2026/03/23 - 2026/03/23
8位(同エリア416件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2026/03/23
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徒歩での移動
京急鶴見駅→総持寺
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徒歩での移動
総持寺→京急鶴見駅
2026/03/24
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徒歩での移動
JR恵比寿駅→山種美術館
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山種美術館 企画展
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徒歩での移動
山種美術館→国学院大学博物館
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国学院大学博物館 企画展
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徒歩での移動
国学院大学博物館→渋谷ロクシタン・カフェ
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渋谷スクランブル・スクエア→ショッピング
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徒歩での移動
スクランブル・スクエア→氷川神社
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徒歩での移動
氷川神社→恵比寿駅
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隅田川テラス
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浜町公園
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水天宮
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茶ノ木神社
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大井埠頭中央海浜公園
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京浜運河緑道公園
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この旅行記スケジュールを元に
3月23日(月)
お彼岸に亡き母を偲んで、曹洞宗の総本山である横浜鶴見の総持寺に参拝に出かけました。
桜が少しは咲き始めたようでした。
ただ、この日は月曜日で雨天、混んでいないだろうと思って出かけました。
3月24日(火)
山種美術館で開催されている「花flower華2026」と、その近くで開催されている国学院大学博物館に「和の硯-SUZURI-」の鑑賞に出かけました。
3月27日(金)
隅田川(吾妻橋から両国方面)を散策し、浜町公園、人形町、日本橋と散策しました。
3月28日(土)
大井埠頭中央海浜公園、京浜運河緑道公園周辺を散策しました。
3月29日(日)
新馬場周辺の目黒川、御殿山周辺を散策しました。
4月5日(日)
桜は満開でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自転車 JRローカル 徒歩
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山門からではなく、鶴見駅の西口バスターミナルを直進し、成願寺先の横道から向かいました。
そのようなわけで、総持寺三松閣と香席台の間に出ました。
こちらは三松閣です。 -
目の前には総持寺の案内図がありました。
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大本山総持寺開祖宝山紹瑾禅師と二祖峨山韶碩禅師
年表 -
香積台です。
売店や御朱印などもこちらでいただけます。 -
生憎雨が降っていましたが、桜はしっかり咲いています。
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香積台
総受付になっています。 -
金鶏門です。
金鶏とは、星の中に住む想像の鶏、あけのとりです。
つまり朝を表しています。
1番東に位置しています。
「自転車は降りて通行してください。」
お寺の中を自転車が通るということ自体が不思議でした。
同じ並びに門は3つあります。
この左は中雀門、最左は玉免門です。 -
この廊下は登録有形文化財になっています。
東西の殿堂群をつないでいます。
外苑と内苑を分ける廊下です。通称「百間廊下」と言います。
ちなみに、この廊下には脇門が3つあります。
中央にあるのは「中雀門」で昼を表します。
日比洒掃行と言って、廊下の雑巾がけが行われています。
全長142m、梁間3.6m
木造平屋建て 瓦葺 建築面積514平方メートル
建築年代は大正4年頃
朝昼2回、365日雲水は毎日雑巾がけをしてます。
ワックスは一切使用していません。
でも、雑巾がけの効果で光って見えます。 -
椿が咲いていました。
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待鳳館(旧徳川侯爵邸書院)
迎賓館と呼ばれる建物です。
客間大小15室あります。
葵の間その他に昔日の面影があるそうです。
