2026/03/21 - 2026/03/21
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放浪ラォレンさん
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この旅行記のスケジュール
2026/03/21
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日月明酒店(大连火车站中山广场店) 06:50にホテルを出る
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電車での移動
中山駅→西安路駅→河口駅 ※地下鉄2号線と1号線を利用
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電車での移動
河口駅→鉄山駅 ※軽軌12号線を利用して8:00過ぎに出発し、所要時間は約50分
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車での移動
鉄山駅→203景区 ※DiDiタクシーを利用
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車での移動
203景区→東鶏冠山北堡塁 ※DiDiタクシーを利用
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車での移動
東鶏冠山北堡塁→旅順博物館 ※DiDiタクシーを利用
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車での移動
旅順博物館→旅順駅 ※DiDiタクシーを利用
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車での移動
旧旅順駅→軽軌12号線の旅順駅
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電車での移動
旅順駅→河口駅→港湾広場駅 ※軽軌12号線・地下鉄1号線・地下鉄2号線を利用
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徒歩での移動
17:00頃に港湾広場駅に到着し、大連港まで50分間程、散策
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皇城老媽 四川風鍋を頂く
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電車での移動
港湾広場駅 → 中山広場駅
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この旅行記スケジュールを元に
日露戦争における旅順攻囲戦を舞台にした映画『203高地』は1980年に公開されました。私は、この映画を観て、是非、一度は大連・旅順を訪問してみたいと思いながら、46年も経過してしまいました。
今回は、当初、岡山空港から上海を経由して大連に行く便を予約していました。しかし、高市首相のいわゆる、台湾有事発言の影響により、この便は運休になりました。
次に、年休を取らなくてもよいように(仕事柄、連休を含めても4日以上の休みを取りにくい為)、関空発の青島経由で大連に行く夜間便を予約していました。しかし、これも減便の煽りを食い、12:30発に変更を余儀なくされました。これにより、年休を1日取らなければならない弾丸旅行になりました。とはいえ、予定の無かった青島も少し見学できたので、結果的には良かったと思うようになりました。
今回の旅行の主な日程は次の通りです。訪問記は4回に分けて紹介し、今回は③の記事になります。
なお、細かい日程、訪問地は、一緒に載せているスケジュール表でご確認ください。 1元=約23.2円の為替レートでした。
① 1日目(関空~青島)
・桟橋
・青島天主教堂
② 2日目(青島~大連)
・旧ロシア人街
・旧日本人街「甘井子」
・旧日本人街「旧連鎖街」
・星海広場
③ 3日目(大連~旅順)
・203高地
・東鶏冠山北堡塁
・旅順博物館
・旅順駅
④4日目(大連~関空)
・中山広場の欧風建築物
・旧満鉄本社
3日目は、念願の旅順を訪問しました。
中国旅行に出る3日前に、映画『203高地』のDVDを再度、視聴しておきました。この映画は今見ると、シナリオ、大物役者の演技、演出等のどれを取っても、不朽の名作だと思いました。そして、それぞれの観光地、古戦場の歴史や文化、見どころが手に取るように分かりました。
それから、203高地、東鶏冠山北堡塁、旅順博物館等への移動は、DiDiタクシーを初めて利用しました。やはり、短い期間で効率良い観光にはDiDiタクシーは不可欠だと思いました。
大連に戻ってからは、大連港を少し見学した後に、中国全土にチェーン店を持つ「皇城老媽」で、四川火鍋を頂きました。
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ホテルから歩いて、朝の7:00頃に中山広場に着きました。周辺を少し散策しました。
中山広場駅 駅
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地下鉄2号線と地下鉄1号線に乗って「河口駅」に着き、ここで軽軌12号線に乗り換えます。
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地図上で見ると、軽軌12号線の駅の中では「鉄山駅」が203高地から一番近いようです。そしてAIに相談しても、「旅順駅」より「鉄山駅」の方が便利が良いという回答を得ました。ただ、中国で初めてDiDiタクシーを利用するので、小さい駅でタクシーが捕まえれるかどうか不安でした。しかし、それは杞憂でした。駅前には沢山のタクシーが集まっていました。
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当初、中国の「高徳地図」或いは「百度地図」を見ても、「203高地」への下車ポイントがよく分かりませんでした。どうやら、中国人にとって、203高地にはあまり関心がないのか(或いは、日露戦争は中国の領土で他国が戦った屈辱の歴史として捉えられている為か)、主要な観光スポットは、「旅順桜花園」になっていました。つまり、「203景区」という広い観光地区があり、その中に「旅順桜花園」と「203高地」があります。現地に着いて初めて、旅順桜花園を通って、203高地の山頂に上るということが分かりました。
203高地 文化・芸術・歴史
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「旅順桜花園」の東門入場口です。現在はまだ、桜の花見シーズンには早いので、入場料は無料で、訪問者も殆どいませんでした。DiDiタクシーの運転手には、「何のために旅順桜花園の東門に行くのか?」と中国語で何度も質問されました(そのような内容の中国語だったと推測)。「私は日本人で、203高地に行く」と拙い中国語で述べると納得してくれました。
東南アジアではgrab taxiをよく利用しましたが、現地語で話しかけられることは殆どありませんでした。しかし、DiDiタクシーの運転手は相手が中国語が話せない外国人であっても、時に中国語で捲したてることがあるみたいです。203高地 文化・芸術・歴史
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この路を上って行きます。周りはもちろん、桜の園になっています。頂上まで歩いて40~50分かかりました。なお、花見シーズン以外は、許可を受けた車やカートが頂上までシャトル運転してもらえるみたいです。
203高地 文化・芸術・歴史
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203高地は双耳峰(そうじほう)で、ラクダの背中のように山頂が二つに分かれています。左上の山の頂上に建物が微かに見えますが、そのあたりが203高地です。
203高地 文化・芸術・歴史
