^_^;)
ただ、道らしい道がないうえに、
途中から本当にこっちで合ってるのか?という不安はずっとありました。
私も昔は紙の地図を片手に山を歩いていましたが、
今はもうYAMAPに一本化しています。
最近ではコンパスすら持っていかなくなりました…。
今回の廃村探索では、YAMAPのありがたさを実感しました。
完全に自己責任の世界なので、冒険と言えば聞こえはいいのですが、
それ故、怪我なく生きて帰ってくることはものすごく意識しています。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
Mori Neko
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