唐破風造 玄関付 総桧造梁間16間半 -
紫雲臺
最大の貴賓建造物です。
貫首4衆相見の間 -
この先はお墓です。
こちらには石原裕次郎、アントニオ猪木・・・なども埋葬されています。 -
少しだけ高い場所にありますので、鶴見の様子を見渡せます。
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曹洞宗大本山総持寺の大祖堂(本堂)
千畳敷の内中外陣と982坪の地下室があります。
瓦葺形の銅板屋根が53トンもあります。
中には椅子が並べてありました。
静かに座って瞑想することができました。總持寺 寺・神社・教会
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御手水で清めてからお参りします。
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大祖堂に入ってお参りします。
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内部の様子です。
伝灯院として、高祖大師・太祖大師・二祖国師・五院開基の尊像、独住禅師のご真牌があります。 -
思ったより早く桜が咲いていました。
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仏殿
七堂伽藍の中心に配置されています。
釈迦牟尼如来(坐像、木彫)を祀っています。 -
仏殿ですが「大雄宝殿」とも呼んでいます。
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仏殿の内部です。
扁額「鎮護国家」が掲げられています。 -
五周年記念樹
根をしっかり大地におろして、幹もかなり太いです。 -
方光堂(祠堂の位牌堂)と桜です。
国指定の登録文化財です。
山形県鶴岡総穏寺が移転時に特別に献納されました。
1911年11月5日に最初の法要が行われました。 -
桜をクローズアップしてみました。
「千年の桜」とあります。 -
総持寺衆寮
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玉免門
1番西側に位置しています。
夜を表しています。 -
宝蔵館は休館中です。
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再び百間廊下です。
ちょうど玉兎門のあたりは太鼓橋のようになっているように見えます。 -
「雲水群像」矢崎虎夫
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向唐門
総持寺は後醍醐天皇から「日域無双の禅苑たるにより、曹洞出世の道場に補任す」と賜り、以後、歴代天皇によって勅願寺として仰がれ、「勅使門」の名前を残しました。 -
「両箇の月」喜多俊勝
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三門
総持寺の総門です。
ここをくぐり七堂伽藍の最初にあるのが「三門」です。
昭和44年に落成しました。
鉄筋コンクリートでは日本一だそうです。 -
三宝大荒神
階段を登って行きます。 -
こちらからではなく、横の道から向かいます。
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桜木観世音菩薩
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祈りの鐘
「施」「無」「畏」の3つの鐘がありました。
鐘を鳴らしたところ、澄み切った音が響き渡りました。
こちらは東日本大震災の犠牲者の七回忌の折、3県に思いを馳せて慰霊と早期の復興のため旧大鏧子を再鋳造し、新たにベル基を設けました。 -
ここまできた甲斐がありました。
桜とのコラボで美しい眺めです。 -
イチオシ
表紙の写真です。
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あら、可愛いたぬきさんです。
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三寳殿
総持寺の守護神は荒神様です。
禅師は本山の守護の神として永久に仏・法・僧の三宝を守護する三寳大荒神として祀られたことに由来しているようです。 -
親子の蛙の可愛い手水です。
蛙手水とでもいえばいいのでしょうか。 -
大梵鐘
少しだけ小高くなった場所にあります。これを雙眸丘と言うのだそうです。
大正2年に1万6千人ほどの願や祈りを浄財にして鋳造されました。
関東で1番の大きさです。
平成7年秋に横浜市指定文化財になりました。 -
近くに寄ってみてみました。
重さは18.75トンあります。
大晦日には一般の参拝者も梵鐘を撞くことができます。 -
梵鐘の下は丸く象られていました。
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穴熊稲荷
仏教と習合して人々の心の拠り所となりました。 -
小さな鳥居井をくぐって参ります。
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お稲荷さんが、ちょこんと座っています。
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池がありました。
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三松閣
各種イベント会場としてご利用できるようです。 -
こちらは、香積台の奥にあります。
大黒天像を奉祀しています。
こちらは御朱印をいただいた香積台の突き当りです。 -
香積台と桜です。
