2026/06/21 - 2026/06/21
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gianiさん
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広島県東部は備後国で、小早川隆景は三原城、徳川譜代の水野氏は福山に城を構えますが、神辺は山陽道(西国街道)に面し、古くから重要なポイントでした。備後国国府のあった府中市は、隣町です。
芦田川水系に沿って、府中/神辺/福山と面白い町が続きます。
繁栄から取り残され、昔の趣きが遺る神辺を街歩きします。
神辺町は、2006年に福山市に編入されています。
- 旅行の満足度
- 5.0
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旅のはじまりは神辺駅。
福山からは毎時運行です。
駅裏のショッピングセンターがクローズし、何とも言えない寂しさが漂います。神辺駅 駅
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駅前に聳える神辺城
中世から地理上の要衝で、城が築かれました。毛利元就は、八男の元康(厚狭毛利家の祖)が鎮座、江戸時代が始まると広島藩福島正則の領地となり、備後の中心地として重臣が配置されます。神辺城跡 名所・史跡
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1619年の福島正則改易後には譜代大名による福山藩が立藩され、神辺城は棄却され新たに福山城が藩庁となります。海に面した福山は、城下町形成のために干拓などが行われます。
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さっそく伝統的家屋が登場
神辺 名所・史跡
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こちらは、丸窓です。
花柄の幾何学模様が素敵です。 -
側面もしっかりとしています。
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辻を右に曲がって旧山陽道に突入。
洋風の間口の後ろは伝統家屋。 -
中国四国独特の雨除けが印象的です。
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モダンな建築も風景になじんでいます。
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装飾にも注目です。
旧山陽道(西国街道)は都と九州を結ぶ最重要の官道でしたが、江戸時代には五街道に次ぐ街道に格下げになりました。参勤交代が制度化されると、宿場の規模も大きくなります。 -
西本陣跡
神辺は宿場として栄え、参勤交代の大名が休泊する本陣が設けられました。現在の建物は1748年のもので、黒塗りの土塀に囲まれて当時の姿をそのままに伝えています。神辺本陣 名所・史跡
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正門(御成門)
日曜日には事前予約の上で見学可能ですが、当日雨天の場合はキャンセルになります。残念ながら、雨だったので見学はお流れです。 -
江戸時代の神辺は西国街道(近世山陽道)の宿駅として栄えており、県の重要文化財となっています。
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本陣向かいの建物
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タイムスリップしたような光景
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蔵と店舗の中間のような不思議な建物
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神辺宿には、東西に2つの本陣がありました。通常は、本陣一つ/脇本陣二つです。西本陣は、菅波家によって管理されました。
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本陣座敷
本陣の中核となる建物です。西本陣にあたる神辺本陣は福岡藩黒田家とのつながりが強く、黒田家の家紋瓦が使用されています。 -
本陣の裏側を覗いてみました。
本陣の裏側には、お寺が並びます。 -
萬念寺
1570年頃に毛利元康によって開基。場所柄、大名一行の宿泊施設も兼ねていたと思われます。 -
ふしぎな建物もあります。
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詳細は不明
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今更ですが、官道として山陽道が成立した頃、海岸線は現在よりもずっと山側でした。当時は、沿岸部で最善な合理的ルートでした。
内陸化は、海水面の変動というよりかは、干拓/埋立/潮流と河川による堆積作用によるものです。 -
芦田川水系の高屋川を遡る谷は緩やかで直線的なので、神辺を経由するルートが設定されました。
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備後(高屋川)/備中(小田川)国境は峠越えではなく、分水界も曖昧です。現在の広島/岡山県境です。
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人の集まるところにふさわしいお店も。
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漆喰塗りは防火に優れ、資産を守る面で利点があります。
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この辻で、街道はクランクします。
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ほんの数軒分直角に進んで、また折れます。
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伝統的家屋の壁に穴を開けて窓を開設しています。
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日本酒の蔵元
天寶一 名所・史跡
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天寶一のブランドで有名です。
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1910年創業です。
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東本陣跡
中国/西国(九州)には大大名も多く、数千人の一行を処理する能力が求められました。 -
江戸時代創業の老舗和菓子屋さんが。
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年季の入った練塀が続きます。江戸時代に、廉塾と呼ばれる私塾がありました。
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廉塾
儒学者の菅茶山によって1791年に開設された私塾。敷地内の講堂/寮舎は桟瓦葺平屋建て、居宅は桟瓦葺2階建てで、国の特別史跡。廉塾ならびに菅茶山旧宅 名所・史跡
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菅茶山は東本陣で生まれ、京都で朱子学を学んで地元で開塾、全国から生徒が集まり、寮なども備えました。
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表門を潜ると、左側には居宅が。
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中門の右手前には、南寮が建ちます。
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茶山は全国からヘッドハンティングが絶えませんでしたが、神辺に足を据えました。
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中門を入ると、講堂です。2020年から13年プロジェクトでメンテナンス中です。高名な漢詩人であったこともあり、柳などの庭園は十分に雰囲気を彷彿とさせます。
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講堂の間には水路が隔てられ、菜園/養魚池などもありました。
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1825年の様子
田舎で風流を愛しながら活動するところは、中国の先人たちのライフスタイルを彷彿とさせます。 -
明治以降、海側(福山)に国道や鉄道が整備され、街並みが保存されました。
西国街道は岡山城下まで、現在は寂れたルートを通ります。井原鉄道/JR吉備線が該当します。 -
宿場の終点。
高屋川の堤防が切れています。 -
今も長閑な景色です。
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神辺駅まで引き返します。
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1865年創業の和菓子屋さんで、定番の銘菓を戴きます。店内でいただきました。お茶を出してくださり、心も幸せ。お茶うけにぴったりのクラシックで安定の味。街歩きで消費したエネルギーをチャージするには十分です。ごちそうさまでした。
次の旅行記↓茶山饅頭総本舗 谷口屋 専門店
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