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上り路に唯一あった「203高地」の標識です。
203高地 文化・芸術・歴史
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頂上に近づきました。この辺りに広い駐車場がありました。
203高地 文化・芸術・歴史
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双耳峰の鞍部に着きました。土産物屋がありましたが、訪問者は私一人でした。
203高地 文化・芸術・歴史
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店内には戦争に使われた銃弾等も展示されていました。
203高地 文化・芸術・歴史
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車が1台、停まっており、中から中年の女性が出てきました。日本語で話しかけられ、少し驚きましたが、土産物屋の経営者で、観光ガイドもされているそうです。旅順の史跡をこの車で有料ガイドしましょうかと申し出られましたが、これはお断りしました。しかし、親切に203高地にまつわる色んな話をして頂きました。
203高地 文化・芸術・歴史
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この鞍部から右に進むと「203高地の頂上」、左に進むとロシアの「重砲観測所」、そして下に向かうと、乃木希典大将の次男、乃木保典さんの戦死場所があります。
203高地 文化・芸術・歴史
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歩いて3,4分もすると、203高地の頂上に着きました。
203高地 文化・芸術・歴史
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イチオシ
山頂に爾霊山(にれいさん)記念碑が立っていました。激戦地で回収された砲弾の残骸を溶かして造られた、高さ約10メートルの銃弾型の慰霊碑です。
203高地 文化・芸術・歴史
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ロシア式150ミリメートルカノン砲が何箇所に配備されていました。
203高地 文化・芸術・歴史
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日本語でカノン砲の説明書きがありました。「203高地争奪戦で高地に駐屯するロシア軍は150ミリメートルカノン砲2台と76ミリメートル速射野戦砲2台をもって人工による散兵塹壕、歩兵塹壕掩体など防御工事により日本軍からの進撃を粘り強く阻止した。」と書いています。
日本軍は正面突破を狙う決死の突撃を幾度も敢行しました。しかし、このカノン砲の攻撃を受け、数多の犠牲者を出しました。
当時は敵陣地の視認性を高めるために、203高地は意図的に木が伐採されたり、絶え間ない着弾によって草木が消失したりしていて「はげ山」状態だったそうです。その中での突撃ですから容易に狙い撃ちされたと推測します。203高地 文化・芸術・歴史
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ここから旅順港を眺めることができますが、本日の眺望はあまり良くありませんでした。
203高地 文化・芸術・歴史
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天気が良く空気が澄んだ日には、この写真のように旅順港が眼下に見えるとのことです。ロシアの「バルチック艦隊」が来る前に、ここから大砲を放ちロシア艦隊を撃沈させることができました。
203高地 文化・芸術・歴史
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次に、対面にあるロシアの重砲観測所に移動します。
現在は観光地として整備されており、日本軍が占領後に設置した「重砲観測所」の石碑とともに、ロシア軍の堅固な防御陣地の遺構を間近で見学することができます。203高地 文化・芸術・歴史
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イチオシ
ここには日本式280ミリメートル榴弾砲が設置されていました。
203高地 文化・芸術・歴史
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解説板によると、日本軍は口径の異なる大砲60台余りを使用して無差別攻撃を加え、全部で11,000発以上の砲弾を撃ったとのことです。そのうち、280ミリメートル榴弾砲が2254発あり、射程は7800メートルだったそうです。
日本軍の突撃の為に後方から援護砲撃をしたものだと思います。203高地 文化・芸術・歴史
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今度は、階段を下って「乃木保典の戦死場所」を訪問します。
203高地 文化・芸術・歴史
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乃木保典さんは、203高地の斜面で伝令任務にあたっていました。ロシア軍の砲弾を至近距離に受け、その衝撃で岩壁から滑落して岩場に頭部を激突し、即死したと伝えられています。
乃木希典大将は、この戦争で2人の息子を失い、その無念な気持ちは如何ほどか思うと心が痛みます。203高地 文化・芸術・歴史
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旅順桜花園を下って行き、再び203高地を最後に写真に収めました。
ここで、さだまさしが作詞・作曲した映画『二百三高地』の主題歌、「防人の詩」(さきもりのうた)の次の歌詞の一節が思い出されました。
「おしえてください
この世に生きとし生けるものの
すべての命に限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
風はどうですか 空もそうですか
おしえてください」203高地 文化・芸術・歴史
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次に、203高地と並ぶ日露戦争の激戦地「東鶏冠山北堡塁」にDiDiタクシーで移動しました。建物の1階右側にチケット売り場があります。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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東鶏冠山北堡塁の案内図です。右端中央付近にある事務所の入場口から「日軍爆破口(※図の中で爆破の印があるところ)」に向かって斜面を上って行きます。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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ロシア軍の塹壕です。連射可能な機関銃が配備されています。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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至るところに敵の銃砲撃から身を守り、射撃を行うために細長い溝が地面に掘られています。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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イチオシ
一番の観光スポットである「日本軍爆破口」に着きました。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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ここの解説板には日本語訳が付いていないので、翻訳機で翻訳してみました。