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香積台と三松閣と桜です。
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三門です。
鉄筋コンクリートです。 -
参道は結構長かったです。
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三松関
扁額は「三樹松関」です。 -
御朱印をいただきました。
500円でした。
ありがとうございました。 -
3月24日(火)晴れ
こちらは、山種美術館です。
恵比寿駅から渋谷橋(明治通り)を越えて坂道を登り切ったあたりにあります。
桜が1本いいですね。山種美術館 美術館・博物館
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今回の企画展です。
「花 flower 華 2026」
1400円でした。オンライン予約をして出かけました。
ちなみに着物でお出かけすると200円割引になります。 -
目録です。
写真撮影は禁止です。
1つだけ撮っても良いのが、御舟の牡丹花でした。 -
個人的に好きなのは、横山大観、速水御舟、千住博、奥村土牛、石田武等々です。
酒井抱一の「月梅図」が月夜の静寂が感じらる繊細な美しさでした。 -
「牡丹花(墨牡丹)」速水御舟
御舟36歳で渡欧し、それ以降、墨を主体に花を題材とした作品を残しているようです。
墨の濃淡で描かれています。 -
近くの国学院大学博物館で「和の硯-SUZURI-」の企画展がありました。
こちらは入館料は無料です。國學院大學博物館 美術館・博物館
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企画展 和の硯-SUZURI-出品目録
1-34 -
企画展 和の硯-SUZURI-出品目録
35-63 参考 -
硯の歴史が感じられました。
上
甲骨
中華人民共和国河南省安陽市 殷墟遺跡出土 殷・BC13-BC11世紀
筆・墨・硯・紙、すなわち文房四宝は中国に由来する漢字文化とともに発達しました。当初は亀甲に甲骨文字を刻んだり、青銅器に金文が鋳込まれたりしていましたが、戦国時代に竹簡が現れ漢代に紙が発明される中で、文房具としての硯の歴史も始まりました。
下
長方形板石硯・研石
出土地不詳 吉田恵二旧蔵 漢・BC1-3世紀
漢代の硯は、墨汁を溜めておく墨池がありませんでした。まだ固形の墨も存在しなかったため、磨墨石とも呼ばれる研石を使って墨を潰していたとみられます。
扁平な板石を精美な長方形に加工されており、硯箱に納められていたのかもしれません。 -
上
蓮葉形澄泥風字硯
出土地不詳 吉田恵二旧蔵 唐・8世紀
左下
円形暖硯
出土地不詳 吉田恵二旧蔵 民国以降
暖硯とは、気温が暖かく、かつ墨が乾燥する冬季においても、磨ったも墨汁が凍結しないように工夫した硯です。唐代から作品が見られ、清代に流行しました。
炭火で温めるものや、湯を用いるものがありました。
これは、中空の陶製硯であり、内部に温かい湯を注いだと思われます。
右下
長方形硯 出土地不詳 吉田恵二旧蔵(右は宋・11世紀)
出現当初の長方形硯は、風字硯と同じく硯面全体が傾斜していました。
次第に硯尾側が水平になり、四週に堤が巡るなど今日の硯に形が近づきました。
このような長方形硯が和硯の原型の1つとなっていきました。 -
硯の各部の名称の図です。
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硯箱(菊御紋散蒔絵御重硯)
有栖川宮家旧蔵
明治時代
国学院大学で所蔵している資料の1つです。
有栖川宮家は歴代、歌道と書道を家の学問としており、その書風はのちに有栖川流と称され多くの入門者がありました。
表中央には菊御紋を、裏には菊八輪を配した蓋を被せた21箱からなる硯箱です。 -
春日権現験記絵 巻5-2段
原典:鎌倉時代・延慶2年(1309年)
江戸時代 文化5年(1808年)
平安時代後期の公卿であった藤原俊盛の邸宅内。
折文を書いている狩衣姿の人物の前に紙の束と硯箱が1つ置かれています。
硯箱には筆・硯・墨・水滴など納められているようです。 -
和の硯の全国産地地図です。
倭国では7世紀初頭から朝鮮半島の影響を受けた円形硯が作られるようになり、8世紀以降になると中国風の硯が主流となりました。
このような硯の具体的な使用方法は、硯そのものに残された使用痕跡のほか、硯を使用している状況を描いた絵画などからも窺い知ることができます。
平安時代以降は硯と筆、墨・小刀などを収めた硯箱なども作られ、次第に蒔絵をあしらった豪華な作品も見られるようになりました。 -
産地のリストです。
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実際にはもっとたくさんのコレクションがありました。
圧巻です。
こんなにもたくさんの硯を見ることは、もうないでしょう・・・。 -
左
円形硯(木製共蓋付) 雨宮静軒(山梨県早川町・瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
中左
天然硯(木製共蓋付) 根岸愛石(山梨県早川町・瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
中右
円形赤色波濤硯 雨宮静軒(山梨県早川町・瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
右
猿面硯 深澤瑞軒(山梨県早川町・瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
風字硯から日本化したとされる「猿面硯」は歴史的に陶硯が多いです。
甲州金桜神社には神宝として石製のものが伝わっています。
