2026/04/17 - 2026/04/18
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nk_infiniteさん
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ラオスから戻り、ベトナム旅の再開です。
ケサン(Khe Sanh)からホーチミンルートを南へ走り、少し寄り道してからアルオイ(A Luoi)へ移動しました。
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04/17(金)7日目
前回からの続きです。
ラオスから戻りました。
ラオバオを離れてケサンへ向かいます。 -
国道9号を走っていると、戦車っぽいものが展示されていました。
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アメリカ製かと思ったらソ連製、PT-76という戦車。
ということは、北ベトナム軍のものですね。 -
石碑もありました。
Google先生に訳してもらうと
1968年2月、アメリカのランヴェイ基地を戦車大隊と歩兵部隊で攻撃して完全に破壊...と書いてありました。
ケサンの戦いのひとつだったようです。 -
イチオシ
ケサンに着きました。
街の中心部にある戦勝記念碑です。
この街はベトナム戦争の大激戦地、アメリカが撤退した場所として知られています。 -
台座には敵が降参するようすも。
1968年に起きたケサンの戦いは
双方とも勝利を主張していますが、アメリカは補給を絶たれて空輸に頼るしかないほど、追い詰められた戦いだったそうです。 -
通りの向かいに碑もありました。
-
北へ走ります。
国道を逸れてケサン基地の跡地へ向かいます。 -
ケサン基地に着きました。
ベトナム戦争時、アメリカ軍の基地と飛行場があった場所です。
入場料 50,000VNDを支払い、慰霊碑に手を合わせてから見学していきます。 -
戦車の残骸。
型式などは書いていないのでわからず。 -
兵舎もありました。
塹壕もあったけど、どちらも新しさを感じました。 -
ここが飛行場だったとわかる、まっ平な空間。
飛行機が2機、展示されています。 -
イチオシ
説明書きがないので、形式などはわからず。
Google先生に調べてもらうと
C-119 フライング・ボックスカー と言う輸送機でした。
ベトナム戦争では、人員や貨物・パラシュート降下兵の搬送に使用されたそうです。
ベトナムに現存する唯一する機体で、2026年2月に展示されたばかり。 -
こちらも形式などはわからず。
Google先生によると
これも輸送機で C-130 ハーキュリーズ という機体。
2012年から展示されているらしく、汚れや劣化が目立つ気がします。 -
博物館も併設されているので見学します。
-
1968年に起きたケサンの戦いについての説明。
ここは英文があるので理解できる!!助かる!!
この戦いの兵力は、アメリカ軍・南ベトナム軍あわせて 43,000名だったそうだ。
満員の東京ドームの観客数と同じじゃないか…。 -
炎上するアメリカ軍機。
4ヶ月も激しい戦闘が周辺で続いたそうです。
ケサン周辺はジャングルが焼け畑になるほど、アメリカはB52で徹底的に爆撃したそうですが、最終的にこの基地を破壊して撤退しました。
もし戦いを継続していたら、ディエンビエンフーの二の舞になっていたような気がします。 -
アメリカ兵の写真。
意訳すると
"注意:ケサンの海兵隊は、恐らく無事では済まないだろう"
危険とか健康の言葉はあるけど、こんな感想だったと想像しました。
周りは敵だらけだし、死と隣り合わせ。精神的にも追い詰められただろうな…。 -
遺留品。
さすがにドックタグは返してあげた方がいい気がするけどな。 -
さっきラオスで見学したラムソン719作戦の展示もありました。
北ベトナムとラオス vs 南ベトナムとアメリカ。
アメリカ側がホーチミンルートを潰そうと仕掛けた戦いでした。 -
作戦図もあるのでわかりやすい。
南ベトナム軍がラオスへ侵攻、アメリカ軍は支援。
結果は北ベトナム連合軍の返り討ちに合い、多くの戦死者を出して撤退した戦いだったそうです。 -
南ベトナム軍がラオスへ進軍している写真。
眼を背けたくなる写真もたくさん展示されていて、戦争の残酷さが伝わる展示でした。 -
博物館を出て、北へ向かいます。
見えているの山は今朝通った場所。
あんなにプロペラあったっけ?と思うほど、風力発電機が建ち並んでいます。 -
コーヒー農園へ寄り道。
今日はコーヒー豆を買いにお邪魔しました。 -
おばちゃん達は収穫作業中。
挨拶もそこそこに、今日はお手伝いせずに事務所へ直行します。 -
アラビカとリベリカを買いました。
このアラビカは生産料が少く希少だそうです。 -
奥さんがコーヒーを淹れてくれます。
昨日は飲んでいない、買ったばかりのアラビカをいただきます。 -
イチオシ
ミルで挽かずに熱湯にさらして5分。
!衝撃的な美味しさでした!
コーヒーなんだけど、果物が香る紅茶のような味。
ホットとアイスの両方をいただきましたが
どちらも風味が違うので、それぞれの楽しみがありました。
奥さん曰く、コーヒーチェリーティーといい
カスカラとも呼ぶそうです。 -
目的のコーヒーも買えたし
お礼を言って宿へ帰ります。
今日も長居をしてしまい、夕方になってしまいました。 -
宿へ帰ると、今日も看板犬のお出迎え。
ベトナムの犬って道路で遭遇すると怖いけど、家で会う犬は人懐っこくて好き。 -
今夜は団体客が入っていて別館へ移りました。
ヴァンキェウ族の住居!
