2026/07/10 - 2026/07/11
-位(同エリア1033件中)
あおしさん
和歌山と徳島を結ぶ南海フェリーが来年の廃止が発表されました。
このフェリーはかつては、南海電車~和歌山港~小松島港~国鉄小松島線~徳島、高知と岡山県の宇野と高松を結ぶ国鉄宇高連絡船と並ぶ本州四国のメインルートでした。
本四連絡橋が完成すると、メインルートの座をゆずり、宇高連絡船はJR瀬戸大橋線の代わりに廃止、そしてこの南海フェリーも廃止されることになりました。
廃止前に一度乗るために、今回徳島に行きました。
最初の一日は阿南市の阿波公方屋敷跡と阿南市の小島・伊島に行ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 船 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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スタートは金曜日の夜、JR四国の徳島行きの夜行バスで新宿から。
新宿のバスターミナルは夜行バスに乗る人で大賑わい。
外国人の姿も多く見られました。
かつては東京駅や上野駅で夜行列車を待つ人々でにぎわったものですが、夜行列車も無くなり、今は夜行バスの時代。
時代の流れですね。バスタ新宿 乗り物
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JR四国「ドリーム号」のはずですが、バスは徳島バスの「エディ」号でした。
JR四国、徳島バスとも経営が苦しいので共同運行しているようです。
足柄パーキングエリアでひとやすみエクスパーサ足柄 (下り線) 道の駅
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3列シートなのでそれなりに眠ることができ、朝6時半に徳島駅に到着しました。
さすがに県庁所在地の駅。
JR四国直営のホテルと一体となった立派な駅です。
駅前に「松屋」があったので、ここで朝定食。徳島駅 駅
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JR徳島駅の裏手には徳島城跡があります。
まだ城内の博物館などは開館していませんが、朝の散策。徳島城跡 名所・史跡
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藩祖・蜂須賀家政の銅像です。
徳島城の城主は蜂須賀氏です。
大河ドラマ「豊臣兄弟」で高橋努さんが演じる蜂須賀小六は豊臣秀吉の覇業に貢献し、秀吉から阿波(徳島県)一国を与えられました。
小六はすでに高齢だったので、その領地を息子の家政に譲り、ここから蜂須賀氏の阿波の支配がはじまりました。
蜂須賀氏は明治維新まで生き残り、明治時代は公爵に次ぐ、侯爵となりました。蜂須賀家政銅像 名所・史跡
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もともとは背後の山に天守閣が建てられましたが、平和な江戸時代になると、山下の御殿に藩主は住むようになり、政治も御殿で行われました。
現在は御殿跡には徳島城博物館があり、蜂須賀家、徳島藩の「お宝」などが展示されています。
徳島城の建物も明治後に撤去されて、現在は徳島中央公園となりました。
朝だったので、ジョギングしている人を多く見ました。徳島中央公園 公園・植物園
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徳島駅に戻り、JR四国のローカル線・牟岐線に乗ります。
徳島から南へ向かうローカル線で、電化されておらず、電車ではなくデイーゼルカーが走っています。
まず阿波中島駅で途中下車しました。
かつては交換駅だったようですが、現在はホーム1本1線の無人駅です。阿波中島駅 駅
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阿波中島駅の近くを四国有数の大河・那賀川が流れています。
ちょうど鉄橋を、旧国鉄時代からのレトロなデイーゼルカーが走ってきました。
2005年~2006年、この那賀川にアゴヒゲアザラシの「ナかちゃん」がこの那賀川に現れ、地元の人々のアイドルになりました。那賀川 自然・景勝地
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このあたり一帯平島と呼ばれる場所には、戦国時代末期、足利将軍「阿波公方」の屋敷がありました。
当時は将軍の屋敷らしい豪壮な屋敷があったそうですが、現在は一面の田園風景です。阿波公方館跡 名所・史跡
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ここには「阿波公方 民俗資料館」があります。
昔は有料でしたが、あまり観光客も来ないからか、無料になっていました。阿波公方 民俗資料館 美術館・博物館
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館内には阿波公方に関する資料が展示されています。
足利尊氏に始まる室町幕府(1336年~1573年)は8代義政の跡をめぐって、応仁の乱(1467年~1477年)から、息子の9代足利義尚と弟の足利義視をめぐって争いが起こり、以降、足利義政ー義尚の系統と足利義視-10代足利義稙の系統で100年以上、内紛、権力争いが続きました。
結果、足利将軍家の権威は失墜し、全国は群雄割拠の戦国時代となりました。 -
観光客もほとんど訪れないローカルな資料館ですが、天皇陛下が皇太子時代にここに来られたようで、陛下のお座りになった椅子も展示されていました。