佐野光一先生は山梨県延町梅平に生まれ、富士川の支流波木井川を挟んで久遠寺の総門を日々望んで育ちました。
日蓮の高弟日朗が見つけた黒い石が雨宮硯の始まりという伝説があります。
日蓮宗総本山久遠寺では日々使う文房四宝も多かったのでしょう。そこから西に聳える七面山を越えた雨宮川上流が雨宮石の故郷です。
幼少の頃から雨宮硯を使った先生にとっては隣町であって、意識せずにおられず自然と身近になったのでしょう。
佐野コレクションは急逝前の十数年で大半が蒐集されたと考えられます。
千五百面の内3分の1は雨宮硯が占め、いかに雨宮硯を意識し拘っていたか想像できます。 -
左
竹節硯 根岸愛石(山梨県早川町 瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
右
壺様硯(木製共蓋付)
雨宮弥兵衛 山梨県早川町・瀬戸川層群)同上 -
左
天然葡萄硯 北村真石(山梨県早川町・瀬戸川層群)古生代(頁岩・粘板岩)
右
抄手硯 雨端硯本舗 同上 -
重硯箱
これは日本独自の文化です。
佐野コレクションには硯箱も200程あり、49箱に硯が残り、その内40以上が高島石です。内部には硯と水滴を備えたものが多く、他に文鎮や筆置きなども組まれていることがあります。
また、同じ大きさの硯を重ねて1つの大きな箱に納める「重硯箱」がこれです。
近世、近代などで使われていました。
教場において手習いする者が同じ条件で利用することができるのだそうです。 -
筆の各種 墨の各種 墨譜などです。
-
硯の製造工程です。
上の写真はノミです。
下は原石から加工して磨きをかけ仕上げまでを右から左に順を追って表しています。 -
硯とは別の常設展です。
この他は日本の神道関連成り立ち遺跡等々 -
パレスチナ関連書物等
トーマス・E・ロレンス(アラビアのロレンス)
パレスチナ詩集
院額と社会等々 -
上
御本添蒔絵書見台 裏三菊御紋付 御香箪笥
下
裏三菊御紋付銀製コーヒーセット
イギリス がラード社製 -
右
和歌懐紙 春日詠寄神祝言和歌 有栖川宮幟仁親王筆
「神路やまは百枝の 松のとことはに立 さかへたる君か御代かな」
中務卿幟仁親王
左
有栖川宮幟仁親王賛一條忠香画 絹本着色牡丹図
「うつし絵の筆のにほひも花の色も あさくはみえぬふかみ草かな」幟仁親王 -
左
裏三菊御紋付黒漆仕上げ 御短冊箱
右
端渓の大硯(中国広東省産) -
こちらは渋谷周辺の明治通りの桜です。
綺麗に咲いていました。
この後は、駅前にあるロクシタン・カフェでランチをしました。
写真は撮りそびれてしまいました。
ちなみにフランスからいらした4名の方がお隣の席でした。
そして私が読書している姿を写真に撮っていいかと聞かれたので、ちょっと恥ずかしながら撮っていただきました。
ちなみにニースからいらして、世界1周をしている最中とのこと。
1月から旅をしているとのこと。
羨ましい~!
Von Voyage!
その後はスクランブル・スクエアにエシレがあったので買いました。 -
エシレでサブレ サンド等々、買ってしまったので、保冷時間が90分なのですが・・・。
氷川神社にやってきました。
かなり歴史を感じます。渋谷氷川神社 寺・神社・教会
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実はこの神社は知らなかったのですが、博物館に行った際に気付いて、気になったので寄ってみました。
慶長10年の「氷川大明神豊泉寺縁起」によると景行天皇の御代の皇子日本武尊の東征の時、当地に素盞鳴尊を勧請したという記述があります。
御祭神は、素盞鳴尊、稲田姫命、大己貴尊、天照皇大神の四柱をお祀りしています。 -
こちらは縁結びの御利益があるらしく、若い女性の方々もいらしてました。
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3月27日(金)
所用を済ませ、隅田川沿いを散策しました。
こちらは蔵前橋先からのスカイツリーの眺めです。隅田川テラス 名所・史跡
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両国ジャンクション付近にありました。
東京開化名所 両国橋大川ばた(隅田川) 明治7年
歌川広重(初代)の名所江戸百景です。 -
江都名所 両国橋納涼 1832~34(天保3-5)
広重 -
濱町公園
版元不詳 1929年(昭和4年)(中央区立京橋図書館提供) -
こちらが現在の浜町公園です。
不思議な煙のようなものが池の付近に立ち込めています。浜町公園 公園・植物園
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人工的な湯気のようにも見えますが・・・。
ミストのようにも見えます。
わざと幻想的に見せてるのでしょうか・・・。 -
桜が咲き始めていました。
この付近ではお花見の方々がいました。 -
満開の桜です。
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曇りだったのですが、晴れてきました。
青空に映えます。 -
てくてく歩いて人形町までやってきました。
水天宮です。
たくさんの方々がお礼参りに来てました。水天宮 寺・神社・教会
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日本橋方向に向かっていたら、近くに小さな神社がありました。
茶ノ木神社だそうです。
社の周りに茶の木が植えられていたことから、「お茶ノ木様」と呼ばれたそうです。
江戸時代に創建されています。茶ノ木神社 寺・神社・教会
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コレド日本橋の地下のメゾンカイザーでランチを。
