2026/05/09 - 2026/05/09
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しろくまクンクンさん
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うのこの滝展望所へ行きました。
ちょっと遠いですが大きな滝つぼに豪快に水が落ちる滝は一見の価値があります。
浄専寺へ行きました。
西栄山浄専寺は、約400年前に開基された浄土真宗本願寺の寺院です。
桜の名所としても有名で、春には境内にある県の天然記念物の樹齢およそ300年のしだれ桜が見事な花を咲かせます。
三ヶ所神社へ行きました。
古くから二上山天孫降臨の聖地の山岳信仰に関わる神社です。
神社の主祭神はイザナギ、イザナミの命で夫婦和合、縁結びの神様です。 また、合祀神はニニギノ命、サルタヒコの命、スガワラミチザネ公です。三ヶ所神社の御神体ともいうべき山は、男嶽、女嶽からなる二つの峰で男嶽(1060メートル)の9合目に奥宮があります。
脳の海馬を守る 「海馬祓」をご神前で行なっております。
疲れたり、傷ついた魂を本殿正面の「昇龍」が二上山を経由して、天に運び、元の生き生きとした魂に再生、「降り龍」が持って降りてくれます。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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うのこの滝展望所へ行きました。
駐車場と言ってもちょっと道幅が1車線から2車線ちょっとに広がったくらいです。 -
滝壺の大きさと直接滝が落ちる姿は素晴らしいです。
ちょっと遠いですけど -
浄専寺へ行きました。
大きな山門です。 -
山門をくぐると本堂が左手に見えます。
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観音堂でしょうか。
観世音菩薩様と薬師如来様が祀られているようです。 -
本堂と三重塔です。
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本堂裏手には「五ヶ瀬最初の茶園」高千穂地方茶業発祥の地があります。
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三重塔です。
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古木枝垂桜路三重塔です。
大きすぎるくらいの枝垂桜の樹ですね。 -
江戸時代、第九代住職、釈戒肇師が、京都本願寺参拝の折、祇園丸山公園のしだれ桜の苗木を持ち帰り植えたと伝えられます。
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三ヶ所神社へ行きました。
すぐ隣にあります。 -
一ノ鳥居と二ノ鳥居はほぼ連なるようにあります。
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祓い所でしょうか?
と思ったら二神の里宮・内宮だということです。 -
竹林の石段の上に社殿があります。
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入り口の鳥居を振り返ります。
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石室の中にかわいいおじさんがいました。
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天孫降臨の地と伝えられる二上山の祠(ほこら)を山麓に降ろし建てられた三ヶ所神社。
西暦900年後半ごろに創建されました。 -
旧本殿です。
大きな唐破風造りが珍しいです。
江戸時代中期の寛政年間(1790年代)に建立されたものです。
これが「普通の神社建築と少し違う」と感じられるのは、「神仏習合」の寺院建築の要素(特に密教や修験道の世界観)が強く入っているためです。 -
三ヶ所神社では、古くから悪病退散や、特に「精神の病」に霊験あらたかであると信仰されてきました。この「海馬守」の「海馬」は、脳の海馬ではなく、古くから伝わる神獣の「海馬」、あるいは「脳の疲れを癒やす神社の御神徳」から名付けられた伝統的な表現です。
古来の「精神(心)の安定をもたらす」という御神徳が、現代医学でいう「記憶や精神を司る脳の海馬」と奇跡的に一致していることに気づき、近年になって「記憶力向上・認知症予防」のお守りとして、現代人にも分かりやすい形で改めて広く授与するようになりました。 -
元々、神様は二上山の山頂近く(男嶽・女嶽)に祀られていました。しかし、山の上は険しく冬は深い雪に閉ざされるため、人々が里から通って拝むのが困難でした。そこで、山から神霊を麓に下ろしてお祀りしたのが、三ヶ所神社の始まりです。ゆえに、ここは「二上山の二神を里で拝むための宮」となります。
三ヵ所神社でありながら拝殿の額には「ニ神大明神」とあるのです。 -
二上山の神様を麓に下ろす際、実は山の「東麓(現在の高千穂町側)」と「西麓(現在の五ヶ瀬町側)」の双方で、どちらに神様を迎えるかという誘致運動(本社争い)が起きたという伝承があります。結果として両方に神社が建てられることになり、東麓に建てられたのが「二上神社(高千穂町)」、西麓に建てられたのが「三ヶ所神社(五ヶ瀬町)」となりました。
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本殿は1本の大ケヤキで作られた三間社流造で、彫刻の総数は74体にもなります。
建築・彫刻の数と主題の多様さは九州地区でも屈指のものであり、稀少な存在であるだけでなく、全国的にも貴重であると高い評価を受けております。 -
中国の司馬遷の書いた「史記」にある物語で「許由」が耳が汚れた川で洗う姿です。
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江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の時代になると、当時の延岡藩主の篤い信仰から、豊後の宮大工棟梁・牧彦兵衛以下15名が招かれ、後の世に伝わる見事な社殿彫刻がほどこされました。牧彦兵衛は京都九条家出入りの名工と伝えられています。
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分かりにくいですが脇社(下の写真)の壁にあがかれた彫刻の背名です。
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脇社です。
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素晴らしい造作です。
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右は旧本殿で左手は拝殿と本殿です。
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