なお、一般観光客も座ることができるので、私もここに座って一息。
陛下が来訪されると、「ハク」が付きますね。 -
歴代阿波公方の木像もありました。
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足利10代将軍・足利義稙。
足利義視の息子で、いとこの9代足利義尚のあと、10代将軍となりました。
しかし、やがて足利義政の妻・日野富子と足利幕府の最高職・管領細川政元に将軍の地位を追われました。
一時は阿波細川氏、その家臣である三好氏、さらには中国の大大名・大内氏の協力を得て11代将軍義澄を追い払って将軍に地位を奪還したものの、12代義晴に敗北して、阿波細川氏を頼って、この地に流れこの地で亡くなりました。
彼が初代「阿波公方」となります。 -
次の「阿波公方」、足利義冬、その後足利義維。
11代義澄の息子でしたが、足利義稙の養子となり、義稙の跡を継いで、弟である12代義晴、13代義輝と将軍の地位をめぐり、たびたび戦いました。
一時は13代義輝を京都から追い出すまで健闘したものに、将軍の地位を奪還することまではできませんでした。 -
阿波公方から14代将軍となった足利義栄。
13代足利義輝が三好氏に暗殺されたあと、三好氏の後ろ盾を得て14代将軍となりました。
しかし、まもなく、織田信長が義輝の弟・足利義昭を奉じて京都に入り、15代将軍にすると、病弱だったのかほどなく病死しています。
これ以降、三好氏も織田信長に滅ぼされ、「阿波公方」が将軍を奪還することはありませんでした。
その15代足利義昭も織田信長から京都を追放され、足利幕府そのものが滅亡しています。 -
14代将軍義栄以降の阿波公方は、三好氏の滅亡後、阿波の国を領地化した長曾我部元親はその権威を尊重して5000石の領地を確保して保護しましたが、その後の蜂須賀氏は100石しか与えず、窮乏化してしまいました。
足利将軍の唯一の正当な後裔でしたが、足利氏の家督は鎌倉公方家に奪われ、徳川幕府にも鎌倉公方足利家は保護され、明治後も子爵(足利子爵家)を与えられたのに対して、阿波公方家は歴史の中に埋もれてしまいました。 -
再度牟岐線に乗って、徳島県南部の中心都市・阿南市の阿南駅へ。
今日はこの阿南駅前のホテルに泊まります。阿南駅 駅
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私は独特の雰囲気を持つ離島ファンでもあります。
阿南市の橘港から高速船で30分の伊島へ向かいます。
この橘湾は松島と同じく小さな島々が多く見られて風光明媚なところです。
阿南と伊島を結ぶ船は1日3往復。
乗船したのは、女性の観光客が4人ほどと、阿南市への買い物に出かけていた伊島の人が数人でした。橘湾 自然・景勝地
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船で約30分、四国本島から離れた伊島が見えてきました。
ひらべったい小島です。 -
伊島の港に到着。
小さな港でターミナルビルなどはありません。
阿南へ帰る船は3時間後。
それまでこの島を散策します。 -
伊島の観光案内図。
6月初めには野生のササユリがたくさん咲くそうですが、もう時期的には遅いようです。
島の先端の観音堂までは大学の体育会の人で往復2時間とありました。
ただ、一般人だと難しそう。
片道1時間で行けるところまで行ってみます。 -
港から伊島の集落に入るところ。
伊島では港のまわりの集落に人々は住んでいます。
私は手持ちが1万円札3枚とクレジットカード。
1000円札がないと帰りの船に乗れないのでちょっと心配でしたが、漁協の銀行(JFバンク)が開いていて1万円札を両替できました。よかった。 -
伊島の人口は61世帯、115人(2013年)。
1990年(平成2年)は279人だったそうなので、過疎化が著しいようです。
集落の中の様子。
この島にはクルマが無く、道は路地のような感じです。
また商店や食堂もありません。
日用品の購入とかどうしているんでしょう。
旅館は2軒ほどありました。 -
島内にある郵便局。
今日は土曜日でATMも休みでした。
隣の家と一体となっていて、その家の方が郵便局をやっているようです。 -
こちらは診療所。
常駐している医師や看護婦さんはおらず、阿南市から出張してくるようでした。
帰りの船には看護婦さんらしき人が2人ほど乗っていいました。 -
伊島の小学校と中学校。
2022年以降児童生徒がいなくなり、現在は休校中です。 -
集落を出て、伊島の先端へ歩きます。
ただ、伊島は観光地ではなく、歩道も案内の道標も整備されておらず、わかりにくいこと。
落ち葉などで埋まっているところもあり、何度も道を見失いました。 -
途中の「カベヘラ」と呼ばれる場所の展望場所。
紀伊水道や太平洋の青い海が見渡せました。 -
伊島の灯台。
灯台に寄り道するつもりはなかったのに、山道に迷って灯台に来てしまいました。
景観もさほどよくはなかったし、無駄骨になりました。 -
途中、視界が開けて、伊島の集落が見えました。
集落の先にあるのは棚子島。
無人島です。
その隣に前島という小島もかつては人が住んでいたそうですが、現在は無人島。
人が住んでいるのは現在は伊島だけです。 -
結局歩いて1時間でこれたのはこの場所まで。
島の先端の3分の1程度のところです。
目の前に広がるのは野尾辺湿原。
貴重な野鳥が飛来したり、希少昆虫の生息地ということで、「日本の重要湿地500」に指定されています。
ここから港に戻り、船に乗って阿南市に戻りました。
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