こういうところへ泊まりたかったので、願ったりでした。 -
木材と竹で作られた住居。
きちんと手入れをすれば50年は保つそうです。
ここは蚊帳も電源もあるし、快適に眠れました。 -
同部屋の兄さんと一緒に夕食。
ダナンから来たフンさん。
英語も話せて少数民族に興味があるとのことで、遅くまで語って飲んでの楽しい夜になりました。
今日は戦争関連ばかり見ていたので気が重かった1日だったけど、楽しく終われて良かった。 -
15人の団体客さんも楽しそう。
彼らは何かの組織の人たちでした。
フンさん曰く、ベトナム社会はコネ社会。
いい給料もらっていても、彼らには中身がないとバッサリでした。 -
今日の走行距離は 84km。
東海道新幹線だと
東京から小田原くらいの距離を走りました。
累計走行距離:748km -
04/18(土)8日目
今日は移動日。
出発の前、近所にある滝を見に行きます。 -
1kmほど山へ行ったチェンベンの滝。
水が澄んでいて気持ちいい水場です。 -
堰き止めてあるので、泳ぐこともできそう。
海パンあればもう一泊したかったなと思いつつ
宿へ戻って出発の準備です。 -
出発前に記念写真を撮りました。
フンさんとオーナーのティエットさん。
看板娘が一緒に映らなかったのが残念。
私の知人がベトナムで教鞭をとっていて
「都会っ子よりも少数民族の子の方が頑張り屋で頭が良い」と言っていた話を伝えたら、とても嬉しそうでした。 -
イチオシ
また来てね!とティエットさん。
ヴァンキエウ族の正装でお見送りです。こちらこそお世話になりました。
初めての日本人客だったそうで、失礼がなかったらいいけど。
宿の名前「Doong Bui」とは
ヴァンキエウ族の言葉で「幸福・楽しい」という意味だそう。
名前の通り、楽しく過ごせた素敵な宿でした。 -
名残惜しさを感じながら
ホーチミンルートを南へ走ります。 -
ケサンの記念碑前で事故を目撃。
誰もケガしておらず、本当に良かった。
気を引き締めて安全運転を続けます。 -
国道沿いはコーヒー屋さんが多いです。
-
「Trieu Man Garden」というコーヒー屋さん。
入口から日本色が強いお店へ立ち寄ります。 -
眺めは最高。
午前中の早い時間だったので、絶景を独り占めです。 -
眼下は渓谷でダムがありました。
ベトナムでは水力発電も盛んです。 -
休憩を終えて先へ向かいます。
ケサンを離れると下り坂が続き、どんどん降っていきます。 -
しばらく渓谷沿いを走ります。
対向車のほとんどはラオスへ向かう大型トラックでした。 -
有名なダグロン橋まで降りてきました。
ホーチミンルートはここを曲がるのですが
直進してドンハ方面へ向かいます。 -
しばらく走るとロックパイルが見えてきた。
この丘の頂上にアメリカ軍の基地がありました。
北ベトナムに向けて睨みを利かせていた場所で「難攻不落の天文台」と呼ばれていたそうです。 -
更にドンハ方面へ進みます。
キャロル基地跡への案内板が出てきました。 -
DMZ近くの最前線キャロル基地。
今はコショウ畑で、戦争があったとは思えない。
アメリカ海兵隊の基地で1968年のテト攻勢後に撤収、入れ替わりで南ベトナム軍が駐屯して砲兵基地として使った場所。
その後は1972年のクアンチ古城の戦いで、北ベトナム軍から集中攻撃を受けて敗北し降伏したそうです。 -
記念碑が建っていました。
今まで見てきた碑と違い、銃をイメージするデザインでした。 -
引き返して、ケサン方面へ戻ります。
-
ダグロン橋まで戻ってきました。
ここで曲がり、ホーチミンルートへ入ります。 -
イチオシ
ダグロン橋の記念碑。
ホーチミンルートの象徴とされる場所だそうで、この時もベトナム人観光客が訪れていました。
アメリカ軍はホーチミンルートを潰そうと爆撃。
その後は、この川に毒をまいて近隣住民が生活できないようにしたらしい…恐ろしいことをするもんだ。 -
再びホーチミンルート。
ジャングルと川、本当に美しい自然の中を走ります。 -
たまに未舗装なところもあります。
前をトラックが2台も走っていたので埃まみれ、ひどい目にあいました。 -
トラックがいなくなると対向車もなく
ラオスとの国境沿いを安全運転で走ります。 -
途中でよく見たお墓。
聞けばヴァンキエウ族のお墓でした。
屋根があって、木棺が置かれている。
装飾にはドクロやヘビ・龍などが描かれていて
とても興味深かったです。(きちんと手を合わせています) -
ラライへの分岐まで降りてきました。
曲がるとラライ国境からラオスへ通じる。
ここからは、何度も利用したパクセーとダナンを結ぶバスのルートです。 -
電線もなくなり、山奥へ入ってきました。
手付かずの大自然、本当に美しい景色です。 -
ホーチミンルートの記念碑。
ペンキが剥がれていたりで惜しい。 -
カラフルな民族衣装を着た老人がちらほら。
ヴァンキエウ族?タオイ族?の村を通り過ぎます。 -
峠を降るとだんだん栄えてきました。
目的地のアルオイに入ったようです。
続きます。
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