「日本の爆発穴
1904年12月18日午後、日本軍はトンネル爆破戦術を用い、2,300キログラムの爆薬で要塞に対して過去最大規模の爆破を行った。掩蔽壕の北東部は日本軍に占領され、抵抗力を失ったロシア軍は陣地から撤退した。こうして、要塞を巡る日本軍とロシア軍の4ヶ月に及ぶ戦いは、ロシア軍の敗北に終わった。この戦いで、ロシア軍は300名以上の死傷者を出した一方、日本軍は900名以上の死傷者を出した。」東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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この不落の要塞には、周囲には深い空堀が巡らされ、機関銃や大砲が配置されていました。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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日本軍が何度も総攻撃を仕掛けましたが、甚大な損害を出しました
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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イチオシ
最終的に、日本軍が地下にトンネルを掘り、堡塁を爆破することでようやく占領に成功しました。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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1926年に建立された記念碑です。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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このような機関砲が展示されていました。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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北堡塁記念碑の解説板です。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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堡塁大門には無数の銃痕があります。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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深い堀のようになっています。
東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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常に最前線に立ち、ロシア兵士たちから絶大な信頼を得ていましたコンドラチェンコ少将の戦死場所のモニュメントです。彼は旅順要塞の防衛戦を指揮した英雄的将軍でした。
悲しいことですが、戦争にはお互いに数多の戦死者を出します。東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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歴史に「もし」はありませんが、それでも、この戦争に負けていたら東アジアはどうなっていたでしょうか?
アジアの多くの土地、そしてそこで生活していた人々がソ連に編入され、ソ連の共和国になっていた現実を考えると言葉が詰まります。東鶏冠山北堡塁 史跡・遺跡
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旅順博物館に移動しました。
旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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敷地内にレストランがあったので小休止することにしました。
旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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カレーライス(20元)を注文しました。香辛料が少し強い以外は日本のカレーライスとそれ程違いはありませんでした。
旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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旅順博物館は入場が無料でしたが、写真撮影は厳禁でした。
旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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イチオシ
次に、DiDiタクシーで「旅順駅」に移動しました。
旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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旧旅順駅は、帝政ロシア時代に建てられ、ロシア統治時代の面影を最も色濃く残しています。現在、運行している列車はありません。
見学後はDiDiタクシーで、軽軌鉄道の旅順駅に向かいました。旅順博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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大連市に戻り、地下鉄2号線の「港湾広場」で下車して大連港に向かいました。途中に、ロシア風の建物がありました。但し、ガイドブックには観光名所の記載が無かったので、どのような建物か分かりません。
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大連港の埠頭が見えます。韓国の仁川行きフェリー乗り場もあります。
旅順港 史跡・遺跡
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港湾広場駅にも近く、四川火鍋で有名な「皇城老妈」に行きました。
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激辛スープと普通の茸スープがありました。私は辛さ大好き人間で「ココイチカレー」は通常、辛さ3を選びますが、ここの激辛スープは想像以上の辛さで、舌が痺れる辛さでした。しかし、慣れると病みつきになる可能性があります。
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メニューの具材には牛肉、白菜、ジャガイモ、青菜、茸盛り合わせを注文しました。
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一人では食べきれないほどの量の注文をしてしまいました。やはり、火鍋のメニューは2人で訪問するのが前提なのでしょう。それでも美味しかったので完食しました。
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合計で189元(約4400円)て腹一杯でした。明日はもう帰国の日です。しかし、3泊4日の弾丸旅行としては、多くの見学、体験ができたと思います。
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