2026/06/21 - 2026/06/21
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スネフェルさん
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七尾城にやってきました。
能登半島地震の爪痕が城跡にあちこち残り、危険ゆえ、いけない箇所も多かったですが、往時の城の雰囲気を味わうことができました。
本丸の石垣の段々は高低差も数もあり、圧巻でした。
ただ、石垣の横に立って石垣を眺めてみると、防御力の点ではイマイチだったのでは、との感想が浮かびます。
各段の上の平な部分、武者走りに当たる部分の幅がかなり狭いことが分かります。
これでは防御に徹している兵士の後ろを駆け抜けると、干渉してしまいます。
槍みたいな長尺の武器は扱えなかったことでしょう。
その意味では防御力というより、示威の効果あるいは土留めの効果を目的とした石垣だったのでは、との感想を持ちます。
勿論、石垣は城壁の一部ではあるので、防御力が無い、というつもりはありませんが、戦国後期の城と比べて防御力は低くなっていたように思います。
この構成だと、時代が遡る群馬の金山城の石垣の方が防御力が高かったのでは、とも思います。
上杉謙信に落とされたのが裏切り(内応)ゆえ、とのことですが、信長や秀吉の抱え大筒を用いられたら、恐らく持ちこたえることはできなかったでしょう。
高低差は防御において絶対的な制約になりますが、それも鉄砲登場以前の話。
火力を用いた戦において、攻め手が城壁に取りつかせないことが必要ですが、段々の石垣は遮蔽物になってりまい、取りつく隙を作っています。
山の斜面に石垣を積むのが難しかったのでしょうが、山城が廃れて平城になっていった理由の一旦を見ることもできる城です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー
-
金沢から特急乗車
-
シートは可もなく不可もなく
-
七尾駅では看板がお出迎え。
嫁入りのれんと山車が名物のようです。 -
乗ってきた特急を見送ります。
-
七尾駅に降りると「のれん」がお出迎え
-
改札にも「のれん」が
こりゃ、のれん館にいくしかないですねぇ -
七尾駅全景
国鉄っぽい雰囲気が残っています -
駅近の蕎麦屋で腹ごしらえ
出汁が効いていました -
さて、七尾城跡に向かいます
道沿いには大きな看板が -
駐車場に到着
七尾城の説明文 -
城域に向かいます
-
城への道は整備されています
-
杉の樹が林立
左手も城域のようです -
石垣が見えてきました。
-
段数が多い!
-
調度丸跡
武器庫があったあたりです
本丸より低地にあります
ここが落ちたら継戦能力が激減しそうですが、利便性ゆえ、この位置に建設したのでしょうか? -
城内地図
-
左に行くと本丸です
-
ちょっと詳しい七尾城の説明文
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段々の石垣を登ります
-
本丸へむけて
この通路は当時モノでしょうか? -
本丸下大石垣を横から
武者走りにしては幅が狭い。
石の上に石を積むような積み方ができなかったため、段々構造にした、と推定できます -
小ぶりな石垣を越えて本丸へ
この石垣の上に土塀があったのでしょうが、防御力は戦国の戦いには耐えられないレベルでしょう -
遊佐屋敷跡
遊佐氏は守護代と説明文にはありますが、城持ちだったはず -
本丸方面へ上がります
-
本丸の通路を登ります
一応虎口っぽい土塁の遺構はあります -
ここにも段々式石垣が
高低差は大きいですが、上からの弓矢攻撃の遮蔽物になりえる構造です -
本丸の石垣を横から
段差は人の背丈ほどで、よじ登れる程度の差です。
見た目は立派ですが、アリのごとく群がる攻め手に対して、防御が追い付かなかったことでしょう -
本丸跡に到着
-
本丸。
結構な広さですが、中心部に小山があり、後背からの攻めには弱そう -
本丸から七尾方面を眺める
見晴らしは良いです -
城碑
結構重そうですが、手で運んだんですかね・・・ -
本丸の小山部には神社があります
-
城山神社
まんまのネーミング -
城山神社には小さい社が一つ
-
鳥居が壊れています
能登地震で崩れたものと思われます -
登山記念碑
・・・山城なので、登山と言えば登山か -
背面にも石垣があったようです
-
崩れていて立ち入り禁止
尾根が続いているのが分かります。
七尾方面の石垣は見た目にも立派ですが、背面の防御力は低そうです
夜陰に紛れて山側から侵入すれば、城内を混乱させることができたのでは? -
九尺石方面に向かいます
-
桜馬場跡
馬場と言いながら狭いです
城の防御戦で馬は不要なので、城から打って出るときの待機場所でしょうが、この広さだとせいぜい十数騎と言ったところ。 -
二の丸方面に向かいます
二の丸は七尾方面に向いています -
二の丸も石垣がありますが、崩れています
-
二の丸に登ります。
-
二の丸広場
広さとしては標準的 -
二の丸跡の説明文
周囲にたくさんの曲輪があったようですが、樹々に覆われて見通すことはできません -
七尾城の説明板もありました
-
温井屋敷跡
かつては平地だったのでしょうが、樹々に覆われて往時の姿は失われています。 -
九尺石があるようですが、地震で崩れたようで確認できず・・・
-
城下から本丸の石垣の遠景
-
畠山義忠の歌碑
-
駐車場脇のお地蔵様
慰霊のため、でしょうか -
帰路、樹が倒れて道をふさいでいました
なかなか過酷な環境です
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