先日、三井記念美術館に行った際に、マンダリン・オリエンタルの1階のカフェでランチをしたので、今回は京橋のトシ・ヨロイズカにしようかと思いつつ・・・。メゾン・カイザー・カフェ COREDO日本橋店 グルメ・レストラン
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3月28日(土)
大井ふ頭中央海浜公園の京浜運河に面した突端です。 -
この周辺は干潟になっており野鳥を見ることができます。
大井ふ頭中央海浜公園 公園・植物園
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こちらは京浜運河です。対岸はモノレールが走行中です。
中央海浜公園通りを挟んで、スポーツの森があり、球場等々があります。
東京オリンピック(2020年)の時はホッケーに使用されました。
公園内には、さくら広場があり、多くの人が花見をしていました。 -
こちらは競馬場通りを挟んだ反対側です。
同じく京浜運河に面しています。
京浜運河緑道公園です。
桜の木に下の特等席は既に確保されていました。(-_-;)京浜運河緑道公園 公園・植物園
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3月29日(日)
品川寺(ほんせんじ)です。(旧東海道)
平安時代前期に開創されたお寺です。
この名前が発展して「品川」という地名が生まれました。
こちらには弘法大師ゆかりの水月観音が祀られています。品川寺 寺・神社・教会
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天台宗常行寺
旧東海道より1本西の通りにあります。常行寺 寺・神社・教会
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目黒川です。
赤い橋は荏原神社の側の荏川橋です。
すぐそばに品川図書館があります。 -
こちらは大崎の目黒川です。
目黒川(桜並木) 自然・景勝地
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川の反対側はまだ咲ききっていませんでしたが、駅側の通りは桜のアーチができていました。
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江戸図屏風より(国立歴史民俗博物館所蔵)
御成橋の由来の説明です。
江戸時代、将軍は各地の大名を御殿山でもてなした後、鷹狩に行くことがならわしでした。その際、将軍は必ずこの橋を渡り、「将軍の御成り」と言われたのが橋の名前由来のようです。
また、御成橋から放流している水は、下水道芝浦水再生センターの下水から生まれた再生水です。 -
対岸からパノラマ撮影してみました。
この先の目黒付近は、例年かなりの混雑ですので、ここでUターンして戻ります。 -
御殿山にやってきました。
以前はラフォーレ東京でしたが、現在は東京マリオットホテルです。
その庭園です。御殿山庭園 公園・植物園
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庭園内の池です。
御殿山庭園 公園・植物園
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御殿山通りです。
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品川神社
平安時代末期の文治3年(1187年)、源頼朝が安房国の洲崎明神の天比理乃咩命をお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。
慶長5年(1600年)、徳川家康が関ヶ原の戦いへ出陣の際に、参拝し戦勝を祈願しました。
その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納しました。品川神社 寺・神社・教会
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石造烏居(品川区指定有形文化財)
鳥居は都内では2番目に古いものです。
秋分の日には、7つ烏居めぐりがあります。
それは境内にある7つの石の鳥居をくぐることで、無病息災をお祈りします。 -
御祭神は天比理乃咩命、宇賀之売命、素盞嗚尊です。
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神楽殿
品川神社の太太神楽 寺・神社・教会
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右横にあるのは猿田彦神社です。
富士塚(品川区指定有形民俗文化財)
登ることで本物の富士山に登ったのと同じ御利益があります。
これは、富士信仰に基づいてます。
10合目までありました。
ちなみに頂上まで登り、写真を撮ったのですが、思ったとおりの景色でした。 -
第一京浜国道の反対側からの様子です。
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品川神社の参拝後は、近くのドトールで軽めのランチをしました。
そして、目黒川の下流にやってきました。 -
目黒川の河口です。
この先、海に注ぎます。 -
全般的に今回の桜はまだ満開ではなかったのですが、この桜は満開です。
東品川海上公園の向かいの桜です。
そして見えにくいのですが桜の木のの上を飛行機が飛んでいます。
実は翌日、鎌倉に行くつもりでした。
なぜか桜の時季には行ってませんでした。
ただ、この後、花粉症の症状があまりにも酷くなったため断念しました。 -
4月5日(日)
目黒川ですが、品川図書館近くの桜です。
ようやく満開です。
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